羽沼マコトから、彼女が持っているアリウスの情報を得た。それを元にエデン条約調印式について、そこで起こる出来事をどう乗り切るかの再検討を行った。そしてその中で、事件の起点となる巡航ミサイルについて様々な対処法を検討したが、結論としては『根本的に発射と着弾を防ぐ方法は殆ど無い』というところに行きついた。
もっとも、これは想定の範囲内のことであった。元よりどこに設置しているかもわからなければ、その場所自体が入ることのできる場所にあるとも限らない。そして仮に撃たれてしまった場合不明の技術を使用しているため、例えミレニアムのエンジニア部に依頼したとしても確実に撃ち落とす方法というのは見つからないだろう。
唯一可能性があるとすれば、生徒達に目視でミサイルを撃墜させることだが、看過できないレベルの危険が伴うので、これについては流石に論外とするしかなかった。
調印式の日程を前倒ししたり延期したりすることは、ミサイルの脅威が残るという点であまり意味がなく、事が起こる前に攻め込む、というのも策としてあまり現実的なものではない。戦力的には問題ないが、泥沼化する危険が高い。
つまり、基本的には撃たせて、着弾点に落とさせるという想定で動くしかないのだ。日程通りにエデン条約の調印式を迎える、その日に。
その前提で、最も効果の大きいと思われた策は、ある程度大がかりな準備が必要なものだった。要するに前回のアリウスによる襲撃事件、それと似たような反攻作戦を行おうという話だ。
この話をティーパーティーとの会議に持ち込んだ際には、聖園ミカは
一方万魔殿に提案した際には、羽沼マコトは自分をだましていたアリウスに一泡吹かせられると喜び、棗イロハは実現可能性に疑問を持っていたが、丹花イブキが結果的に傷つく人数を少なくする策であることを喜んだため、結局はそれが万魔殿の総意となった。双方の生徒会長の同意が得られたこの策は、実際のものとして進められることとなった。
そしてこの策は、当日まで生徒会幹部以上、及び私が協力依頼するごく少数の人数にのみ共有される秘密裡のものとなった。
対外的な準備としては、クロノススクールのような報道機関への根回しや、ミレニアムスクールに所属するある人物への協力依頼、そして、本来予定されていなかった
それと同時に、最も大事なことがあった。それは、『シスターフッドに許可を取り付ける』ことである。何せ今も急ピッチで修復作業している古聖堂が、この作戦の舞台となるわけだ。それが破壊されるという想定で、準備をしなければならない。
そういうわけで、私はシスターフッドの代表である歌住サクラコと、舞台となる通功の古聖堂にて面会することとなった。
補習授業部の顧問をしていた間、シスターフッドの主要メンバーとは殆ど会う機会が無く、一度伊落マリーというシスターが合宿先に訪問してきた以外は、3回目の追試験の際に何人かすれ違ったくらいである。その際は正義実現委員会のメンバーもシスターに扮していたので、誰がシスターフッドに所属していたのかはよく分かっていない。
しかし、通功の古聖堂に到着した際、初めに会った生徒のことは、記憶に残っていた。シスターにしては少々
そしてその生徒は今、古聖堂の正面で大きな金属製の何かを抱えて歩いていた。よく見ると、それは長方形の扉のような形状をしていた。
「……? あ、せ、先生!? こ、こんにちは。あ、サクラコ様に会いに来られたんですよね!?」
視線に気付いたのか、その状態で振り向いた彼女は私に気付き、慌てていた。
余りに危険な光景に一歩後退る。
「あ、す、すみません、ちょっと作業中で。修復した扉を取り付けるところだったんです」
「……こちらこそ作業中に邪魔をしてしまい申し訳ありません。それが終わってからで結構ですよ」
私がそう言うと、やたらと恐縮しながら木製の扉をはめ込むような手軽さで、恐らく青銅でできている金属製の扉を設置していく。扉の重量は、軽く見積もって数トンはあるだろう。常識では考えられない光景だ。
「お、お待たせいたしました……若葉ヒナタと申します。以前、お見掛けしたことはありましたが、ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
手際よく扉を設置しているところを遠巻きに見ていたが、やがてそれを終わらせたシスターが改めて恐縮しながら挨拶に来た。若葉ヒナタ、というらしい。
「こちらこそ、あの時はご挨拶もできず、申し訳ありません。シスターフッドの方が監修して工事をされていると聞いたのですが、まさか手ずから作業をされているとは思いませんでしたよ」
「え、えへへ……わ、私は他の方より少し力持ちなので……こんな時くらいしか役に立てないですからやっているだけです」
決して
「あ、すみません。 サクラコ様……あ、シスターサクラコに会いに来られたんですよね? 今、呼んできますね」
