錠前サオリは夢を見ていた。通功の古聖堂にミサイルを落とし、多くの者たちが負傷し、助けを求める声が響く世界で、一人の大人を銃で撃ちぬいた。
彼女にとってそれは、作戦の成功を現すものに違いなかったが、彼女はそれが全く嬉しいとは思わなかった。むしろ、その『悪夢』に強烈な不快感を感じ、彼女は目を覚ます。
「ここは……?」
目を覚ました彼女は、今しがた見た夢を殆ど覚えていなかったが、覚醒の原因となった不快感だけは、重く彼女にのしかかっていた。そして、身体のあちこちが痛むことにも気づいた、上手く体が動かない中、何故自分がこのような状況なのかを思い出そうとした。
「あ、起きた?」
その答えは、彼女の頭上から降ってきた。彼女を見下ろしている生徒がそこにいた。その姿を見て、彼女は徐々にこれまでの記憶を思い出す。古聖堂に誰もいないという状況にパニックになっていたところで、地下への通路が破壊され、アツコと分断されたこと、
その後、アリウスの部隊に紛れていた敵からの攻撃と、ゲヘナ風紀委員らの奇襲によって彼女たちの戦力が殆ど無力化されたこと。そして別ルートからアツコを救出するために走り、どうにか入り口までたどり着いたこと。ヒヨリとミサキ、二人の仲間とも逸れてしまった状態で何とかたどり着いたその入り口に、理不尽が存在していたこと。
そしてその理不尽が今、錠前サオリの事を心配そうな顔で見つめていた。
「ごめんね、思いっきりやっちゃったから、まだ痛むと思う。サオリちゃんが強かったから、手加減とか全然できなくて……いやー、やりすぎちゃった。ごめんね」
彼女を気絶させた元凶は、申し訳なさそうにそう述べた。そこで、サオリは自らが武装解除されていることに気付く。彼女は自分が完全に敗北したことを受け入れるしかなかった。
彼女は痛む身体をどうにか起こし、見下ろしていたその理不尽を見た。
「お前は……一体なんなんだ? 何故私の邪魔をする」
そしてようやく口から出てきたのは、そんな泣き言だった。今まで必死にいろんなことを耐えてきて、いろんなものを守ろうとして、守れなくて、それでもやっと今日を迎えたのに、それをあざ笑うかのようなことが起きた。
そこからどうにか逃げ出して、ようやくこの通路にたどり着いたのに、トリニティもゲヘナも全く関係の無さそうな理不尽な壁が立ち塞がってきた。どうしてこんな目に遭わなければいけないんだ。彼女の脳内に鳴り響く「いつもの教義」が、このときばかりは何の意味ももたらさなかった。
「うーん……そもそも何でここを通りたかったかすら教えてもらってないし、さっきも言ったけど私はここを誰も通すなって言われて、お仕事としてそれをやってたから、何で、と言われても難しいんだけど…… うん、そうだね。じゃあちょっとお話しよっか? 先生たちもきっとあんまり遅くならないうちに戻ってくるはずだし、一緒に待ってようよ」
小鳥遊ホシノという名の理不尽は、錠前サオリにそう言って慈愛の眼差しを向けた。
――
「よっこいしょ。それで、そもそもあなたは錠前サオリさん……であってるんだよね? 勝手にサオリちゃんって呼んでたけど」
無防備な様子でサオリの横に腰掛けたホシノは尋ねた。見た目の特徴と強さから殆ど確信していたが、まだお互いに自己紹介をしたわけではない。
「……ああ、合っている。……お前は?」
サオリは一瞬、隙を見せた今なら彼女を突破できるのではないかと考えたが、結局行動にはうつさなかった。身体がまともに動かないし、この無防備さは自分を安心させるために見せているもので、実際に警戒を怠っている訳ではない、ということも理解したからだ。
「私? 私は小鳥遊ホシノ、アビドスの3年生だよ」
「3年生?」
「そだよ? こう見えておじさんもう結構な年でねえ」
「今3年生だとしたら私と同じ年だろう……」
突然年配アピールを始めたホシノに、サオリが困惑する。
「あはは、そうだね。同い年だよ。こんなちんちくりんだからよく年下に見られるけど……はぁ」
ホシノは横に座るサオリと自分との体を見比べてため息をついた。
「いや、他意は無かったんだ、すまない……」
サオリは何故かいたたまれない気がして、つい謝ってしまった。ホシノのペースに乗せられてしまっているともいえる。
「それより、アビドスの生徒が、どうしてここで警備をしている?」
「うーん? 何回か言ったけど、お仕事だよ、アルバイト。先生にお願いされたんだ。警備員ってやつだね。まあ、ある程度のことは説明されて、この場所に配置されたんだけど、何でいるかっていうとそういうことだね」
