【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟/煉獄杏寿郎】
世界を越えて、悲劇に抗った後の物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。

エンディング後のお遊び編です。

完結したら完結した作品を読もうって人しかきませんよね?(完結チェックを連載に戻しつつ)
つまり週一ぐらいで新しい話を投下していくかな、なんて思って。
話の途中で待つの勘弁って人は読まない方がいいです。
更新されるのはまた来週ですからね。

クロスオーバータグが付いているのに、
「全然クロスオーバーしてない」という声が聞こえた気がしたので(幻聴)。
では……私が、本気で、世界同士を衝突させると、こうなるという内容を提示します。


遊興編 鬼滅の刃とのクロスオーバー
113遊興編 1・2:★遊興の幕開けと、因果の終焉


●プロローグ

 

 ある日の煉獄邸。杏寿郎の自室にて。

 杏寿郎の部屋は、彼の性格そのままに整然としていた。

 壁に掛けられた羽織、丁寧に磨かれた鍔、机の上には読みかけの書物が一冊だけ。

 そこにユリが入ってくると、まるで色彩が一段階増えたように見えた。

「杏寿郎、今度しのぶと蜜璃を連れて旅行に行ってくるわ」

「よもやよもやだ! 急な話だな。行き先は決めているのか?」

「せいらとそよかの様子を見に行こうと思って」

 ユリの声は柔らかいのに、どこか“決意”のような硬さが混じっていた。

「!?」

 杏寿郎はその違和感に気づいたが、問いただす前に彼女は話を進めてしまう。

「なに? 何か気になる?」

「それは、彼女ら(せいらやそよか)にとって負担になるのでは?」

「負担になるかそうでないかでいったら、負担でしょうね。でも何かあった時に、すぐ行けることを強調しておくことは良い事だと思うの」

「……君は、一度決めたら曲げないからな……」

 杏寿郎は腕を組んで両目を閉じる。

 そして開眼。

「ならば俺も共に行こう! 灰原少年、虎杖少年とも直接会って会話がしたいと思っていた!!」

「は?」

「そして君と胡蝶と甘露寺が行くのであれば、俺とあと二人は同行者を募ろう!!」

「……どうしてそうなるのよ」

 ユリは軽くため息をつきながら、自身の額に指先をあてた。

 

 ⸻

 

 呪術学園高等部にあるそよかの執務室は、珍しく騒がしかった。

 

 執務室には、書類の山と呪具の匂いが混ざった独特の空気が漂っている。

 窓の外では一年生たちが訓練している声が聞こえ、ここが“戦場の中の事務所”であることを思い出させた。

 

「ふにゃあ!! そよかっ!!」

 ソファの上で、せいらが出来立ての旅のしおりの原稿を両手に掲げて跳ねている。

「これでいい!? 日程! 合ってる!? 集合場所ここでいい!? この猫さん! 上手く描けてるよね!! なんかもう全然わかんない!! とりあえず褒めて! 褒めてモチベを上げてよぉぉ!!」

 

「ちょっと待ちなさいせいら!!」

 そよかは受話器を肩と頬で挟みながら、必死にメモを取っていた。

「私はいま、予約の電話をしてるところで!! 勝手に日程を確定させないで!! どこのホテルで何泊か調整も考えないと!!」

 

「はい、はい……ええ、一泊二日で……はい、人数は……」

 一瞬こちらを睨みつける。

「……増える可能性はあります」

 

「おいおい」

 執務室のドアを開けながら、呑気な声が飛んできた。

「何二人して慌ててんの?」

 

 悟が入ってきた瞬間、部屋の空気が一瞬だけ軽くなる。

 だが同時に、そよかの眉間には深い皺が刻まれた。

「悟は黙ってなさい!」

 その声は、もはや反射だった。

 

「ひどっ!?」

 悟は心底納得がいかない顔をする。

「僕、何もしてなくない?」

 

「してなくても黙ってて!! 今は集中して間違いなくベストな手配をしないと!!」

 

「すぐるー!!」

 今度はせいらが方向転換し、悟の後ろにいた教祖然とした袈裟姿の傑に全力で駆け寄る。

「お師匠様がね!! お友達つれて遊びに来るってー!!」

 両手で傑の袖を掴み、ぶんぶん揺らす。

「どうしよーどうしよー!!」

 

「……え?」

 傑は、真顔だった。

 

「いや、ちょっと待って」

 視線を悟に向け、せいらに視線を戻した。

「“お師匠様”って……あの、ユリさん?」

 

「うん!!」

 せいらは勢いよく頷く。

「あとね、なんかね! 炎の人と! ド派手な人と! 優しそうな人と! 怖そうな人とかなんとか!!」

 

((情報が雑すぎる!))

