下江コハルと阿慈谷ヒフミが百合園セイアから彼女の話を直接聞いた後は、順番的には残りの二人、浦和ハナコと白洲アズサが訪れる予定だったが、実際に医務室に入ってきたのは浦和ハナコだけであった。
「先生、アズサちゃんが先生にお話があるそうなので、行ってあげてくれませんか?」
浦和ハナコにそう言われ、了承し、4人を残して医務室の外に出る。白洲アズサはそこで待ち構えていた。
「アズサさん、私に話があると聞きましたが……」
「あ、先生……ありがとう。えっと、先生に話があるというよりは……ミカと、桐藤ナギサと話ができないかと思って」
本来の用件は私ではなく、突然現れたゲストの方だったらしい。とすると目的は……
「それは、ナギサさんに素性を明かす、ということですか?」
「……うん。ミカがセイアにお見舞いに来た、ということは、事態がすごく大きく変わったってことだと思う。だから、私も前に進まないといけない。その変化に意味があるかは分からないけれど……」
白洲アズサは覚悟を決めた瞳で、私にそう述べた。であれば、それを見届けるべきだろう。
「分かりました、では一緒に行きましょうか」
私はそう言って、白洲アズサを連れて、ティーパーティーの2人が待機しているはずの食堂へと向かった。
食堂につくと、案の定桐藤ナギサと聖園ミカ、蒼森ミネは紅茶を飲みながら会話をしているようだった。
「すみません、ナギサさん、少しお時間を……すみません、出直しましょう」
よく見ると、聖園ミカが泣いている様子だったので、とりあえず見なかったことにしようとしたが、その彼女が慌てて涙を拭き、返事をする。
「あ、だ、大丈夫だよ。こっちは丁度話が終わったところだし。アズサちゃん? ってことは、そう言う話かな」
「ええ、恐らく」
「じゃあ、私とミネ団長はいない方がよかったりする?」
聖園ミカの質問に、後ろにいる白洲アズサの方を見る。彼女は首を振って、
「ううん。ミカと、ミネ団長にも聞いてほしい」
と言った。
桐藤ナギサは黙ったまま白洲アズサの方を見ており、事情を知らない蒼森ミネは首を傾げた。
「こんにちは、アズサさん。私に話ということですが、こうして直接お話をするのは初めてですね」
私と白洲アズサにも紅茶が追加で支給され、トリニティ流の聞く体勢が整った。
「うん、そうだな。話を聞くことはあったが、話をするのは初めてだ。それで……話というのは……私がアリウスから潜入してきたスパイだということなんだ」
白洲アズサの告白を聞き、桐藤ナギサは紅茶を一口飲んだ。
「……ミカさんの話で妙に歯切れが悪いところがあると思えば、そういうことですか」
そして、驚いた様子も見せず、そう言った。
「知っていたの?」
「……ミカさんが関わっていることが分かれば、おのずと他のことも見えてくるものです。アズサさんがアリウスから来られたことを聞いてはいませんが、貴女をこの学校に引き入れたのがミカさんという事実さえわかれば、経歴が一切不明な生徒が転校してきた経緯もうかがい知れます」
桐藤ナギサが落ち着いて続ける。
「アズサさんが、そのことを私に話してくださったのは、ただ真実を明かしに来た、というわけではないのでしょう? そのこともお話しいただけますか?」
余りにもあっさりと受け入れる桐藤ナギサに白洲アズサは目を見開いたが、言われた通りに話を続ける。
「う、うん。……今、アリウスでは、セイアの襲撃に成功したことになっていて、そして次は、ミカを煽動して貴女を襲撃する計画になっていた。でも、それを成功させるわけにはいかない。だから、協力してほしい、と言いに来たんだ。ただ、ミカがここにいるってことは、私がわざわざ言う必要は無かった?」
「そんなことはありませんよ。アズサさんから直接言っていただけて、とても嬉しいです。2重スパイのような状態は、きっと精神的に大変だったでしょう」
桐藤ナギサはそう言って微笑んだ。
「それはそれとして、アズサさんにはお聞きしたいことがあります。もし私たちを信頼して、協力してくれるのであれば……」
そしてそう続けた彼女に、白洲アズサは少し身構える。
「アリウスの様子について、教えていただけませんか?」
「アリウスの……? どういうことだ?」
聞かれたことの意味が咄嗟には理解できなかったようで、白洲アズサは疑問を口にする。
「何でも構いません。普段の様子や、食べ物はちゃんと食べれているのか、とか。それと、できれば『マダム』と呼ばれる存在についても、可能な範囲で結構ですので、言っていただければ」
桐藤ナギサのその言葉に、白洲アズサは目を閉じる。しかし、すぐに目を開いて
「なるほど、そういうことか。うん、私の知っていることでよければ、話そう。アリウスのことも、『マダム』……ベアトリーチェという大人についても」
そう言って、白洲アズサが話し始めた。
「ベアトリーチェが具体的にいつからアリウスを支配していたのかは分からない。気づけばそうなっていた、というのが私の記憶だ。それ以前は……内戦をしていたらしい。というのは聞いて知ったけど、その当時の私はまだ幼くて、内戦という言葉は知らなかったし……それが終わったからといってひもじい暮らしが変わったわけではないから」
話し始めた途端にいきなり飛び出してきた「支配」や「内戦」という言葉に桐藤ナギサが顔を顰める。しかし、口を挿むことはなく、白洲アズサの話を黙って聞いていた。
「ベアトリーチェは、私たちのような幼い子供たちを集めて訓練のようなものをさせた。今思えば、サオリやスバル……私より1つか、あるいは2つ上くらいの年齢までがせいぜいだったな。それより上の年齢の者はいた覚えがない。大人の教官は最初はいたような気がするが、それもいつからかいなくなっていた」
ベアトリーチェに必要だったのは、最初からロイヤルブラッドである秤アツコの血だけだったはずだ。そして彼女は気まぐれでアリウスの子供たちを私兵として使うことを考えた。彼女が学校運営の真似事をすることを思いついたとき、
「……あるときふと、違和感を覚えた。私たちが、ただ生きるためだけに教えを守っているということに。そしてそうなると、教えにも疑問を感じ始めた。きっと、そうやって疑問を感じた人は私だけでなかったのだろう。でも、その人たちは多分、その疑問を忘れてしまったか、忘れられないままいなくなってしまったのだと思う。でも、私は生き残った。リーダーが、助けてくれたから」
「リーダー……ですか?」
黙って聞いていた桐藤ナギサが、ベアトリーチェでない別の登場人物に気づく。
「サオリのこと……だよね?」
聖園ミカは誰の事か分かったようだ。
「うん。錠前サオリ。ベアトリーチェが特別扱いする、アリウスの精鋭部隊。スクワッドのリーダー」
そこから、白洲アズサの語った内容は、常に死の臭いが漂うアリウスでの生活についてだった。意図的なのか、無意識なのかは不明だが、彼女は『死』という言葉を避けていたようだが、聞いていた者には、何が起きていたか十分想像できただろう。
桐藤ナギサどころか、聖園ミカや蒼森ミネにとっても、白洲アズサの語った現実は重い衝撃となったようだ。しかし、これで彼女たちも知ることになったのは良いことだろう、我々の敵が、どういう存在であるかということを。