【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

110 / 126
【呪術廻戦/五条悟/煉獄杏寿郎】
世界を越えて、悲劇に抗う物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


110廻星編 19・20:“王”を砕くクレープの甘い記憶、澱みなき「対等」の地平

●19

 

(——心臓が、うるさい)

 早鐘のように鳴り続ける鼓動が、五条悟の意識を内側から叩いていた。

 

(……今のは、何だ)

 六眼が、必死に世界を解析している。

 残留呪力。因果の歪み。消失したはずの破壊の軌跡。

 

 見えている。

 だが、理解が追いつかない。

 確かに——

 あれは、必中の一撃だった。

 

 ほんのわずかな差。

 奇跡と呼ぶには、あまりにも意図的で、

 計算と呼ぶには、あまりにも人間的な選択。

 

 悟は、唇を噛みしめた。

 

「……っ」

 その視線の先。

 夜空の裂け目の向こうで、両面宿儺がこちらを見ている。

 

 ⸻

 

 その両面宿儺の視界。

 五条悟の姿に、千年前の記憶が重なる。

 

 かつて対峙した、別の「六眼」と「無下限」の使い手。

 その男は、宿儺を「人にあらざる忌み子」として、冷徹な正義の瞳で糾弾した。

 

『貴様を生かしておくことは、この世の理(ことわり)が許さぬ』

 

 その言葉通り。

 先祖の六眼は、宿儺を「排除すべき害悪」としてしか見ていなかった。

 交わされた刃は、問いでも対話でもない。

 ただ、どちらが世界に残るべきかを決めるための、処刑だった。

 

 ——だから。

 目の前の光景の理解に窮するのだ。

 

 ⸻

 

「……良かったー」

 場違いなほど、軽い声。

 

 悟は、胸に手を当て、大きく息を吐いた。

「いやマジでさ」

「あれが当たってたら、お前のことどうやっても許せなくなってた」

 

 宿儺の眉が、わずかに動く。

 

「でも、本当に良かったよ」

 悟は、笑った。

 戦場で見せるものとは違う、素の表情で。

「両面宿儺。やっぱりお前は、一度しっかり教育しないとダメだ」

 

「……は?」

 思わず、宿儺の口から声が漏れる。

 

 教育?

 

「だってさ」

 悟は、肩をすくめた。

 

「お前が今やってること」

「反抗期のクソガキそのものだもん」

 世界を壊しかけた存在に向ける言葉ではない。

 王に向ける言葉でもない。

 

 それは——

 対等か、それ以下にしか向けられない言葉。

 

 宿儺は、初めて理解できなかった。

 糾弾されない。

 断罪されない。

 排除の理由にもされない。

 

 ただ、

 「ダメなことをしている」と言われただけ。

 

 その事実が、

 宿儺の胸の奥で、説明のつかない違和感として残り続けている。

 

 

●20

 

 五条悟は、構えた。

 だがそれは、殺し合いのそれではない。

 

 踏み込み。

 拳と拳がぶつかる。

 

 衝突は鋭い。

 しかし、致命を狙っていない。

 

「今の、いいね」

 殴り合いの最中、悟が言う。

 

「間合いの詰め方、かなり洗練されてる」

「でもさ」

 宿儺の爪撃を、紙一重でいなす。

 

「その角度、街中じゃ危ないよ」

「被害が広がるから、よくない」

 

 ——何を言っている?

 

 宿儺の眉間に、皺が寄る。

 

「気でも狂ったか?」

 呟くように吐き捨てる。

 

 戦いの中で、評価されることはあった。

 だがそれは常に、「脅威として」だった。

 

 称賛と同時に、否定される。

 危険だが、理解されている。

 

 その感覚が、どこか——落ち着かない。

 

 次の一撃を放とうとして、わずかに、躊躇が走る。

 

 なぜだ。

 

 敵のはずだ。

 殺すべき存在のはずだ。

 

 なのに。

 

 五条悟は、宿儺を見ていない。

 「災厄」でも、「王」でもない。

 

 ただ、

 扱いづらいが、矯正可能な存在として見ている。

 

