アビドス高校での会議の後、アルバイトがあると言い黒見セリカが先に下校し、
当然の流れのようにアルバイト先である紫関ラーメンで再び食事をとることになった。
生徒たちの和やかな食事風景を横目に、今後の動きについて検討していると、内気そうな少女が来店する。
伊草ハルカ。便利屋68に所属する生徒のはずだ。
何故か最も安いメニューを確認しており、黒見セリカの返事に喜んだ様子でまた外へ出ていく。
程なく社長の陸八魔アルをはじめ、便利屋68所属の生徒たちが勢ぞろいで店内に現れる。
確かに正式な報酬は支払い前で元々金に困っていたのは把握済みだったが、だからこそ多めに準備金を渡したのだし、昨夜時点で残金の確認と報酬の一部とする話をつけたはずだ。
今朝は特に何もなければ自由にしていて良い、という連絡を朝の内にしている。
あるいは、別の依頼でこちらを尾行している……としても、金に困っている振りをする必要はないし、金欠なのは事実なのだろう。
そもそも、陸八魔アルはこちらに気付いた様子は全くない。こちらに目線を送ってきたものがいるが、こちらとしても気づかない振りをした。
一体何があったのであろうか。
漏れ聞こえてくるところによると、「訳の分からない不運」が続き、「現金の入ったバッグが爆発」した上で、その他細かい不運が続き数百円しか手元に残らなかったようだ。
私に連絡すれば良いものを「昨日の今日でお金が無くなりましたなんて言えるわけがない」ということのようだ。
私がアビドスに来た日のことを思い出す。作為的な不運が続くという状況は身に覚えがある。ただの偶然と考えることもできるが、これについても調査を行う必要がありそうだ。
そういった会話は全く耳に入っていないのか、四人でラーメン一杯を分けようとする学生に何やら感極まった様子の黒見セリカと大将が利益度外視のサービスをしているが、その少女たちは昨日の今日で常軌を逸した散財をした連中である、ということになる。
自然と、アビドスの生徒たちと便利屋の生徒たちとが交流を始める。依頼時には影響を考え可能な限りアビドスの生徒たちとの接触は避けるように、と言っていたはずだが、
そもそも陸八魔アルは今会話している相手がアビドスの生徒たちで、奧にいる黒ずくめの男が先生である、とは全く気付いていないようだ。
先ほどこちらに目線を向けた生徒、鬼方カヨコは一瞬少し動揺したようにこちらを見たが、小さくため息をつくような動作をし、状況を静観しているようだ。
そしてもう一人、浅黄ムツキは明らかにこちらに対し挑発するような笑みを浮かべ、アビドス生たちとの会話に興じている。
今の状況においてはこちらとしても支障はない。好きに交流して問題ないだろう。
──
紫関ラーメンを出た後、食うにも困っている状態が続いてしまうのはこちらとしても支障が出かねないので、
予定を繰り上げてアビドスに唯一存在する夜間営業している喫茶店に陸八魔アルを呼び出す。
隣にアビドスの生徒たちがいたため、端的な内容をメッセージで送っただけだが。
アビドスの生徒たちと別れ、待ち合わせ場所に到着すると、すでに便利屋68の面々は揃っているようだった。
顔面蒼白の陸八魔アル、ニヤニヤ笑っている浅黄ムツキ、呆れた様子の鬼方カヨコ、そして伊草ハルカはおろおろとしていた。
こちらからの指示に的確に従い、黒見セリカ救出に一役買ったエージェントとは思えない個性的な様子だ。
「便利屋68の皆さんですね。お待たせしました」
「契約破棄だけは勘弁してくださいっ!!」
「は?」
とりあえず合流しようと話しかけたところで、いきなり謝罪される。おかしな生徒だ。
「……あれ? あなたはさっきのラーメン屋さんにいた……」
「どうも、今しがたお別れしたばかりですが」
動揺がとれない陸八魔アルと会話を試みるが、混乱が収まる様子はない。
暫くうんうんと悩んでいた陸八魔アルがようやく口を開く。
「あ、アビドスの子たちと一緒にいたってことは、あなた先生!?」
思ったよりも手前で思考が停止しているようだ。鬼方カヨコが溜息をついた。浅黄ムツキは今にも腹を抱えて笑い出しそうだ。
「そうですね、お初にお目にかかります。確かにシャーレで『先生』をさせていただいています」
「な、なんで先生がこんなところに? わ、悪いんだけど私たち今人を待っていて……」
