「母になる病」   作:蛙先輩

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「母子」

 

 暁の空の下。私の親友が目の前に姿を見せた。目の下には濃い隈があり、まともに睡眠を取ってないようにも見えた。

 

「よくわかりましたね」

 

「ずっと観察していたのよ。ノアのこと」

 彼女が淀んだ目で私を見る。

 

「どいてください。ユウカちゃん」

 

「ノア。悪いけど行かせない」

 

「そうですか」

 手に持った銃に力が加わる。同時に静かに銃を構える。数秒後、静かな街中に銃声が響いた。互いに隙を見せない銃撃。

 

 彼女と相対するのは初めてだが、容赦はしない。息子のためにも勝たなければならない。

 

「ノアアア!」

 ユウカちゃんが叫びながら、私に何度も銃口を向ける。完全に狂乱している。

 

「何故ここまでするんですか?」

 

「決まっている! 先生の子が欲しいからよ!」

 

「ないから奪うのですか!?」

 

「そうよ! 私にはもう何もない! ないの!」

 

 

「ゲーム開発部やコユキちゃん! リオ先輩! ほかのみんなは!」

 

「それも大事! 大事だけど……」

 ユウカちゃんが言い淀んだ。彼女自身、優しい性格だ。普段、気にかけている人達を無下にできる程、薄情ではない。

 

 私は彼女の手の甲に向かって、撃った。銃弾は見事に命中して、ユウカちゃんは思わず銃を手放した。

 

 手放した銃は彼女の足元に落ちた。私はすぐさま距離を縮めて彼女の銃を足で遠くに弾いた。尻餅をついた彼女に銃口を向けた。

 

「まだあるじゃないですか。守るものが」

 ユウカちゃんが瞳孔が開いた。

 

「さよならユウカちゃん」

 私は彼女の眉間に向かって、発砲した。これでしばらくは気絶しているでしょう。

 

 彼女を近くの路地に移動させた後、黒服さん達の元に向かった。

 

 

「生塩ノアさん。こちらです」

 駅に着くと黒服さんが息子を抱えて、電車の前で待っていた。

 

 私は電車に乗り込んだ。電車が出る五秒前、ユウカちゃんが体を引きずって駅のホームに姿を見せた。

 

 何かをこちらに訴えかけているように思えましたが、すぐに見えなくなりました。

 

 

 静寂がただよう電車の中、息子を抱えて、座席に腰掛けていた。

 

 心地よさそうに眠る顔を見ながら時折、変わりゆく窓の外に目を向けた。

 

 キヴォトスが離れていく。あんな高く聳え立っていたサンクトュムタワーも目を細めないと見えないくらいになっていた。

 

 今から向かうのは別の世界。先生がいた世界だ。これから待っているのだ。私達の新生活が。

 

 さよなら、キヴォトス。さよなら、みんな。さよなら、ユウカちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 騒々しいオフィスの中、パソコンのキーボードで文字を入力していく。

 

「生塩さん。もう上がっていいよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 上司の方のご厚意に甘えて、すぐさま上がる準備をした。

 

「ねぇ、生塩さん。今度ご飯にでも」

 

「申し訳ありません。息子を待たせているので。失礼します」

同僚の皆さんに一礼して急ぎ足で会社を出た。

 

 キヴォトスを去ってから五年。先生の元いた世界はキヴォトスといくつか常識が違っていたので、最初はかなり苦労した。

 

 銃を持ってはいけない。持つ事すら憚られるような場所。しかし、黒服さんが仰っていた通り、治安はキヴォトスよりも良く、爆発音も銃声も聞いていません。

 

 住処や仕事などは黒服さんが手助けしてくれました。まぁ、実験対象だからと言う事でしょう。

 

男性から声をかけられる事も多かったですが、私が心を揺すぶられる事はなかった。

 

 何故なら、愛する我が息子がいるから。

 

 保育園に着くと先生が私に気付いて、息子を呼び始めた。

 

「流くん。生塩流くん。お母さんお迎えに来ましたよ」

 

「りゅ〜君〜♪」

 

「お母さん!」

 

 息子が小さな足で駆け寄ってきた。私は床に膝を付けて、息子を抱き止める。

 

「今日はりゅ〜君が大好きなカレーですよ〜」

 

「やった〜」

 大好物を食べられると考えて、息子が飛び跳ねた。

 

 息子と手を繋いで、家に向かって歩く。この毎日が当たり前のことが、私の胸をいつも暖かくしてくれる。

 

 愛おしい息子との二人暮らし。

 

 仕事も私生活も不便なく暮らせている。これも黒服さんのおかげです。

 

 当初、危惧していた研究というものも胎児の時に急激な成長を遂げさせていた事への後遺症などを考慮しての事だったらしく、本人も問題なく毎日を過ごしているので、たまに様子を伺うくらいになっている。

 

 髪は私と同じ白色ですが、顔は先生によく似ている。

 

 それなのか時折、顔を見ていると先生の面影を感じて胸が苦しくなります。 

 

 同時にこの子の中で先生は生きていると思うと胸が暖かくなります。 

 

 夕飯を食べて、お風呂を済ませると息子は小さくあくびを始めた。

 

 眠るように催促すると小さく小首を動かして、布団の中に入った。

 

「お母さん。絵本読んで〜」

 

「はい。いいですよ〜」

 そうして私はいつものように息子に絵本を読み聞かせる。こうする度にいつかの日を思い出す。

 

 絵本の後半部分に差し掛かるところで息子は寝息を立てて、まどろみの世界に旅立った。

 

「おやすみ」

 すやすやと眠る息子の額に唇をつけた。

 

 

 

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