万魔殿からシャーレへの取材ということで元宮チアキという生徒が来る当日。
その約束時間の一時間ほど前のこと。先日ツーリング・サークルを立ち上げたいという話をしていた砂狼シロコがシャーレに着いたという連絡があったので、カフェスペースで待っているように返信をした、
経費で購入しておいたスタンド式の掲示板をそのカフェスペースに持っていく。カフェスペースといっても今のところは休憩用のテーブルと椅子があるくらいの殺風景なものだが、最近は徐々に利用者が増えてきているため、掲示板の設置はちょうどいいタイミングかもしれない。
「へー、じゃあシロコさんはアビドスからここまで自転車で来たんですか!? 凄いですねぇ」
カフェスペースに近づいたとき、解放された扉の先から聞き覚えの無い声が聞こえた。中を見ると、砂狼シロコに話しかける、ゲヘナ生と思われる少女がいた。
「あ、先生」
先にこちらに気づいた砂狼シロコの言葉に、ゲヘナの生徒が振り向く。
「え? あ、おはようございます! あなたがシャーレの先生ですか!? 私が元宮チアキです。今日はよろしくお願いします!」
思った通り、その生徒こそが今日面会予定の元宮チアキだった。しかし、約束の時間まではまだしばらくあるはずだ。
「はい、よろしくお願いいたします。ところで、予定時間はまだでしたよね?」
「はい、そうです。でもせっかくなので早めに来て売店とか回転スペースも見ておこうと思ったので! そしたら丁度カッコいい自転車に乗った凛々しい子が到着するところだったので、まずはシロコさんを取材してました」
「これ取材だったんだ」
砂狼シロコは用件をよく理解していないまま取材を受けていたらしい。元宮チアキは少し押しの強いところはありそうだが、少なくとも突然暴れそうにはないというレベルでは愛清フウカの言う通り良識的な人物といってよさそうだった。
「わかりました。では、ご自由にどうぞ。開放している場所であれば撮影も自由です。ただし、人を映す際には個別で許可を取ってください」
「わかりました!」
元宮チアキがはっきりと答える。問題はなさそうだ。
「それとシロコさん、こちらが言っていた掲示板になります。データを頂いた掲示物も印刷しておきますので、好きなところに貼ってください」
そう言って彼女が作ったと思われるチラシを渡す。「ツーリング仲間募集」という文字と自転車のイラスト、そして連絡先が載せられたシンプルなデザインだ。これで人が集まるかは分からないが、こういうものが一つ貼ってあると見る生徒はいるだろう。
「へー、サークルの勧誘ですか。新聞の勧誘とかもしていいんですか?」
「営利目的でなければ良いですよ」
「一応無料誌なのでそれは大丈夫です! あ、でもゲヘナ外で配るとなると一応マコト先輩に許可貰った方がいいのかな? ま、とりあえず、シロコさん! そのチラシと一緒に写真撮ってもいいですか? シャーレのカフェスペースの一風景ということで」
「ん」
掲示板を背景として、チラシを片手に砂狼シロコがほぼ無表情でピースサインをする。どうでもいいことではあるが、本当に撮りたいものはこれであっているのだろうか。
―
「それにしても、シロコさんは、どうもゲヘナの方と縁があるみたいですね」
「確かに、そうかも?」
私の指摘に、砂狼シロコが少し考えて頷く。
「え、そうなんですか? ウチの生徒と何かあったんですか?」
元宮チアキは興味がありそうな様子だ。
「風紀委員会って人たちとちょっとやり合った? 後便利屋68の子達と遊んだり」
砂狼シロコにとって、あの件はそのような認識だったらしい。確かにほとんど遊びのような雰囲気だったといえなくもないが。
「風紀委員と便利屋!? とっても気になる名前が2つも出てきたんですけど!? 風紀委員とやり合ったってゲヘナに来て何かしたんです!?」
風紀委員と聞けば普通に考えればそのような内容だろう。だが当然砂狼シロコは首を振る。
「ううん、ゲヘナは行ったことない。風紀委員会がアビドスに攻めてきたから便利屋になりきって倒しただけ」
「へ??? すみません、言っている意味がちょっと」
本来とても万魔殿には聞かせられないような話をされて、元宮チアキが困惑している。
「写真もある。風紀委員を追い返した後の記念写真」
