6,7話だと思います。
羽沼マコトとの会談
エデン条約の調印式が近づき、その準備や根回しなどの追い込みを始めた時期になって、ようやく
と言っても、羽沼マコトから直接連絡があった訳ではなく、元宮チアキを通しての連絡だった。
そろそろ諦めて風紀委員会に全ての情報を渡そうと思っていた時期なので、お互いにとってギリギリのタイミングだったといえるだろう。
何にせよ、準備をして再度、ゲヘナの地へと足を踏み入れることとなった。
「どうも、先生。お久しぶりです」
一人で学園まで向かった前回と違い、今回は棗イロハがわざわざ迎えに来た。これはつまり、万魔殿からの正式な招待である、ということを言いたいのだろう。ゲヘナらしいかどうかは別として、羽沼マコトの性格が窺える。
「マコト先輩にはあの後すぐ連絡するよう言っていたんですけど、なかなか決めてもらえず、お待たせしてしまい申し訳ありません」
簡単な挨拶を交わした後、棗イロハがすぐに謝罪の言葉を述べた。相変わらず苦労性のようだ。サボること自体が趣味になってしまうほど、多忙な生活なのだろう。
「いえ、イロハさんに謝ってもらう必要はありませんよ。マコト議長もお忙しい身でしょうから」
「すみません……一体、何を企んでいるんだか……」
「それについても、こちらで大体の調べがついているので、大丈夫ですよ」
私の言葉に、棗イロハがぎょっとした様子でこちらを見るが、しばらくして
「嫌な予感がするので、聞かなかったことにします」
と言った。
ゲヘナ学園に入り、万魔殿の本部に到着する。そこで前回元宮チアキに案内された応接室に通され、暫く待つと、扉が開かれた。
「キキキッ、よく来たなシャーレの先生よ。私が万魔殿のリーダー、羽沼マコト様だ」
不遜そのものの態度で現れたのは、棗イロハを引き連れた羽沼マコトだった。
「初めまして、マコト議長。お会い出来て光栄です」
「キキッ、先生がどうしても私に会いたいと聞いてな、忙しい中時間を作ってやったのだ。存分に感謝するが良いぞ!」
「すみません、本当はトリニティに先に行かれたので拗ねてただけです。イブキに怒られて慌ててチアキから連絡させていましたからね」
「うるさいぞイロハ!」
横から実情が垂れ流しになっているが、それについては彼女の名誉のために触れないで置く。ここで暴露したのは恐らく棗イロハの意趣返しだろう。
「確かに、どうしてもお会いしたいと思っていましてね、機会を設けていただきありがとうございます」
「ほう、なかなか礼儀をわきまえているじゃないか。キキッ、子どもだからと侮る大人よりよっぽど好感が持てるぞ」
「マコト先輩は何でそんなに偉そうなんですか? 相手がどなたか分かってます?」
狙ってこのやり取りをやっているとすればなかなかの緩急のつけ方だ。思わず気が抜けそうになる。気を取り直して、まずは当たり障りのない話題から、といういつものやり方で話し始める。
「まずは私はこのキヴォトスにおいては新参者ですので、私、そしてシャーレが普段どのようなことをやっていて、どういった相談が可能か、というのをお話させていただきますね」
シャーレの持つ役割と出来ることについて、説明していく。学校間の紛争の解決などの万魔殿について面白くないと思われる部分は最小限に抑え、メリットが最大限伝わるよう考えていた内容を伝える。
「ふん、あまり頼ることも無いかもしれんが、イベントの相談や、学区間での交流の手伝いというのは考えなくもないな」
「ええ、とりあえず思いついたら何か言ってみていただければ、ご協力できることがあるかもしれません」
反応はそこそこ、と言った様子である。幸いなことに、少なくとも今のところあまり敵対心を持たれているという訳ではないようだ。そろそろ、本題にとりかかるべきか。
「ところで、マコト議長に一つお聞きしたいことがありまして……」
「ほう? どういった話だ?」
「……エデン条約の件です」
