最後の一人、スクワッドのリーダーの錠前サオリ。
古聖堂襲撃における最高指揮官でもあり、アリウスの生徒の中でも秤アツコに並ぶ重要なポジションの生徒だ。
当日はこちらの作戦がうまくはまり、地下に取り残された秤アツコを救出するために別ルートから地下道進入を試み、偶然その入り口で構えていた小鳥遊ホシノに遭遇、撃破された。
我々が地上に戻った際、秤アツコの無事を確認した直後に気を失った。話を聞く限り、空崎ヒナ、FOX小隊と交戦と逃走、その後小鳥遊ホシノと激突したというのだから、そうなるのもやむなしといったところだろう。
そしてその結果、殆ど会話をすることはできなかったのが槌永ヒヨリや戒野ミサキと同じである。
「先生、錠前サオリを連れてきました」
3度目となる七度ユキノによる連絡があり、錠前サオリが連れてこられる。
「初めまして、サオリさん。そちらにおかけください」
「ああ……よろしく頼む」
錠前サオリが大人しく席に着き、七度ユキノが退室する。
「さて、こうしてお話しするのは初めてになりますね。サオリさん。こちらでの生活はどうでしょう。何かお困りの点はありませんか?」
「……いや、特にない。過分な待遇を受けているとすら思えるくらいだ」
彼女はそう答えた。
錠前サオリに関する心身の診断結果もまた、難しい物であった。肉体面は新しい傷や古い物、大小さまざまな傷がつけられているのが見られ、幻覚や幻聴に悩まされるほどに精神的な不調を抱えていた。救護騎士団からの報告書によるともはや自分が何をやっていたのかも曖昧になるほど苛烈な暴力と精神攻撃に日常的にさらされていた可能性が高いとのことだ。そして彼女がそれに耐えてきたのは、偏にスクワッドの仲間たちの為であったとみられている。そしてそれは、彼女が秤アツコ救出のために地下道へ進入しようとしていたことからもそれを補強していると思われた。
「そうですか。皆さんまだ解放、という訳にはいきませんが、この面談が先に終わった皆さんが、食堂で待っています」
「何? そうなのか?」
「ええ。今までお待たせして申し訳ありません。あなた方の状況から考えるとあまり長く引き離しておいておくというのはよくなさそうなのは分かっていたのですが……」
「いや……それは……そうか、本当にありがたい」
錠前サオリは心の底から安堵したように息をついた。精神的に不安定だった彼女は、仲間が本当に保護されているかどうかも信じられなかったのかもしれない。
「という訳なので、手短に話をしていきましょう。」
「解った」
「体の調子はどうですか? 幻聴のようなものに悩まされているという報告は受けていますが、しっかり眠れていますか?」
「……どうだろう。アリウスにいた頃よりは眠れているような気もするが、長時間の睡眠はとれていないのかもしれない。正直に言って基準が分からない。幻聴というと……ああ、『教義』のことか。アレは身に沁みついてしまっているから、特に変わったような感じはしないな」
「そうですか……まあ、以前より改善しているという事であれば良いと思います。ゆっくり治していきましょう」
私の言葉に、彼女は静かにうなずいた。
「さて、それでは今後の話をしようと思います。……これは他の方には伝えていないのですが、私自身の目的をお伝えします。私は、ベアトリーチェを討とうと考えています。積極的に殺そうというつもりはありませんが……最低限身体の確保は必要だと思っています」
「……ベアトリーチェの事を知っていたのか?」
「ええ、あれがどういう人物なのかも知っています。故に、アリウスの生徒たちの保護は別に、あれの確保はかなり重要だと思っています」
錠前サオリは私の言葉に暫く考え込む。そして疑問を口にした。
「ベアトリーチェに何かの目的があるのは気づいていた。アツコが何か関連していることも……何人もの生徒が耐えられず犠牲になったことも当然知っているが……先生がベアトリーチェの事をそこまで危険視するのはどうしてだ?」
彼女の立場からすると、そう見えるのだろう。私は伝えられる範囲で、彼女に情報を伝える。
「彼女が目的を果たすと更に大きな被害が出る、というのはサオリさんも想像できると思いますが
