事後処理
秤アツコを含む3人のアリウス生を連れ、小鳥遊ホシノの待つ地下道の出入り口に戻ると、小鳥遊ホシノと並んで腰かけている錠前サオリがそこにいた。勿論、その可能性自体は考えていないわけではなかったが、そこまで高くはないと見込んでいた。カタコンベ側につながる最短経路ではあるものの、そもそも錠前サオリがそこまでたどり着く可能性は低いとみていたし、他にも入り口はあった。彼女にとっては、運が悪かったとしか言いようがないだろう。
勿論、私としては小鳥遊ホシノが彼女の足止めに成功したうえで、ある程度説得まで済ませてしまっていたというのは思いがけない幸運であり、大いに感謝すべきだろう。
保護されたアリウスの生徒達は、前回と同様に一旦救護騎士団預かりとなったうえで、必要に応じて治療などを行う予定らしい。多くの者が栄養失調であったのは同様であり、前回より多くの患者が現れたたため、救護騎士団の手がとてもではないが足りなくなり、ゲヘナ学園の救急医学部から部長の氷室セナを含む複数人がヘルプとして派遣されることになった。結果的にエデン条約の調印に先駆けて両校の協力活動が自発的に行われる最初の例となったのは、どう影響するだろうか。
また、実質的に指揮官の役割を担っていたスクワッドのメンバーについても、同じように救護騎士団による検査は行われたが、その後、事情聴取が行われることが決まっていた。それについては、本人たち(主に秤アツコと錠前サオリ)の希望があったこともあり、トリニティではなく、シャーレが主導で行うこととなり、身柄についてもシャーレ医務室から居住区へと置かれることとなった。
アリウスの拠点への調査は、聴取などが行われ次第、調査チームを再編し行われる予定となった。ベアトリーチェの手勢は今回の襲撃の失敗によってその大半が失われているはずで、また秤アツコの保護ができたことにより彼女の計画も大きく後退したことは間違いないが、それゆえ残った生徒達の保護が最初の重要な目標となる。立木マイアの言っていた「梯スバル」という生徒については、今回の襲撃には参加していなかったことが判明しているため、この残留生徒の中に含まれていると見込まれている。
また、襲撃に加わったほぼすべての生徒は保護されていたが、ごく一部行方が分からなくなっている者がおり、そちらの捜索についても、同時に進められている。
そして現在、それらの報告と状況確認のため、私はまたトリニティを訪問していた。
「エデン条約については、締結の見直しではなく、あくまで
桐藤ナギサから、エデン条約そのものの現状についての説明を受ける。今日のティーパーティーは、3人の生徒会長が全員揃っていた。
「それと、次回開催についての打ち合わせはマコト議長も呼ぶようにと言われています。また面倒なことを言ってくるつもりだと思うので、その対策も考えなければなりません」
溜息をついて、彼女はそう続ける。あまり姑息な嫌がらせを続ければまた丹花イブキを怒らせることになると思うが、逆に言えばそれまでは羽沼マコトも嫌がらせを続けるつもりなのかもしれない。
「良いじゃん、エデン条約なんてやんなくたって。あの
聖園ミカが歯に衣着せぬ表現でエデン条約そのものへの疑義を唱える。桐藤ナギサは少し顔を顰めて彼女の方を見るが、他方、百合園セイアは微笑んで、というよりは何か含むものがありそうな笑いをこらえながらそれを見ていた。
「なぁに、セイアちゃん? 言いたいことがあるなら言ってよ」
その視線に気付いた聖園ミカは、訝し気に百合園セイアに問いかける。
「いやなに、最近面白い話を聞いてね。君子豹変す、とはこのことだ。私はそのこと自体は嘉すべきことだと思うが、それにしても、以前は『ゲヘナなんかとの友好条約がうまく行くはずない』と蓋然的な物言いだったはずだが、反対理由はいつの間に変わったのかな?」
百合園セイアがそのままの表情で言い返す。
