【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●19
(——心臓が、うるさい)
早鐘のように鳴り続ける鼓動が、五条悟の意識を内側から叩いていた。
(……今のは、何だ)
六眼が、必死に世界を解析している。
残留呪力。因果の歪み。消失したはずの破壊の軌跡。
見えている。
だが、理解が追いつかない。
確かに——
あれは、必中の一撃だった。
ほんのわずかな差。
奇跡と呼ぶには、あまりにも意図的で、
計算と呼ぶには、あまりにも人間的な選択。
悟は、唇を噛みしめた。
「……っ」
その視線の先。
夜空の裂け目の向こうで、両面宿儺がこちらを見ている。
⸻
その両面宿儺の視界。
五条悟の姿に、千年前の記憶が重なる。
かつて対峙した、別の「六眼」と「無下限」の使い手。
その男は、宿儺を「人にあらざる忌み子」として、冷徹な正義の瞳で糾弾した。
『貴様を生かしておくことは、この世の理(ことわり)が許さぬ』
その言葉通り。
先祖の六眼は、宿儺を「排除すべき害悪」としてしか見ていなかった。
交わされた刃は、問いでも対話でもない。
ただ、どちらが世界に残るべきかを決めるための、処刑だった。
——だから。
目の前の光景の理解に窮するのだ。
⸻
「……良かったー」
場違いなほど、軽い声。
悟は、胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「いやマジでさ」
「あれが当たってたら、お前のことどうやっても許せなくなってた」
宿儺の眉が、わずかに動く。
「でも、本当に良かったよ」
悟は、笑った。
戦場で見せるものとは違う、素の表情で。
「両面宿儺。やっぱりお前は、一度しっかり教育しないとダメだ」
「……は?」
思わず、宿儺の口から声が漏れる。
教育?
「だってさ」
悟は、肩をすくめた。
「お前が今やってること」
「反抗期のクソガキそのものだもん」
世界を壊しかけた存在に向ける言葉ではない。
王に向ける言葉でもない。
それは——
対等か、それ以下にしか向けられない言葉。
宿儺は、初めて理解できなかった。
糾弾されない。
断罪されない。
排除の理由にもされない。
ただ、
「ダメなことをしている」と言われただけ。
その事実が、
宿儺の胸の奥で、説明のつかない違和感として残り続けている。
●20
五条悟は、構えた。
だがそれは、殺し合いのそれではない。
踏み込み。
拳と拳がぶつかる。
衝突は鋭い。
しかし、致命を狙っていない。
「今の、いいね」
殴り合いの最中、悟が言う。
「間合いの詰め方、かなり洗練されてる」
「でもさ」
宿儺の爪撃を、紙一重でいなす。
「その角度、街中じゃ危ないよ」
「被害が広がるから、よくない」
——何を言っている?
宿儺の眉間に、皺が寄る。
「気でも狂ったか?」
呟くように吐き捨てる。
戦いの中で、評価されることはあった。
だがそれは常に、「脅威として」だった。
称賛と同時に、否定される。
危険だが、理解されている。
その感覚が、どこか——落ち着かない。
次の一撃を放とうとして、わずかに、躊躇が走る。
なぜだ。
敵のはずだ。
殺すべき存在のはずだ。
なのに。
五条悟は、宿儺を見ていない。
「災厄」でも、「王」でもない。
ただ、
扱いづらいが、矯正可能な存在として見ている。
その視線が、
千年前の断罪よりも、よほど居心地が悪かった。
──
平安の世で。
人々が宿儺に向けた視線は、常に一つだった。
恐怖。
畏怖。
あるいは、討伐対象を見る冷たい決意。
誰一人として、
同じ場所に立ってこちらを見る者はいなかった。
——だが。
目の前の五条悟の瞳は、違う。
その奥に、宿儺は二つの記憶を重ねた。
平安の世で出会った、あの失礼な女。
剣を抜くでもなく、頭を垂れるでもなく、
当然のように言葉を投げつけてきた存在。
そして。
虎杖悠仁の内で、一瞬だけ垣間見た炎の戦士。
恐れず、媚びず、逃げず、
ただ「隣に立つ覚悟」だけを宿していた眼。
悟の瞳は、それらと同じだった。
蔑みではない。
崇拝でもない。
敵として見定めるのでもなく、
王として仰ぐのでもない。
——対等だ。
世界の外から裁く視線ではなく、
世界の中で、同じ地平に立つ者の眼。
まるで、
「お前が何者であろうと、ここにいる以上、話はできる」
そう言っているかのような。
宿儺の胸奥で、名もない感情が軋んだ。
不快だ。
理解できない。
——だが。
あの時代に、誰も向けなかった視線だ。
それを向けられる理由が、
自分の力なのか、存在なのか、
それとも——
考える前に、悟が笑った。
「ね」
「やっぱりさ」
軽い調子で、だが一切目を逸らさずに。
「ちゃんと向き合えば、話通じるじゃん」
宿儺は、思わず舌打ちした。
——気に食わない。
気に食わないが、
その視線から、目を逸らすこともできなかった。
──
拳と拳が交わる。
正確で、無駄がなく、互いの力量を測るためだけの応酬。
「……チッ」
