ロストパラダイスリゾート騒動。元カイザー理事から現行体制に変わった際、カイザーローンの不正を現理事に整理させた際に発覚した、程度の低い詐欺案件だ。
本来連邦生徒会の土地であるリゾートの架空の権利書を架空の団体名義で売り捌くという安易な手法で行われ、現理事が明るみにする方針を決めたこの事件を、カイザーは元理事への罪状に付け加える形で覆い被せ、個別で補償を行うという対策を取った。
しかし、カイザーのやり方に対し、怒りに沸いた一部の被害者達が当の廃リゾートへと押し寄せ、連邦生徒会からの要請を受けたヴァルキューレと交戦、その余波で詐欺被害者側人物の所有するホバークラフトが沈没するなどの被害が出た。
尚、この件においては連邦生徒会やヴァルキューレ側も名前を使われた被害者でしかなかったため、リゾート地襲撃における被害に関しては誰からも補償されることは無かった。
何故、私がそのことを思い出しているか。それは今、シャーレのカフェスペースに置いている求人情報を物色しているヘルメットを被った少女が、そのホバークラフトが沈没した哀れな被害者と一致していることに気付いたからだ。
ヘルメット団のように、学籍を持たない者がシャーレに訪れることは滅多にない。そもそも学生が立ち寄ること自体今のところそこまで多いわけではないので、最近は私が各学校で知り合った生徒たちの溜まり場としての機能が主な役割だった。SRT支部が始動すればもう少し稼働率は上がるだろうが。
「仕事をお探しですか?」
「うわ!? えっ、あんた誰?」
声を掛けたところ、思ったより驚かれる。
「失礼しました。私はここの責任者、つまり、シャーレの先生です」
「先生!? あんたが……へー、初めて見た」
ヘルメット団の少女は、そう言って私をまじまじと見た。
「それで、仕事を探しているのですか?」
「あ……うん。割の良いやつ探してて。って、そもそもここにある求人ってうちでも応募できるの?」
私が用件を確認すると、彼女は何故か後ろめたそうにしながら、そう言った。
「勿論、できますよ。何故そのようなことを?」
「あー、ほら、うち学籍無いしさ、シャーレの『先生』だから学生じゃないうちでも利用できるのかなって……」
そういうことか。恐らく、一般的なアルバイトなどであれば、所属学校の情報は多くの場合必須なのだろう。彼女のように特定の学籍を持たない者は、それだけで応募要件を満たさない、ということが多々あるのだろう。そのような状況で、悪事に手を染めるのではなく、シャーレを見ておこうというのであれば、なかなかに真面目な人物なのかもしれなかった。
「そういうことですか。先生と生徒というのはここではそう言った縛りは無いので、少なくともここから出ている依頼であれば、名前だけで応募可能ですよ。名前も言えないというわけではないでしょう?」
「うん。うちはジャブジャブヘルメット団のリーダー、河駒風ラブよ」
河駒風ラブ、確かにそのような名前だった。
「ラブさん、ですね。よろしくお願いします。この前の事件では大変だったでしょう?」
「そうなのよ……ってあんたうちの事知ってたの!?」
「話しているうちに思い出しました。ロストパラダイスリゾート襲撃事件の関係者ですよね?」
驚いた彼女に私がそういうと、彼女は顔を真っ赤にした。
「ちっ、違うのよ! うちは別に襲撃に加わろうとしてたわけじゃなくて、リゾートの権利使うためにあのあたりに停泊してたら何か詐欺だったらしくて、引き上げようとしてただけなのよ! それなのになんか変な集団に巻き込まれて……」
報道ではそのような話ではなかった気がしたが、もし彼女の言っていることが本当であれば、2重、3重の意味で単なる被害者であるようだった。
「……銀行からは一応補償が出たのでは?」
「あのホバークラフト、まだ支払いが終わってなかったのよ。それの支払いで無くなっちゃったわ」
「それはそれは……」
話を聞いていると、なかなかの不幸体質の持ち主のようだった。最近軌道に乗り出した、便利屋68のかつての姿を思い出す。
「あ、ごめん。
そのような状況でも、自分を慕って付いてきている団員達を守ってあげたい、と河駒風ラブは言った。そういうことであれば、紹介できる仕事がいくつかある。
