ヘビガミツカミ   作:イルルヤンカシュ

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感電-1

かつて女達の気まぐれに依存していたものが、今や一人の勤勉によって取って代られつつあった。

 

我が家の家事のことである。

 

「では本日の業務は完了しましたので、失礼致します」

 

「はい、お疲れ様」

 

夕食の支度を終えた白髪の少女は、玄関先でペコリと頭を下げて退勤していった。

 

バイニャンには市営の寮で寝泊まりさせている。半ば昼夜逆転し、夜な夜な歓楽街から女を呼び出しては朝まで騒音を垂れ流す家に寝泊まりしたのでは教育に悪いから、住み込みではなく通いの形での契約となったのだ。

 

……彼女が来て以来、我が家の整理整頓は見違えて行き届いている。自宅とは思えない清浄な空間には、知らぬ間に持ち込まれた観葉植物が花を添えていた。ふと思いついて窓枠に指を滑らせてみるが、指先には埃一つ付かない。清掃も完璧だ。

 

そして彼女の用意する食事はどれも手の込んだもので、今日は油淋鶏っぽい見た目の中華風料理である。テヴェクでは滅多にお目に掛かれないメニューだ。しかも当然の様に美味い。

 

「……奴隷、悪くないじゃないか」

 

高額納税者への返礼品として市から送りつけられた家内奴隷は実に優秀であった。奴隷は日本では一般的でない、というか普通に犯罪なので、異世界に来てからも奴隷とは縁遠い生活を送っていたが、試しに使ってみると中々どうして悪くない。要するに薄給でこき使えて、転職される心配のない家政婦ということだ。

 

女達からも好評だ。一部は露骨に不満そうな顔をしていたが、それはそれである。ともあれバイニャンに炊事洗濯その他を押しつけて、夜の悠々自適ライフに拍車を掛ける、そんな暮しがしばらく続いた。

 

 

 

 

 

「良い御身分だねぇ高位冒険者ってヤツは。毎日女を呼び出して。一日で良いから代わってくれないかい?」

 

「ふふふ、羨ましかろう。代わってあげない」

 

「じゃあ今度私を呼んでおくれよ。同好の士じゃないか」

 

「いいとも、今度ね」

 

私生活はともあれ、今日も今日とて善行である。私は昔馴染みの商人の元に顔を出し、彼女が冒険者から仕入れたという迷宮からの出土品を鑑定していた。無償で。

 

倉庫に山と積まれたガラクタを掻き分け、価値のありそうな物を漁って回る。

 

「どんなもんだい? 異界人の目から見て、売り物になりそうなのはあるかい?」

 

茶髪ロングの昔馴染み、ザジ商会のスコムの問いに、目利きの成果を示して応える。

 

「これは掃除機、床の埃を吸い取ってくれる優れものだね」

 

「箒とちり取りがあれば充分じゃないかい?」

 

「これは洗濯機、衣類を自動で洗濯してくれる優れものだね」

 

「奴隷の仕事を奪うだって? 労働争議が始まるだろう」

 

「これは戦闘機、人を乗せて空を飛んで敵を殺せる優れものだね」

 

「へぇ、こいつは異界の武器なのかい? 面白そうだねぇ……」

 

ガラクタの山からの出土品の内、スコムは戦闘機に興味を持ったらしい。戦闘機と言ってもF-16のような現代の機体ではなく、零戦のような、機首にプロペラとピストンエンジンを据え付けた古めかしい代物である。

 

「空を飛ぶって、どうやって飛ぶんだい? どこに乗る? 性能はどんなもんだい?」

 

「プロペラ……風車を回転させて空気を後ろに送り出すことで加速して、胴体から生えてる翼で相対風を受けて飛ぶんだよ。あのガラス張りになってるところが操縦席で、乗り手はあそこに座るんだ。性能はまあ、多分、ドラゴンと同等以上の速度と火力は発揮できるかな」

 

「つまりドラゴン退治に持って来いの機材って事かね。王都の龍狩り騎士団辺りに売り付けるか……」

 

商人は戦闘機を見上げつつ、皮算用を始める。

 

