黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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古聖堂襲撃② 調印式会場にて

 調印式当日、周辺では一際高い()()()()()()にあるイベント会場に、関係者が集まっていた。

 通功の古聖堂からは約1km程度の距離にあり、このイベント会場の一角からは、古聖堂や街並みを一望できる場所となっているため、この場所はエデン条約調印式の即席会場として選ばれた。

 この場所は今日限定で設定されている、古聖堂への立ち入り制限エリアの範囲外にあり、その内側で警備に当たっている者たちは今日、内側に守るべきものが何も存在しないものを守っていることになる。もっとも、警備担当者ですらそれを知っているものはあまりいなかったのだが。

 

 本日、ここに集まっているのはゲヘナとトリニティの関係者が警備役の者含めて各十数名程度と、私含めたその他関係者数名、報道関係者としてクロノススクールの報道部2名、それだけだった。

 全員身元がはっきりしており、スパイの可能性が万に一つも無い者たちだ。翻ってそれ以外の動員された者たちには、ここが会場であることすら知らされていない。例外は私が別途直接動員した数名と、古聖堂が破壊された後、現場の混乱を避け指示を出すために配置されているゲヘナ風紀委員とトリニティの正義実現委員会の幹部くらいのものである。

 

「先生、何かクロノスのライブ配信アカウントがハッキングを受けてて使えないんですけど!?」

 報道部として招待されていた川流シノンが焦った顔でこちらを問い詰めてくる。これもまた予定通りの話だ。カメラ兼配信を担当している風巻マイも困った顔でコンピュータを操作しているが、うまくいかないようだ。

「おや、大変ですねシノンさん」

「大変ですね、じゃないですよ!? こうなったら私の個人アカウントから……」

「それはいけませんよ、思い出してください、今日ここに招待した際の()()を」

 事前にクロノスの報道部と打ち合わせをした際に、彼女たちには条件付きで調印式への招待するという契約を行った。その条件とは以下の通りだ。

 

 ①招待可能なのは2名。それ以外の報道関係者は古聖堂周辺の立ち入りも許可されない

 ②招待された2名は、「事前のリハーサル」にも出席し、その際撮影したデータをシャーレへ提供する

 ③今回の調印式について、報道可能なのはクロノススクール公式アカウントによる独占ライブであり、そのほかの()()()()()()()()()()()()()()()による生中継は許可しない。

 

 つまり、川流シノンの個人アカウントから配信を行うことは()()()()()()()()()()()()()()のだ。

「ぐぬぬ……酷いですよ先生! これじゃ何のためにここに来たのか分からないじゃないですか!?」

 本気でショックを受けている様子だったのだ、少しだけフォローを入れることにする。契約違反上等で動かれたら困るのだ

「安心してください。シノンさんにとって、最も良いタイミングで配信できるようになると思いますので」

「え? そうなんですか? ってやっぱりこれ先生が関与してるんですね!? ……まあ、それなら一応信じますケド……それより、このハッキングしてきてる集団って何者なんですかね、ウチも報道機関である以上それなりにセキュリティ対策はしっかりしてますし、ここまで本物そっくりの配信ができるなんて……あの伝説的なハッカー集団、『ヴェリタス』くらいしか……え?」

 何かに思い当たり、落ち込んでいた川流シノンの目が輝き始める。

「先生、もしかして……」

「……」

 彼女から意図的に視線を逸らし、クロノスのアカウントから配信されている映像を見る。確かにリハーサル時のデータは渡したが、本当によくできている。リポーターの声は川流シノンそのものにしか聞こえない。映像の切り替わりにも殆ど違和感が無い。今日ここにおらず、配信を見ている者はアリウスの生徒でなくても古聖堂で式が行われていることを疑いもしないだろう。

 

 ヴェリタス。その元部長であり今も実質的にトップの立ち位置でもある明星ヒマリに依頼を持って行った時のことを思い出す。その時は、ここまでのものが出てくるとは予想していなかった。

 

 ~~

 彼女達を訪問したのは、補習授業部の仕事が終わってすぐのことだった。この作戦を実行すると決める前どころか、まだ具体的な策としてすら考えていなかったが、一つの可能性として、視聴者を、()()()()()()()()を騙す配信が出来るか、という確認をするのが目的だった。