「よろしくねー、『黒服』さん。私のことはムツキちゃんって呼んでね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。ムツキさん」
話を遮って浅黄ムツキが自己紹介を始める。
それを聞いてようやく私=先生=依頼主黒服、ということ事実にたどり着いたのか、陸八魔アルが驚愕の表情を浮かべ、機能停止する。
「鬼方カヨコ。よろしくね、先生」
「い、伊草ハルカです。あ、アル様?」
鬼方カヨコはあきれた様子で、それでも普通に、伊草ハルカは状況にあまりついてきておらず、陸八魔アルへの心配と先生への挨拶とを同時にこなしている。
そして、ようやく動き出した陸八魔アルから、今後何度か聞くことになる、彼女のお決まりのセリフが飛び出した。
「なななな、なっ、何ですって──────ー!!!??? 」
──
「つまり、先生が『黒服』という名前で私たちに依頼してたってことね?」
「えー、アルちゃんまだそこなんだ?」
店員にコーヒーを頼み、それが届いたあたりで、陸八魔アルがようやく気を取り直してそう口にした。
早速隣の浅黄ムツキが茶々を淹れているが、彼女は顔を顰めただけで無視することにしたようだ。
「ええ、その通りです」
「どうしてそんなことをって、聞いてもいいかしら?」
先ほどまでの間の抜けた顔つきが無かったかのように鋭い目でこちらを見る。
切り替えの早さはリーダー向きと言えるだろう。先ほど正気を取り戻すまで結構あった気がするが。
「正直に言いますと、あなたたちがどのような方たちか分からないままに「先生」として依頼するのは難しかったからです」
「成程。確かに先生って最近話題だものね。理解できるわ。そして、こうして私たちの前に現れたということは……」
「ええ、皆さんには素性を明かしても問題ないと判断したためです」
私がそういうと、陸八魔アルが突然口元を抑えて震え始めた。体調不良だろうか。
浅黄ムツキが「気にしないで―、アルちゃんこういうシチュがツボなだけだから」と陸八魔アルの頭を撫でながら言うので、気にすることはないのだろう。
紫関ラーメンの時とは違い、こちらを観察しているのを隠そうともしていなかった鬼方カヨコが溜息をつく。薄く笑っているような表情だ。
伊草ハルカは未だ視線が定まっておらず、こちらを恐々と眺めたり、陸八魔アルの名前を読んだりと情緒不安定だ。
「こほん、それで『黒服』さん。いえ、『先生』と呼んだ方がいいのかしら」
「お好きに呼んでいただいて構いませんよ」
再び気を取り直した陸八魔アルが何事も無かったかのように「では、黒服さんで」と話を続ける。
「アビドスの生徒たちに関わったことによる契約違反という話ではないのよね?」
「契約違反? あれは偶然でしょう。そんな理不尽なことは言いませんよ」
そもそもその条件を付けたのは私と便利屋との関係を知られて、余計な警戒をされないためのものだ。契約破棄したい場合に手札として利用する可能性はあるが、いまのところそのような予定もない。
つまり当然のことを話しただけであるが、今度は陸八魔アルだけでなく、便利屋68全員の顔が明るくなったように見える。
普段、どれほど理不尽な契約を受け続けていたのだろうか。難儀なものだ。
「ええと、ではどうして?」
「ラーメン屋で食事にも困るような切羽詰まった状態に陥っていると聞こえてきまして。早急に報酬を渡した方が良いと思ったのですが、余計なお世話でしたか?」
「聞こえてたの!? 凄く助かるけど、よりにもよって黒服さんに聞かれてたなんて……すごく助かるけど……」
もはや表情を取り繕うことはあきらめたようで、落ち込んだり喜んだりと忙しくしている。
「深くは聞きませんが、大変だったようですね。こちらが今日までの分の正式な報酬です。一応明日以降の分も持ってきていますが」
「いいえ、それは受け取れないわ」
前金をもらわないことには強いポリシーがあるようだ。あえて否定する必要もない。
「そうですか。では、これは次の機会にお渡しします。それで、次にやってほしいことなのですが──」
その後、便利屋68と仕事内容の打ち合わせをし、解散となった。
帰り道で、ちょっとしたトラブルはあったが、現時点では概ね順調に事が進んでいたと言っていいだろう。