「確かに、言われてみればちょっと変わりましたね? 今のはマコト議長が関わらなければ問題ないというような言い方でした。以前はもっと、何というか
桐藤ナギサも今の話の内容が少しきになったようだ。私はこの時点で、百合園セイアの言わんとすることは何となく察しがついていた。
「べ、別に大した理由はないよ!? ただ、エデン条約の調印式で変なこと言って帰ったって聞いたその生徒会長の話を思い出したから言っただけで」
思い当たる節があった聖園ミカが、そう言って慌てて否定する。桐藤ナギサは、まだ何のことを言っているか分からず、首を傾げていた。
「ふむ、そういうことか。では、私の気のせいだったのかもしれないね。ところでミカ、
そう言って、百合園セイアは自らの持つスマートフォンを取り出す。そこにはぎこちない笑顔で愛清フウカに話しかけている聖園ミカの画像が表示されていた。
「な、何でそれ持ってるの!!?」
聖園ミカが叫ぶ。
「あら? これは……ミカさんと、お友達、ですか?」
桐藤ナギサは目を丸くした。
「他にもあるぞ、これとか、とてもよく撮れているだろう」
百合園セイアが画像を切り替える。今度は愛清フウカが野菜の切り方について聖園ミカの手を取りながらレクチャーしている様子だ。
1枚目の画像は河駒風ラブが、2枚目は川流シノンが撮っていた写真だろう。普段はレポーターとして活動している川流シノンだが、クロノス生の基本スキルと言って何枚も写真を撮っていたことを思い出す。
「え!? え? まさか先生が!?」
聖園ミカが犯人捜しをするようにこちらを見る。
「私ではありませんよ。セイアさんが証人になってくれるでしょう」
当然私はみだりに生徒の写真を他人に渡したりはしない。ただ、その写真が百合園セイアの手に渡った経緯は知っていた。
「ふふ、私は私で、情報網を持っているということだ。先ほど君子豹変す、と言ったが私もまた、以前の四六時中大図書館か寝室に引きこもっていた頃とは様相を異にするというわけだよ」
実際のところは『
「べ、別に良いじゃん! フウカちゃんのことは関係ないでしょ!? ゲヘナにも良い子がいることも知ってるし、もうお友達も出来たけど、それとこれとは関係ないの! 悪い!?」
聖園ミカが開き直る。だが、その通り、条約に対する立場と、本人の人間関係は本来無関係だ。以前私が考えていたその事実に、彼女も気づいたようだ。
百合園セイアは今度は分かりやすく微笑んで
「悪いはずがないとも、友達は大切にするべきだよ。私たちの間柄もね」
と言った。
「……そうですか。ミカさんにも、学校外にお友達が出来たんですね」
その時、黙って百合園セイアが提示した画像を眺めていた桐藤ナギサが、静かにそう口にした。
どこか、面白く無さそうなニュアンスが含まれているような口ぶりだった。
「う、うん……そうだけど……ナギちゃん、何か怒ってる?」
その様子に戸惑い、聖園ミカが返事をする。
「え? そう聞こえましたか?」
しかし、言った本人にその自覚はなかったらしい。
「確かに、私も少しそのような気配を感じたよ」
と、百合園セイアも同意する。
2人に、そう言われ、桐藤ナギサは目を閉じて自分の心を確認するように胸を撫でた。
「……だとすると、私は……、少し二人が
桐藤ナギサは、そう言って微笑んだ。今度はそこに含みなどは一切感じられなかった。
聖園ミカと百合園セイアは顔を見合わせる。そして、
「これだから、ナギちゃんはさぁ……」
呆れと照れが混じった表情で、聖園ミカは溜息をつき、
「ふふっ、まったくだ。それに、ナギサも羨ましいと思うなら、落ち着いたらシャーレへと顔を出してみるといいかもしれないね。犬も歩かねば棒には当たらないのだから」
百合園セイアはそう言ってまた笑った。
このように、トリニティの首脳部は、少しづつ平和を取り戻しつつあるようだった。