ヘビガミツカミ 作:イルルヤンカシュ
燦めく星座-1
異世界に転移してきて早10年、冒険者として各地を放浪していたのも今は昔の話。
異世界基準の生涯年収も稼ぎ終えて久しく、私は迷宮都市の歓楽街近くにマイホームを構え、美女を好き放題に抱ける環境で悠々自適なセカンドライフを送っていた。
「市民権取得の為だけに冒険者ギルドに籍を置き続けるなんて、教会も市議会も許しませんよ。たまには働いてきて下さい」
早朝、ガサ入れも斯くやという勢いのノックに叩き起こされ、酒浸りに痛む頭を抑えながらドアを開ければこのセリフである。異世界特有の露出の多い制服を着た冒険者ギルドの遣い、イリィス女史は、汚らわしい物を見る目を私に向けていた。
「ハルちゃん、その人だぁれ?」
「職場の上司だよ」
私と一緒に叩き起こされ、玄関までついてきた青髪の……なんて名前だったか、とにかく近場で買った肌着姿の女に嘘ではない言葉を返す。
「へぇ~いが~い、ハルちゃんって働いてたんだ~」
短い会話に、イリィス女史の視線が買われた青髪に向く。肩を竦めた青髪は、無邪気な笑みでキッチンへ引っ込んでいった。頭痛に効くスープでも作ってくれるならありがたい。
「……あーはい。それでイリィスさん? 私は何をすればいいんです?」
「"西の湖"にバジリスクが大量発生しました。付近の交通に支障を来しています。行って駆除してきて下さい」
なるほどバジリスク。アレが振りまく石化の呪毒は、要するにステータス無視の即死攻撃だ。しかも呪毒への耐性は高位冒険者しか持ち得ない代物と来た。
そしてこの街の高位冒険者共は地下迷宮に掛かりきりで地上に戻ってくることは滅多にない。地上で隠居を決め込んでいる私に話が回ってくる訳だ。
「西の湖っていうと、塔みたいな古代遺跡が生えてる干上がった湖ですか?」
「はい、"雷鳴の塔"で知られる乾湖です。と言っても、その塔は先日倒壊したそうですが」
そうなんだ、知らなかった。
「了解です、ニワトリの駆除業務、確かに請け負いました。それで納期の方は?」
「本日中です」
「……了解です。スープを飲んだら出ます。報酬は報告の時に。現ナマでお願いしますよ、直ぐ使うので」
「ご心配なく、既に耳を揃えて準備しています」
依頼書を押しつけられながら、いつものやり取り。
「ちなみに報酬は貴女の身体でもいいんですよ? この額なら適正価格でしょう?」
「そう高く見積もられても困りますが、生憎と私は女に抱かれる趣味はありません」
「じゃあ抱く方ならどうですか?」
「抱く趣味もありません」
依頼書を受け取りながら、いつものやり取り。
……青髪が拵えていたのはスープじゃなくてホットビールとナッツだった。ご機嫌な朝食だ、飲み直せというのか。
肌を刺す早春の朝の空気にありがたく飲み干して、それから浄化魔法でアルコールとアセトアルデヒドを脳から洗い流して、私は西の湖へ向かった。まあ、朝飯前とは行かずとも、昼飯前には終わる仕事だろう。
「……とか思ってた時期が私にもありました。想像の一億倍はいてめっちゃ気持ち悪かったんですけど。どうしてくれるんですか?」
「だから貴女に依頼したのです」
予定よりも遅い昼過ぎ、依頼を終えて冒険者ギルドに乗り込んだ私は、カウンターに齧りついて遺憾の意を表明する。だだっ広い乾湖を埋め尽くす勢いで犇めき、邪視をばらまくギョロ目のキメラの大群は実に目に毒だった。
「私の愛刀ハバキリに範囲攻撃のパッシヴスキルがついていなかったら、昼過ぎどころか明日の朝まで掛かってましたよ? 真っ昼間から酒で半身浴してお気にの嬢を抱き潰す予定が崩壊していたらどうしてくれたんですか? 貴女が身体で追加報酬を払ってくれたんですか?」
