未来から時間遡行してきた可能性がある。
私がその秘密を明かしたことに対する反応がひとしきり済んだところで、
「一つ、聞いてもいいかな」
と百合園セイアが口を開いた。
「先生は何故今になってそのことを話してくれたのかな。先生が未来予知か、あるいは、それに類する能力を持っている可能性については考えたことはある。だとすると、それを隠しているのだと思っていたのだが……」
その指摘とは裏腹に、私は自身に起きている事象について隠すつもりはもともとなかった。もちろん、小鳥遊ホシノのように今の時間軸におけるある種のズレを認識している生徒が他にいなかったのであれば、生徒に協力を求めようと思うことはなかっただろう。しかし、実際にこの3人には元の時間軸の痕跡のようなものが存在しており、私の状況を伝えられるのであればそうしたいと思っていたのだ。
それを言えなかったのは、偏に私の中に何かしらのロックがかかっており、できなかったからに過ぎない。
「隠していたわけではありませんよ。言えなかっただけです」
「でも、先生は言えました。偉いです」
「うん、えらいえらい」
天童アリスと小鳥遊ホシノから謎のフォローが入るが、別に心情的に言いづらかったわけではない。特に訂正するつもりはないが。
「そして皆さんにこのことを共有したのは、私も含めて、この4人に起こっている事象を一体どうとらえるべきなのか、皆さんの意見や考えを聞きたかったからです」
私のその言葉に三人は顔を見合わせる。コメントは無いが気にせずに話を続ける。
「とはいえ、まだ初対面の皆さんがそれぞれ、自分のその経験についてを明らかにするのにもし抵抗があるというのであれば、先に仰ってください、勿論その話については他言無用である、という前提で、ですが。……まず、ホシノさんは、どうですか?」
「うーん、先生が話すつもりなら別に隠したいってことはないかなぁ? そもそも私に起きたことって、先生も同じ経験してるでしょ?」
確かにその通り、件の座標メールに関してはあれ以来届いていないが、あのメールが唯一、「この現象を理解している者がいる」という根拠になっている。
「では、セイアさんはどうでしょう」
「ふむ……そもそも私の夢見については、既に知っている者は知っている程度には知られているからね。もっとも、ほとんどの人にとっては都市伝説のような眉唾物、という認識だろう。いずれにせよわざわざ隠すほどの物でもない。既に失ってしまったものだしね」
百合園セイアの答えは予想していた通りの物だった。彼女にとって予知能力と言うのは既に自らには不要となった過去の物なのだろう。
「アリスさんは、どうですか?」
正直な話、最も難しいのが天童アリスについてだ。彼女は元々の出自からして謎に包まれており、その上でのことだからだ。しかし、
「はい! アリスも大丈夫です! 先生にお任せします!」
と、彼女もまた、私に話す内容を一任してくれた。
「ありがとうございます。では、今回は私が代表して皆さんの経験したことについて話しますので、間違っていることがあれば言ってください。
そう言って、備え付けのホワイトボードに書きながら私のことも含めてまとめながら説明していく。
小鳥遊ホシノ、そして私がアビドスで遭遇した、謎の座標メール。そのメールに書かれた場所に行くと、自分の記憶とは異なる記憶が想起される現象。
天童アリスが廃墟で目覚め、他の記憶は存在しないにもかかわらず、ゲーム開発部のメンバーや早瀬ユウカ、そして百合園セイアや小鳥遊ホシノも含めた名前だけは既に知っている、という現象と、目覚めた時点から、自らがゲーム開発部の一員であるという自認を持っていたこと。
百合園セイアが経験してきた予知夢が、私が現れた日を境に、必ずしも当たらなくなり、ついには能力自体が発現しなくなったこと。
そして私の時間遡行体験について。
箇条書きにするとそれぞれが異なる様相にはなっているが、しかしそれぞれが無関係ともやはり思えないものだ。
「……さて、こんなところでしょうか。皆さんが経験したことについて、或いは他の方が経験した内容について、何か思いつくことはありますか?」
先ほどと同様に、三人が顔を見合わせる、が、今度は小鳥遊ホシノが率先して発言した。
「じゃあ、はい。先生って、未来から過去に戻ったって言っているけど、それってどの位の期間を戻ってきたの? 5年とか10年とか?」
そう問われ、初めてそのことについて考える。そういえば、私はどの時点から戻ってきた? 小鳥遊ホシノの言うように何年もまたいだ長期と言うことは無い。1年以内のことではあるだろう。しかし、具体的にいつだ? ゲマトリアが解散となった後、連邦生徒会にクーデターが起こり、そしてそれが最終的に失敗した、という記憶が残っている。しかし、その後は?