「そうですね……そこそこの人数が要る仕事があるのですが、すぐに集められる人員はいますか?」
丁度、まだ求人情報に出していなかった仕事があった。ミレニアムサイエンススクールの建物破損の修繕工事依頼。工事自体はエンジニア部主導で行うようだが、人手が足りていないという話だ。
「うん、今バイト中じゃない子を呼べばいいのね? 大丈夫だと思う」
人望があるというか、統制が良くとれているというべきか、そう言った河駒風ラブはすぐに10人ほどの人手を確保した。私はその間にエンジニア部へと連絡し、彼女たちはすぐにミレニアムへと向かう事となった。彼女たちの仕事の様子を見るため、私も同行することにした。
「まさか、今日すぐに工事を進められるとはね。ありがとう、先生。実は頼んでいたところがダブルブッキングをしていたとかで急に来れなくなって困っていたんだ」
ミレニアムに到着すると、工事責任者である白石ウタハが出迎えてくれた。
「君たちも、急な呼びかけに応えてくれてありがとう。ミレニアムのエンジニア部、部長の白石ウタハだ。よろしく頼むよ」
「ミレニアムのエンジニア部って、結構有名よね。うちは河駒風ラブ、この子達と一緒にジャブジャブヘルメット団として活動してるわ。こちらこそよろしくね」
責任者同士の挨拶を済ませ、白石ウタハの案内の元、現場へと向かう。道中、学内を歩くヘルメット団を見て何事か、と言う顔をする者もいたが、一緒にいる白石ウタハの姿に気付くと、特に呼び止めることもなくすれ違っていった。
現場に入った河駒風ラブや、ジャブジャブヘルメット団の団員達の仕事ぶりは、傍から見ていても悪いようには見えなかった。
工事はなかなかの規模のように思えたが、エンジニア部が開発したという奇妙な機械の使い方をレクチャーされた彼女たちは、それを使ってスムーズに工事を進めている。ヘルメット団というと、不良崩れで不法行為も厭わないというようなイメージがあったが、この働きぶりを見るとそれだけではないのだろう。
夜を迎える頃には、工事は終了した。明らかに驚異的な速度で終了したが、白石ウタハによればミレニアムではこれで普通とのことであった。もっとも、未経験であるはずのヘルメット団員たちの手際の良さについては驚愕に値すると褒めていたのだが。
「皆さん、お疲れさまでした。ウタハさんも皆さんの働きぶりを褒めていましたよ。それで皆さん、どうでしょう、これから食事でも。御馳走しますよ」
無事に仕事を終わらせた彼女たちに、労いの言葉をかける。『次の仕事』についての話もしたいというのが本音だ。
「うーん……」
私の言葉に、団員たちが湧きたつが、リーダーである河駒風ラブは少し悩んでいる様子だった。
「何かご予定が?」
「いや、えーっと、そうじゃなくてさ。今日他のバイトで来れなかった子もいるしさ、何か悪いかなーって」
不良組織のリーダーと言うより、
「何人くらいいらっしゃいます?」
「え? 今日来たので半分くらいだから、あと10人くらい?」
「その位ならば、お呼びいただいても大丈夫ですよ。ああ、ただ20人ともなると今から店を探すのも手間ですね。……デリバリーでも利用して、シャーレでやりましょうか。今日はもう受付も営業時間外ですし」
私の発言に、まずは河駒風ラブではなく、団員たちから再び歓声が上がる。シャーレに興味を持っていた者もいるようだ。
「……そこまで言うなら、うん。お言葉に甘えさせてもらうわ」
そう言って、彼女はまた団員達への連絡をする。結局、ほとんどの団員達が集まることになるようだった。
―
シャーレオフィスに到着し、デリバリーの料理や他の団員たちを待つ間、団員たちは初めて入ったまだ新しい建物に興味津々な様子だった。河駒風ラブがどうにか団員たちを落ち着かせようとしていたが、折角なので施設内の案内をする。
「うわ!? リーダー! 見てくださいこの部屋、綺麗なホテルみたいですよ!?」
団員の一人が、河駒風ラブを引っ張って居住区の個室へと入っていく。私以外今のところ殆ど使用していないここには、特に興味があるようで、この少女たちは今住む場所にさえ困っている集団である、ということを再認識させられた。