 その視線が、

 千年前の断罪よりも、よほど居心地が悪かった。

 

 ──

 

 平安の世で。

 人々が宿儺に向けた視線は、常に一つだった。

 

 恐怖。

 畏怖。

 あるいは、討伐対象を見る冷たい決意。

 

 誰一人として、

 同じ場所に立ってこちらを見る者はいなかった。

 

 ——だが。

 

 目の前の五条悟の瞳は、違う。

 

 その奥に、宿儺は二つの記憶を重ねた。

 

 平安の世で出会った、あの失礼な女。

 剣を抜くでもなく、頭を垂れるでもなく、

 当然のように言葉を投げつけてきた存在。

 

 そして。

 虎杖悠仁の内で、一瞬だけ垣間見た炎の戦士。

 恐れず、媚びず、逃げず、

 ただ「隣に立つ覚悟」だけを宿していた眼。

 

 悟の瞳は、それらと同じだった。

 

 蔑みではない。

 崇拝でもない。

 

 敵として見定めるのでもなく、

 王として仰ぐのでもない。

 

 ——対等だ。

 

 世界の外から裁く視線ではなく、

 世界の中で、同じ地平に立つ者の眼。

 

 まるで、

 「お前が何者であろうと、ここにいる以上、話はできる」

 そう言っているかのような。

 

 宿儺の胸奥で、名もない感情が軋んだ。

 

 不快だ。

 理解できない。

 ——だが。

 

 あの時代に、誰も向けなかった視線だ。

 

 それを向けられる理由が、

 自分の力なのか、存在なのか、

 それとも——

 

 考える前に、悟が笑った。

「ね」

「やっぱりさ」

 軽い調子で、だが一切目を逸らさずに。

「ちゃんと向き合えば、話通じるじゃん」

 

 宿儺は、思わず舌打ちした。

 ——気に食わない。

 

 気に食わないが、

 その視線から、目を逸らすこともできなかった。

 

 ──

 

 拳と拳が交わる。

 正確で、無駄がなく、互いの力量を測るためだけの応酬。

 

「……チッ」

 宿儺が距離を取る。

 

「昔の六眼はな」

 低く、吐き捨てるように言った。

「もっと——正義面で、面白くもない男だった」

 

 悟は肩をすくめる。

「あー、まあ、それはご先祖様だからね」

「時代も違えば教育方針も違うでしょ」

 

 宿儺の眉が僅かに動く。

「……教育、だと?」

 

「うん」

 悟は真面目な顔で、けろっと言った。

 

「たとえばさ」

「焼きたてのクレープって、食べたことある?」

 

「……は?」

 あまりに場違いな言葉に、宿儺の思考が一瞬止まる。

 

「駅前とかで売ってるやつ」

「出来たてで、ちょっと熱くて」

「甘い匂いしてさ」

 悟は、組み手の構えを崩さないまま、続ける。

 

「好きな女の子に」

「“食べきれないから半分食べて”って言われて」

「いきなり口に押し込まれたりするんだよ」

 

 宿儺は、心底理解できないものを見る目をした。

「……貴様、気でも狂ったか?」

 

「かもね」

 悟は笑う。

 

「でもさ」

 その笑みが、ふっと薄れる。

 

「誰かを助けたときに」

「心から“ありがとう”って言われる瞬間の、あのあったかさとか」

 拳が止まる。

 距離が、ほんの一瞬だけ静止する。

 

「それを知らないままなの、正直もったいないと思うんだよね」

 宿儺の胸の奥で、またあの名もない違和感が疼いた。

 甘い匂い。

 触れたことのない温度。

 知らない感情。

 

「……くだらん」

 吐き捨てるように言う。

 

「破壊こそが、俺だ」

 

 悟は、はっきりと頷いた。

「うん」

「それでも破壊したいなら」

 六眼が、真正面から宿儺を捉える。

 蔑みも、恐れもない。

 

「全力で止めるよ」

 迷いのない声だった。

「僕はね」

「そういう存在だから」

 宣言でも、脅しでもない。

 ただの事実として告げる声。

 

 宿儺は、思わず笑った。

「……面白い」

 