宿儺が距離を取る。
「昔の六眼はな」
低く、吐き捨てるように言った。
「もっと——正義面で、面白くもない男だった」
悟は肩をすくめる。
「あー、まあ、それはご先祖様だからね」
「時代も違えば教育方針も違うでしょ」
宿儺の眉が僅かに動く。
「……教育、だと?」
「うん」
悟は真面目な顔で、けろっと言った。
「たとえばさ」
「焼きたてのクレープって、食べたことある?」
「……は?」
あまりに場違いな言葉に、宿儺の思考が一瞬止まる。
「駅前とかで売ってるやつ」
「出来たてで、ちょっと熱くて」
「甘い匂いしてさ」
悟は、組み手の構えを崩さないまま、続ける。
「好きな女の子に」
「“食べきれないから半分食べて”って言われて」
「いきなり口に押し込まれたりするんだよ」
宿儺は、心底理解できないものを見る目をした。
「……貴様、気でも狂ったか?」
「かもね」
悟は笑う。
「でもさ」
その笑みが、ふっと薄れる。
「誰かを助けたときに」
「心から“ありがとう”って言われる瞬間の、あのあったかさとか」
拳が止まる。
距離が、ほんの一瞬だけ静止する。
「それを知らないままなの、正直もったいないと思うんだよね」
宿儺の胸の奥で、またあの名もない違和感が疼いた。
甘い匂い。
触れたことのない温度。
知らない感情。
「……くだらん」
吐き捨てるように言う。
「破壊こそが、俺だ」
悟は、はっきりと頷いた。
「うん」
「それでも破壊したいなら」
六眼が、真正面から宿儺を捉える。
蔑みも、恐れもない。
「全力で止めるよ」
迷いのない声だった。
「僕はね」
「そういう存在だから」
宣言でも、脅しでもない。
ただの事実として告げる声。
宿儺は、思わず笑った。
「……面白い」
平安の世で、
誰一人として言わなかった言葉。
殺すでもなく、
従わせるでもなく、
止めると宣言する者。
「ならば試してやろう、六眼」
「貴様の“教育”とやらが——」
宿儺は、牙を剥く。
「どこまで通じるかをな」
宿儺が踏み込む。
爪が空を裂き、致死の軌道を描く。
——だが、当たらない。
五条悟は避けない。
受け流す。
逸らす。
致命を、わざと外すように。
「……チッ」
もう一撃。
速度も、角度も、完璧だ。
それでも悟は、殺さない。
無下限が、紙一重で宿儺の攻撃を削ぎ落とす。
反撃はある。
だが、それは急所を外した拳だ。
「今のも惜しい」
「でもさ、力の入れどころ間違ってる」
——ふざけるな。
宿儺の呪力が、わずかに乱れる。
千年、研ぎ澄ましてきた戦の勘が告げていた。
これは、勝ち筋を潰されている戦いだ。
殺せないのではない。
殺させてもらえない。
悟の攻撃は、常に一歩先で止まる。
逃げ場を残し、選択肢を奪う。
気付けば——
宿儺は、後退していた。
それを理解した瞬間、
胸の奥に、ぞっとする感覚が走る。
追い詰められている。
力でではない。
思想でだ。
——その時だった。
背後から。
階段を叩く、荒い足音が近づいてくる。
重い呼吸。
人間が全力で走ったときの、生々しい気配。
「……来たね」
悟が、楽しそうに笑った。
虎ノ門ヒルズの高層部。
夜景を背に、一人の少年が駆け上がってくる。
息は切れている。
術式も、結界も、派手な演出もない。
ただ、走ってきただけだ。
「……間に合った?」
虎杖悠仁は、そう呟いた。
両面宿儺の視界に、
見覚えのある“器”の姿が映る。
「貴様——」
言い終わる前に。
虎杖は、踏み込んだ。
迷いはない。
躊躇もない。
拳に、呪力が収束する。
——黒。
空気が、歪む。
衝撃が、遅れて追いつく。
黒閃。
寸分の狂いもなく、
両面宿儺の腹部に叩き込まれた。
「——っ!!」
衝撃波が、夜空を裂く。
宿儺の巨体が、ビルの向こうへ吹き飛ばされていく。
⸻
静寂。
数秒遅れて、
虎杖は自分の拳を見下ろした。
「……あれ?」
間の抜けた声。
「なんか──」
首を傾げる。
「ごめん」
五条悟は、吹き出した。
「ははっ」
「最高のタイミングじゃん、悠仁」
虎杖は慌てて振り返る。
「ご、五条先生!?」
「え、今の、邪魔でした?」
「いや全然」
悟は親指を立てる。
「満点だよ」
夜風が、二人の間を抜けていく。
遠くで、瓦礫の崩れる音。
宿儺の気配は、まだ消えていない。
だが。
世界は、確かに一度、止まった。
悟は、夜空を見上げて言った。
「——さて、教育の続きは、また今度かな」
虎杖は困惑する。
「教育!? 誰をですか? 俺? もしかして補習!?」
「これから問題児が一人増えるから」
悟は楽しそうに笑った。
「仲良くしてあげてよ!」
その夜。
世界を壊しかけた王は、
初めて“人間との会話”の余韻を残したまま、
戦場から吹き飛ばされた。
ED:MAN WITH A MISSION×milet『絆ノ奇跡』
ここまでご覧いただきありがとうございました。
十編を費やした
旅する物語 異世界異聞 五条悟との邂逅
本編は、これで完結です。
何か物足りない方は、どうぞ2月11日をお待ちください。