話題が突然トリニティが絡む内容になったことで、羽沼マコトの目が鋭くなる。棗イロハも、突然の話に訝しがっているようだ。
「マコト議長は、エデン条約についてどう考えておられますか?」
「……ふん、面白くは無いが、
機嫌が悪そうに彼女はそう返した。しかし、これは恐らくポーズだろう。話したくない内容があるから、そうしているだけと考えた方が納得がいく。
「そうなのですね。しかし聞いたところによると、会場の指定はマコト議長が行ったとか……わざわざ修繕まで要求して」
「キキキッ、どうせなら大きくて見映えの良い会場がカッコいいからな」
「成程、トリニティには他にも大きな会場となりうる場所はありますが……まあ、良いでしょう」
「……先ほどから何が言いたい?」
羽沼マコトの声色が1トーン下がる。私の態度が不快に感じたのだろう。だとすれば、狙い通りだ。
「……万魔殿は立派な情報網を持つ、とはサツキさんから聞いているので、ご存じかもしれませんが。先日、トリニティの生徒会長を狙った襲撃事件がありまして。私は偶々それに巻き込まれたのですが……まあ、実行犯の多くは拘束されて大事には至らなかったのですが、その犯人たち、誰だったか分かりますか?」
「そんなことは知らん」
「そうですか……彼女たちは、『アリウス』と名乗っていました」
アリウス、その言葉には羽沼マコトよりもむしろ、隣で聞いていた棗イロハの方が大きな反応を示した。アリウスの事を知っているのだろうか。
「そして拘束した生徒たちへの入念な取り調べを行った結果、マコト議長、彼女たちの情報源として貴女の名前が浮上しました」
私の発言に、羽沼マコトは不遜な態度を崩さなかったが、隣の棗イロハはほとんど頭を抱えていた。理解度に差があるのか、それとも羽沼マコトが大物なのか。
「キキキッ、先生は、そのような犯人の言い分を信じてこのマコト様を糾弾するためにここに来たのか? アリウスと言う名前も、私の事も分断工作に過ぎんだろう」
「まさか、糾弾するなどとそんなつもりはありませんよ。そもそもアリウスとゲヘナである貴女方が繋がっていたとしても、それを止める筋合いもありませんからね。ただ、
ここまで言っても羽沼マコトの態度は変わらず、余裕が見える。想定外のことなど、何も起きていないという表情だ。やはり、物証もない、ただの話だけではそう簡単にはいかないか。そう諦めかけたとき、先ほどから様子がおかしかった棗イロハがついに耐え切れなくなったかのように口を開いた。
「マコト先輩! 本当に、アリウスと繋がっているなんてこと、無いんですよね? もし関わっているのだとすれば、先輩は
堰を切ったように話す棗イロハの姿は初めて見たが、それだけ事の重大さに気付いた、ということだろう。私も彼女に補足する。
「よくご存じですね、イロハさん。ゲヘナにいて……いえ、ゲヘナだからこそより客観的な資料もあるのでしょう。アリウスは、第一回公会議にて現在トリニティとして統合されている様々な分派と袂を分った、あるいは追放されたのです。そしてその理由の最たるものが、ゲヘナとの敵対にあったと言われています」
「ふむ? なるほど、そうか……」
羽沼マコトは棗イロハと私が話している間も余裕の表情を崩していなかったが、暫く沈黙した後急に眼を見開き
「何ィッ!!?」
と叫んだ。彼女の余裕の態度は強がりでも何でもなく、ただここまで指摘されるまでその可能性に一切気付いていなかっただけだったようだ。
―
三者会談の形だった今回の訪問が、急遽万魔殿の幹部たち全員を招集した会議へと形を変えることになった。羽沼マコトの軽挙妄動に怒り狂った棗イロハが当初、丹花イブキと空崎ヒナを呼んでくる、という勢いだったのだが、羽沼マコトが余りにも必死にそれを止めるため、とりあえず丹花イブキを含めた、万魔殿のメンバーに洗いざらい話すことで対応は一旦保留ということで私が仲裁する羽目になった。風紀委員会へ伝わるのでは、わざわざ私が羽沼マコトへ直接赴いた意味がなくなってしまう。
