ヘビガミツカミ   作:イルルヤンカシュ

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テレキャスタービーボーイ-3

「おはよう、まだ生きてるみたいだねぇ。こりゃ運が良い」

 

バイニャンから来客を知らされ、玄関先まで出向いてみれば、見知った顔があった。

 

「運が良いのはお互い様だよ。歓楽街通いを我慢できてるようで何より」

 

「閉鎖されてるんじゃ行きようがないさ。馴染みも何人か死んじまったし、しばらくは大人しくするつもりさね」

 

茶髪ロングの昔馴染み、ザジ商会のスコムは肩を竦める。私も右に同じだ。

 

「今日は何の用かな? 知っての通りこんなご時世だから、できれば引きこもっていたいんだけど……」

 

「籠もってばっかりってのも身体に悪いもんさ、という訳で仕事の依頼だよ」

 

知ってた。私は軽く嘆息する。

 

「迷宮の最深層、75層から81層までぶち抜くデッカい異物が見つかってね。デカすぎて運び出せないから、とりあえずその場で鑑定だけ済ませたいってんで、ウチに依頼が入ったんだよ。でも最深層まで潜れるような鑑定役はウチにはいない、それでアンタに話が回ってきたって訳さ」

 

「運び出せないなら売り捌きようがないでしょ? 売れない物に値を付けてどうするの?」

 

「無理してでも運び出す価値があるかも知れないだろう? 道理を引っ込めるに値するかどうかは確かめないといけないのさ」

 

……正直、行きたくはない。例の病気の病原体を貰ってきて、この家まで持ち帰ってくるリスクがあるからだ。何しろ冒険者たちは歓楽街の金蔓だったのだ、イリィス女史に曰く、病による死者は娼婦に次いで多いという。

 

だが被扶養者が増えてしまった都合、求められる預金の額も倍増しているのである。一応必要額は既に確保しているが、余裕を持っているとは言い難い。こんなご時世だからこそ、貯金という形で安心を買っておきたいという思いがあった。

 

「……分かったよ、近いうちに迷宮に潜ってみる。お代はしっかり頂くけどね」

 

「恩に着るよ。本当に、持つべき物は友だねぇ……」

 

スコムはシミジミと呟いた。私が持つべき物は金である。

 

「ま、仕事の話はこの辺にしてだ。ハル、王都から龍狩り騎士団が来てるって話は聞いてるだろう?」

 

「風の噂には」

 

「知らないって顔だねぇ、早くも出不精の弊害が出てると見た」

 

からかい混じりの声が的確に図星をついてくる。素直に顔をしかめる私に気をよくしてか、スコムは話を進めてくれた。

 

「魔界の尖兵にして、最強の魔物"ドラゴン"。その迎撃に専従するタスクフォースにして、王都の最高戦力"龍狩り騎士団"。それが最近王都を離れてあっちこっち飛び回ってたらしくてねぇ、とうとうこんな辺境の地にまでお出ましって訳さ」

 

「突然軍人さんが押しかけてくるなんて、ぞっとしないね」

 

「全くその通り。……ただ、何の前触れもなかった訳でもないのさ、これが」

 

続く言葉は何となく予想できた。止めることはできない。

 

「ナタリア疱瘡、私はアレ絡みの案件と見てる」

 

「……」

 

私は今、どんな顔をしているのだろうか? 顔をしかめるだけで済んでいればいいが。知らず、握り締めていた拳に力が込められる。

 

「……ああ、済まない。病気なんぞに、あの娘の名前をくれてやる訳にはいかない。失言だった。本当に申し訳ない」

 

「いいんだ。名前は、ただの名前だ」

 

身体に走っていた緊張をほぐしつつ、話の続きを促す。

 

「例の病気は、実際の所病気じゃないらしい。上手く見せかけられているが、呪いの類いなんだとさ。呪いは魔族の十八番だろう? どうにも臭い」

 

「呪い?」

 

「そう、呪いさ。この街では今、想像絶する何かが起こってる。性病なんか比べものにならない、ろくでもない何かがねぇ」

 

「なんていうか、物騒だね」

 

