笑ってるだけで、女の子が病みます。   作:東◯版蜘蛛男

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一話

 彼女の名前は──天野まひる。高校二年生。

 底抜けに明るく、自他ともに認める“バカ”である。

 

 朝、目を覚ましたまひるは、布団から勢いよく飛び出した。

 

「うーん! 今日もいい天気!」

 

 カーテンも開けずに、満面の笑みでそう叫ぶ。

 外はざあざあと雨が降っていた。

 だが、彼女にとっては雨も曇りも台風すら“いい天気”なのだ。

 

「……ちょっと、お姉ちゃんうるさい……」

 

 寝ぼけ眼で部屋に入ってきたのは、パジャマ姿の妹──天野よる。

 まひるの家族構成は、母・長女・まひる・よるの四人。

 父は数年前に病気で他界している。

 

「うへへ〜ごめんね、よる! さあ! 朝ごはん食べに行こ〜!」

「……なんで朝からそんなテンション高いの、お姉ちゃん……」

 

 よるは心底うんざりした顔であくびをする。

 朝が大の苦手な妹に対し、まひるは朝が大好きだ。

 澄んだ空気、独特の静けさ──それらが“今日が始まる”合図のようで、たまらなく好きなのだ。

 そんな姉を、よるはまるで未知の生物でも見るような目で見ていた。

 

 母とまひるによって朝食が用意され、全員で食卓を囲む。

 そして支度を終えると、朝の七時には家を出る。

 天野家の毎朝のルーティン。ちなみに今日は全員五時起きだ。

 

「それじゃあお母さん! 行ってきまーす!」

「……行ってきます……ふぁあ……」

「行ってらっしゃい、気をつけてね」

 

 母に見送られながら、姉妹は他愛もない話をしつつ通学路を歩く。

 

「でね〜昨日、すずめちゃんが私と初めて話してくれてね! 長かったよ〜!」

「……すずめさんって確か、二年の白鳥すずめさんだったっけ。四ヶ月もお姉ちゃんに付きまとわれてる、不幸な人」

「いや〜! 私はずっと友達だって思ってたから!」

「よく四ヶ月も反応のない人に話しかけられるね……普通なら心折れるでしょ」

「なんで? 友達だし普通じゃない?」

「お姉ちゃんの“普通”は普通じゃないんだよ。人によってはクソ迷惑だから。あんまり空気読まないで動いてると、中学のときみたいにまたいじめられるよ?」

「……? 私っていじめられてたの?」

「……え? 嘘でしょ……お姉ちゃん……」

 

 あまりの能天気さに、よるは頭を抱えた。

 

 事実、まひるは中学時代、異常な明るさが災いしていじめを受けていた。

 頭から水をかけられたり、持ち物を隠されたり。

 それでもまひるは──笑っていた。

 

 水をかけられれば「涼しい〜!」と笑い、

 物を隠されれば「貸して!」と加害者本人に声をかけ、

 暴言を吐かれれば「悪いところ言ってくれてありがとう! 君って私のことよく見てるね! 大好き!」──と返して泣かせた。

 

 先生からは「もう勘弁してあげてくれ」と、まるで加害者のように諭されたほどだ。

 母親が激怒して学校に乗り込み、大騒動になったのは言うまでもない。

 

 その結果、まひるについたあだ名は──『妖怪友達作り』。

「相手が望んでいなくても、全人類と友達になろうとする妖怪」。

 それが中学時代の天野まひるだった。

 

(……お姉ちゃんって、本当の友達、いるのかな)

 

 高校は中学とは離れた地区。

 中学の同級生がまひるを見たら恐怖する、という理由で、特別に推薦で遠い高校へ。

 よるは姉の“暴走”を抑えるため、同じ学校を選んだ。

 だが──それも焼け石に水だった。

 

 自由奔放な姉の行動を監視するのは不可能で、少し目を離せばいつの間にか誰かに絡んでいる。

 それが、よるの悩みの種だ。

 

(あさひお姉ちゃんがいれば、お姉ちゃんも少しは落ち着くのにな……)

 

 長女の天野あさひ。妹を溺愛する社会人で、家にはほとんどいない。

 

 そんなことを考えていると、まひるが急に笑顔を浮かべて走り出した。

 

「あ! ちょっと! どこ行くの!」

「澪〜〜〜〜〜!!! おはよう!!!!」

「……うるさいわね……朝から耳元で叫ばないでくれる? バカ女……」

 

 まひるが後ろから抱きついた相手──黒瀬澪。

 まひるが勝手に“大親友”だと思っている少女だ。

 

 肩まで流れる漆黒の髪は夜の静寂そのもの。

 光を受けても乱れひとつない。

 整った眉、群青色の瞳、第一ボタンまで留めた制服。

 誰もが息をのむほど整った美貌に、誰もが心の距離を感じていた。

 

 笑わない。怒らない。ただ、静かに冷たい。

 ──鉄の仮面。それが黒瀬澪の印象だった。

 

 そんな彼女が、顔を顰める。

 しかし、この光景も一年間ずっと続いているため、生徒たちはもはや驚きもしない。

 

「……ごめんなさい、黒瀬さん。お姉ちゃんが……」

「……いいわよ。よるさんが謝らなくても。全部このバカが悪いのだから」

「いや〜そう褒められると照れますな」

「「褒めてない!!」」

 

 澪とよるの声がシンクロする。

 

「どこをどう取ったら褒められてるって思えるの!?」

「……朝から頭が痛くなってきたわ。天野さん、教室ではもう話しかけないでくれる?」

「私にとって“バカ”は褒め言葉ですので! それに澪! 私のことは“まひる”って呼んでって言ってるじゃん! 大親友なんだから!」

「誰があんたと大親友になったのよ! このバカ!」

 

 澪は声を荒げて踵を返し、スタスタと歩き出した。

 

「待ってよ〜! 一緒に行こうよ〜!」

 

 まひるは追いかけ、当然のように肩を組む。

 

 遠くから見れば、仲の良い友達にしか見えない二人。

 だが、よるは知っている。

 

「あれ、本気で嫌がってるよなぁ……はぁ……黒瀬さん可哀想……」

 

 姉の能天気さに、よるもこめかみを押さえてため息をついた。

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