棗イロハの怒りに怯える羽沼マコトを見て、万魔殿内での力関係がいまいちよく分からなくなった。しかし薄々気づいてはいたが議長の羽沼マコトはこの中で絶対君主、という訳ではないようだ。どちらかというとそれにふさわしいのは丹花イブキの方かもしれなかった。
「マコト先輩! そんな酷いことしちゃ駄目なんだよ!」
丹花イブキが頬を膨らませて怒る。
「うぐ……、す、すまなかったイブキ」
「謝るのは私じゃないでしょ! ちゃんと先生や、ヒナ先輩に謝らないと」
「いや、しかし……」
「マコト先輩、めっ!」
非常に牧歌的な雰囲気になっているが、起ころうとした事が事だけに、その光景はあまりにシュールだった。流石の元宮チアキや京極サツキも苦笑いをしている。内容が余りにも酷すぎた。
仕方なく、話を進めるため口を挿む。
「イブキさん、少しお話してもよろしいですか?」
この場で最大の発言権を持つ少女にお伺いを立てる。
「うん、先生。なあに?」
快諾が得られたので、仕切りなおすための話をする。
「私は、マコトさんの悪だくみを謝ってもらうためにこの話を持ってきたわけではないのです。マコトさんがエデン条約を気にくわないことや、トリニティや風紀委員長に敵愾心を持っていること自体は、
話題の本質を間違えないために、前置きをする。少なくともエデン条約において私が求められている役割は、それを成立させることではない。その責任はそれを進めている者たちにある。二校間でエデン条約が成立しようが決裂しようが、実際のところは大して変わらないのだ。
私が動いているのは、エデン条約を第三者が介入や妨害し被害を出すことをできる限り減らすことであり、何者かが悪用して利益を得ることを防ぐためであった。
「あ……うん」
聡い飛び級少女は、私の発言の意図を正確に理解したようだ。
「なので、今回の問題は、マコトさんが騙されていた事にあります。これによって事態はマコトさんの思惑を超えて、貴女がた万魔殿や、他のゲヘナの生徒たちにも多大な被害をもたらす可能性がありました。そこは認めていただけますか、マコトさん」
「う……うむ」
羽沼マコトは不承不承と言った様子で頷き、棗イロハから睨まれている。
「イブキさんも、よろしいですか?」
「うん……イブキは、みんな仲良くなったら良いなって思ってるけど、
「イブキさんのその考え自体はとても素敵だと思いますよ」
まさに彼女の言う通り、理想を高く持つことを恥じる必要はない。相反する考えを持つ人がいるということは理解すべきだが。
「うん……えへへ」
お世辞でなく、非常に人間が出来ている。ゲヘナどころかキヴォトス全土を探してもそうはいないレベルだろう。
「さて、マコトさん。真面目な話に戻りますが、エデン条約調印式の円滑な
「……具体的には?」
羽沼マコトが真面目な顔に戻る。こういった切り替えなど、上に立つものの素質が全くない、とは言えない部分も確かに彼女にはあるようだ。
「パターンは二つあります。一つは、この話を風紀委員会に持っていくことです。恐らく万魔殿は、というよりマコトさんは制裁を受けることになるでしょう。少なくともエデン条約に関わることはできなくなる」
流石に空崎ヒナも羽沼マコトがアリウスを手引きしていると知れば容赦しないだろう。調印式のスケジュールも大きく変わるかもしれない。
「……もう一つは?」
「はい、それは私に協力する、という道です。今後、アリウスへの情報提供をやめ、アリウスから得ていた情報を私に教えてくれれば、私はこの話を他の誰かに持っていくことはありませんし、やりたければご自分の可能な範囲でエデン条約の妨害をしていただいても構いません。勿論その場合は、イブキさんに嫌われる覚悟で、ですがね」
羽沼マコトがどちらを選ぶかなど、考えるまでもなかった。