黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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目覚め

 第二回補習授業部追試験の翌日

 通常通り、補習授業は行われる。ただし、参加人数はいつもより少ない。未だ百合園セイアは目覚めておらず、生徒たちもその様子が気になっているようだ。彼女が普通に寝ているだけではないことは、既に全員理解しているだろう。しかし、誰もそれを口にはしなかった。

 

「さて、そろそろ正午ですね。休憩にしましょう」

 午前中の模擬試験と解説が終わり、生徒たちにそう伝える。今日は全員合格点を取れており、昨日の混乱からはある程度皆冷静になったことが理解できた。これ以上の期間は根を詰めすぎても仕方ないだろう。休息をとりながらモチベーションを保ち続けることが重要だ。

「じゃあ、折角なのでみんなで、お昼ご飯を一緒に作りませんか?」

 浦和ハナコが提案する。昨日はかなり動揺した様子だったが、今は表面上いつも通りの状態になっている。演技かもしれないが、彼女のその役回りは、他の部員たちのメンタルにも良い作用をもたらしている。

「ハナコちゃん。それ、良いと思います! やりましょう」

 阿慈谷ヒフミが即座に賛成する。

「成程、料理か……まともにやったことはないが、やってみたい」

「お料理……上手くできるかな」

 経験の少なそうな二人も反対するつもりはないようだ。

「先生、問題はないですよね?」

「ええ、全く問題ありません。私はリリさんの様子を見に行きますので、火などの扱いには十分お気を付けください」

 阿慈谷ヒフミの質問に頷きながら、一人、先に教室を離れる。

 

 百合園セイアが倒れてから丸一日と少し経つ。これは、『緊急事態』と言えるだろう。そして、緊急事態には連絡する、と桐藤ナギサには伝えていた。昨日はまだ連絡を控えていたが……医務室の前でシッテムの箱を開き、1通のメッセージを送る。しかしそれは早計だったかもしれない。いざ入ろうとしたとき、中から蒼森ミネが飛び出してきた。

「あ、先生! セイア様が……目を覚まされました!」

 蒼森ミネの言葉に、すぐに室内に入る。そこには彼女の言った通り、上半身を起こしこちらを見ている百合園セイアの姿があった

「やあ、先生。随分、心配をかけたみたいだね。申し訳ない」

 そう彼女は謝った。

「いえ、目覚められて良かったです。こちらこそ、貴女が無理をしていることに気付けず、申し訳ありませんでした」

「それについても、隠していたこちらが悪い。これからは、そういったことは無いようにするよ。ミネも、片棒を担がせて申し訳なかったね」

「はい、私はこのようなことは苦手なので、もうしたくありません」

「本当に悪かったよ」

 蒼森ミネは小言を言うが、目覚めて嬉しい気持ちは持っているようで、怒っている様子は感じられない。

 

「先生、私は皆さんを呼んできます」

 そう言って再び外に出ようとする蒼森ミネを、百合園セイアが呼び止める。

「待ってくれ、ミネ。できれば、ゆっくり来てくれないか?」

「何故ですか?」

 停止した蒼森ミネが不満そうに聞く。

「少し、先生と話したいことがあるんだ」

「そういうことであれば、申し訳ありません、ミネさん。皆さんは今、昼食を作り始めているころ合いですので、そちらに協力していただけませんか? その後戻ってきていただければ」

 百合園セイアに追従した私の発言も聞き、呼び止められた彼女は小さくため息をつき

「……承知しました」

 と、やはり不満そうに告げ、改めて退室していった。

 

「さて、私に話したいことがある、というのは『夢』の話ですか」

 2人になった室内で、百合園セイアに確認する。

「そうだね。寝ていた間、私はいろいろな夢を見ていた。既に見たものも多かった。エデン条約の夢、『先生』を名乗る人物と会う夢、ミカと、仲直りする夢……」

 百合園セイアは自分の見た内容を鮮明に覚えている夢を鮮明に覚えているようだった。

「少し変わったものだと、回復した私がミレニアムへ訪問する夢を見たりもしたな。明るい未来の夢を見たのは、初めてだったかもしれない」

 微笑みながら、その内容を思い出して彼女は語る。私は知らないが、それは以前の時間軸で未来に実際に起こったことなのかもしれない。彼女は一つ一つ、自分の見ていた夢の内容を詳細に語ってみせた。私と会って以降で、最も饒舌に語って言えるかもしれなかった。

