黒服がシャーレの先生になった世界線   作:黒服先生

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信頼と心配

 トリニティやゲヘナといった関係各所への訪問など、エデン条約前後で外出する用がかなり増えていた。

 

 そして調印式前は外出していない時でもそれらの準備に追われており、その結果として、未処理の通常タスクが大量に残ってしまっていた。また、古聖堂の瓦礫の撤去など、新たに発生した問題にも対処しなければならない。それらの処理を行う目的として、河駒風ラブおよびジャブジャブヘルメット団の団員達に引き続き協力してもらっていた。団員達の仕事の仕分けが可能な河駒風ラブを事務処理要員として、撤去作業の手伝いやその他人材派遣が必要な業務を団員が担うという流れだ。

 

 その際にヘルメット団の名前を出すか出さないか、と言う部分に関しては個人や河駒風ラブの判断に任せることにしていたが、クロノスからシャーレへの取材があった際に彼女たちの姿も映っていたことからその知名度は上がっており、結果的にジャブジャブヘルメット団とシャーレとの提携という事実は、キヴォトス内では比較的好意的に受け止められていた。

 そういう訳で今、シャーレの事務室には私と河駒風ラブと、そして早瀬ユウカがいた。

 

 余談だが早瀬ユウカに関しては、ヘルメット団がアルバイトとして有償でやっている以上、今まで無償で協力してくれていた彼女も、似たような条件で有償としてやってもらうことになった。彼女は当初渋っていたが、「臨時職員証」などに心を惹かれたらしいというのと、金を貰ってやっている河駒風ラブ達が心置きなくなく働けるよう、という理由から最終的に同意したのだ。

 

「そういえばさ、先生。うち、言いそびれてたことがあったんだけど」

 河駒風ラブが作業していた手を止めて、私に話しかけた。今日は既にそこそこ長い時間仕事をしていたので、多少雑談しても問題ないだろう。

 

「何でしょう?」

「いや、えーっとさ。あの一緒に地下に行ったときのことなんだけど」

「はい」

「そこであの変な怪物と戦った時、二人で爆発する円に巻き込まれたじゃない、先生あの時うちを庇うようなことしたけど……」

 あの時、気絶した彼女が目覚めた時も何かを言おうとしていたが、マエストロが現れたのだったか。そして今回もまた、彼女は最後まで言うことが出来なかった。

「え?」

 1人作業を続けていた早瀬ユウカの手が止まり、彼女の言葉を遮るように口を開いたからだ。

「何ですかその話。だって……先生、()()()()()()()()()()っておっしゃっていたじゃないですか」

 彼女は動揺していた。そして怒ってもいた。河駒風ラブは自分の発言が不味いものだったことに気付いたようで、やってしまったというような顔をしていたが、今更だ。

 特に口止めをしていたわけでも無いので、彼女に責任はない。

 

「すみません。しかし現に、私はこの通り、殆ど無傷で戻ってきていますから、特別危険があった、という訳ではないのです」

 これで納得してくれるとは思えなかったが、とりあえず嘘にならない範囲でそう伝える。

「……でも、さっきラブさんは先生に庇われたって言っていたじゃないですか。危険が無いのなら、どうして庇ったんですか?」

 案の定だ。早瀬ユウカは簡単には納得しない。河駒風ラブは自分に火の粉が飛んでこないように、俯いて黙っている。

「……爆発の威力が想定を上回っており、河駒風ラブが重傷を負う可能性があったのです。……私にはそれを回避する奥の手があったのです。それを利用するには私自身が危機に陥る必要があるため、彼女を庇うという選択を取ったのです」

 実際のところはシッテムの箱による自動防衛の効果を完全に期待して取った行動、という訳ではない。しかし、生命を維持するための保険としてそのような機能があることは当然理解していた。

 

「そうなんですね……でも、それは100%先生の安全を保障してくれるものなんですか? ……そうでないのなら、今後はもうそういったことはしないって約束してくれますか? だって、私たちが重傷になるくらいの威力だと、先生には命に関わるかもしれないじゃないですか」

 早瀬ユウカは真剣だった。何故そこまで真剣なのかは理解できなかったが、私の身を案じていることは間違いなかった。

 