 悟と傑の表情が曇る。

 

「お友達ってレベルじゃないよねそれ」

 悟がにやにやしながら口を挟む。

「ねぇそれ、僕ら何かされるやつ?」

 

「何もされない!!」

 そよかが通話を終え、受話器を置く。

「……たぶん」

 

「たぶん!?」

 

「三泊四日」

 そよかはこめかみを押さえる。

「観光案内と、イベント参加と、京都移動」

「問題が起きない前提で、よ」

 

「起きる前提じゃないんだ」

 悟が感心したように言う。

 

「悟」

 傑が低い声で言う。

「絶対に、余計なことはするな」

 

「えー、余計の基準がわかんないんだけど」

 

「そこが一番の問題なのよ!!」

 

 せいらはしおりを握りしめたまま、はっと気づいたように顔を上げる。

「ね、ねぇ……」

「現代の服、気に入ってもらえるかな……?」

「サイズとか……趣味とかちゃんと合うかな……?」

 

 そよかは一瞬だけ、言葉を失ってから、

 深く、息を吐いた。

 

「……大丈夫」

「私たちが案内するんだから」

 

 その言葉に、悟と傑が同時に目を細める。

 

「案内、ねぇ」

 悟は楽しそうに笑った。

「面白くなりそうじゃん」

 

 その時点で、

 せいらとそよかは、まだ知らなかった。

 

 この“遊びに来るだけ”の予定が、

 どれだけ世界を揺らすかを。

 

 

●1

 

「来る!」

 ピーンとそよかの前髪の一部が立った。

「なにそれ?」

 ぽかんとする悟。

「任せるのじゃ!」

 両手を空に掲げて帳を降ろす天内理子。

 

 校庭の空気が一瞬だけ震え、呪力とも霊力ともつかない光が渦を巻く。

 呪術高の結界がざわりと揺れ、まるで“異物の到来”を警告しているようだった。

 呪術学園高等部の校庭に光のゲートが出現した。

 

 ゲートを通り、真っ先に現れたのは──

 

 光柱 煉獄ユリ

「久しぶりね。二人共」

「お師匠様!」

「師匠〜!」

 ユリに抱きつくそよかとせいら。

「あら、せいら……もう二人目?」

 僅かに目を細めるユリ。ぎくりとする傑。

「ほえ?」

 首を傾げるせいら。

「そよかは──あまり夫達を子供扱いしないこと」

「ヒッ……」

 そよかはぎくりとした表情で、冷や汗だらだら。

「ユリさんもっと言ってやってー!」

「悟、今はやめておけ!」

 

 炎柱 煉獄杏寿郎

「うむ! 邪魔をするぞ!」

 スッとユリの隣に立つ。

 

 音柱 宇髄天元

「ほぉ……これはこれは、賑やかそうなところだな」

 顎をさすりながら登場。

 

 蟲柱 胡蝶しのぶ

「わぁ──ここが異世界ですか?」

 楽しそうにきょろきょろ。

 

 恋柱 甘露寺蜜璃

「きゃー!! 待って待ってー!!」

 慌てるように出てきて、しのぶに抱きつく。

 

 風柱 不死川実弥

「ふん……」

 周囲を一瞥し、無言。

 

(……強い。いや、“質”が違う)

 悟は目隠し越しに柱たちを見て、思わず息を呑んだ。呪力ではない。だが、確かに“極まった何か”がある。

 

「マジじゃん……この人たち……"鬼滅の刃"の柱が、この世界に来ちゃったぞ」

 悟は目隠しをずらして視界のピントを合わせるように、何度か瞬いた。

 

──

 

「ふーん。お前達が例の最強だって?」

 着流しを着た背の高い男が、五条悟と夏油傑に近付いていく。

(この人、初対面で距離感ゼロだな……嫌いじゃないけど)