「異物は、壊れてなければ"デンキ"や"ガソリン"ってヤツの代わりに魔力を流し込めば動くらしいけど、どうだい? このセントーキは飛べそうなのかい?」

 

「無理だね。主翼は折れてるし、尾部もぶった切られてる。大方、迷宮から引っ張り出すときに邪魔だったんだろうけど、この有様じゃあどうしようもないよ」

 

「どうにか修理しないとねぇ……」

 

「修理と言っても、この世界にはジュラルミンの溶接技術なんてないでしょ。だからまあ、無理だと思う」

 

「……ま、なんとかするよ。この世界にはこの世界なりのやり方がある」

 

そう言えばタイム風呂敷じみた魔法もあるのだったか、相応にコストのかかる魔法だったはずだが、そこまでして利益が出るのかどうか……。まあ、それを考えるのは私の仕事ではない。

 

「それじゃ、そろそろ帰るね。あ、この掃除機と洗濯機買っていきたいんだけど、幾らかな?」

 

「好きに持ってくといい、今日の給料代わりさ。どうせ君以外欲しがらないしねぇ」

 

「どうもどうも」

 

タダで手に入れた家電用品を担ぎ、私はザジ商会の倉庫を後にした。手土産には丁度良い。

 

 

 

 

 

「……と言ったわけで、私は馴染みの商人のために鑑定役を買って出たのですよ! 無償で! どうです? 立派な善行でしょう?」

 

帰りがけに冒険者ギルドに立ち寄り、イリィス女史に善行の報告をするのも忘れない。

 

「なるほど、貴女にしかできないことを進んで行ったと、確かに善行と言えますね。無償という割にはしっかり報酬を受け取っているようですが」

 

家電に視線が刺さる。

 

「返礼を断るのも礼儀を欠くじゃないですか。それに金銭はビタ一文受け取っていませんので、ええ」

 

「……はぁ、では、スタンプを押して差し上げましょう。カードをこちらに」

 

これで9個目のスタンプをゲットである。目標の50個にはまだまだ遠いが、なぁに焦ることはない。時間はいくらでもあるのだから。

 

「この調子で精進なさって下さい。善人への道は一歩一歩踏みしめるより他ありませんので」

 

イリィス女史の言葉を聞き流しつつ、私は家路についた。

 

 

 

 

 

街の中心にあるギルドから我が家に帰ろうとすると、その歩みは円形劇場とぶつかることになる。

 

思わず足を止めて見上げた劇場には巨大な垂れ幕が掛かっていて、ナタリア嬢の姿が大きく描かれていた。ミュシャっぽい画風である。

 

「完結編の封切りもそろそろか……」

 

あの引きからの大団円である。興行収入が歴代最高を更新するのは目に見えていた。ついでに公演はテヴェクだけでなく、各地の大都市でも行うという話も聞く。きっと彼女はこの成功を足がかりに、更に飛躍していくことだろう。

 

カメラがあったら巨大ナタリア嬢を背に自撮りの一つでもした物だが、生憎と手元にない。ザジ商会の次の入荷に期待して待つとしよう。

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、ハルバル様」

 

「ただいまバイニャン」

 

家電を抱えたまま、ドアを叩けば出迎えがある。……新鮮だが、懐かしくもある体験だ。

 

「本日の夕食は2人分を用意するように、とのことでしたので、その様にご準備いたしました。それでは、失礼いたします」

 

簡単な業務連絡を終えて、私と入れ替わるように家から出ようとする白髪の少女。

 

「少し待ってくれないかな、バイニャン」

 

「はい、何かご用命でしょうか?」

 

「……実はさ、今夜は、誰も家に招いていないんだ。そういうことにしたんだよ」

 

「では、一食分は片付けてしまいますか?」

 

「そうじゃないよ」

 

小首を傾げる少女。癖なのだろうか、僅かに覗いた舌が彼女の下唇を濡らした。

 

「……たまには君も一緒に食べないかい? これから長い付き合いになるだろうし」

 

「ご一緒して、よろしいのですか?」

 

「よろしいのですよ」

 

バイニャンはくすりと笑った。

 

「それでは、ご相伴にあずからせていただきます。ハルバル様」

 

……さて、彼女はこの手土産を気に入ってくれるだろうか?

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