黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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本章では今回のように黒服視点ではないシーンや視点が切り替わる部分があります


エデン条約 調印式当日編
古聖堂襲撃①


 古聖堂のカタコンベへとつながる地下通路

 

『―引き続きエデン条約の調印式の様子をお送りします! 諸般の事情により、当初の予定より規模を縮小し、関係者以外の立ち入りを制限しているとのことですが、聖堂の内外には続々と参列者が集まってきています。先ほどは最近話題沸騰のシャーレの先生が建物内に入っていくところも──』

 

 クロノススクールによるオンライン配信が流れている。問題ない、予定通り調印式は行われている。錠前サオリはそれを確認し、その画面を閉じた。

 間もなく作戦開始だ。これが成功すれば私は、私たちは……どうなる?

 彼女は一瞬そう考えかけたが、'vanitas vanitatum et omnia vanitas'という脳内に響くその言葉を彼女は実際に呟く。『反抗すること』どころか、『疑問を感じること』も必要ない。全ては虚しい。この後自分たちが惨事を引き起こすことに関しても、何の感慨も沸いていなかった。スクワッドの皆さえいれば……自分の中に既に存在するその矛盾にも、彼女はまだ気づいていなかった。

 

 アリウススクワッド、作戦開始

 サオリはまず、巡航ミサイルについて確認する。彼女のチームメイトである戒野ミサキは予定通り既に発射済みであることを伝えた。事はほとんどすべて予定通りに進んでいる。彼女は各チームに指示を出しながら、先ほど見ていたライブ映像を思い出した。

 ゲヘナ学園の風紀委員長、空崎ヒナもトリニティの正義実現委員会の委員長、剣先ツルギも会場内で警備に当たっていることを確認した。報道ではテロなどを警戒し、シャーレの協力により警備員を増やした、という内容もあったが、映っていたのはヘルメットをかぶった連中、要するにアルバイトのようなものであり、そのような連中は物の数には入らないと考えた。

 そこで、ふと、彼女は思い出した。万魔殿の幹部連中の姿を見ていない。もちろん、カメラの画角に入っていなかっただけ、という可能性は高い。しかし「あの飛行船」がもし来ていたなら、カメラはそれに注目するはずだ。『仕掛けられた罠に気づいた』か『飛行船の利用ができなかった』か。前者であればそもそも調印式が何事もなかったかのように行われる訳はない、後者か、あるいはまだ到着していなかったかでしかないだろう。彼女はそう割り切った。

「大丈夫ですか、リーダー?」

 一瞬口を噤んだサオリの様子が気になったのか、ゲヘナ側の対応を任されていた槌永ヒヨリが不安そうに見ていた。

「ああ、問題ない。ヒヨリはヒナに気を付けてくれ」

「は、はい……」

 通路の出口に近づくと彼女の耳に微かな機械音が届いた。ヘリコプターの駆動音だろう、そう考える。そして、それ以外の音は殆ど聞こえない、静かなものだった。

 

 着弾予定時刻まで、後30秒。

 錠前サオリは、唐突に強烈な不安感に襲われた。自分の中で、決してやってはいけない何かを、かつて二度としないと誓った禁忌を破ったかのような不快感、そして同時に自分がとても重大な見落としをしているのではないかという根拠の無い焦りが胸中に渦巻いた。

 後10秒、今度は心の中で再度、いつもの教義を呟く。()()()()()()()、その言葉が彼女に安寧を齎すことは無かった。

 そして、そのような不安を余所に、着弾予定時刻は訪れた。激しい爆発音、そして建物が崩壊し、崩れていく音。そしてそれほどの時間を待つことなく、その音は小さくなった。突入開始だ。

 

 先に突入した二つのチームの後に続き、サオリ自身も古聖堂……既に瓦礫の山になってしまっているそれに向かう。後には別途目的がある秤アツコと、少数のアリウス生徒を残すのみだ。

 地上に近づく中、彼女は今度こそ、理由のある違和感を覚えた。それは、()()()()()、ということだ。

 味方の足音は聞こえる。しかし、それだけだ。急な爆発を受けて負傷した者の叫び声や状況の確認を求める声、そういったものが一切聞こえない。先に地上に到達したはずの仲間の銃声一つ聞こえない。戦闘そのものが、起こっていない。

「り、リーダー、おかしいです!?」「リーダー、聞いて」2つのチームに分かれたスクワッドのメンバーから殆ど同時に通信が入る。

『風紀委員のヒナさんも。誰も見つかりません!』『正義実現委員会メンバーどころか、私たち以外誰も見つからない』

 