「その場合は違約金が発生するので、貴女が身体で追加労働を行う事になります」
「やっぱり抱く方には興味あるんですね」
「違います。迷宮深層の毒沼から高位冒険者の死体をサルベージさせる予定でした」
毒液で全身浴して見知らぬおっさんを抱き上げる羽目になってたかもしれないのか、怖いこわい。
私はカウンター越しに差し出された報酬の金貨一袋を大人しく受け取る。
「ところで、それは何ですか?」
私が杖代わりに使っていた良い感じの棒へ、イリィス女史が怪訝な視線を向けていた。
「石化した白蛇です。湖で拾ったんですよ、何かに使えるかと思って。ほら、程よく反ってて硬くて丁度良いサイズ感だし」
「……何に使うおつもりですか? いえ、やっぱり言わないで良いです」
「それはもちろん私たちにはない物の代わりですよ。あ、お試しになります?」
「結構です。それまだ息があるじゃないですか。使うにしてもトドメを刺してからにしてください。内側から噛まれたら堪ったものではありません」
「え、ホントに?」
そのあきれ顔に索敵魔法を唱えてみれば、良い感じの棒から薄らと感じる生命反応。あ、ホントだ。これまだ生きてる。
危ないあぶない。オキニのお尻に穴を増やす所だった。
「よし、トドメ刺そう」
「人の心とかないんですか?」
意気揚々とした私に待ったが掛けられる。
「一応、低位とは言え私も聖職者の資格持ちです。下らない目的での殺生を見逃すわけにはいきません」
「……はい、冷静に考えるとカスみたいな言動してました。悔い改めます」
「貴女がカスであることに疑いの余地はありませんが、例えカスでも善行は積めます。たまには不徳以外の事に精を出しては如何でしょう?」
「その心は?」
「こう致しましょう……インスタント・ディスペル」
白蛇を指さし、イリィス女史は解呪魔法を唱える。途端に白蛇は石の硬さを失い、私の手の中でダラリと頭を垂れた。
「あ、萎えちゃった……」
「ツカミ・ハルバルさん、しばらくそれの世話をして下さい」
即席の教えが、私に施される。
「そして呪いが抜け切って、野に放っても生きていける程度まで回復したら、白蛇を"西の湖"に還すのです。小さな事ですが、神は確かに善行を認めることでしょう」
「なるほど。……それで神は、善行を積んだ私にどんな報いを下さるので?」
死に体の蛇はこちらに噛みつく気力もないらしい。私は蛇の首根っこを押えつつ適当に巻き上げて、懐に抱きかかえる。
「私は女に抱かれる趣味はありませんし、抱く趣味もありません。ギルドの管理人の仕事ではありませんので」
「知ってます」
「私は善人に抱かれる趣味はありますし、抱く趣味もあります。高位の聖娼の資格持ちの仕事ですので」
「私善人なります。超善行積みます」
死に体の蛇に全力のヒールをぶち込みつつ、私は踵を返した。
こうしてはいられない、回復魔法は見てくれは良くしてくれるが、魂に負った傷を癒やすには時間が掛かる。しかもこの蛇、見たところ深部までバジリスクの呪毒が回って多臓器不全を起こしているようだ。一昼夜は魔力を注ぎ込んで体内の呪いを徹底的に洗い流さなくては、いくらヒールを掛けたって直ぐにくたばってしまうだろう。
自宅に戻った私は、なんかベッドを暖めていた青髪に今日のクエスト報酬を押しつけて蹴り出すと、生暖かいベッドの中で素っ裸になって蛇を抱きしめる。魔力を効率的に伝達するためには、皮膚の接触面の最大化が手っ取り早い。
おお神よ! 私をこの世界に呼んだであろう異界の神よ! 千の手の化身よ! 見ていて下さい!!! 私はきっとこの善行を成し遂げて見せます!!!!!
……白蛇の鱗の、胸元に押し当てたしっとりとした質感は、若い女の艶やかな髪にもどこか似ていた。