若葉ヒナタはそう言うと、先ほど自分が設置した扉に足をぶつけて躓きそうになりながら慌ただしく古聖堂の中に入っていった。ある意味、トリニティ内で有数の
程なくして、古聖堂の中から若葉ヒナタに加え、二人のシスターが現れた。一人は以前会ったことのある生徒、伊落マリーだ。とするともう一人がシスターフッドのトップである歌住サクラコだろう。
「お待たせしました、先生。シスターフッド所属の歌住サクラコです。本日は呼びつけるような形になってしまい、申し訳ありません」
「いえ、私も事前にこの古聖堂は見ておきたかったので、寧ろ都合が良かったです」
「それは何よりです。こちらは前に会われたかと思いますが、一言ご挨拶がしたいと言っておりましたので連れてきました。さあ、マリー」
歌住サクラコは、連れてきたシスター、伊落マリーへ話を振った。
「はい、先生。伊落マリーです。先日はありがとうございました。今日も、お会いできて良かったです」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
直近で訪問していた万魔殿、というより羽沼マコトとの差が大きすぎて感覚が狂いそうになるほど、3人ともに穏やかで丁寧な対応である。こちらも本題に入る前に、今までの非礼を詫びるところから始めるべきだろう。
「補習授業部の顧問として活動していた際、色々と勝手なことをした挙句、振り回してしまい、申し訳ありませんでした。本来はもっと早くご挨拶に伺うべきだったと思いますが……」
「いいえ、先生。先生が
私の謝罪に対し歌住サクラコは穏やかに微笑んで首を振り、そう言った。驚いたのは当然だろう。それだけのことをした自覚はある。
「それに関しても、申し訳ありません」
「ですから、謝罪は不要ですよ。……それに、マリーも含め、先生に会った方達は皆、先生から良い影響を受けているようです。
歌住サクラコは、ほぼ初対面の私に対して、本気でそう思っているようだった。
「……そう言っていただけると、非常にありがたいです」
私のこの感謝は、心から出たものだった。
「さて、折角この通功の古聖堂に来ていただいたのですから、中をご案内いたしましょう。まだ内装もところどころ修復が終わっていないところがありますが、表面部分に関しては調印式には間に合うと思います」
歌住サクラコは話題を変えるようにそう言って、私を中に招き入れた。
―
歌住サクラコの案内で、通功の古聖堂の中を見て回る。若葉ヒナタと伊落マリーはそれぞれ自分の持ち場に戻り、彼女は1対1で私に古聖堂内部について解説してくれた。
中には作業中とみられる生徒や業者などが少しいたが、今は細かい部分の調整を行っているようで、完成系の姿は十分想像できるものだった。
「ご存じかもしれませんが、エデン条約の調印式がこの古聖堂で行われることになったのは、ゲヘナ側の代表者である万魔殿の議長の要求とのお話です。……トリニティ嫌いで有名な方というお話を伺っていましたが、この古聖堂に注目していただいたのはありがたいお話ですね。お陰様で、このように修繕に取り組むきっかけともなりました」
歌住サクラコはこの修復工事が行われた経緯について、そう話した。
「確かに、このように素晴らしい建造物があるのであれば、マコト議長がここを会場に選んだ理由もよくわかります」
本当の目的はかつての公会議の再現と、地下からの侵攻への要として利用するという、アリウスの目的に乗せられていただけなのだが、水を差すようなことを言うつもりはない。
建物内部の、主要な部分についてあらかた話を聞くと、歌住サクラコはそこで一旦説明を終わらせた。個人的に気になっている、地下墓地の部分について触れるつもりはなかったようだ。
「サクラコさん、この古聖堂には巨大な地下墓地が存在していると聞いたのですが……」
「ああ……カタコンベのことですね。あるにはあるのですが……お恥ずかしいことに、そちらは未だ手つかずの状態なのです。老朽化しており、入ることは禁止となっておりまして」
私の質問に歌住サクラコはばつの悪そうにそう言った。特別な思惑があって隠していたというわけではなさそうだ。
「なるほど、そういうことだったのですね。では、外から見学だけでもさせてもらえたりはしませんか? 個人的興味があるだけなのですが」
「そうですか? ……先生がそこまで仰るのなら、ご案内させていただきます」
歌住サクラコはそう言って石造りの階段と、その先に小さな扉がある場所まで案内してくれた。この先が迷宮のように広がる地下墓地になっているのだという。
どのような人物が眠っているのか興味が無い訳ではなかったが、ここに来た目的はアリウスの侵入経路の確認のためだ。存分に見させてもらおう、特に、
許可を得て数枚の写真も撮り、正門との位置関係などを十分に確認して、歌住サクラコに満足したことを伝えると、彼女は多少訝し気にしながらもうなずき、
「では、聖堂に戻りましょうか」