私は初めて、自分の記憶が曖昧なものであることに気付いた。
「先生、大丈夫? 変なこと聞いちゃったかな」
小鳥遊ホシノの心配そうな声で、我に返る。
「すみません。戻った時のことを思い出していました。5年や10年と言うことはありません、1年以内の話です」
「そっかー。もっと先の話も知っているなら、色々聞けるかも、と思ったんだけど」
思惑が外れた小鳥遊ホシノが少し残念そうにしている。しかし、彼女の指摘は私にとって重要なものとなった。
「では、私はアリスに質問があるのだけど、聞いても良いかな?」
「はい! 何ですか?」
「君は名前以外のことは知らない、と言っていたが、初対面の人物の名前だけが分かる、という感覚がどういう体験なのか気になってね。脳内に名前だけが浮かんでくる状態かい?」
「……??? ううーん??」
百合園セイアの質問に天童アリスは首を傾げる。考えたこともなかった、というような様子だ。
「すまない。少し難しかったかな。例えば君は私のことをシーフ王の百合園セイアだと言っただろう? どうしてそう思ったのか、ということなのだが……」
「それは……キャラクターの設定画面のようなもの? です。条件をクリアすると色々なプロフィールが公開されるはずですが、最初は名前と職業しか分からないのです。でも、アリスは本当は他のプロフィールも見たことがあるような気もします」
「……なるほど、つまり、記憶があるはずなのに、それが思い出せないような感覚、ということかな?」
「多分、そうです!」
天童アリスの「名前だけが分かる現象」についても少し理解が深まる。
名前だけが分かるのではなく、名前以外の情報が抜け落ちている感覚、ということか。
ホワイトボードの内容を少し修正する。
その後も雑談交じりで暫くこの現象について話していたが、議論が大きく進展することはそれ以降は無かった。一通り言いたいことは全員話したのか、意見が出なくなる。私自身も自らの考えを整理するため、ホワイトボードを眺める。
「改めて並べてみると、私の時間遡行だけが皆さんと少し異なる現象に見えてきますね。つまり、皆さんは一種の……パラレルワールドの様子を覗き見ているという解釈ができそうです。ホシノさんは並行世界の自分の記憶を見た。セイアさんの予知夢はこの世界における予知ではなく、並行世界で起きた出来事を夢に見ていた。そして、アリスさんは並行世界の自分とのデータベースを部分的に共有している。しかし、私だけは、自らの体ごと過去に遡っている……」
そう言ってから、気づく、私に関してもそうとは言い切れない。小鳥遊ホシノがかつて以前の時間軸の記憶を見たとき、一時的に記憶の混濁が起き私へ敵意を見せたことがあったはずだ。あれと同じことが、自分にも起きていたとしたら? 彼女に起きた事象より更に重篤で、元の記憶が並行世界の記憶によって完全に上書きされた訳ではない、とどうして言い切れるのだろうか。私の記憶を連続性を保証するものはどこにもなかった。
再び、私を心配そうなに見る3人の生徒たちの様子に気付き、思考を強引に打ち切る。そろそろ切り上げることにすべきか。
「さて、意見も一旦出尽くしたようなので、続きはまた別の機会があれば、にしましょうか。その内新たな発見や仲間が現れるかもしれません」
私がそう言うと、天童アリスが目を輝かせた。
「仲間! つまり、アリス達はここで新たなパーティになったということですね?」
「なるほどー。それじゃ、最後にチーム名でも考えちゃう?」
「それは……アリだね。貴重な体験を共有した秘密の同志だ。特別感のある名前が良いと思う」
小鳥遊ホシノと百合園セイアもそれに乗る。そして、議題はチーム名決めへと変わり……
『預言者同盟』
いつも利用しているアプリのグループチャットに、そんな大それた名前のグループが追加された。
余談
この後この仲良しグループチャットは、主にアリスのゲームの話とセイアの長々とした雑記がメインコンテンツとなります