ヘビガミツカミ 作:イルルヤンカシュ
娼婦は冒険者にとって最も需要のある商品の一つであり、当然の帰結として歓楽街は冒険者街と隣接している。二つの区画の境にはコロセウムめいた円形劇場が置かれ、まとめて迷宮都市テヴェクの都心部を成していた。
その日の朝、私は素敵な夜を共に過ごしたピンク髪のロリ巨乳ちゃんが作ってくれたマッシュポテトっぽい料理に舌鼓を打った。それから素敵な朝食のお礼に、これからもう一仕事だという彼女を自宅から歓楽街のお店までエスコートして差し上げたのだ。
「それじゃまったねーハルちゃん! あんまし間を開けずに指名してくれなきゃやーよー!」
「もちろんだよイルマちゃん。私は君のおっぱいを揉んでいるときだけ命の存在を実感できるんだからね」
そして直に吸っているときだけ、私は愛の実在を信じられる。
……こうしてロリ巨乳を送り届けた後、私は近場の円形劇場へと脚を向けた。やはり見ておきたいと思ったからだ。
「いや人多過ぎて草」
冒険者同士が鎬を削る闘技大会を始め、演劇から競馬に至るまで、毎日何かしらの興行が催され人々で賑わう劇場だが、今日の混み具合は輪を掛けて激しい。
野球観戦に行ったときと同じぐらい人がいる光景に若干気圧されつつ、私は寄せる人波を飛び越えて劇場の外壁を蹴飛ばし、屋上の特等席に飛び乗った。
言うまでもないことだが、パンと見世物は無料である。入場料など取ろうものなら暴動が起きる。その代わり酒とグッズ販売と胴元ビジネスで稼ぐのが異世界流だ。
「話は聞いてるさ……! 貴女が母さんを殺したんでしょう!!!」
「違う……お前の母親は、私よ!!!!!」
見下ろす劇場で上演されるのは、何か既視感のある土壇場であった。
「……嘘よ、嘘よ……そんなの嘘よ……っ そんなことあるわけが……っ!」
「心を読んでみなさい。本当だとわかるはず」
「嘘だああああああああああーっ!!! 嘘だぁ……っ!!!」
見覚えのある展開をしばらく眺めていれば、やがて尖塔に掴まっていた金髪の女優が飛び降り、暗幕の中に消えていった。劇場中をどよめきが走り回り、絹を引き裂くような悲鳴すらも聞こえてくる。
「ま、こうなるわな」
ネタバレ無しでエピソードⅤを叩き付けられればこうもなろう。自分も片棒を担いだ案件ながら、異世界の観客たちには同情を禁じ得ない。期待通りの反響に深く首肯しつつ、私は劇場から立ち去った。
その日の夜、何となく予感があって誰も招かずにいた我が家に、来訪者があった。
「今日来てたでしょ。気づいてるわよ」
「やっぱり? 相変わらず良い目してるね」
この頃流行りの女の子、さっきの芝居の主演女優。目立つ金髪をバンダナで隠したナタリア嬢である。
「ここに来るのも久しぶりね」
バンダナを外しつつ、ナタリア嬢が室内に視線を走らせる。彼女の目は壁に掛けられた"家事チェックシート"と、そこに書き込まれた女たちの名前で止まった。
「……お盛んなのも変わらないみたい」
「目聡いねぇ、それほどでもないよ」
「褒めちゃいないわよ。というか、女に業務外の事をやらせるのも感心しないわ」
私にだって嗜好ぐらいある。買い付ける女の子のメンツは半ば固まり、お気に達は我が家の常連客(客は私だが)と化していた。そして私の終わってる家事を見かねた彼女らが、いつの間にやら整備したシステムがこのチェックシートである。
掃除洗濯その他諸々の項目が曜日ごとに割り振られ、熟したら自分の名前を書き込む、そして月一でリセット。要するにバ先や学校の壁に張られている掃除の当番表の類いだ。私は手間が掛からないし、女の子は良い環境で仕事が出来る。Win-Winというヤツだ。
「たまにアンタ自身の名前があるのは?」