と言った。
「いかがでしたか、先生。この通功の古聖堂は」
「厳かで神秘的な、深い歴史を感じさせる良い建物ですね。見学に来て良かったです」
これに関しては、私の本心だった。建築物への興味が然程あるわけではないが、ここには
そしてそれを修復している歌住サクラコやシスター達の姿にも感心させられた。これからここが破壊される、と直接言う訳ではないが、最低限ここが戦場になってしまうことは伝えねばならない。そのことが今の私にとって、非常に億劫なものになってしまっていた。
「ところで、先生」
気付けば、歌住サクラコは真っすぐこちらを見ながら、微笑みを浮かべていた。
「何か私に伝えることがあって、今日、ここまでいらっしゃったのですよね?」
見透かされたようなタイミングだ。いまさら、作戦を変えるということはできない。既に水面下で様々なことが動いているし、それ以上に良いと思える案もない。
「実は、エデン条約の調印式の件で、お伝えしなければならないことがあるのです」
私がそう話し始めると、彼女はそのままの表情で頷いた。ミサイルのような具体的な方法については避けつつ、この後起こる事と、作戦の概要を話す。アリウスがエデン条約の調印式に再度現れる可能性が極めて高いこと。そしてそれはこの古聖堂が戦いの舞台となってしまうというのを意味すること。また、それを前提とした、反攻作戦があることを伝える。私が話している間、歌住サクラコは黙って、元の微笑みを崩すことなくただ聞いていた。
「……成程。先生が少し言いづらそうにしていたのは、私たちのことを気にしていただいていた、からだったんですね」
話し終えた後、歌住サクラコは私の話の内容と、それをこちらから言い出さなかったことを好意的に解釈していた。
「ありがとうございます、先生。それでもお話いただいて、とてもうれしく思います。そして……私個人として、またシスターフッドの代表として、その作戦の決行を支持致します」
そしてあっさりと、彼女はそう言い切った。
「……よろしいのですか?」
その返事は私にとって都合が良いものだったにもかかわらず、つい聞き返してしまう。
「はい。……と言っても、私は政治の事や戦いのことに関しては詳しくありません。なので、その作戦の良し悪しについては分かりません。それに、この聖堂が戦いの場となってしまうことには残念な気持ちが無いとは言えません」
「では、何故?」
「……先生のような方が、それでも私に、シスターフッドに話しに来てくれたからです。きっと私よりも何倍もそれらに詳しい先生が、この聖堂の事を気に入ったと本心から言ってくださった先生が、それでもこの作戦が一番だと思い、私に伝え、義理を通してくれたのです。であれば、私もその気持ちに応えよう、と思ったのです」
そう言いきった彼女の考え方を私は完全には理解できていなかったが、殆ど初対面である私を信頼してくれているということは十分に伝わってきた。
「……そうですか。ええ、これが最も良い作戦だと考えているということは保証します」
「はい。私たちも微力ながら、成功をお祈りさせていただきますね」
歌住サクラコは、静かな微笑みを崩し、年相応ともいえるにこやかな表情で改めてそう言った。
「ありがとうございます。当日は瓦礫の山に立つことになろうとも、必ず作戦は成功させます」
彼女の想いに応えるため、私はそう宣言する。
「はい! ……瓦礫の山?」
私の発言に少し違和感を覚えたのか、歌住サクラコが思案顔で聞き返す。
「いえ、喩え古聖堂が粉微塵に吹き飛ぼうとも必ず成功させるという覚悟の現れです」
「そ、それなら良いのですが……何故か先ほどから妙にたとえが具体的じゃありませんか?」
「それはミサイルが……いえ、忘れてください」
わざわざ話すのを避けていたことをつい、言ってしまいそうになり、口を閉じる。
「ミサイル!? 今ミサイルと仰いましたか!? 先生、まだ話していただいていないこと、ありますよね? ね!?」
「では、私はこれで」
「先生、先生!!?」
歌住サクラコの慌て切った様子で私を引き留める。私は改めて歌住サクラコの誠意に応えるべく、改めてミサイルの件も含めて彼女に説明した。彼女はかなり苦々しい表情を浮かべはしたが、最終的には
「一度言ったことを反故にしたりはしません。結果的に話してくださいましたし……その前の私を揶揄うような伝え方は酷かったですが……」
と文句を言いながらも改めて作戦に同意してくれた。私自身、なぜ彼女をからかうような真似をしたのかよくわからなかったのだが。
また、情報の出どころについては、百合園セイアの能力を知っているためか、深く追求してくることは無かった。そして私は、改めて彼女に礼を言ったあと、伊落マリーと若葉ヒナタにも挨拶をし、帰路についた。
シスターフッドからも承認を得た。彼女たちの想いを裏切らないためにも、入念、かつ慎重にエデン条約の調印式の準備を進めた。