「成程、新たな未来を見た、と。良かったのではないですか?」

 それが訪れる未来であるという保証は無いが、絶望的な未来を見て悲観的になっていた彼女には良いものともいえるだろう。しかし、百合園セイアは笑って首を振った。

「確かに、悪いものではなかったよ。だがね先生、夢は夢なのだよ。見なければならないのは現実の方だ。それが分かったから、きっと私は目覚めたのだと思う」

 どこか確信を持ちながら、百合園セイアが新しい持論を展開する。

 

「……というと?」

彼女の言った言葉の真意を何なのか。それを確認するために尋ねる。

「そうだね……最後に見た夢の話をしよう」

 目を閉じて、その夢を思い返すように彼女が語り始める。

「その夢で、私は今まで見たことの無い薄暗い不思議な場所にいた。そうだね、少し不気味な空間だったともいえるね。そして、私は隣の部屋で会話をしていることに気付いた」

 彼女の見たその夢の内容には、既視感があった。私は黙って続きを聞く。

「隣の部屋をこっそりと覗いた私は、そこにいた人物に驚いた。そこには様々な人がいたが、どの人物も変わった……人とは思えない姿をした人達だったんだ」

 それは、ゲマトリアのことだろう。彼女はゲマトリアの会議の様子を目にしてしまったのか。

「彼らは不穏な悪だくみのような会話をしていただがね、そこに先生がいたんだ。他の夢で見た『先生』を名乗る人物ではなく、今、こうして私を心配してこの部屋まで来てくれた先生がその姿で、夢で悪だくみをしていた。それで悟ったんだ、こんなものは夢に過ぎない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とね。それで……それに気づいたら目が覚めていた。」

 そこで、百合園セイアは言葉を切って、私に微笑みかけた。

「私にとって、『先生』を名乗る普通の見た目のお人よしのような人ではなく、見た目は少し怪しくて考えすぎて話すために誤解を招くことのある君こそが、先生なのだから。だから、私の見ていたものは、荒唐無稽な夢だってことに気付いたんだよ。誰もが見るような、『普通の夢』だね」

「……セイアさんがそう仰るなら、そうなのでしょう」

 確信を持って私に宣言した彼女に、私は否定の言葉を持たなかった。

「それで……私は今後、このような夢を見ることはもうないのだと思う。根拠は……今までにないくらい清々しい目覚めだったこと位しかないのだがね」

 そしてその調子のまま、彼女は自分が『予知能力』を失ったことを朗らかに告げた。

 

「それは……どういう反応をすればいいのでしょうか」

「一緒に喜んでくれたまえ、元々、大した意味を持つものではなかったしね。そのうえでストレスや不眠の原因であることは間違いなかったのだから、喜ばしいことさ」

 私自身は予知能力者ではないから分からないが、そのようなものなのだろうか。自分自身は未来の記憶を散々使ってきた立場として、簡単に同意は出来なかったが、少なくとも本人が喜んでいることまで否定する気にはならなかった。

 その時、室内に近づいてくる足音がした。百合園セイアの夢の話をゆっくり聞いていたら、気づけば結構な時間が経っていた。蒼森ミネが戻ってきたのだろうか。そう思ったが、現れたのは想像とは異なる人物であった。

「先生! セイアちゃんが倒れて目覚めないって本当!? ……ってあれ?」

 勢いよく扉を開いたのは、特に呼んだ覚えのない聖園ミカだった、そして。

「ミカさん……もう少し扉は静かに開けた方が……あら?」

 何故かその聖園ミカに抱えられて、桐藤ナギサもこの場へやってきていた。

「やあ、久しいねナギサ、それにミカも。丁度目覚めたところだったんだ」

 百合園セイアが動じずに現れた2人に応じる。その時に私はさらに気が付いた。ここに近づいてくるさらに複数の足音があることを。

 

 こうして期せずして、ティーパーティの生徒会長と補習授業部全員が集合することとなってしまった。

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