ヘビガミツカミ   作:イルルヤンカシュ

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アウターサイエンス-1

テヴェク市より遙か南方、山岳より大河の注ぐ熱帯多雨林、バビルス地方にて地変が生じた。

 

轟音と共に引き裂かれた大地、止めどなく吐き出される灼熱のマグマ。木々を焼き払い河川を蒸気に変え、舞い上がる黒煙は空を暗い灰色に塗り替えた。

 

一夜にして現れた地獄絵図の具現、その中心に聳え立つは巨大な火山。火口より夥しい数のドラゴンが這い出し、雷鳴轟く噴煙の周囲を竜巻の如く旋回し始める。

 

……中つ国の全ての空が灰に覆われた時、人々は知った。魔王が地獄の底から帰ってきたのだと。

 

 

 

 

 

「うわっ! やってしまいました!」

 

「どうしたの? バイニャン」

 

外からの声を聞きつけてベランダを覗くと、バイニャンが干していた洗濯物を持ち上げて顔をしかめていた。

 

「申し訳ありませんハルバル様。服に灰が積もってしまって……」

 

「あーなるほど、火山灰かぁ」

 

「うー、油断しました。今朝は空が明るく見えたので、何とか外で干せるかなと思ったのですが……見通しが甘かったみたいです。申し訳ありません、すぐに洗い直します」

 

「大丈夫だよ、気にしないで。……乾燥機を調達しないとねぇ」

 

空を見上げれば、その全ては灰色に霞んでいた。太陽は辛うじて透けて見えていたが、どうしようもなく薄暗く、そして肌寒い。黄砂レベル100といった風情である。

 

「向こう数年は不作が続くのでしょうか? 心配ですね」

 

バイニャンは服を優しく叩いて灰を振り落とす。舞い上がった灰を吸い込んだのか、顔を逸らして小さなクシャミをした。

 

「まあ、そう心配しなくても良いよ」

 

「どうしてですか?」

 

「私はお金持ちだから」

 

死ぬまで暮らせるだけの金はある。貯金を切り崩せば10年は豪遊生活を送れる程の金だ。食料など幾らでも買い漁ってくれよう。何、足りなくなったら復帰して稼げばよいのだ。

 

私の身も蓋もない言葉に、白髪の少女は口元を抑えて笑った。

 

 

 

 

 

火山灰がテヴェクの空を覆った日、イリィス女史に龍狩り騎士団の駐屯地まで呼び出された。騎士団長殿と私の顔合わせだという。

 

……龍狩り騎士団の駐屯地は円形劇場であった。もう、垂れ幕は掛かっていなかった。

 

「こちらが龍狩り騎士団団長のアルベリタさんです。今回の迎撃作戦ではテヴェクの最高司令官も務めるので、ハルバルさんには彼女の指揮下で動いて貰うことになります」

 

「はい! 私がアルベリタです! 貴女がハルバル殿ですね、お噂はかねがね! どうぞよろしくお願いいたします!」

 

「よろしくお願いします。ハルバルです」

 

「我々の対空迎撃陣を敷ける面積の平地がここしかなかったものですから、こちらの劇場をお借りさせて戴いてます。ちょうど興行が全部中止になっているようで助かりましたよ! ささ、こちらへ!」

 

アルベリタなる赤毛の女との顔合わせもそこそこに、彼女の先導で劇場に足を踏み入れる。案内されたのは客席の最上階、貴賓室だった場所だ。現在はここが騎士団の司令部になっているらしい。

 

団長殿に続いて司令部に脚を踏み入れれば、楕円形の巨大なテーブル、本来は宴会用に準備されたであろう絢爛な装飾が施されたそれを、甲冑に身を固めた騎士達が囲っていた。彼らの視線が私に突き刺さり、私は白銀の甲冑を纏った彼らと、私服に直刀を一本ぶら下げただけの自分の格好を比べて、その場違いさ加減に居心地が悪くなってきた。

 

「諸君、待たせて済まない。こちらが今作戦に協力してくれる異界人のツカミ・ハルバル殿だ。単騎の戦闘力では我が騎士団で太刀打ち出来る者はいないだろう。私でギリだ。喜べ諸君、最強の騎士団たる我らにハルバル殿が加わったのだ! 最早我らに敗北はない!」

