聖園ミカと愛清フウカが出会うきっかけにもなった美食研究会の騒動、それから数日後、私は三度、桐藤ナギサを訪問するために、トリニティの本館へと来ていた。丁度、2度目の追試験を翌日に控えた日の夕方のことである。その間、聖園ミカからの連絡は無かった。
一方で、補習授業部に関してはおよそ順調に進んでいた。白洲アズサや下江コハルも連日の集中授業の甲斐あり、当初目標としていたレベルには到達しつつある。今回の訪問では、翌日の試験問題を入手するため、と言う理由の他に、こちらからは今後の話、つまり補習授業部を
逆に言えば、その確認さえ終わればそれ以上することの無い簡単なものであるとも思っていた。しかし、実際にはそう簡単には話が進まなかった。
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「遅くにお時間とっていただきまして、ありがとうございます」
「いえ、私も皆さんの様子をお聞きしたいところでしたから」
既に何回か行っている1対1での訪問。桐藤ナギサはいつものように微笑んでそう言った。
「先生から見て、補習授業部の皆さんはどうですか?」
会合が始まり、彼女の質問は当然、補習授業部についてだった。
「まあ、順調ですよ。本来の目的という意味では。追試験も明日の、は微妙なところですが3回目の追試には間違いなく間に合うでしょうね」
質問の内容についてストレートに補習授業の進捗と言う意味で回答する。
「それは、一安心です。動き出してしまった以上、そこはどうにか乗り越えてもらわなくてはいけませんから」
桐藤ナギサは安心したように微笑む。元々の存在理由が理由だけに、阿慈谷ヒフミからも疑念を抱かれるようなルールになってしまっている。そこについてのフォローは、後から自身で入れてもらうことにしよう。
「それで……セ……先生、あの子はどうされていますか?」
「曲直瀬リリさんのことですか?」
「はい……」
桐藤ナギサが本当に気になっている部分、それは百合園セイアが今どういう状態なのかと言う事だろうが、そもそも私は百合園セイアがどの程度の情報を彼女に提示しているのかを知らない。しかし、この様子だとせいぜい無事を伝えて、誰が犯人なのかは把握している、程度の事しか伝えていないのかもしれない。
「そうですね。過度な運動は出来ないみたいですが、普通に補習授業には出られていますよ。彼女はとても優秀ですから、殆ど講師役になっていただいていますが」
故に、百合園セイアが曲直瀬リリとして過ごしている部分について、ありのままに伝える。
「そうなのですね……ですが先生。あの子は結構こっそり無理をするところがあったりするので、気を付けてくださいね。それに秘密主義なところも……」
主な感情としては心配なのだろうが、そこに愚痴も混じったような複雑な感情で、桐藤ナギサは百合園セイアのことを零す。
「承知しました。では、何かあればナギサさんにも連絡するようにしますよ」
「はい、お願いします」
そろそろ本題に入りたい、そう思い、簡潔に伝えると、彼女は素直に礼を言った。しかし、続いてまたも別の話になった。
「ところで、ミカさんはそちらにお邪魔しませんでしたか?」
桐藤ナギサが切り出したのは、聖園ミカの話だ。彼女は2回別館に現れた後、トリニティ自治区の街中でもう一度会っている。そのことを彼女は把握していないのだろうか。
「ええ……来ましたね、何度か……」
「何度か!? し、失礼しました。そうなんですね。もしかして、リリさんとも……?」
聖園ミカからは特に何も聞いていないらしい。私が頷くと彼女はショックを受けたようだった、
「そうなんですね……私を放っておいて2人で……」
桐藤ナギサが暗い表情で何かを呟いているが、それは聞かなかったことにしたい。とりあえず話を進めたい。
「ナギサさん?」
「はっ、失礼しました。……実は、ミカさんともあまり連絡が取れていなくて……」
「そうなのですか?」
「はい……」
聖園ミカが一人で考えたいと言ってから既に数日たつが、その間殆ど桐藤ナギサと連絡をとっていないということだろうか。溜息をつく彼女は、恐らく既に百合園セイアを襲撃した下手人が誰なのかについては推測できていると思われる。百合園セイアが自身の生存を明かしながらその犯人について言及しないのであれば、それは「犯人のため」である、という推察は付き合いの長い彼女であれば十分可能だろう。そのうえで、自分には何も説明されず事態が進行していることだけが知らされるのが不安であるようだ。
しかし、話が進まない。仕方なくこちらから聞きたい内容を振ることとする。
「ところで、ナギサさん。補習授業部の話に戻りますが」
「あ、申し訳ありません。何でしょうか」
桐藤ナギサも話が逸れていたことに気付いたのだろう。気を取り直したように、居住まいを正す。
「仮に次の追試で全員合格点に達すれば、補習授業部の役割は終了になると思いますが、期間自体は残っているわけです。こちらはどういうつもりで動けば良いでしょうか」
「ああ、その件ですね。それについては、……リリさんに一任しています。彼女であれば、ご自分の匙加減で合否の調整位できるでしょうし。そのために、2回目の試験はリリさんの参加が必須となるルール修正を行っています」
桐藤ナギサはそう言って、そちらについても用意してくれていたのだろう。新たな書類と2回目の追試験の問題用紙の入ったファイルを私に渡した。
「成程」
彼女のいうことはつまり、百合園セイアに満足するまでやってもらう、ということだろう。そして、それを言った本人は非常に不満げだ。トリニティとアリウスの、そして暗躍する者の策謀も絡む問題ではあるが、ことティーパーティの生徒会長3名の問題に関しては、そういった複雑さを余所にシンプルなものに感じられた。先日の『水着ティーパーティ』での話を思い出す。そして、それ以前の……ミレニアムでの早瀬ユウカとゲーム開発部や黒崎コユキの関係についてのことも。
つまり、妙に話がこじれてしまっているが、本人たちが本心で話し合うことができさえすれば、十分に解決できる問題としか思えなかった。
「大体分かりました。ありがとうございます。そうですね……もうそろそろ遅い時間ですし、明日は試験ですから、この辺りで失礼します」
ともかく、今回の訪問の目的は果たした。そう考え、私は変えるために立ち上がる。
「そうですね。すみません、話がそれてしまって」
「いえ、生徒の話を聞くのが仕事のようなものですから、大丈夫ですよ」
「……うふふ、話が逸れたことは否定しないんですね。では、皆さんのこと、よろしくお願いします」
桐藤ナギサは笑いながらそう言ったが、どこか疲れているように見えた。やはり、仲の良い二人と連絡が取れない状況が精神を疲弊させているのだろう。
私はそろそろ、この状況がじれったく感じていた。ティーパーティの3名全員と連携し、アリウスの、いや、ベアトリーチェの目的に対抗する必要があるだろうが、それが全く進んでいないように感じるのだ。もうあまり時間はない。
本人たちの為にも、私の目的のためにも、そろそろ強引に動かす必要があるのではないだろうか。表立って大きなことが出来ない状況なのは分かっているが、私の中にそのような焦燥感が起き始めていた。そして、翌日。2回目の追試のまさにその最中。
百合園セイアが倒れた。