自らがリーダーである部隊と離れ、一人カタコンベに潜入した七度ユキノは、足音を殺しながら広大な地下墓地を迷わぬよう歩いていた。ずっと立ち入り禁止となっていた、と聞いていた場所だ。これが実際に墓地として使われていたというのなら、一体いつの時代の人間がどれほど眠っているのか。彼女は地下道独特の妙な冷たい気配を肌に感じながら、そのようなことを考えていた。
数分後、僅かな物音に気付き、彼女を耳を澄ませた。誰かの話す声のようだ、と彼女は気づいた。少なくとも女生徒の物ではない、恐らく男性の低く、掠れたような声。
抑揚を感じられないその声のみが聞こえており、他の声は一切聞こえない。そのため彼女は最初、独り言を呟く危険人物が地下道内に潜んでいるのかと思ったが、近づくにつれ、そうではないことに気付く。その声は、明らかに誰かに向けて話しかけている様子だった。
ユキノはゆっくりとその声のする方へと進んでいき、ついにそこに複数の人影を見つけた。その姿を見た時、彼女は先生の言っていた「異形」というのが何の事なのかを理解した。そこにいたのは一人の少女と、怯えたようにへたり込んでいる同じく2人の、アリウスの生徒。そして、彼女たちに語りかけている「頭部が巨大な木人形になっている」人物がいた。アレが異形だ、と見るからに分かった。先生は「私のような姿をしたもの」と言っていたが、とても似ているとは言えない。アレに比べれば先生の方が余程人間だ。七度ユキノは心中でそう思った。
「知性、品格、経験……それらを携えて来い、キヴォトスの生徒よ、どうか私を落胆させてくれるな」
その異形はつまらなそうに、アリウスの生徒たちとみられる人物にそう言い、地上を見上げる。方向的には、古聖堂がある方だろう。言葉からは感情が一切読み取れない、無機質な人物だった。その点も、また、先生とは異なる。彼女は改めて考えた。
あの『SRT特殊学園 シャーレ臨時支部』の説明会の時は、隣にいた不知火カヤも含めて、総じて胡散臭い詐欺師に似た気質を感じたものだが、その最後に私たちに対して行った挑発に、はっきりと興味を惹かれた。その後、何度か彼と会う機会があったが、そのたびに彼女は「先生」と言う人物が分からなくなっていった。
まだ活動停止状態の自分たちに対し、妄言のようなことを言いながら作戦への参加を求めてきた際は、流石に一蹴したが、諦めて帰ったかと思えば翌日に
そしてアリウスの生徒たちの現状を語っているときは淡々としていたが、しかし、その内側には静かな怒りを抱えているように見えた。それに押されて、気づいたら作戦への参加を承認していた。何か言い訳をしながらだったような気がしたが、本当の決め手はそれだった。
そして、つい昨日の事。彼女は偶然にも先生と以前から親交のある生徒たちと関わる機会があった。その生徒たちは、抱える感情が一つではなかったが皆、先生のことを信頼している様子だった。
決して絆された訳ではない。七度ユキノはそう思いながらも、視線に映る木人形の異形と先生は、全くの別物だと確信していた。
「それにしても、
七度ユキノから見て、アリウスの生徒たちと、その異形はとても仲間同士であるようには感じられなかった。息を殺したまま、状況を注視し続ける。
「だが、そうだな……あれの思惑を完全に崩し、儀式をここまで破綻させた者の存在に気付けたのは幸甚だったな。その切っ掛けを生んだということで、一つだけ忠告を与えてやろう」
異形はそう言って生徒たちに背を向ける。完全に興味を失くしているようだった。
「あれも自らの失敗に気付いたころだろう。美徳の分からぬ者故、そなたらも死にたくなければどこかに逃げることだな。私はかの者へと会いに行く。ここにある物は使わせてもらうぞ。手土産としてな」
最後にそう言い残し、異形は去っていく。七度ユキノはその姿を見ながら、彼の発言について考えていた。「あれ」の思惑を崩した者。それは恐らく『先生』の事だろう、そしてあの者はそれに会いに行くと言った。つまりあの異形の興味は先生にあるということだろう。あの先生のことだから、準備をしていないとは思えないが、自分も助けになることはできるだろう、すぐ動かなくては。七度ユキノは次なる目標を立てる。
異形が去り、姿が完全に見えなくなったころ。七度ユキノはようやく立ち上がりながらそちらの方を見ていたアリウスの生徒たちに背後から近づき、奇襲をかける。安心感からか油断していた2人の生徒たちには、対処する暇もなかった。ギリギリで奇襲に気付いた秤アツコも、対処には間に合わなかった。
「動くな。貴女が秤アツコだな?」
即座に二人を制圧した七度ユキノは、残る秤アツコに銃を突き付ける。
「私は貴女達を保護しに来た。……それから、帰る道が無くなったからここから一番近い出口に案内してくれ」
そして、彼女はマスクとフードを外し、何も喋らない秤アツコへそう言った。
―
一人の小柄な生徒が、どこに続いているのかもわからない地下道の入り口を眺めていた。
先ほど、先生と3人の生徒がそこに入っていってから暫く経つ。彼女はシャーレからの依頼を受け、その証であるヘルメットとシャーレのロゴが入った腕章を身に着けている。
彼女に当初与えられた任務は、先生がそこに到着するまで、その入り口から誰かが現れないか見張るというものだった。持ち場には自分一人しかおらず、正直に言って退屈なものだった。先生に頼まれたものでなければ、受けることは無かっただろう。
結局先生が来るまでの間には、そこには誰も現れることは無く、何事もなく先生たちを見送ることなった。それからの使命は、誰もこの地下道に入らせないこと。今度は逆に、先生が先に進んでから、何人かが入っていこうとしたので、彼女はそれを止めた。話し合いが通じそうもなかったので、実力行使で止めて、拘束した。
持ち場を離れるわけにはいかないのでまだその辺に転がっているが、しばらく我慢してもらうしかない。
そしてまた一人、地下道へと近づいてくるものが現れた。
「ごめんねー、ここ、通行止めなんだよね。今日は使えないんだ」
緊迫した雰囲気の無いのんびりした様子で、彼女はその人物を制止する。しかしその者は会話に乗ろうとはせず、無言でいきなり彼女を蹴り飛ばし、銃で撃ちぬいた。
そのままその侵入者……アリウススクワッドの錠前サオリは地下道へと入ろうとしたが、今度は彼女が背後から衝撃を受け、弾き飛ばされる。あまりの衝撃に、錠前サオリは倒れ込む。
「随分、急いでるみたいだけど、ごめんね。誰も通すなって言われてるんだ」
一切ダメージを感じていない様子で、ヘルメットをつけた生徒は倒れている生徒にショットガンを突きつける。
「……お前は、一体?」
錠前サオリには、一体どうしてこのように強い警備員がここにいるのか、この人物が何者なのか分からなかった。
「……おじさんの事なんかどうでもいいでしょ? ……あれ、もしかして貴女が
場に似つかわしくないへらっとした様子とは裏腹に、その生徒からは一分の隙も窺えない。
「まあ先生と、それから仲良しのお友達からのお願いだからさ。ここを通りたければ、私を倒してからにしろーってやつだね」
警備員として雇われていた小鳥遊ホシノは、尚も進入を諦めていない錠前サオリに、まるで遊んでいるかのようにそう言った。