 

 その前に明星ヒマリと会ったときとは違い、この時はヴェリタスの部室で、明星ヒマリ以外のヴェリタスのメンバー4名が揃っていた。

「いらっしゃい、先生。ウチの問題児が迷惑かけた時以来かな? あの時は自己紹介もできなかったって後から文句言ってたから、まずはそこからかな。私はこの前も言ったけど各務チヒロ、一応ここの副部長ってことになるのかな。そもそも正式な部活ではないんだけど」

 副部長の後は、学年順に自己紹介を受ける。

「はい! あたしは小塗マキ! 前のことはごめんなさい。1年生でモモミドとは仲良しだよ、趣味はグラフィティでハッキングはまだ先輩たちには叶わないけど勉強中! チームとしては……うーん、何かのデザインが必要あればやるって感じかな」

「2年生の小鈎ハレ、だよ、このあいだはごめんね、先生。得意分野は映像編集とかかなあ。AIを使って出来ることなら色々あるけど」

「音瀬コタマです。こう見えて副部長と同期の3年生です。得意分野は音響系ですね。ハッキング技術はまあ、ハレの方がもう上だと思います。ちょっと趣味に傾倒してまして」

 問題児と紹介された3人の自己紹介が終わると、室内に置いてあったPCの1台が光った後、明星ヒマリの顔がアップになって映った。

『こんにちは、先生。モニタ越しでも美しさに一点の曇りもない天才清楚系病弱美少女ハッカーの明星ヒマリです。本日はよろしくお願いします』

 スクリーン越しに映った彼女は、この時も自信に満ち溢れていた。

 

「まあ、こんな感じで私がブレーキ役みたいになってる。今回も、先生の話が倫理的に問題ないか判断することになると思うけど……」

『あら、まずは話を聞いてみましょう、チーちゃん。先生のことですから、きっととても面白いお話を持ってきていらっしゃるのでしょう?』

 私に念押しをするような態度の各務チヒロを言葉で制し、明星ヒマリは挑発的ともとれる笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、ヒマリさん。実は……」

 私は自分の考えをその場にヴェリタスのメンバーに伝えた。まずは現実的に可能なのかを確認したかったのだが、

 

「じゃあ、クロノススクールの配信を乗っ取ってフェイクニュースを配信するんだ。ちょっと面白そう」

 最初に反応したのは小鈎ハレだった。最初の感想が「面白そう」であるあたり、なかなか見どころのある生徒のようだ。悪戯好きであることは知っている小塗マキも頷いて同意している。

 音瀬コタマは無表情で、あまり関心が無いようにも思えた。

 

『成程……エデン条約について協力してもらう可能性、等と仰っていたのでどんな難題を持ちかけられるのかと思いましたが、そういうことですか。トリニティとゲヘナの政治的関係に干渉するのは流石に要検討となってしまいますが、この内容であれば、そういうことにはならなそうですね。まあ、今の時点で先生がお聞きになりたいことへの回答としては、『技術的には可能』ということになります。私の手にかかれば……いえ、私の手を使わなくてもコタマ、ハレ、マキで十分足りるでしょう。チーちゃんはどう思いますか?』

 明星ヒマリは自分の感想を述べた後、お目付け役に話を振る。

 

「……そうだね。技術的に可能というのはその通りだと思う。その行為そのものに関しては、後々から混乱されないようにフェイクであることが分かるように細工をするという条件付きで、ギリギリってところかな、先生が言うような特殊な状況じゃなければ絶対反対だったけど……」

 回答としては全員「()()()()()()()」ということだった。それも、それほどの難題ともとらえていない様子だ。想定よりも彼女たちの技術力は高いのかもしれない。

 

「あ、もしかして信じてない? そうだよね、ちょっと待っててね。クロノスのあのリポーターって誰だっけ」

「シノンちゃんでしょ。自称アイドルレポーターの」

「おーけーおーけー、ありがと、マキ」

 私が黙っているのを疑っているから、と思ったのか、小鈎ハレが小塗マキに尋ねた後、近くに浮いているドローンに何かを呟きながら、PCの操作をし始めた。

「……あ、ファンの人が音声素材の動画アップしてる。うん、これも使えそう……」

 その様子を眺めながら暫く待っていると、小鈎ハレは操作していたPCの画面をこちらに向けた。

「できた。適当に作っただけだから、まだ全然自然じゃないけど……」

 と言いつつ、一本の動画を再生する。『こんにちは、クロノスのアイドルリポーターの川流シノンです! 本日は、ハレさんのパソコンの中にお邪魔しています! なかなか快適で過ごしやす空間ですね!』