そういって、砂狼シロコは自らのスマートフォンを取り出し、1つの写真を見せる。例の祝勝会の前に制服を交換したままの状態で記念撮影をしたものだ。
「うわー、本当に仲良さそう!? 便利屋68と服交換して写真撮ってる……でも流石に風紀委員と戦ったっていうのは勘違いじゃ……」
「嘘じゃない。証人もいる。ね、先生?」
そう言って砂狼シロコがこちらを見る。与太話として広められるよりは明確に口止めしておいた方が良いか。
「ええまあ、その場には私もいたので大体事実ですね。名目上は指名手配犯である便利屋を追ってきた、と言う話でしたが……あ、それとチアキさん。これはオフレコでお願いします」
「オフレコとか言われるとマジっぽくて怖いです! 後流石にこんな話ネタとしてもちょっと厳しいです!」
成程、確かに相当な良識人であるらしい。クロノスの生徒たちとは大違いだ。
爆弾を落とすだけ落としていき、砂狼シロコが帰っていく。自然な流れとして元宮チアキと連絡先を交換していたので、彼女は万魔殿と風紀委員会の幹部、そして指名手配犯との連絡先を交換していることになった。ゲヘナの要人とつながりの深い人物と言っても間違いないだろう。
時間も丁度良い頃合いになったので元宮チアキの取材への協力という形でシャーレ内の施設を紹介していく。
常時開放しているカフェや売店の他、講堂や体育館などの施設、そして私が寝泊まりしている居住区の紹介もする。今のところあまり機能していない場所も多いが、これを設計した人物、恐らく連邦生徒会長はここを多くの生徒たちが利用する学校施設としての運用も考えていたのだろう。
元宮チアキはいずれの施設も熱心に見ながら写真を撮ったり、メモをとったりとしていた。総じて非常に楽しそうな様子であった。
一通りの紹介をした後、事務室で簡単なインタビューを受けることとなる。元宮チアキからシャーレの運用方法や私の仕事についての質問がされ、私が答えるという形だ。
「……成程、つまりこの充実した施設は、基本的にどの学校の生徒でも自由に利用できるという事なんですね!」
「ええ、その通りです。普段あまり他校の方との接点が無い方でも、気軽に交流できる場として利用されるのが理想です。あるいは、学校、所属問わず参加可能なイベント会場として利用していただくことなども想定していますね」
「個人的にはとても魅力的だと思います!」
そしてそのインタビューも終わった。ようやく、私にとっての本題である、羽沼マコトへの面会に話が移る。
「万魔殿への訪問がしたい、ですか? 先生に来ていただくのは全然オッケーだと思いますよ?」
「そうなのですか? 返事が来ないので方法を考えていたのですが……」
私がそういうと、元宮チアキは首を傾げる。
「そうなんですか? うーん、マコト先輩のことだから変な……いえ、何か考えがあるかもしれないですね! 私からも聞いてみましょうか?」
「そうしていただければ大変ありがたいですね」
「了解です! マコト先輩も最近何か珍しく忙しそうにしてて、顔出さない日が多いんですよね……とはいっても何やってるかはよくわかんないですけど」
生徒会のトップに秘密主義的傾向があるのは三大校全てに共通しているようだ。程度の差はあるだろうが。
「成程、では気長に待つことにしましょうか」
「あ、でもとりあえず万魔殿に来ていただく、というのはどうですか? 先に外堀を固めておくって感じで! マコト先輩結構敵味方をはっきり分けるタイプなので、味方の括りに入れちゃうのは『アリ』かもです。マコト先輩は分かりませんが、イブキちゃんやイロハちゃん、サツキ先輩には会えると思いますよ!」
気長に待つと言った矢先であるが、元宮チアキから招待を受ける。面子を大事にする可能性を考え、羽沼マコト議長からの正式な回答を待ってはいたが、実際の幹部がこう言うのであれば、誘いに乗るのが正解だろうか。
「……それは、とても魅力的ですね。是非訪問させていただけますか?」
「はーい、じゃあちょっと待ってください! 予定を確認します!」
私の返事に、元宮チアキが取材時にも使った端末でスケジュールを確認しているようだ。
そして、私がゲヘナへと訪問する日程は、それから間もなく確定した。
次でようやくゲヘナに行きます