 

それを聞いた騎士団の面々はうおおと気炎を上げていたが、あんまりハードルを上げないで欲しい。横で聞いているイリィス女史も何か言いたげな表情だったが、雰囲気に押されてか何も言わなかった。

 

「……はい、ハルバルです。よろしくお願いします」

 

私も何も言えなかった。紹介が終わり、会議が始まった。

 

「さて、面子が揃ったところで、まずは魔族の工作活動についての確認です。配布した資料の一ページをご覧下さい」

 

異世界のプレゼンもこんな感じなのか、私は感心しながらアルベリタさん手製と思しき冊子をめくった。

 

「過去数ヶ月、テヴェク市に蔓延した疫病、通称ナタリア疱瘡ですが、これは神託と解呪実験の成功により拡散型呪毒の一種であった事が判明しています。魔族はこの街の主戦力たる冒険者を自然な形で無力化するべく、歓楽街から発生した疫病を装って呪毒を拡散させたのです。実に魔族らしい邪悪なやり口です! 生かしておけません!」

 

全く同感だった。

 

「忌むべき事に連中の策は成功し、冒険者たちは戦力として機能しない状況に追いやられました。とは言え冒険者は個々の技量はあれど集団戦の経験など皆無な烏合の衆、そもそも戦争のユニットとして当てにするべきではありません。そして我ら龍狩り騎士団360騎がテヴェクに陣を構えた時点で、冒険者の脱落は全くの無意味となりました。流石は天に坐す我らが神! 並ぶものなき視座より全てを見通しておられる!」

 

微かに聞こえた呻き声に振り向くと、背もたれに身を預けたイリィス女史が力なく笑っていた。

 

「ですが戦力面の問題が解決したとは言え、背後に敵の工作員が潜む現状を良しとするわけには行きません。市街に紛れ込んだこれを一刻も早く掃討する必要があります。……人間は醜くも清濁合わせ汲む存在、その住処たる都市には相応の汚濁がつきものです。奴らは人の産んだ汚濁の中に潜み、我らの隙を狙っている。しかし土地勘のない余所者である我らが騎士団ではテヴェク市街での戦闘は分が悪い……。そこで今作戦の協力者! ハルバル殿の出番です!」

 

「え、私?」

 

半ば聞き流してた所に急に水を向けられ、少し焦る。

 

「はい! ハルバル殿には魔王軍本隊の迎撃に先立ち、魔族側の工作員の排除をお願いします! 明日以降これまで歓楽街のみに限られていたロックダウンをテヴェク市全体に拡大し、市民の勝手な外出を禁止、水と食料も完全な配給制に移行します。本格的な戦時体制に移行してしまえば、連中の潜む汚濁もなくなり、秩序の外にある物は否が応でも目立つはずです。そしてハルバル殿は優れた索敵魔法の遣い手と聞いております。パトロールにご参加頂き、魔族が堪らず尻尾を出した所をバサリとやっちゃってください!」

 

「分かりました。バサリとやっちゃいます」

 

アルベリタさんは満足げに笑った。

 

「……では、ここからは迎撃作戦の概要を説明します。魔王軍の来襲経路は空路、陸路、地下、転移の四つが考えられますが、各パターンごとに想定した迎撃手段を──」

 

──ここから先の真面目な会議のことは半分くらい意識が飛んでいたので余り覚えていない。人の話を聞くのは苦手なのだ。

 

 

 

 

 

「それじゃ、今日も行ってきます」

 

「行ってらっしゃいませ、ハルバル様。……どうかお気を付けて」

 

「大丈夫、バイニャンもしっかり戸締まりしておくようにね。私の声でも、合言葉を答えられなかったら絶対にドアを開けちゃダメだよ」

 

「はい、心得ております」

 

心配性な少女を家に残し、今日も今日とて無人の街を徘徊する。イリィス女史に加護をかけてもらったので、魔族が我が家の敷居をまたぐことはあり得ない。それでも一刻も早く、敵を排除せねば。

 

「……静かだな」

 

沈黙に包まれた薄暗い街には、誰もいないようで、しかし、確かに何者かの息遣いが潜んでいた。

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