「他人事みたいに言わないでおくれよ。ハルだってテヴェク市民の一人だろうに」

 

スコムは呆れたように肩を竦めた。

 

「……ハッキリ言っちまうがね、ハル。アンタはもうこの街を出た方が良い。これ以上の何かが起こる前にさ。遊び人の根無し草、歓楽街が潰れたんじゃあ、もうこの街にいる理由もないだろう?」

 

「優しいんだね。そういうスコムは逃げないんだ?」

 

「窮地にこそ商機あり! それが我が商会の標語さね。ほら、例のセントーキも直す算段がついてね、今度龍狩り騎士団に売り込むつもりなのさ。買い手候補が近所に来てくれたんだ、逃がしはしないよ」

 

「本当に直してたのアレ?」

 

私たちはひとしきり笑い合うと、近々の再会を約束して、その日は別れた。

 

 

 

 

 

「……売り物にはならないかな。これは」

 

数日後、迷宮最深層にて確認した異物は、確かに驚くほど巨大であり、歴史的価値のある代物ではあった。だが、この世界で使い道のある商品とは思えなかった。ともあれスコムには期待外れの結果を伝えねばならない。

 

「さあ早く帰って飯を食べて寝よう」と、私はさっさと引き返して昇降機に乗り込んだ。音と振動で満たされた閉鎖空間で数分間を過ごし、ようやく地上に辿り着く。

 

「こんにちは、ハルバルさん。少々お時間よろしいでしょうか?」

 

昇降機の扉が開くなり、イリィス女史と出くわした。口ぶりからして私を待ち構えていたらしい。

 

「はあ、別に良いですけど」

 

「では小教会の方で話しましょう。人払いも済んでおりますので」

 

足早に歩み出すその背中を、私は慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

「……長くなりますから、適当に座ってください」

 

初めて脚を踏み入れた小教会は、静けさに包まれていた。簡素な長椅子が並び、奥には鏡を祀った祭壇。"千の手"を象ったステンドグラスから、日光が幾本もの筋となって差し込んでいた。

 

勧められるまま、私は長椅子に座った。イリィス女史は立ったまま、頭上のステンドグラスを見上げていた。

 

「……」

 

しばらく待ったが、イリィス女史が話を始める様子はない。ぼんやりと光を浴び続けるばかりである。……どうやら、私から口火を切る必要がありそうだ。

 

「それで、用件というのは何なんですか? イリィスさん」

 

イリィス女史は、光を見上げたまま口を開いた。

 

「現在街で流行している病気は、実際には"病気"ではありません」

 

「ええ、本当は呪いだともっぱらの噂ですね」

 

「……そこまで御存知でしたか、情報部の連中は遊んでいますね」

 

イリィス女史はこちらに振り返った。

 

「教会は魔族による呪術テロと判断しています。続く攻勢に向けた準備攻撃ではないか、と」

 

「準備攻撃?」

 

「……近く、魔王が中つ国への侵攻を開始すると予想されています。そして第一攻撃目標は恐らくここ、迷宮都市テヴェクでしょう。そこで──」

 

数秒の沈黙。イリィス女史は意を決するように息を吸い込んだ。

 

「──そこでキガルシェ王国は、ツカミ・ハルバル殿に、魔王軍迎撃任務への参加を要請します」

 

「いいですよ。やりましょう」

 

「……はい、お気持ちは分かりますが、これは中つ国の存亡が掛かった戦いで……えっいいんですか!?」

 

「はい、いいですよ」

 

イリィス女史の驚きの声に、私はそこはかとない不服を覚える。ややあって力が抜けたように長椅子に座り込んだ彼女の姿には、露骨な安堵が滲んでいた。

 

「こういうの絶対断るタイプだと思っていました。緊張して損しましたよ、全く……」

 

「いやまあ、報復は手早く済ませるタイプなので渡りに船だったというか、普段ならさっさと逃げてます」

 

私は苦笑した。

 

「……付け加えるなら、最後のベールに手を掛けさせるつもりもない、といった所ですね」

 

「はあ、どういうことですか?」

 

「この街を護るということです」

 

私は握り締めた拳に力を込める。どうやら振り下ろす先が見つかったらしい。

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