ある程度進むと、入り口から入っていた地上の光はほとんど見えなくなり、懐中電灯の光を頼りに先を進むことになる。
「ミサキは……」
先頭を歩いていた白洲アズサが不意にぽつりと呟いた。
「戒野ミサキさんのことですか?」
あるいは独り言だったのかもしれないが、聞き返す。
「うん。そのミサキ。ミサキは、閉所恐怖症なんだ。この地下道、道幅が狭くて、暗いから懐中電灯をつけても何となく息苦しいからこういう道はミサキは嫌いだった」
白洲アズサは歩きながらただそれだけを言って、また黙って歩みを進める。彼女が大切な仲間たちと、それでも袂を分って変革の道を突き進んだ理由は、恐らく彼女にしか分からないだろう。ただ一つ、彼女にとってアリウススクワッドの仲間たちが、未だ大事な存在であることは私でも察しがついた。
再び足音のみの世界となった地下道を進んでいく。時間感覚が無くなりそうなので、小まめに時計を確認しながら、白洲アズサを先頭に歩み続ける。
そして、古聖堂の地下へといくらか近づいたと思われる頃、白洲アズサが今度は立ち止まり、私たちの動きも制止した。
彼女は暫く懐中電灯をかざしたり、消したりして見た後、こちらに振り向き
「皆聞いてくれ、この先に誰かが……いや、何かがいる」
と言った。
「何かって……アリウスの生徒じゃないの?」
殿を務めていた河駒風ラブが聞き返す。
「……違うと思う。懐中電灯とか、そういうものを使っていないみたいだし、私が気付いてから、それは一切動いていない」
「な、何よそれ……めちゃくちゃ不気味ね」
白洲アズサの返事に、河駒風ラブは狼狽え、私の服を掴んだ。
「私、そう言うの見たことないけど、アズサちゃんには何か心当たりがあるの?」
今度は聖園ミカがそう聞いたが、白洲アズサは暫く考えた後首を振る。
「分からない。そもそも生き物かどうかも分からないが、確実に何かがいる」
そして、そう返事をした。
「……では、先に進んでみましょうか。いずれにしても、先に進まなければならないことには変わりありません」
私がそう言うと、白洲アズサは黙ってうなずき、再び足を進め始めた。私自身には、一つ思い当たる可能性があった。ベアトリーチェ―ともう一人、
「みんな、あれを見て」
そして、そこに近づいたとき、少し先を進んでいた白洲アズサが一方を照らした。
「……何よあれ。……人?」
河駒風ラブがそう漏らす。
懐中電灯に照らされた先には、ガスマスクをつけ、シスターのような恰好をした存在が、一歩も動かずに佇んでいた。生気は一切感じられない。
「……ユスティナ聖徒会、ですね」
正確には複製された、ユスティナ聖徒会。エデン条約の調印式が行われなかったため、公会議の再現に至らず、目的を持たないまま佇む失敗作。
「生徒会?」
生徒会長である聖園ミカが私の言葉に反応する。
「ええ、かつて……と言っても数百年は昔のことですが、トリニティの生徒会としての役割を持っていた組織です。組織としてはシスターフッドの前身にあたる物だと思いますが……人かどうかと言われると、少なくとも生きている人間ではないでしょうね」
「え? じゃあお化け?」
「当たらずも遠からず、と言ったところでしょうか。幽霊の原理自体は解明されていませんが、そのような情報を特殊な技術でコピーした
「ふーん……? 何か詳しいね、先生。 動かないけど放っておいていいのかな?」
聖園ミカはそう言って、恐る恐ると言った様子でそれに近づく。
佇んでいる複製達は、目の前を歩く彼女の様子にも当然無関心だ。
「ええ、ひとまずはこちらに害をなすことはないでしょう。この先にも見かけるかもしれませんが、先に進みましょう」
私の言葉に、3人の生徒たちは頷いた。