シャーレの腕章にヘルメット。シャーレから派遣された警備スタッフは、その統一された格好で警備をしていたが、立ち入り制限エリア外の地下道入口に配置された者はホシノただ一人だった。彼女と河駒風ラブに与えられたのはそれぞれ、他の人員とは異なる任務があったためだ。
「随分、贅沢な警備員だ。……先生と言うのは『シャーレの先生』のことか。」
「知ってるんだ?」
「ああ。……
その言葉にホシノの目が細くなる。周囲の温度が低くなる錯覚を覚えたサオリが冷や汗をかきながら続ける。
「……今日起こった出来事がその『先生』の絵図によるものだとすれば、とてもそうは思えない。少なくとも愚物などではない」
「……誰がそんなことをあなたたちに言っていたかは知らないけど、
今まさに後悔しているところだ、とサオリは思いながら神妙にうなずいた。ホシノはサオリの様子はじっと見ていたが、小さく息をつく。
「それでさ……サオリちゃんはどうしてここを通ろうとしてたの? こっちの子たちは逃げてきたみたいだったけど、サオリちゃんは何というか、とっても一生懸命だったよね」
ホシノがそれを言った時、サオリの顔色が変わった。
「そうだ、アツコを……」
そう言って立ち上がろうとする。当然、ホシノがそれを許すはずはなかったし、今の彼女は立ちあがるのにも一苦労するほど消耗していた。
「落ち着いて。お話をしようって言ったでしょ。」
「……だが、アツコを助けないと」
「……今の状態で、それが出来るの? 武器もない、歩くのもやっとって感じでしょ?」
「……っ!」
ホシノの冷酷ともとれる指摘に、サオリが俯く。ホシノは少し罪悪感を感じ、息をついた。
「ユキノちゃんって子が……えーと、アリウスの子達が聖堂のところで誰かに攻撃されたと思うんだけど、その子達のリーダーが、アツコさんを保護しにカタコンベへ進入してるって、先生が言ってたよ」
「……何だと」
俯いた顔をあげ、ホシノを見た。
「だから、先生はまずユキノちゃんと合流するって言ってた。
「…………分かった」
サオリの返事に、ホシノは満足して頷いた。
―
「サオリちゃんはさ、先生がどうしてこんな大掛かりなことをしたと思う?」
大人しく座りなおしたサオリに、ホシノはそう尋ねた。
「……私たちを騙して、罠にかけるため……ではないのか?」
サオリは暫く考えたが、元々思いついていた以上の答えは浮かばなかった。
「うん、もちろんそれはそうなんだけど……まあ、先生に直接聞いたわけじゃないから、想像なんだけどね。多分、先生はあなたたちを守るために計画したんじゃないかなぁ」
「……どういうことだ?」
「あなたたちは、今日ミサイルを撃ち込んで、攻め込むつもりだった。そして先生はそれを分っていた。っていうところまでは間違いないと思うんだけど……」
想像だと前置いた上で、ホシノは説明を始めた。
「でもさ、そこまで知っていたなら、別に今日を待つ必要、無かったんじゃないかなって思わない? ゲヘナの風紀委員長ちゃんとか、トリニティのミカちゃんとか。私もそうだけどミレニアムにも伝手が色々あるみたいだし。その辺りを使えば、今日が来る前にアリウスに攻め込むには、十分な戦力になったんじゃないかって思うな。」
「……」
サオリは考える。確かにホシノの言う通りだ、今日のために使われた大がかりなリソースを駆使すれば、アリウスに攻め込まれればひとたまりもなかっただろう。物量差は覆らない、だからこそ、アリウスは奇襲を選択したのだから。
「でも、そうするとあなたたちの後ろにいる人……あなたに先生の事を吹き込んだ人が、あなたたちにどんなことをさせるか分からない。例えば……自爆特攻みたいなことをさせない、って言いきれるのかな? だから、先生はあなたたちが地上に来て、その人の手から離れるのを待つことにした。その上で怪我人が出来るだけ出ないような作戦にしたんじゃないかなぁ」
まあ、全部想像だけど。と最後に付け加えて、ホシノはそう締めくくった。
そんなことがあるのだろうか、とサオリは考える。見ず知らずの相手、と言うだけならいざ知らず、自分たちは既に2回もトリニティを襲撃しており、その時点で明確に敵だったはずだ。しかし、ホシノの言っていることへの反論も思いつかなかった。
「ま、本当のところは先生に直接聞かないとだけどね。おじさんの直感的には、そろそろ戻ってくると思うんだけどなー」
そう言って、ホシノは地下道の入り口を見る。サオリも釣られてその方を見た。
そして二人が沈黙したとき、話していたときには気づかなかった物音が、地下道の方から聞こえてくることに、二人は気づいた。
誰かが近づいてきている。
「あれ? サッちゃんだ。」
そこに
満身創痍の彼女は、安心感からか再び気を失ってしまった。
次回からエデン条約 後始末編となります。