「ああ、それは女王様が来た日だね。その日の私はエプロン奴隷なのさ」
「新たな趣味に目覚めた、と。また節操のない」
「それほどでもないよ」
「褒めちゃいないわよ」
誰かが補充していた茶葉で淹れた紅茶を客人に出しつつ、私は尋ねる。
「それでナタリアちゃん、本日はどんな用件で? 今の君に私の援助は必要ないと思うけれど」
「感謝と謝罪、あと利益の分配よ」
言うなり、彼女は懐から取り出した袋をひっくり返すと、テーブルに金貨をぶちまけた。
「アンタから盗んだ小説を元にした演劇で稼いだ金よ、今日持ってこれたのはほんの一部だけど。受け取って」
「嫌だよ。盗んだ小説って言うけど、君が持ち出す前からあの小説は盗作なんだから。私は権利者じゃない」
自分で発表して荒稼ぎすることを画策していた身としては、むしろ盗作者の汚名を背負わずに済んでほっとしたぐらいだ。
「異界のベストセラーって話よね。でもそれは異界の話でしょ? こっちには関係ない。私はアンタから知的財産を盗み出して、街娼から劇団の顔まで上り詰めた、厚顔無恥の阿婆擦れよ。その現実は変わらないじゃない」
「盗作云々は、私も人のことは言えないって話なんだけど」
「だからね。そう、つまりこう言いたいの。……ごめんなさいハルバルさん。許して下さい。この事を他の人に言わないで下さい。お願いします」
深々と頭を下げるナタリア嬢が今どんな顔をしているのか、少しだけ気になった。ともあれ、この金貨の山を受け取らないことには彼女は面を上げてくれないだろう。私はため息をついた。
「……分かったよ。この金貨、確かに領収しました。これでいい?」
「……ありがとう、ございます。貴女のお陰で、私は……」
「それじゃ、このお金で今をときめく迷宮都市の大女優様を買うとしよう。君を一晩好きにするにはこれでも足りないかも知れないけど、どうかな?」
「……ほんっとに変わらないわね、アンタ」
「それほどでもないよ」
「褒めちゃいないわよ」
……私は、ナタリア嬢の手を取って寝室までエスコートして差し上げた。
次の日の朝、私は素敵な夜を共に過ごした金髪の大女優様が作ってくれたクロック・マダムっぽい料理に舌鼓を打った。
「セリフを言わせながらやるのは悪趣味が過ぎたんじゃないかしら?」
「いやほら、ステージの上でも私の事思い出して欲しいから」
「キモさに歯止めがないわね。褒めてないわよ」
「そんなに?」
ふと思い立つものがあって、トーストから溢れたベーコンの一かけを摘まんで窓際に持って行く。
「ほら、大女優様の手料理だぞ、お前も食べときな」
「……蛇を飼ってるの? 悪趣味ね」
「趣味というか、善行だよ」
窓辺に吊るした鳥かごの中、蜷局を巻いた白蛇にベーコンを差し出す。白蛇は私に牙を立てるようなこともなく、素直にベーコンを咥え、嚥下した。赤い瞳がこちらを見上げ、ちろりと舌を覗かせる。見慣れれば可愛らしい生き物だ。
「人から永遠を掠め取った魔の遣いを飼うのが、どうすれば善行になるのよ」
「世代交代と適応放散、それが生命の強さだよ。一個体の永遠なんてとんでもない。だから蛇助けも善行になるのさ」
「他人が知らない言葉で煙に巻く癖、辞めた方が良いわよ。それに、老化耐性でずぅっと若いまんまの高レベル帯の冒険者にどんな理屈を並べられても、納得なんてできっこないじゃない」
今度、アンチエイジのポーションでも差し入れようか。切実な色を孕んだ言葉に、私はそんな事を思った。
「納得ならできるよ。今から改めて教えたげる」
「あら、どんな理屈なのかしら?」
「……退屈な永遠なんていらない。最高の一瞬さえあればいい。そういうことさ」
何度目かのキスの後、リビングで二人きりのレッスンが始まった。