再び白洲アズサを先頭にし、先に進んでいく。時折ユスティナ聖徒会の複製が佇んでいたが、何回目かの遭遇時には、もう立ち止まることも無く先に進んでいくようになっていた。
―
七度ユキノは、秤アツコと思われる人物に銃を突きつけたまま、彼女の返事を待っていた。
しかし、暫く待ってみても返事が返ってこない。彼女はただガスマスク越しに銃を握る彼女を見つめているだけだった。
「……時間稼ぎのつもりなら、意味はない。さっき言った通り、ここまでくる通路はもう塞がれてるから地上から助けは来ない。先程の木人形の男が言っていたことが本当ならば、貴女もここでじっとしている場合じゃないはずだ。 勿論、抵抗するというなら容赦はしないが」
改めて、ユキノは状況を説明する。アツコはなおも動かなかったが、暫く考えるそぶりをした後。手をパタパタと動かした。抵抗する気かと、ユキノは訝し気にそれを眺めていたが、暫くして彼女が何をしているのかに気付いた。
「……? それは、手話か。 申し訳ないが、手話は分からない。……もしかして喋れないのあか ……それならば、謝罪する」
ユキノはそう言って少し頭を下げる。もちろん銃口は向けたままだったが。
「だとしても、用件は変わらない。もし、貴女がここから動かないつもりなら、気絶させてでも無理やり連れていくことになる。道は分からないから、迷ってしまう可能性はあるが……放っていくという選択肢も無いし、ここであなたと救助を待つという選択肢も、先ほど無くなった。追っ手だか増援だかが来る前に決めてくれ」
ユキノはそこまで言った後、ただ、と続ける。
「ただ、協力してくれるというなら、悪いようにはしない。先程も言ったが、私の目的はあなたたちの『保護』。これは方便ではないし……聞きたいことがあれば、それにも応える。私の知っている範囲で、になるが」
これで無理なら、強攻策をとるしかない、その思いで、彼女はそう伝えた。
アツコはユキノの顔をマスク越しにじっと見つめた。それから再度手ぶりで何かを伝えようとして、すぐにそれをやめた。それから恐る恐る、マスクに手をかけそれを外し。
「分かった。ここから近い出口に進めばいいんだね?」
と尋ねた。
ユキノは、彼女にしては非常に珍しく作戦行動中で、自らが銃を向けている相手に対してである相手に呆気を取られた。
「喋れたのか? いや、何か事情があるんだろう。理由は聞かないが……それにその顔……」
そこまで言って、彼女ははっとして口を押えた。銃口がアツコから離れてしまっていたが、気にもしていないようだ。
「顔? 私の顔がどうかした?」
アツコの方も言われかけたことが気になったようで、隙をつくような行動はとらない。もっとも、彼女の方にも既に逃げ出す意思はなかったが。
「……何でもない」
ユキノは誤魔化すように首を振るが、その態度が彼女の関心をより集めてしまった
「……さっき、聞きたいことには答えるって言ったよね? 言って」
アツコは、急に強かさを見せ始め、先ほど取った言質を元に追求する
「口は災いの元、だな。……アツコが美人だったから、驚いただけだ。思わず口に出てしまったくらいに。だから、特に深い意図はない」
ユキノはそう言って照れ隠しをするように溜息をついた。
「ふーん……私って美少女なんだ? ふふっ、じゃあ行こっか。道案内するから、約束通り、話を聞かせてね、えーと……なんて呼べばいいかな」
にやりと、少し特徴的な笑みを浮かべて、彼女は自分を保護すると言った人物に名を尋ねる。
「……SRT特殊学園の七度ユキノ」
「分かった。ユキノちゃんって呼ぶね」
「私、一応3年生なんだが」
「駄目?」
「……勝手にしろ」
七度ユキノは何故か立場が逆転した気分を味わいながら、先ほど制圧し、まだ気を失っている生徒二人を担ぎ上げ、素直に道を案内を始めた少女の後に続いた。