 悟は傑に目配せをした。

「俺ほどじゃないが、上背もあるし、なかなか鍛えてるみたいじゃないか」

 ふむふむと顔を覗き込む。

「宇髄、いきなり失礼だぞ」

 杏寿郎が声をかける。

「なーにただの挨拶だよ。俺の名前は宇髄天元! こっちの世界には天元様ってお方がいるって話だからな、宇髄と呼んでくれ! 美と派手を司る祭りの神だ!」

「「神ぃ!?」」

「──またややこしいことを言わないでくれる?」

 ユリは、はぁとため息をついた。

「ひとまずこの世界でも違和感のない服装で着たけれど、こちらを旅をするには、まずは服を新調した方がいいでしょう。せいら、そよか、お願い出来るわね?」

「「はい!」」

「自己紹介は道すがら……ね。私はともかく、杏寿郎たちはこの世界で既にかなりの知名度があるようよ」

「よもやよもやだ。まさか我々が物語(漫画)の中の登場人物とはな!」

「おい待て」

 一同の視線が不死川実弥に集中する。

「これ……受け取れ」

 「ははー」とせいらが大きな風呂敷包みを受け取った。中には実弥お手製のおはぎが、ぎっしり詰まっていたという。

 

 

●2

 

 渋谷の上品な喫茶店。

 一足先に白を基調とした現代服に着替えたユリが、一人で紅茶を飲んでいる。

 すぐ隣の席には、派手な髪色はそのままに落ち着いた現代服を着た煉獄杏寿郎が、両目を閉じて静かに周囲の気配を探っていた。

「ユリ」

「……えぇ」

 

 そこに現れたのは、七海建人。

 そよかのもう一人の夫だった。

 

「ごきげんよう。七海建人さん、そよかがいつも世話になっているわね」

 にこりと微笑んで、ユリは静かに上品な所作で紅茶のカップをソーサーの上に戻した。

「あなたが、そよかさんの──」

 七海建人はただならぬ気配に身構える。

「そんなに緊張しないで、ほんの少し会話をしたいだけなのだから」

 微笑まれてさえ、七海建人は緊張を解けずにいた。

 

 ──

 

 七海の眼鏡に、端末から流れる膨大な"因果の数式"が青白く反射している。彼は、そよかと悟が寝静まった深夜、一人書斎で『社』の秘匿回線を開いた。

 この報告は、送信と同時に彼の脳内から「なかったこと」として消去される、エージェントとしての最後の任務だった。

 

「社」秘匿通信:案件[ウィッチ]に関する最終報告

報告者:エージェント・七海建人

 

 「社」の観測者の皆様。

 現在、この世界線はおそらく「ウィッチ」と呼ばれる高次元存在の介入により、本来辿るべきであった私自身の『死』の因果すら逸脱し、極めて不安定な、しかし強固な「幸福の停滞」へと再編されています。

 

 目的は、単なる救済ではありません。ウィッチは「物語」を愛し、その結末を書き換えることで、既存の理(ことわり)に対するカウンターを試みています。

 五条悟が土下座をし、私が一妻多夫を受け入れる……この"不条理な大団円"こそが、ウィッチが望んだ究極のイレギュラーです。

 

 私個人の感情を排して申し上げれば、この選択は「社のエージェント」としては失格でしょう。

 

 因果の歪みを正し、秩序へ戻すのが私の職務でした。しかし、私はウィッチの提示する「日常」という誘惑に、自らの意志で屈します。

 

 なぜなら、この「不条理」の中には、私たちが一千年以上の呪術史の中ですら一度も手にすることができなかった、純粋な『救い』が実在しているからです。

 

 五条悟という強大すぎる個が、一人ではなく、私という「楔(くさび)」と、そよかという「愛」によって世界に繋ぎ止められている。これは、ある意味で呪術界の最終的な安定形態と言えるかもしれません。

 

 これより、この報告書の送信を完了させると同時に、私の記憶にある「ウィッチの関与の可能性」および「エージェントとしての職務」の全データを自己消去します。

 

 ──私は、明日からただの「夫」であり、「呪術界の上層部と対等に渡り合おうとするそよかの秘書」であり、「五条悟に胃を焼かれる一人の男」として生きます。

 

 それが、私が魔女と交わした、目に見えない「縛り」です。

 

 ……さようなら、観測者。

 

 これ以降、私の幸福に『理由』は不要となります。

 

 送信ボタンを押そうとした瞬間、指先がわずかに震えていることに気づき、苦笑する。

「……まったく。私は、いつからこんなに弱くなったんでしょうね」

 

 送信ボタンを押した瞬間、七海の瞳から冷徹な知性が消え、ふっと柔らかい光が宿る。

 

 送信を終えた端末の画面が暗転し、七海はそっと眼鏡を外す。

 彼は自分がなぜ深夜に書斎にいたのかを一瞬不思議に思いますが、リビングから聞こえる悟のいびきと、そよかの穏やかな寝息を思い出し、時計を見て眉を寄せた。

「……いけない、もう三時半ですか。睡眠不足は翌日のパフォーマンスに響く。……早く寝ましょう」

 