そうしているうちに団員や料理が揃い、カフェスペースを即席のパーティ会場にしてのジャブジャブヘルメット団との会食が始まった。普段こんな贅沢をしたことが無いと喜ぶ団員達を、河駒風ラブは嬉しそうに見ながら参加していた。
時折団員達に話しかけられながら、少し遠巻きにその様子を観察していると、河駒風ラブが私のところへとやってきた。
「今日は、本当にありがと、先生。仕事を紹介してもらうだけじゃなくて、こんな、パーティまで開いてもらっちゃって」
別にパーティーをするつもりはなかったのだが、結果的にそうなっただけだ。
「喜んでいただいて何よりです。それに、食事にお誘いしたのは、思惑もあったものですから」
「思惑……?」
河駒風ラブが少し不審な様子になる。
「ああ、すみません。警戒されるような話ではなく。ただ、今日の皆さんの働きぶりを見て、提携を依頼できないか、と思いまして」
「提携……ってどういうこと?」
「そうですね……シャーレには日々たくさんの相談が来ていまして、その中には一般的な依頼だけでなく、求人情報も多く含まれています。しかし、シャーレは常に人手が足りない状態です。現地協力者を探す、というのも手なのですが、特に今日のように緊急性が高く、かつ大人数の依頼は十分に協力できないこともあるのですよ」
私に個別で問題解決を求めるゲーム開発部のようなパターンや、アビドスやトリニティからのような学校単位での支援依頼もあるが、最近はシャーレのコネクションを利用した人材紹介の依頼も来るようになってきている。
そのすべてに応えることはできないが、職に困っている者が今ここにいるのは、都合の良いことではあった。
「はぁ……つまり今日はうちがたまたま来てたから、何とかなったって話ね?」
「その通りです、それで提携、と言う話です。このような仕事を優先してやってもらう、と言うような内容です」
「それは……ありがたい話ではあるけど、良いの? うちら、知っての通り学校にも行ってない不良集団なんだけど」
不良集団、といえばその通りかもしれないが、今日の様子を見ていれば、ただ学籍を持っていないだけ、と言うように見えた。勿論、学籍の有無はこのキヴォトスにおいては死活問題なのも事実なのだが。
「不良集団だから、という訳ではありませんが、こういう提携依頼は学校に所属する組織にはできないですからね」
「そうなの?」
「どこかの学校への贔屓、と捉えられかねませんからね」
「はぁ……先生も結構めんどくさい立場なのね」
河駒風ラブに同情的な目を向けられる。今更ながら、私は何故この状況で熱心に仕事をしているのだろうか。強制的に持たされたと感じていた使命感が、気づけば当然の物のようになっていた。
「先生?」
「すみません。少し考え事を。それで、提携していただいた際は、こちらから提示できるメリットもあります。仕事を受けていただいている間はシャーレの臨時職員証をお渡しします」
「職員証? 何か特典があったり?」
「ええ、今日見ていただいた施設を基本的に自由にお使いいただけるものですね。職員の場合、営業時間外であっても利用可能になります。複数日程にまたがる依頼なら宿泊施設ももちろん使えますよ」
シャーレの責任者になってからすぐ、そのような仕組みをとりあえず作るだけ作っていたのだ。しかし、今まで手伝いレベルでは仕事を請けてくれる生徒はいたが、職員になるほどの者はいなかった。もっとも、早瀬ユウカなどは彼女の立場でなければ渡していただろうが。
「うーん……聞けば聞くほど、美味しい話に思えるけど。ちょっとみんなに相談してみるわ。ヘルメット団のまま、でも良いのよね?」
彼女なりに自分の立場へのプライドや責任感があるのだろう。彼女のその言葉に私は頷き
「それともう一つ、提携の話とは別で、今度トリニティで
と、新たな仕事の依頼も行った。
そしてその日の内に、シャーレとジャブジャブヘルメット団の業務提携と、トリニティにおける仕事──エデン条約調印式における警備協力の依頼が、成立した。
次回から調印式準備編に入ります。
ただ、明日は更新お休みさせていただきます。
また、次以降は当分週5更新とさせていただきます。