大雨と停電の中行われた奇妙な茶会のあった日の夜、浦和ハナコの突然の提案により、夜の街に繰り出すという話になった。
「いや、遠慮しておくよ。行きたいのはやまやまだが、とても許可してくれそうにない」
百合園セイアがそう言って後ろを向く。そこでは蒼森ミネが真顔で首を振っている。
「そうですか……。皆でいけないのなら諦めましょうか?」
浦和ハナコが残念そうに言う。この二人は元々友人関係にあったようではあるが、病弱である百合園セイアと外で遊ぶような機会はなかなかなかっただろう。そう思って提案したのもあったのかもしれない。しかし、結局は
「いや、こちらのことは気にしないで行ってきたまえ。気を遣われていると感じる方が後ろめたくなる。気にしてくれるのであれば……お土産でも買ってきてくれれば嬉しいね」
という百合園セイアのその返事により、私の引率の元、補習授業部初期メンバーでの外出が決定した。
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夜の街、とはいうものの、基本的にキヴォトス基準での治安はかなり良く、夜遊びをする生徒も少ないトリニティでは、夜間に営業している店は少ない。殆ど散歩をしているような状態であったが、だからこそ生徒たちは物珍しそうに周囲を見回っていた。深夜徘徊の経験のある浦和ハナコは別だったが。
道中、深夜営業を行っている一件のパーラーがあり、そこへ入ることになった。生徒たちを席へ通してもらい、甘味にあまり興味がない私が土産用の菓子売り場で、百合園セイア用の土産を購入していると、客席が妙に騒がしくなった。
「どうかされましたか?」
「あ、せ、先生!?」
そこには何故か正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミがいた。直接会ったのは久しぶり……ではない。以前下江コハルと本館に立ち寄った際に少しだけ顔を合わせたか。話に聞くところによるとダイエット中という話だったが、テーブルの上にはそう思えない量の容器が置かれている。いや、一人分とは思えないので席を立っているだけで友人との訪問中というのが妥当な線か。
状況を説明してもらうため、誰かに話を振ろうとしたとき、羽川ハスミの携帯端末がなった。緊急連絡のようだ。羽川ハスミの通話内容を聞くに、どうやら近くでゲヘナ学園のテロ集団「美食研究会」が暴れているという話のようだ。
「すみません、補習授業部の皆さんに、協力していただけませんか?」
通話が終わった羽川ハスミに申し訳なさそうに依頼される。エデン条約の件で緊張が高まっている現在、正義実現委員会がゲヘナの生徒と衝突があったというのは風聞が良くないらしい。生徒たちも異論は無いようだったので、捕縛に協力することとなった。
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作戦は奇妙な進行をしていた。目的地点に到着したとき、首謀者である黒舘ハルナは何故か車両の近くで既に昏倒していたのだ。
逃走したとみられる鰐渕アカリと赤司ジュンコを正義実現委員会の委員長剣先ツルギのいる周辺まで追い立てるよう指示を出し、私自身はその場に残り黒舘ハルナの拘束をした後、彼女たちが使用していたと思われる車両を確認する。後部座席とトランクが不自然に破壊されており、正義実現委員会でも、美食委員会でもない誰かが関与していることは明らかであった。
その答えは、すぐに判明した。私の端末に連絡があったのだ。その人物は、聖園ミカ。想像していなかった人物だった。
彼女がメッセージで送ってきた場所。現在地から少し離れた目立たない路地に行く。そこには、困った顔をした聖園ミカと、拘束され口を封じられたゲヘナの生徒がいた。
「あ、先生! ごめんね、今日のことがあったばかりなのに、先生の姿が見えたから連絡しちゃった」
私の姿を見て、少し気まずそうにしながらも聖園ミカが話しかけてくる。一体、どういった状況だろうか。
「こんばんは、ミカさん。すみません。余り状況が見えないのですが、何があったのですか?」
「あ。そうだよね、ごめんなさい。ええと、あの後、ちょっと誰とも会いたくなくて、一人で出歩いてたんだけど……あ、雨宿りはしたよ? そしたらいつの間にかこんな夜になってて」
聖園ミカが話し始める。拘束されている少女が震えているが、この人物が何者なのか分からないので一旦、話を聞くことにする。
「何か騒がしいな、って思ってたら近くに急に車が止まって、バタバタとゲヘナの連中が降りてきたんだけど、中にこの子が残ってるのが見えて、しかも拘束されてるからヤバい誘拐事件かも! って思って、とりあえず一人倒したんだけど。……その後この子を助けようと思ったの。でも、この子もゲヘナの子みたいだからどうしたらいいか分からなくって……そしたら先生が近くにいることが分かって、呼んじゃったの。私も、今はあんまり目立ちたくなかったし」
彼女はそう言って説明を終える。この状況で、私を呼んだのは正解だろう。ここにティーパーティの生徒会長まで関わってきたら話がややこしくなりすぎる。