 ──

 

「──あなたも、長い旅をしていたのね。お疲れ様」

「はい?」

 ユリの言葉に七海建人は、何故か音もなく両目から涙が溢れてくる。

「そよかを、よろしくね」

 慈しみの声音。

 微笑むユリの顔は、母親のそれだった。

 

ED:Uru『あなたがいることで』

 

──

 

●遊興編おまけ①・おはぎの幸せ配達便

 

 呪術高専の石畳を、春風のような足取りで歩く少女がいた。

 

「ふにゃ? 前田さーん。いるー?」

 

 せいらは、両手で大事そうに大きな風呂敷包みを抱えながら、きょろきょろと周囲を見渡している。その包みの中身は、先程『不死川実弥』から譲り受けた、特製のおはぎが詰まった重箱だ。

 廊下の隅、積まれた書類の山から、こっくりこっくり船を漕いでいた一人の女性が飛び起きた。

 

「ほわっつ!?(パチン!)」

 

 見事な音を立てて鼻ちょうちんを弾けさせたのは、補助監督の前田まるこだ。寝ぼけ眼をこすりながら、目の前の「天使」に驚愕の声を上げる。

 

「せ、せいらさん!? どうされました、こんなところで!」

 

「前田さん、おはよー! あのね、今さねみさんに貰ったこのおはぎをみんなに配りたいなと思って。前田さんにも一緒に手伝ってほしいんだー」

 

 せいらは重い重箱をひょいと持ち上げて見せた。

 

「えっとー。いち・にー・さん・しー……五段あるからー。一段は今日泊まるホテルに持ってくとして、四段は学園にいる人たちに配ろうかな!」

 

「お、おはぎ五段……! それほどまでの質量を……!」

 

 前田は一瞬、そのおはぎの重さに(あるいは、せいらさんのあまりの善意の重さに)圧倒されたが、すぐさまプロの補助監督としての顔に戻る。

 

「わかりました! 任せてください! 手の空いている補助監督を総動員して、一欠片の漏れもなく配り切りましょう! ホテルに持っていく分も、鮮度を落とさないよう器を入れ替えておきますね。お重はしっかり洗って、いつでも返せるようにしておきますから!」

 

「さっすが前田さん。助かる〜。えへへ、みんな喜んでくれるかな?」

 

「喜ばない人類など存在しません! さあ、行きましょう!」

 

 鼻息荒く歩き出す前田の横で、せいらは「おはぎのうた」を口ずさみながら、学園内に幸せの匂いを振り撒き始めた。

 

──

 

 前田まるこ率いる補助監督チームの全面協力により、学園内には瞬く間に「特製おはぎ」の甘い香りが広がっていった。せいらは軽やかな足取りで、馴染みの顔を訪ねて回る。

 

 まずは医務室。薬品の匂いが漂う静かな部屋の扉を、せいらが勢いよく開けた。

 

「しょーこー! おはぎもらったよー。いくつ食べるー?」

 

 デスクで書類に目を通していた家入硝子が、顔を上げて薄く笑う。

 

「ひとつでいいよ。……それにしても、随分と上等な呪力、いや『気』を纏ったおはぎだな。これを置いていった連中の顔が目に浮かぶよ。……ふふ、せいら。今のうちにしっかり食べておきな。これから、忙しくなりそうだからね」

 

 予言めいた硝子の言葉を背に、せいらは次の目的地へ。廊下で青い顔をして走り回っていた伊地知潔高を捕まえる。

 

「いじちくーん! おはぎどうぞー!」

 

「あ、はい。……ひぇ、ありがとうございます! ちょうど低血糖で倒れそうだったので助かります……!」

 

 伊地知は涙目でおはぎを受け取ると、祈るように一口。その瞬間、実弥の「気」が込められたおはぎの力か、伊地知の背筋がシャキッと伸びた。

 そして校庭の隅では、厳しい顔で呪骸を弄っていた夜蛾正道と、その横で寝転んでいた大男(?)に出会う。

 

「よがせんせーい。はい、おはぎー! パンダくんもいるよねー? いくつ欲しい?」

 

「む……せいらか。頂こう」

 

「いるいるー。せいら、ありがとうー! これ、めちゃくちゃうまそうだな! いくつ食べていいの?」

 

「まだまだ沢山あるから二、三個いっちゃう!?」

 

