「母になる病」   作:蛙先輩

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「倫理の外側」

 頭が文字通り白くなった。一瞬だけ五感が外部の情報をシャットダウンした。 

 

「えっ? どういう」

 

「そのままの意味ですよ」

 

「でもどうやって」

 今の先生は触れることすらも危ない状況。そんな状態で性行為なんてそもそも不可能ですし、第一なんて事を言い出すんでしょう。この人は。

 

「死後生殖というものをご存知ですか?」

 

「いいえ」

 

「言葉通りの意味です。先生の元いた世界の技術で、端的に言えば亡くなった男性の精巣から精子を取り出して、卵子を結合して子供を生む事です」

 

「それで私と先生の子を?」

 

「ええ。その通り。先生は私にとっても大変興味深い存在。そして、貴女はおそらく先生に好意を寄せている。それもかなり深い物だと伺えます」

 図星だ。私は彼が好きだ。でも私にはそんな勇気はなかった。

 

 だからユウカちゃんに譲った。でも心底、今ではそれを深く後悔している。

 

「何故、私を選んだ理由はなんですか?」

 

「くじ引きとでも思ってください」

 

「断ったら」

 

「またくじ引きのやり直しです。無論、貴女の名前は除外させていただきます。私も彼のファンなので、彼の存在が消えるのは非常に惜しいのです」

 黒服さんが項垂れた顔まで真っ黒なので表情の変化はわかりませんが、言葉や口調から本当に失いたくないというのは理解できた。

 

 彼が嘘にしてもそんなメリットがどこにも見受けられない。

 

 何より私はこの機会を逃したくないとも思った。ユウカちゃんに託すくらいなら私がやってみせる。

 

「やります。私が先生との間に子を作ります」

 

「ククク。感謝します。生塩ノアさん」

 私は黒服さんと連絡先を交換したのち、ビルを離れた。

 

 次の日、黒服さんから今後の計画の運びについてメールが来た。

 

 先生の死後、数日以内であれば、精子はまだ生きているので、そこから採取。

 

 そして彼が所有する研究所の実験用ポットで受精させて、出産可能時期まで育てるという流れだ。

 

 そうとはいえ、先生はまだ死んでいない。先生が生き返ればこの計画もなくなる。

 

 むしろその方が良い。この計画は私の希望を捨てるようなものなのですから。

 

 今日も先生の元に向かおう。そう決めて腰を上げた時、携帯の通知が鳴った。ニュースアプリの内容だった。

 

 通知画面を見た時、携帯が手から滑り落ちた。それに釣られるように体から力が抜けて、その場にへたり込んだ。

 

 

 先生が息を引き取ったという内容だった。

 

 

 モスキート音と共に視界が朧げになった。私の意識はそのまま遠のいた。

 

 目を覚ますとカーテンの隙間から夕焼けが差していた。どうやら夕焼けまで意識が飛んでいたらしい。携帯を見るとコユキちゃんからモモトークが届いていた。

 

 内容は先生とユウカちゃんだった。先生の葬儀は三日後に執り行われるらしい。

 

 ユウカちゃんは先生が亡くなった報告を聞いた時、気が狂ったように何度も頭を壁に打ち付けていたらしい。

 

 まぁ、先生を愛していた彼女なら無理もないでしょう。

 

 軽く返信を返して、横になり目をつぶった。

 

 目の奥に先生との思い出が広がる。シャーレの手伝いをした事。 パジャマパーティ。キヴォトスの危機に立ち向かった事。

 

 先生には与えられてばかりだった。いつも私を理解しようとしてくれた。

 

 そんな人に何も返せていない。恩返しがしたかった。

 

 なんでもっと早くしようと思わなかったんだろう。なんで想いを伝えようとしなかったんだろう。

 

「先生」

 蚊の鳴くような声で呟いて、一人涙を流した。

 

 

 

 

 

 先生の葬儀を終えて、私は黒服さんに呼ばれた場所に向かっていた。

 

 正直、葬儀の後なので気分は鬱屈としていた。

 

 先生の葬儀には私やユウカちゃん。ミレニアム生はもちろん。ゲヘナ、トリニティ、アビドス、百鬼夜行、山海経やその他多くの学園の生徒の皆さんが参列していた。

 

 ある人は泣きじゃくり、またある人は虚ろな目を浮かべていた。

 

 葬儀の場は混沌とした空気に包まれていた。

 

 棺の中で眠る先生を見ても自然と涙が出なかった。

 

 葬儀の前に散々、泣いたせいか、もしくは例の計画に希望を見出していたからなのかもしれない。

 

 ユウカちゃんはコユキちゃんに支えられて今にも崩れ落ちそうな体をかろうじて保っていた。

 

 先生の遺骨はキヴォトスの外に移送されるらしい。

 

 彼は元々、キヴォトスの外から来た存在。せめて眠る場所は故郷にしてあげたいと連邦生徒会が決定しました。私も異論はなかった。

 

 葬儀を終えた後、鉛を体にぶら下げたような倦怠感とともに電車に乗った。

 

 

 先生が亡くなったという事は黒服さんが言っていたあの計画が実行されるのだ。

 

 携帯が鳴った。相手は案の定、黒服さんからだ。

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました」

 言われた場所に行くと仄暗い部屋の中、黒服さんがいた。中央には部屋を照らすように緑の液体が入った筒状の水槽のようなものがあった。

 

「これは」

 

「二人の愛の結晶を育てる培養槽です。人の子宮により、近い状況を再現したものです。ああ、それと」

 黒服が腕を垂直に合わせて、私に頭を下げた。

 

「先生の件、お悔やみ申し上げます」

 内心、知っていただろうにと思いながらも、この人自身も悔しいのは事実。

 

「さて、お時間を取らせるのも失礼というもの。早速、始めましょうか」

 私は黒服さんに誘導されて、ある部屋の一室に足を運んだ。

 

 真っ白な部屋の中、手術台が一つあった。おそらくここで先生にした事を同じような事をするのでしょう。

 

「麻酔を施すのも眠っている間にすぐ終わります」

 

「ここまで大掛かりにする必要があるのでしょうか?」

 手術というものを受けた事がない私にとって、それが懸念点だった。

 

「より安全に、安定的に計画を進める為です。どうかご理解ください」

 黒服さんにそう返されて、私は手術台に上がった。口に人工呼吸器をつけられて、しばらくしたのち、霧のようなものが流されてきた。

 

 それを吸った後、徐々に視界が朧げになっていく。全てのものが二重に見えて、やがて意識が闇の中に消えていった。

 

 次に目を覚ます頃には別の部屋に移されていた。ゆっくりと上半身を起こすと同時に黒服さんが部屋に入ってきました。

 

「おはようございます。生塩ノアさん。無事、卵子の採取は成功しました」

 

「そうですか」

 人生で初めて手術はすぐに終わった。

 

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