 しかし、私にはそれを了承することはできなかった。文字通り、不可能なのだ。

「……100%ではないですが、その約束はできません。同じ状況で、私が奥の手を使える状況であれば、同じことをするでしょう。勿論相手がラブさんだから、ということではなくユウカさんや他の生徒相手でもそうするでしょう」

 そもそもそのような危機的状況に陥った時に、生徒を庇う以外の選択肢が私に取れるのか、という問題がある。

 それに彼女は私の命に関わる事だ、と言ったが私自身にも何も対策していないという訳ではない。以前の時間軸で異次元の砂狼シロコに襲撃されたとき、大きなダメージを受けたが致命傷には至らなかったのも、備えがあったからだ。しかし、彼女の言いたいことがそういうことではないことくらいは、私にも理解できていた。

 

「……そうですよね。先生ならそうおっしゃると思いました。でも……先生、私、本当に心配だったんです。トリニティとゲヘナの条約に、ミレニアムの生徒会である私が口を挟むわけにはいかないって思って、何も言いませんでしたけど……」

「……」

 理解できていたからこそ、私は何も反論できずにいた。

 

「先生が色々と準備をしていることは知っていました。多分、何か危ないことが起こるんだろうな、というのも分かっていました。……調印式の様子、配信で見てたんです。ヴェリタスが何かしてたって気付いた時は心臓が止まりそうになりましたけど……でも、その後のミサイルの報道はもっと驚きました。あんな威力の兵器が使用された場所に先生がいたかもしれない、なんて……」

 そこまでいって、早瀬ユウカは俯いた。

 

「……申し訳ありません。そこまで、心配をかけていたとは」

 結局、私には、それしか言うことが出来なかった。

「……ごめんなさい。ちょっと冷静になりたいので、今日は帰りますね。ラブさんも、いきなり会話に割って入って騒いで、悪かったわ」

 俯いたまま、早瀬ユウカはそう言って扉へと歩き始める。

「いや、うちは……あ、行っちゃった……」

 

 そして、私や河駒風ラブの返事を聞くまでもなく、立ち去ってしまった。

 

「……先生、ちゃんと仲直りしといてね。ユウカ、泣いてたわよあれ」

 そのことには、私も気づいていた。何故そこまで、と言うのは理解できていなかったが。

「……ええ。 ……しかし、あそこまで心配をかけていたとは思いませんでしたが」

「本気で言ってるの? 心配かけてたって……。まあそうだけど、それだけあんたのことを信頼して、慕ってるってことじゃない? 先生もかなり頼りにしてるみたいだったから、この間の作戦の話もしてると思って話しちゃったんだけど、何も教えてなかったのね」

 

 河駒風ラブが呆れたように言う。慕われている、そうなのだろうか。実感がない。

「……そうですね。少なくとも私がユウカさんの信用を裏切るようなことをした、と言うのは理解しました」

「……まあ、そこまで重い話なのかもよくわかんないけどね、実際、先生の言う通りうちも先生も無事だったんだし。まあ、ユウカが先生のことを信頼してたってのは間違いないと思うけど……あ、ついでにうちのいいたかった事なんだけど」

 話している途中で、思い出したように彼女が言う。彼女の用件が終わっていないことを思い出した。

「……そういえば話の途中でしたね」

「うん。まあ怒りたかった内容は大体ユウカの言ってた通りだったし、二度としないで、って気持ちはうちもあるんだけど……あの時はありがとね、先生」

 

 河駒風ラブが、突然感謝の言葉を口にする。今まで説教をされていたような気がするが、いきなり変化した。

「いや、アレよ。結果的に助けられたのは事実だし、直撃してたら本当に危なかったかもしれないから。先生の奥の手っていうのは初耳だったけど、お礼もちゃんと言ってなかったなって思って」

 彼女はそう言って頬を掻く。

「……そろそろ仕事に戻るわよ。忙しいのは変わらないんだし。ユウカには、さっきも言ったけどちゃんとしといてね。うちも後でフォローしとくけど……」

 

 最後に河駒風ラブはそう付け加えて、止まっていた作業の手を再開させた。私は改めて、彼女を雇ったことが正解であったと、強く確信した。




ユウカの話の続きは少し先の話になります。
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