 画面の中では、報道部の川流シノンが、本当に彼女のPCにいるかのように振舞う様子が映っていた。

 

「成程……これは、非常に素晴らしいですね」

「このシノンって子の素材は結構豊富にあるみたいだから、喋るのがこの子ならかなり自然に言わせられると思う。コタマ先輩が編集すればもっと臨場感のある音声も作れると思うし……」

「はい、可能ですよ」

 小鈎ハレの発言に、音瀬コタマは頷く。彼女も協力するつもりはあるようだ。

「あ、できればその舞台になるような映像があれば本当に何でもできるレベルで編集できると思うよ」

 その小鈎ハレの要望は、元々考えていた内容を実行すれば可能だった。

「では、リハーサルを行い、その時の映像を送るというのでどうでしょう」

「うん、完璧だね」

「今回は、あたしあんまり役に立たなさそー……」

「じゃあ、マキは最後ネタバラシの時に流す映像作ってよ。この番組はヴェリタスの提供でお送りしました~って感じで」

「はーい」

 その時点では、まだ作戦を決めてもいなかったというのは先ほど述べたとおりだが、私はその時、既に彼女たちへの協力を依頼する方向で作戦を纏めることを、殆ど決めてしまってもいいのではないかと思ってしまった。。

『どうですか、先生? うちの子達、とても面白いでしょう?』

 少し苦い顔をしている各務チヒロを気に留めず、明星ヒマリが宣うのその言葉に私は正直に同意した。

 

 ~~

 

「先生、どうなんですか!?」

 視線を逸らして彼女たちとの打ち合わせの事を思い出していた私の視界に、強引に川流シノンが飛び込んできた。

「……彼女たちの事で、言えることは何もありませんよ。アカウントの復旧を頑張っているマイさんに協力してあげたらどうです?」

「いやー、ヴェリタスが相手ならやるだけ無駄ってやつですね!」

 至極明るく、彼女はそう開き直る。

「いずれにしても、調印式が始まります。私語は暫くやめましょうか」

「はーい……」

 調印式が始まる。羽沼マコトが言っていたミサイル着弾の瞬間は、もうすぐそこまで迫っている。

 音声を消した状態でヴェリタスが配信している偽の放送を見ながら、その時を待った。

 

 そして、まさに調印が成立するその直前、強い光と激しい爆発音が、1㎞離れたこの場所にも届いた。

 会場が静まり返る。砂埃や煙が上がっていてはっきりとは見えないが、一瞬前までそこに存在していた通功の古聖堂が消えているというのは、そうなることを知っていても衝撃は大きい様子だった。

「キキキッ、緊急事態発生のようだな。条約の調印などを行っている場合でもないだろう、私たちは帰らせてもらうぞ。調印式は事態が解決した後、またゆっくりとスケジュールを組もうじゃないか」

 最も早く発言したのは、羽沼マコトだった。彼女はそう言って本当に席を立ち、会場から出て行ってしまった。万魔殿の他の幹部たちも慌てて後を追いかける。

 呆れや困惑の視線が様々な方向から彼女へとむけられる。確かに状況的に言っていることは正論なのだが、ここにいる者たちの殆どは皆、今日起こる事態について個別に説明を受けていた者だ。

 それでも尚、場所を変えて調印式を行ったというにも拘らずこの正論は、ただの先送りの嫌がらせに過ぎなかった。もっとも私としては、元々の彼女のやろうとしていたことを考えるとこのような些細な抵抗は寧ろ可愛げのあるものとも思えるが。

 

 そして、私もまたその騒ぎに付き合っている場合ではなかった。

『こちらFOX1 作戦を開始する』

 爆発の危険域の間近で待機していたFOX小隊が、ミサイルの爆発と同時に動き出しているのだから。

 

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