黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

57 / 184
急変

 補習授業部の第二回追試験当日。

 定刻通り集まった部員たちに、部長である、阿慈谷ヒフミから試験の実施要項が読まれる。

「基本的に前回と同じですね。合格点は60点……、あ、今回はリリちゃんを入れて5名なので、5名全員が合格点に達することが補習終了の条件、という風に明記されています」

「……」

「リリちゃん? 大丈夫ですか?」

「……ああ、問題ないよ」

 阿慈谷ヒフミの言葉に、いつもより数テンポ遅れて返事をする百合園セイア。体調があまりよくないのだろうか、蒼森ミネの方を見るが、彼女も険しい目で百合園セイアを見ていた。ともあれ、彼女も状況自体は分かっている。口を挿むことは無いようだ。

 

 

「それでは、始めてください」

 阿慈谷ヒフミも席に着き、予定通り、試験を開始する。それぞれが自分に渡されたテスト用紙を開く。今回の試験では、百合園セイア(曲直瀬リリ名義)以外の全員が合格点に達する可能性は十分ある。後は彼女の匙加減で決まるのだろう。そう、思っていた。

 そして、数分後、初めに()()に気付いたのは、百合園セイアの真後ろに座っていた浦和ハナコだった。

 

「リリちゃん……?」

 試験中でペンの音や試験用紙を開く音しかしていなかった室内に、浦和ハナコの声が響く。思わず、浦和ハナコの方を、そしてその前に座っているはずの百合園セイアの方を見る。ほんの数瞬前まで普通に試験を受けていたはずの、彼女が机に突っ伏していた。そして次の瞬間、蒼森ミネが百合園セイアに駆け寄ってくる。彼女も浦和ハナコとほぼ同じタイミングで気づいていたようだ。

「大丈夫ですか?」

 彼女はその場で、百合園セイアの様子を確認したり、呼びかけたりし、容態を確認し始める。気付けば、試験中だが全員の視線がそちらにくぎ付けとなっていた。

「これは……かなりの発熱があるようです。そして意識も無いですね。とりあえず医務室へ運んできます」

蒼森ミネは表情に多少の動揺は見せつつ、それでも冷静に容態の確認をし、私たちに伝える。

「私も行きましょう。皆さんは試験を続行してください」

 私自身も焦燥感を抑えながら、どうにか指示を出し、医務室へと急いだ。

 

 建物内にある医務室のベッドに百合園セイアを寝かせ、蒼森ミネが、備品や彼女の装備を使用して百合園セイアの状態を確認する様子を眺めていること数分。

「先生、よろしいですか。セイア様の状態についてなのですが……」

 真剣な顔をした蒼森ミネに声を掛けられる。

 

「教えてください」

「はい。まず、発熱についてですが……実は、今朝から少しあったのです。セイア様には無理をしないようにと言ったのですが、皆さんの進退には代えられないと押し切られてしまい……」

 蒼森ミネが申し訳無さそうに話し始める。救護活動に関しては全く融通の利かない人物と言う噂を耳にしていたが、その彼女が押し切られるとは、余程頑固に説得をされたのだろう。

「その件は、承知しました。ミネさんが気に病むことはありませんよ。それで、今の状態は?」

「はい。……実は発熱の症状を除くと、寝ているだけ、としか言えないのです。体を揺らしたり呼びかけたりしても一切反応しない程、異常に深い眠りについている、というじょうたいではありますが……」

「あの一瞬で、ですか」

 体調が優れない様子なのが気になっていたので、彼女から目を離していたのはほんの数十秒から1、2分程度だったはずだ。

 

「はい。……最近、と言うよりあの襲撃から目を覚まして以降ずっと、寝不足気味ではあったと思います。本人が寝たくないと仰っているのも一度聞きました。しかし、これは……」