槌永ヒヨリと戒野ミサキからの報告は明確に動揺と、焦りが含まれていた。

 あり得るか、そんなこと!? 彼女自身も思わず叫んでしまいそうになるのをこらえ、急ぎ通路を駆け上がり、実際にその目で状況を確認する。

 違和感に気付いていたうえで、信頼するスクワッドのメンバーからの通信も聞いたうえで尚、彼女は目の前に広がる光景が信じられなかった。

 壊れ、瓦礫の山と化した古聖堂内部はおろか、その周囲にさえ、アリウスの生徒たち以外には誰もいなかった。

 全員避難した? あり得ない。たった5分前に見た光景を思い出す。あのライブ映像では、予定より少ないとはいえ、確かに多くの者たちが映っていた。それがこの5分の間に全て避難することなど、到底不可能としかサオリには思えなかった。

「リーダー、あっちに遠ざかっていくヘリコプターがあります!」

誰かの大声につられ、サオリは上空を見上げる。確かにそこには、ヘリコプターがあった。先ほど微かな音が聞こえ、報道用ヘリコプターだと思ったもの、それはあったのだ。そしてそれが、今彼女の持つ唯一の手掛かりだった。

 

「そうだ、ライブ……」

 彼女はひとりそう呟き、携帯端末を立ち上げる。それがもし報道用のヘリで、クロノススクールのものだとすれば、クロノスが配信している中継から、状況のヒントが得られるかもしれない、呆然とした頭で、彼女は辛うじてそれに思い至ったのだ。

 そして、そこに現れた映像と音声が、再び彼女を混乱に叩き込んだ。

『……は残念ながら聖堂の中に入ることはできないため、外からの様子を映しています。何度も言いますがこのエデン条約の調印式のために修復された通功の古聖堂は……』

 そこに映っていたのは、今この状況とは全く異なる、未だ健在の古聖堂の様子だった。

「これ……録画?」

 いつの間にか、持ち場を離れ近くまで来ていたミサキに話しかけられ、漸く彼女は、この映像が現在の様子を映しているものではないという可能性に思い至る。そして、そんな彼女をあざ笑うかのようなタイミングで、画面に変化が起こる。突然映像が極度に乱れ、暗転する。そこに一瞬だけ、ノイズ交じりの英字で"vERitAS"と書かれたロゴのようなものが映ったが、サオリがその文字を判別するよりも早く、また画面が切り替わる。

 

『あ、ああ!? 今配信出来てます!? 皆様、見えておりますでしょうか!? 謎のハッキングにより配信出来ていませんでしたが、もっと大変なことが起こりました。今映しているのは、信じられないでしょうが本来調印式が行われるはずだった古聖堂です。なんと、跡形もなく崩壊しています……』

 

 切り替わったカメラでは、クロノススクールのレポーターが興奮した様子で語っているように、古聖堂の今の様子を映していた。しかし、それはこの会場付近ではなく少なくとも1㎞以上は離れた場所から撮られているものだった。そしてそのレポーターは、気になることを幾つも言っていた。

 

()()()()()()()()()()()」「()()調()()()()()()()()()()()()()()

 その言葉の意味することとはつまり……

 

「……騙されていた?」

 アリウスの襲撃があることを知っていたうえで、私たちを騙すためだけに過去の古聖堂の映像を編集した映像を配信していた。荒唐無稽な、しかしこれ以上に説得力のある案が思いつかない答えが、錠前サオリの口から零れ出た。()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()彼女がそう思った時、ミサイルによるものから考えれば2度目の、大きな爆発音が聞こえた。そしてその発生源もまたミサイルとは異なり、地下からのものだった。

 直後に、誰かの叫び声がする。

「カタコンベへの通路が破壊された!? 一体何が起きてるの!?」

 

 退路が塞がれた。サオリはその叫びを聞いた時、まずそう思った。しかし、もう一つ、更に重要なことを思い出す。

「アツコは……?」

 彼女はアツコと少数の生徒を地下に残して地上に上がってきた。アツコには、特別に与えらえれた任務があったからだ。そしてそれが成功している様子もない。だとすれば 地上には出てきていないはずだ。

 それが意味することはつまり、彼女にとって、否、彼女たちにとって、最重要ともいえる人物が、この緊急事態に分断されてしまった、ということだ。想定した最悪をはるかに上回る最悪だ。

 そしてなおも、彼女たちにとっての最悪は続く。今まで聞こえていなかった銃声が、唐突に聞こえ出したのだ。

 

 アリウス生の、確かに聞き覚えのある叫び声が少しだけ聞こえ、すぐに聞こえなくなる。何者かに、恐らく地下通路を爆破した者に攻撃を受けていることは、すぐにわかった。

「ほ、報告! 外側からも何者かが近づいてきています、それも、恐らく多数!」

 その言葉を聞いた時、彼女に残された選択肢はもう一つしかなかった。今すぐ逃げるしかない。

「……総員、撤退せよ。古聖堂に繋がる入口は使用できない。別の入り口を使え」

 彼女はそういい、自らも絶望的な逃避行に進んだ。逃げ延びて、アツコを救出するために。

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