「呼んでくれてありがとうございます。とりあえず……彼女の拘束を外してあげましょうか」
「あ! そうだよね…… ちょっと待っててね。えいっ」
私に言われてようやくそれに思い至ったのか、彼女は素手で易々と拘束を外す。
「ふぅっ、ふぅっ。あー。疲れたぁ……」
拘束を解かれた生徒は荒い息をしながらそう言って、立ちあがる。
そして、聖園ミカの方に笑顔で近づく。ゲヘナの生徒に近寄られたからか、彼女の顔がこわばる。
「あ、ありがとうございました!! トリニティの方ですよね! 本当に助かりました!」
拘束されていたゲヘナの生徒は、そう言って聖園ミカに深々と礼をする。聖園ミカの目は頭を下げている生徒の頭にくぎ付けになっている。恐らく、そこに生えている角に。そして、明らかに動揺していた。
「良いよ。お礼なんて。トリニティの子が捕まってるのかなって思って焦っただけだし」
気まずそうな表情を浮かべ、聖園ミカはゲヘナの生徒にそう返す。恐らく、言っていることは事実なのだろ。しかし。
「あ、ですよね、ごめんなさい。それでも、結果的に助かったのは事実ですし、ありがとうございます。それに、とってもお強いんですね! ハルナが一瞬で悲鳴を上げて倒れたとき、ちょっとスカっとしちゃいました。あ、申し遅れました。私、愛清フウカって言います。ゲヘナ学園の2年生です」
緊張から解放されたことでアドレナリンが出ているのか、愛清フウカと名乗った生徒は少しハイになっているような状態ではあるが、礼儀正しく挨拶をした。
「あ、うん。私は聖園ミカ……あ」
勢いに押されたのか、聖園ミカが本名を名乗ってしまう。しかし、愛清フウカはトリニティの生徒会長の名前を知らなかったらしい。特に驚いた様子は無かった。
「ミカさんって言うんですね。今度,是非お礼させてください。あ、勿論先生にも」
そう言って、愛清フウカはまた微笑んだ。
その時、再び私の端末にメッセージが入る。どうやら、鰐渕アカリと赤司ジュンコも捕まったようだ。もう一人いるそうだが、首謀者が捕まったので一度集まってほしいという内容であった。
「すみません、フウカさん。美食研究会のメンバーが捕まったようです。一応、フウカさんも参考人として一緒に来ていただく必要があると思いますが、大丈夫ですか」
「あ、そうですか……まあ、仕方ないですね」
愛清フウカが先ほどまでの上機嫌から一転、深くため息をつくが、素直に同行に同意する。
「ミカさんは、どうされますか」
「私は……うん、いいや。フウカ……ちゃんのこと、よろしく」
聖園ミカはやはり目立ちたくは無いようで、そう言った。
「ミカさん。本当にありがとうございました。できれば、また、お会いしたいです」
「……うん。またね」
そして、愛清フウカの発言を否定することなく、聖園ミカは去っていった。この出会いは、彼女にとってどういった意味を持つのだろうか。それが気になった。
―
愛清フウカと美食研究会を確保した後。残る生徒獅子堂イズミを確保する前に、ゲヘナ生達の身柄を風紀委員会へ引き渡すこととなった。
そこでも引き渡し側の代表としてシャーレの名義であった方が良い、ということで、私が行くことになった。
「……お待たせしました。死体はどこですか?」
引き渡し場所に現れたのは怪我人のことを死体と呼ぶ危険人物。氷室セナだった。ゲヘナ学園の救急医学部とのことだ。
「あなたは? 正義実現委員会の方では無さそうですが」
「その方はシャーレの先生よ」
そして、空崎ヒナも救急医学部の車両に乗ってきたようだ。これもまた、政治的配慮というやつだろう。引き渡しが始まる。黒舘ハルナや鰐渕アカリは捕まったことに関してはまるで気にしていないように振舞っており、赤司ジュンコは体調が悪そうにしている。
そして、愛清フウカは
「それじゃあ、先生。ミカさんによろしくお願いします」
そう言って車両に乗り込んでいった。
「ミカ……?」
空崎ヒナはその名前が気になったようだ。
車両の出発前、簡単に近況の報告を行う。
「成程……。フウカ、よりにもよってゲヘナ嫌いの生徒会長と……」
空崎ヒナが溜息をつく
「ご存じなのですか?」
「直接会ったことは無いわ。噂話くらいだけど」
「成程……これは私の感想ですが、ミカさんにとっても、フウカさんと出会ったことは良い刺激になったのではないかと思いますよ」
「そうなの? ならいいけど……それと、先生なら問題ないと思うけど、今、この状況でトリニティ側に先生がいることを邪推してくる人がいるかもしれない」
空崎ヒナは私に忠告するようにそう言う。
「確かにそうですね。政治にはバランスというものがあるでしょうから、『あの方』であれば気にしないでしょうが」
「『あの方』?」
「いえ、お気になさらず。近いうちにゲヘナへの正式な訪問も行うつもりです。勿論、万魔殿へも、ですね」
「……」
空崎ヒナは私の言葉に複雑な表情を浮かべたが、最終的にうなずいた。
「その辺りは、先生にお任せするわ。今は、補習授業部の子たちの事に集中してあげて」
「それは、勿論です」
空崎ヒナは私のその返事に満足したようにうなずき、美食研究会の引き渡しは完了した。