「普通の状態ではない、と」

「はい……恐らくはセイア様の体質に関係があると思うのですが」

 私の問いに、蒼森ミネが頷いて、補足する。百合園セイアの体質、それは恐らく予知夢の事だろう。

「それは……いわゆる予知能力についてですか?」

「ご存じでしたか。はい、その通りです。ただ、私もその現象についてはあまり詳しくなく……」

「成程。となると、目覚めるのを待つしかない、ということでしょうか」

「……はい」

 蒼森ミネが弱弱しくうなずく。彼女に責任は一切ないが、それでも手の打ちようがない、と言うのは堪えるのだろう。

「気に病まないでください。そういった判断を下せるだけでも、貴女がいてくれてよかったというのは間違いありません」

 私はそう告げるが、蒼森ミネの表情が変わることは無かった。

 

 そろそろ試験時間が終わる。百合園セイアは蒼森ミネに任せて、一度教室に戻ることにした。教室に到着すると、生徒たちはみな、一応試験に向き合ってはいるようだった。しかし、集中できていないのは明白で、私が教室内に戻ると同時に、視線が私に集中した。

「……時間です。解答用紙を回収しますので手は止めてください」

 一応、決められた文句を言って生徒たちの解答用紙を回収していく。当然、全体の1/4程度しか記入できていない曲直瀬リリのものも。

「皆さん、お疲れさまでした。リリさんについては、眠っているだけで、大変な状況ではないそうです」

 回収後、全員が気になっているだろうことについて説明する。嘘ではないと言うレベルの詭弁であることは自覚している。

 

「でも、先生……」

「何か?」

「……すみません、大丈夫です」

 誰かに質問され、遮ってしまった。誰だったかは分からない。医務室へ戻ろう。教室を出て、医務室へと向かいながら、自分の体たらくについて考える。彼女が……百合園セイアがそういう体質なのは理解していたはずだ。そして、彼女は以前の時間軸ではこの期間、ずっと意識を失っており、そうなる可能性も考えていたはずだった。しかし、ここに来て以来私は百合園セイアについて、彼女の体調のことを気にすることもできていなかった。

 想像より元気そうに見えたから? そもそも対策を打ちようが無かった? 最低限、そうなった場合の対策を相談しておくべきだったのは間違いないではないか。何故、そうしなかったのか。何故。

 

「先生? 大丈夫ですか?」

 声をかけられてはっとする。気付けば医務室の前に到着していたようだ。生徒たちの解答用紙も持ったまま、考え込んでしまっていたようだ。外に誰かの気配を感じた蒼森ミネが私がいることに気付いて声をかけてくれたらしい。

 心配そうにこちらを見ている蒼森ミネに大丈夫だと告げ、医務室の中に入れてもらう。

「セイア様の様子ですが、熱は少し下がりました。後は普通に目覚めてくれたら良いのですが……」

「そうですか……お教えいただきありがとうございます」

 百合園セイアの方を見る、確かに普通に眠っているようにしか見えない。

 

「それと、先生。先生こそ……あまり、ご自分を責めたり、責任を感じたりしないでください。この件は体調を隠していた本人と、それを承知で黙っていた私に責任がありますから」

「……お気遣いありがとうございます。責任を感じているというよりは、対策を打たなかったことを後悔していたのですが、そうですね。今更後悔しても仕方ありません。今後の事を考えることにします」

 蒼森ミネに逆に気遣われ、冷静さを少し取り戻す。そう、今は後悔しても仕方ないだろう。自分ができることをやらなければ。

 

 一先ず、試験の採点を終わらせて心配しているだろう補習授業部の生徒のもとへ戻り、返却する。

 

 試験の結果は以下の通りだった。

 

  阿慈谷ヒフミ 61点 合格

  白洲アズサ 59点 不合格

  下江コハル 54点 不合格

  浦和ハナコ 71点 合格

  曲直瀬リリ 29点 不合格

 

 百合園セイアが倒れたことによる動揺か、全体的に点数が下がっている。いずれにせよ、第三回の追試が決定した。

 

 その後、交代で様子を見に行ったり、生徒たちがお見舞いに訪れたりしたが、丸一日、百合園セイアが目覚めることは無かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。