秤アツコとの面談が終わり、次の順番は槌永ヒヨリとなる。彼女とはまだ会ったことは無い。白洲アズサや秤アツコからの情報が頼りとなる。
事件当日は崩壊した古聖堂へ強襲した空崎ヒナと交戦。彼女からの話だと狙撃手らしく正面戦闘が強かったわけではないが、泣き喚きながらしぶとく抵抗された結果、一時的に錠前サオリと戒野ミサキを取り逃がすことになったという話だ。空崎ヒナも普段とは行動原理を異にする相手との戦いということもあったのかもしれないが。
「失礼します。槌永ヒヨリさんをお連れしました」
先ほどと同様に七度ユキノが槌永ヒヨリを引き連れて現れる。ただし、今回は二人にほぼ面識がないようなので、彼女の退室まではスムーズに進んだ。
そして槌永ヒヨリは入室してから辺りを見回して挙動不審な様子だった。
「席におかけください」
「……終わり……辛い……」
よく聞くと微かな声で何かを呟いているようで、私の声にも気づいていないようだ。
「槌永ヒヨリさん、聞いていますか? リラックスしてそちらにおかけください」
少し声量を上げて、再度席に着くよう促す。
「うわぁっ!? え、えーっと、えへへ……ごめんなさい……何ですか?」
「
「は、はいっ! ……本当に終わりました……印象も最悪です……ああ、苦しいです……」
尚も何かを呟きながら、一先ず席には着いたので、ようやく話しが始められる。
「槌永ヒヨリさん、ですね? よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします……えへへ……」
こちらを見ながら愛想笑いと言えなくもない笑い方をしながら返事をした。
一応今はこちらを気にしているが、間に沈黙が挟まると殆ど無意識のようにネガティブな独り言を呟き始めるのだろう。
「こちらでの生活はどうですか? 何か困っていることや不便な点はありませんか?」
「不満……? えへへ……え? 不満ですか? ありません……苦しいことや辛いことだらけですけど、人生ってそういうものですから、はい……」
聞く限りとても不満が無いようには見えないが、彼女はそう返事をした。
彼女もまた、問診や、要望に少し特殊なところがあった。彼女のパーソナリティは現在基本的に諦念で構成されており、自己評価が著しく低い。また、保護を受けて以降非常に従順であり、指示に従わないということは殆どないようだ。これらは洗脳教育の影響と言えなくもなかったが、一方で、スクワッドのメンバーの中で最も多くの要望を提示して来ていたのも彼女だった。
「すみません、もう少し具体的に話すべきでしたね、体調は問題ありませんか?」
気を取り直して、再度聞き直す。抽象的になると人生観の質問にされてしまうのでは話が進まないのだ。
「はい……変なものを食べてお腹を壊す心配も無いので……大丈夫です」
「……それは何よりです。それと……ご要望いただいたものを参考に、差し入れをしたかと思いますが、そちらはどうでしたか? ああいったものでよかったでしょうか」
要望が多かったと言っても大したものではない、何度も消したり書いたりした形跡があったが、結果として彼女が要望してきたのは「温かいお湯」「中古のファッション雑誌」「ケーキ」の3つで、それ以上の細かい指定も無かった。
しかし、この質問に、槌永ヒヨリは何故か驚いた顔をして、何故か慌てはじめる。
「うわぁぁぁん!? や、やっぱりあれは試されていたんですね!? お終いです、全部食べちゃいましたし、お湯って言ったのにカップスープも飲んでしまいました……雑誌の最新刊も……でもどうせ落とされるなら、ちょっとでも上げてもらった気分が味わえてよかったです!」
そしてそう言って泣き叫び始めた。何か大きな誤解をされているようだ
彼女の言っていることを聞いて、差し入れした物を思い出した。お湯と言われて本当に白湯をただ渡すのというのが正しいかもわからなかったため、差し入れたものは通常の食事とは別に電気ケトルとミネラルウォーター、そしてティーパックやインスタントコーヒー、カップスープなどの飲料系インスタント食品を付けた。またほかの2つに関しては、適当なファッション雑誌の最新号から直近4か月分のバックナンバー、トリニティで購入可能な市販のケーキを贈った。
この辺りの品も詳しくは無いので、シャーレに訪れた生徒たちに協力してもらった。ファッション雑誌に関しては、生徒が購入してまだ捨てていなかった正真正銘の中古品だ。最新刊ではあるが。
しかし要望したもの以上のものを贈った結果、彼女に余計な葛藤をさせてしまったらしい。と言う割には渡したものは素直に満喫した形跡もあったのだが。
「いえ、あれはただの差し入れですので、自由に使ってもらってよかったんですよ。楽しんでいただけたのであれば、結構です」
「そ、そうなんですか……? だとすると、私にはこの先どんな恐ろしいことが待っているんでしょう……考えるだけで苦しいです……」
そういった恐ろしい目にあわせるつもりは当然無いが、言っても信じることはないだろう。深みに入らないうちに、次の質問に入ることにする。
「これからも何か要望があれば言っていただければ、出来る限り対応しますよ。それで、次は今後の話をしましょうか」
「えへへ……今後の話、ですね。そうですね、私がいつ終わるのかというのは怖いですが、気になります」
「いえ、そういった生き死にの話ではなくてですね。ヒヨリさんが、どう思っていて、どうしたいか。と言う話です」
再び脱線しそうになった話を戻す。
「え……どういうことでしょう」
「ヒヨリさん、貴女はアリウスの中でも特別な、スクワッドというチームに所属していました。ベアトリーチェからの干渉が特に多かったチームだったと思います。彼女の支配から離れることに抵抗はありますか?」
私の質問に、今度は目を泳がせる。
「えへへ、どちらにしろマダムのところには戻れないですし……戻れと言うなら戻りますけど……」
彼女の感情が分かるわけではなかったが、ベアトリーチェの元に居たい訳ではない、と言うのは伝わってきた。ベアトリーチェの洗脳教育の欠点が徐々に浮かんできている。
「私からヒヨリさんの進退に言及することはありませんよ」
「だったら…………だったら、サオリ姉さんと同じところにいたいですね……サオリ姉さんが一緒にいても良いって思ってくれていれば、ですけど」
私が暗に自分で決めてほしいと伝えると、槌永ヒヨリはひとしきり逡巡した後、そう言った。
「分かりました。後でサオリさんとも話しますので、その時に話しておきましょう」
「は、はい…… え?」
槌永ヒヨリは、私が錠前サオリにその話を伝えるとは思っていなかったようで、戸惑いながら頷いた。いや、頷きながら疑問符を浮かべた。
「さて、これでこちらからお聞きしたいことは以上です。逆に何か聞きたいことはありますか?」
「えへへ、えーっと、この後は私どうなるんでしょう」
「とりあえずまたユキノさんについていき、食堂で待っていてください。アツコさんもいらっしゃるはずです」
「え……姫ちゃんが?」
槌永ヒヨリが今日一番驚いた様子で聞き返す。
「はい。色々お話したいこともあるでしょうから、一先ずゆっくりお過ごしください。その後で、皆さん一緒に食事にしましょう」
「い、良いんですか? あ、ぬか喜びさせて、本当は私だけ追い出されるとかですよね? うわああん! 酷いです!」
槌永ヒヨリが妙な被害妄想に突入したが、キリが無いので泣いている彼女を外で待機している七度ユキノに託した。七度ユキノは最初泣いている槌永ヒヨリを見て私の事を少し訝しい表情で見たが、内容を聞くと小さくため息をついて、彼女を食堂まで連れて行った。
その間に、次の生徒について、確認した。次は、最も難しいと思われる生徒だ。