……問題は彼女が目的を諦めてしまった時です。あれは最悪の場合、キヴォトスを滅ぼす方法を認識しており、自暴自棄になった場合、その手段を取りうるということを私は知っています。自分が死ぬことになったとしても」
「なっ……」
「まあ、それについては
「……尋常でないほどの? ベアトリーチェは内戦を自ら終わらせたと語っていたが……それにどれほどの犠牲を生んでいたかは、聞いたことが無い」
錠前サオリは私の言ったことの具体的な意味を分かっていない。私はこの件について、ベアトリーチェが意図的に気付かせないようにしていたと考えている。
「サオリさん。貴女達がベアトリーチェの支配下に置かれたのはどのくらい前のことですか?」
「……正確には分からないが、恐らく10年前位の事だろう」
「ええ、凡そその位の時期でしょう。そしてそのころからベアトリーチェの目的は一つでした。ロイヤルブラッドであるアツコさんを利用して『崇高』に至る事。それ以外のものは彼女には必要なかった。サオリさん、かつて、ベアトリーチェの支配より後に貴女より年上の子どもに、会ったことはありますか?」
「それは…………まさか」
錠前サオリは、その奇妙な事実にようやく気付いたらしい。子供たちの中で
「私は、サオリさんより年上……というよりアツコさんより3つ以上年上の存在が一人もいなかったことを、単なる偶然であるとはとても思えません。ここからは私の推測でしかありませんが、ベアトリーチェが内戦を終わらせた際、彼女にとってアツコさん以外の存在は不必要だった。しかし、彼女の目標を達するまでには10年もの歳月が必要であり、その
錠前サオリが手で顔を覆う。余りにも残酷な可能性を彼女も思いついたのだろう。
「自分自身が生徒会長に君臨して、
実際のところは分からない。この話についてはゲマトリアの中でさえ彼女が明かすことは無かったのだ。しかし、錠前サオリよりも年上の子どもが
「……」
私の提唱した可能性に、暫く錠前サオリは顔を覆ったまま俯いていた。
ベアトリーチェはアリウスの支援など一切考えていなかった、その可能性を考えてはいただろうが、そこまで多くの犠牲をアリウスに出していたとまでは思っていなかったのだろう。
「……先生、私は何をすればいい?」
その後、顔を上げた錠前サオリの瞳は黒く染まっているように感じた。話しすぎたかもしれない。考えを伝えるのが早すぎただろうか。
「……落ち着いてください、サオリさん。私は貴女をまた復讐鬼にするためにこの話をしたのではありません。あくまで、私があれを討つ必要があるという理由を説明しただけです」
「だが……」
彼女は納得がいかない様子だが、一旦、こっちの言い分を通すことにする。
「その上で、スクワッドの……いえ、アリウスの生徒たちの皆さんに必要なことは、心身をしっかり休めることです。今すぐには難しいですが、アリウスだけでなく、他の学校の生徒たちと交流してみることも良いかもしれません。幸いなことに、世間はあのミサイル攻撃の詳細も殆ど知りませんし、実際に傷害を負った者もほとんどいないのです。アリウスとトリニティとの間の問題が無くなった訳ではないことはわかっていますが、それでも……」
「……それでも?」
「貴女たちの仲間に、友人になってくれる人物は、世界には意外と多く存在するということは知っておくべきでしょう」
私の言葉を聞いて、濁っていた彼女の瞳が少し正常に戻ったような気がした。
「……分かった。……先生の言葉に、今は従おうと思う。ただ、アリウスのことについて、何か協力できることがあれば、言ってほしい」
完全に納得したわけではないだろうが、彼女はそう言って私の言葉に同意した。
「ありがとうございます。では、一緒に食堂に行きましょうか。皆さんがお待ちでしょう」
「あ、ああ。もう、良いのか?」
「はい。サオリさんの意志は確認できましたから。皆さんとはしっかり話しておくべきでしょう。特に、ヒヨリさんは貴女と一緒にいたいと口に出して言っていましたし、皆さん、同じように思われていることでしょう」
外で待っていた、七度ユキノも連れ、私たちは食堂に向かった。エデン条約の後始末もようやく一区切りつきそうだ。