「……」
「ただいまー、え、何この状況? 緊急事態? というより事件現場?」
昏倒している霞沢ミユを月雪ミヤコが担ぎあげたところで、買い出しに行っていた聖園ミカが再び、カフェへと顔を出した。ほかの生徒達も聖園ミカの発言に何事かとぞろぞろと顔を出した。
「おや、ミカさん。戻ってきたんですね。ちょっと遊びに熱中しすぎた生徒がいただけですが……てっきり食堂へと直接向かうと思っていたのですが、何かありましたか?」
SRTの内輪騒動についてはまともな説明が出来そうもない。質問は流して聞き返す。
「あ、うん。シャーレの中でマスコミがうろついてたから連れてきたの」
「マスコミ?」
何の話か分からなかったが、そのすぐ後に河駒風ラブに後ろ手を抑えられた状態で一人の生徒が入ってきた。
「だから、今日はオフなんですってば!?」
それは知っている人物だった。クロノススクールの川流シノンだ。
「いや、オフってあんた、うちらにいきなり
「襲撃なんてしてませんよ!? ただ私は
拘束された状態でオフだといいつつ、尚も報道部としての好奇心が一切抑えられていない、職業病のようなものではないだろうか。
「先生、制圧しますか?」
月雪ミヤコがこちらに尋ねる。何かあれば私に責任を取らせるつもりだろう。そもそも彼女は既に制圧されている。よく見れば霞沢ミユが彼女に抱えられた状態のまま目が覚めたらしくおどおどとしていた。
「いえ、大丈夫です。シノンさん、彼女たちは偶々シャーレに集まって仲良くなっただけで、この集団に特別な意図はありません。勿論、ここにいた4名も同様です」
「なるほど……それはそれで気になりますね」
「じゃ、私たちは食堂に行くから。じゃあね、マスコミちゃん」
漸く解放された川流シノンが目を輝かせるが、聖園ミカの対応は素っ気ない様子だ。
「私はマスコミちゃんではありません! クロノス報道部のアイドルレポーター、川流シノンです!」
「はいはい、じゃあね、シノンちゃん」
全くめげない少女は、まるでカメラが目の前にあるかのようにポーズをとって決め台詞のようなことを口にするが、聖園ミカはまったくとりあっていなかった。
「あ、はい。……じゃないですよ!? 食堂で何をするのかは分かりませんが、同行させてもらえませんか!?」
聖園ミカは露骨に面倒そうな表情になる。巨大校であるトリニティの重役として、クロノスの報道部は余程面倒な存在なのだろう。同じくミレニアムの重役である早瀬ユウカも一切川流シノンの方を見ないようにしている。連邦生徒会の不知火カヤも面倒くさそうな表情を隠そうともしていない。それぞれ、今までに色々と経験してきているのだろう。
「……はぁ、フウカちゃん、どうする?」
言い合ってもキリがないと判断したのか、聖園ミカが愛清フウカに話を振る。
「えぇ……取材はちょっと……普通に料理を教えるだけだし……」
「わかりました! 取材は諦めますから、私にも是非料理を教えてください!」
川流シノンが食い下がる、あきらめの悪い生徒だ。
「まあ、それなら……あ、先生の分も買ったんですけど、そちらの皆さんは……」
愛清フウカが律儀にまだ一言も話していない初対面の相手にも確認を取る。それに対し、月雪ミヤコが手を挙げる。
「ちなみに、料理は何を教えていただけるのですか?」
「一応、ミカさんの希望でオムライスだけど……」
返事を聞いた彼女はしばし考えた後
「……なるほど、カヤさん、次は
と言った。彼女は霞沢ミユを抱えていたままだったが、彼女が起きていることには気づいていたのか、というどうでもいい感想が浮かぶ。
「ひゃぃっ!?」
「私は参加するとは言っていないのですが!?」
不知火カヤと霞沢ミユは、完全に月雪ミヤコのペースに乗せられている。
「……いえ、確かに私たちは今後ここで暮らすわけですし、ミヤコやミユもキッチンの使い方などを覚えておいて損はないでしょう」
そして結局、そう言った七度ユキノが参加の意思を表明したため、なし崩し的に全員参加することになってしまった。
「ところで、5人も増えたら材料、大体倍くらい必要になるんじゃないのかしら?」
話がまとまりかけたところで早瀬ユウカの当然の指摘をする。一同は一瞬沈黙するが、再び七度ユキノが
「であれば、私が追加の材料を買ってきましょう。先生、すみませんが一緒にきていただけますか?」
と言った。当然のように巻き込まれたが、断る理由も無いので頷く。
「後もう一人くらいいればありがたいのですが」
と続く彼女の言葉に小鳥遊ホシノなど、何人かの口が開きかけたが
「はい! 私が行きます! 行かせていただきますよ!」
と、川流シノンが一番手に名乗り上げ、追加の買い出し組が決まった。
「シノンさんでしたか。良かったのですか? こちらの組で。取材への協力などはできませんが」
道すがら、七度ユキノは川流シノンにそのような質問をした。
「いや、だから今日はオフですから! それに、FOX小隊の隊長さんとお話できる機会も貴重ですし。ほら、あ
川流シノンはそう返す。
「案外、普通の感性してるんですね。クロノスの報道部って報道命、人の感情は二の次、みたいな印象でしたが」
「それは偏見……と言いきれない人もまあ確かにいますけど、私はできれば皆さんと仲良くしたいと思っていますよ! それはそれとして、報道部の使命が優先してしまうことがあるのもまた、否めませんが!」
川流シノンはそう言って笑顔になる。自分にとって大事な物が定まっている、ということだろう。
「ええ、シノンさんがそのような方でなければ、明日の計画はかなり無理をする必要があったでしょう。ありがたく思っておきます」
「逆にこっちは相当無理をしましたけどね! でも、これも先生への一日密着取材と明日の
明日のエデン条約の調印式、その最中に起こるテロ事件への反攻作戦の最初の要となるのが、クロノスとの連携にあった。それはFOX小隊に依頼している任務と同程度に重要だった。
「……そうですか」
七度ユキノから冷たい視線が送られてくるが、計画の概要については彼女にも話してある。寧ろ、彼女たちFOX小隊へは、今回の私の計画と思惑を殆ど話してしまっている。探られる前にこちらで明かしてしまおうという理由もあったが、そこまでしてでも協力を取り付けたかったというのが最も大きい。
「まあ、良いでしょう。実際、明日のことも考えるとそこまで長く遊んでいる訳にはいきません。それは、今頃料理をしている皆さんの多くも同じでしょう」
七度ユキノは気持ちを切り替えたようにそう言った。
さて、突発的に開催された料理教室は、傍目から見ていると他校間の生徒で仲を深めるという取り組みとしては良い成果を上げているようだった。本題だった聖園ミカと愛清フウカも自然と話すようになっていたのは勿論の事、SRTやクロノス、連邦生徒会といった特殊な立ち位置の生徒たちも、その垣根を越えて交流の出来る相手であることを理解できたのではないだろうか。
また、それぞれの料理の腕前については……これもまた人には得手不得手があるものだ、ということと、料理教室の価値がある、ということが分かったということを述べておこう。
そして、エデン条約に深くかかわる者や、成立を願っている者、そしてそうでない者にとっても、印象深い日となる、その調印式当日がやってきた。
次回から調印式当日編になります