 平安の世で、

 誰一人として言わなかった言葉。

 

 殺すでもなく、

 従わせるでもなく、

 止めると宣言する者。

 

「ならば試してやろう、六眼」

「貴様の“教育”とやらが——」

 宿儺は、牙を剥く。

「どこまで通じるかをな」

 

 宿儺が踏み込む。

 爪が空を裂き、致死の軌道を描く。

 

 ——だが、当たらない。

 

 五条悟は避けない。

 受け流す。

 逸らす。

 

 致命を、わざと外すように。

 

「……チッ」

 もう一撃。

 速度も、角度も、完璧だ。

 

 それでも悟は、殺さない。

 

 無下限が、紙一重で宿儺の攻撃を削ぎ落とす。

 反撃はある。

 だが、それは急所を外した拳だ。

「今のも惜しい」

「でもさ、力の入れどころ間違ってる」

 

 ——ふざけるな。

 

 宿儺の呪力が、わずかに乱れる。

 千年、研ぎ澄ましてきた戦の勘が告げていた。

 

 これは、勝ち筋を潰されている戦いだ。

 

 殺せないのではない。

 殺させてもらえない。

 

 悟の攻撃は、常に一歩先で止まる。

 逃げ場を残し、選択肢を奪う。

 

 気付けば——

 宿儺は、後退していた。

 

 それを理解した瞬間、

 胸の奥に、ぞっとする感覚が走る。

 

 追い詰められている。

 

 力でではない。

 思想でだ。

 

 ——その時だった。

 

 背後から。

 階段を叩く、荒い足音が近づいてくる。

 

 重い呼吸。

 人間が全力で走ったときの、生々しい気配。

 

「……来たね」

 悟が、楽しそうに笑った。

 

 虎ノ門ヒルズの高層部。

 夜景を背に、一人の少年が駆け上がってくる。

 息は切れている。

 術式も、結界も、派手な演出もない。

 

 ただ、走ってきただけだ。

 

「……間に合った?」

 虎杖悠仁は、そう呟いた。

 

 両面宿儺の視界に、

 見覚えのある“器”の姿が映る。

「貴様——」

 言い終わる前に。

 

 虎杖は、踏み込んだ。

 

 迷いはない。

 躊躇もない。

 

 拳に、呪力が収束する。

 

 ——黒。

 

 空気が、歪む。

 

 衝撃が、遅れて追いつく。

 

 黒閃。

 

 寸分の狂いもなく、

 両面宿儺の腹部に叩き込まれた。

 

「——っ!!」

 衝撃波が、夜空を裂く。

 宿儺の巨体が、ビルの向こうへ吹き飛ばされていく。

 

 ⸻

 

 静寂。

 

 数秒遅れて、

 虎杖は自分の拳を見下ろした。

 

「……あれ?」

 間の抜けた声。

 

「なんか──」

 首を傾げる。

「ごめん」

 

 五条悟は、吹き出した。

「ははっ」

「最高のタイミングじゃん、悠仁」

 虎杖は慌てて振り返る。

「ご、五条先生!?」

「え、今の、邪魔でした?」

 

「いや全然」

 悟は親指を立てる。

「満点だよ」

 

 夜風が、二人の間を抜けていく。

 

 遠くで、瓦礫の崩れる音。

 宿儺の気配は、まだ消えていない。

 

 だが。

 

 世界は、確かに一度、止まった。

 

 悟は、夜空を見上げて言った。

「——さて、教育の続きは、また今度かな」

 

 虎杖は困惑する。

「教育!? 誰をですか? 俺? もしかして補習!?」

 

「これから問題児が一人増えるから」

 悟は楽しそうに笑った。

「仲良くしてあげてよ!」

 

 その夜。

 世界を壊しかけた王は、

 初めて“人間との会話”の余韻を残したまま、

 戦場から吹き飛ばされた。

 

ED:MAN WITH A MISSION×milet『絆ノ奇跡』

 




ここまでご覧いただきありがとうございました。

十編を費やした

旅する物語 異世界異聞 五条悟との邂逅

本編は、これで完結です。

何か物足りない方は、どうぞ2月11日をお待ちください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。