「あら、お客様?」
現れた京極サツキが私を見てそう言った。それに返事をしようとして立ち上がる。しかし、その前に彼女が言葉を続ける。
「いいえ、違うわね。貴方、どう見ても生徒には見えないもの……さては貴方、この子達を催眠してウチに侵入しようって魂胆ね?」
「は?」
余りに見当違いのことを言われて一瞬思考が停止する。しかし、彼女が何かを取り出そうとしていることに気付く。不味い、少なくとも友好的だと思われていないのは間違いない。
「これであなたの目的を教えてもらうわ」
「……は?」
銃でも取り出すのかと思ったが、彼女の取り出したのは武器の類ではなく、コインのついた紐のようだった。
「教えなさい……貴方の目的は何?」
「……」
至って真面目な表情で、京極サツキはコインを振り子のようにしながら私にそう命令する。何が起きているか理解できない。
「……」
「……」
コインの振り子を見つめ合うが、当然ながら何も起こらない。催眠術を私にかけている、と言う理解で良いのだろうか。
「……サツキ先輩。この方はシャーレの先生で、チアキのお客さんです」
「……え?」
棗イロハの呆れたような言葉で、京極サツキは振り子をやめ、改めてこちらを見る。
「……すみません、申し遅れました。今しがたイロハさんの言っていた通り、シャーレの先生をやっている者です」
「……?」
私の言葉に京極サツキが元宮チアキの方を見る。見られた方は笑顔で頷いた。
「あら、そうなの」
そう言って、恐らく催眠道具として利用しているのであろうコインの振り子をしまった。
「改めて、万魔殿の情報部長、京極サツキよ。よろしくするわね、先生」
何事もなかったかのように京極サツキがそう言って席に着く。
「はい、よろしくお願いします。情報部長ですか」
「そうよ。尋問が得意分野なの。私の催眠術を持ってすれば隠し事なんてできないもの」
「……なるほど」
先ほどのアレが彼女の催眠術であるとすればとてもそうは思えないが、とりあえず頷いておく。否定しても良いことは無い。
「それで、チアキのお客さんということは週刊万魔殿の関係で知り合ったのかしら?」
「ええ、その通りです。先日シャーレに取材に来ていただいた際に、お招きいただきました」
私の返事に、元宮チアキははーいと手を挙げてアピールする。京極サツキはそれを見て頷き、用意されたコーヒーに
「……そもそも、今更ですが何でチアキは私たちに何も言わなかったんですか? 来ると知っていたらもう少しちゃんと準備をしていたのですが」
棗イロハが元宮チアキを睨む。確かに、元宮チアキは他のメンバーのスケジュールを確認したうえで、この日程を決めいていたはずだ。
「えー? それは、その方が面白いかなって思ったからです! 現にはしたない恰好を見られて焦るイロハちゃんとか、催眠術で先生を撃退しようとするサツキ先輩とか見られましたし!」
「……後で覚えておいてくださいね」
視線がより鋭くなった棗イロハに元宮チアキはどこ吹く風だ。一方京極サツキは
「あら、このクッキー凄く美味しいわね!」
と暢気にお菓子を楽しんでいた。かなり強靭な精神を持っているようだ。
「そういえば……シャーレの先生は、風紀委員の子達と何か交流してたみたいだし、アビドスの事件が話題になった後はミレニアムやトリニティへの訪問をしていたと聞いていたから、ウチとは距離を置いているのかと思っていたのだけれど」
その後暫く、元宮チアキの取材があったときの話等の雑談をした後で、京極サツキは思い出したようにそう言った。
「……ほう、よくご存じですね。無論、万魔殿と距離を置くつもりはありませんでしたが」
曲がりなりにも情報部長とされているだけあり、私の動向も押さえてはいたようだ。しかし、「万魔殿と距離を置きたい」と思われていた、ということは、私が羽沼マコトへアポイントを取ろうとしていたことは同じ三年生の彼女にも伝わっていなかったのだろうか。
「実は、アビドスの後くらいから、何度かマコト議長が公開されている窓口へ連絡をしていたのですが、返事をいただけていなかったもので、先にミレニアムとトリニティへ訪問することになったのです」
「そうなの? うーん、私もその話は知らないわね。あ、でもマコトちゃんからシャーレの先生の動向を把握しておけ、と言われたのも丁度アビドスのニュースがあった頃だったわね」
それは私に言って良い内容なのだろうか。先ほどから私の中で京極サツキの評価が乱高下している。
「なるほど。つまり、マコト議長自体が私からのメールをそもそも見ていない、ということではないと、そういうことですか?」
「どうなのかしら? ただアビドスのニュースを見たからそう思っただけなのかもしれないし、そこまでは分からないけれど……」
京極サツキはそこまでは分からないと首を傾げる。すると、大人しくクッキーを食べていた丹花イブキが声をあげた。
「ねー、先生はマコト先輩とも仲良しになりたいんだよね?」
彼女は今までの会話の内容を、しっかりと要点を抑えて理解していたようだ。勿論「仲良くなりたい」など、自らの世界で理解できる内容に変換したうえで、だが。やはり、数学に留まらず、かなり優秀な知能を持った人物であるようだ。
「はい、その通りです。ですが、なかなか会う機会が得られず、どうしたものか考えていたのです」
「じゃあ、イブキもお願いしてあげるね! マコト先輩は優しいから、きっとお願いしたら会ってくれるよ!」
丹花イブキのその発言は、これまでの話を統合すると考えうる限り最高の後ろ盾だ。
「そうね、まあ、マコトちゃんにも何かしらの考えがあるとは思うのだけど、イブキちゃんのお願いより優先されるとは到底思えないわ。一応、私からも伝えるけど」
京極サツキも、それに続いてくれる。羽沼マコトを除けば、万魔殿の幹部で唯一の3年生だ。この二人が協力してくれるのであれば、これ以上の力添えもないだろう。
「お二人とも、ありがとうございます。やはり、今日ここに来た甲斐があります。マコト議長のこともそうですが、皆さんとこうやって親交を深められたことは、何よりの収穫です」
私は本心からそう言った。トップの羽沼マコトは未だ謎に包まれているが、それを除いた幹部たちはいずれも、少し変わったところはあるが礼儀を知っており優秀で、風紀委員よりかなり余裕を感じさせる集団だった。もっとも、行政機関としての仕事ぶり自体が見えるわけではないし、狂乱的な自由が存在するゲヘナにおいて、風紀委員会が激務で余裕が無いと言うのは原因として多分にありそうだが。それでも、万魔殿と言う組織に対する印象は、元宮チアキと会話したり、ここに訪れたりする以前からは大きく変わっていた。
それから暫く雑談をしていたが、その日羽沼マコトが現れることは無かった。
「本日はありがとうございます。私は風紀委員の方に挨拶をして帰ろうと思います」
最後に、風紀委員会の本部の場所を確認し、私は万魔殿を去ることにした。私がそう言っても、万魔殿のメンバーは特に思うところが無いようで、平然と頷いた。情報として聞いていた「風紀委員会と万魔殿の対立」も、実際には少し形が違うものなのかもしれない。
万魔殿訪問編は今回で終了です。