 パンダが器用に大きな手でおはぎを摘み、夜蛾もまた、厳格な表情を少しだけ緩めて口に運んだ。

 

「……うむ。これは、実に『真っ直ぐな』味がするな」

 

 学園のあちこちで、実弥の無骨な優しさがせいらの手を通じて広がっていく。

 

 一方でその頃、京都の実家で「せいらへの手土産」を厳選していた禪院直哉は、謎の寒気を感じていた。

 

「……なんや、この胸騒ぎは。……まさか、俺の知らん間に誰かがせいらに『餌付け』しとるんとちゃうやろな……?」

 

 直哉の懸念は、半分正解で、半分は「想像を絶する規模」で外れていたのである。

 

──

 

 学園内を巡るせいらの足取りは、ついに一般の術師が足を踏み入れない、奇妙な気配の漂う一角へと差し掛かった。そこには、本来なら祓われるべき存在であるはずの特級呪霊たちが、なぜか寄り添うように集まっている。

 

「まーくーん! 花ちゃーん! おじいちゃーん! たこんくーん! おはぎ持ってきたー!」

 

 屈託のない声が響くと、頭に火山を乗せた小柄な老人が、顔を真っ赤にして叫び声を上げた。

 

「漏瑚じゃ!! おじいちゃんと言うなと何度言えばわかるんじゃ、この小娘!!」

 

 漏瑚の怒号にも動じず、せいらは重箱を広げる。隣では、穏やかな空気を纏った森の呪霊が、そっとせいらの肩に手を置いた。

 

『お茶をいれましょうか。この甘味には、清らかな水で淹れたものが合うでしょう』

 

「花ちゃん、ありがとー! 助かるー!」

 

 花の言葉を自然に受け取るせいらの横で、継ぎ接ぎだらけの青年が、目を輝かせて重箱を覗き込む。

 

「わー! なにそれー!? 泥団子? じゃないね。……わ、すごい! 魂に直接響くような、強い甘いにおいがする!!」

 

「おはぎだよー。とっても美味しいんだ〜。さねみさんっていう、ちょっと恐いけどとっても優しい人が作ってくれたの!」

 

 真人が指で突こうとするのを制しながら、せいらは陀艮の前に重箱を差し出した。小さなタコのような姿をした陀艮が、興味津々で「ふよふよ」と重箱を覗き込んでいる。

 

(……この中に入っているのは……海よりも深い、優しさ……?)

 

 言葉にならない感動(?)を覚えたのか、陀艮の大きな目が心なしか潤んでいるように見える。

 こうして、最強の「柱」が作ったおはぎは、最強の「呪霊」たちの胃袋をも掴んでしまった。

 学園の石畳、医務室、校庭、そして異質な空間までもが、あんこの甘い香りで一つに繋がっていく。

 

 ──その頃、京都。

 

「……あかん。寒気が止まらん。これはもう、熱中症やなくて誰かが俺の領域に土足で踏み込んどる合図や。運転手! 最速や! 最速で高専に戻れ! せいらが変な雑種(呪霊も含む)に懐かれとる気がしてならん!!」

 

 直哉の「察しの良さ」だけは、相変わらず特級クラスであった。

 

──

 

 呪術高専の敷地、その最も奥まった場所。

 一般の生徒たちが「あそこには近寄るな」と囁き合う、薄暗い階段の先に、三年生・秤金次の“城”はある。

 コンクリートの壁が冷たく響く廊下を、せいらは重箱を抱えて進んでいた。地下特有の淀んだ空気の中でも、彼女の周りだけは春の日差しが残っているようだ。

 

「ふにゃ〜……ここ、相変わらず暗いねぇ。金ちゃんと綺羅羅ちゃん、いるかなぁ」

 

 せいらは迷うことなく、重厚な扉をノックもせずに勢いよく開け放った。

 

「にゃにゃーん! おはぎ持ってきたよー!!」

 

「せいら!! 入る前にノックしろって何度言えばわかるんだ!!」

 

 派手な金髪を震わせ、椅子を蹴るような勢いで立ち上がったのは秤だ。だが、その怒声には毒がなく、むしろ急な来客に動揺を隠せない“少年”のような響きが混じっている。

 

「だって〜、金ちゃんのところは昔からノックいらないでしょ?」

 

「……っ、昔の話を今持ち出すな! 恥ずかしいだろうが!」

 

 秤は慌てて顔をそむけたが、隠しきれない耳の赤さがすべてを物語っていた。その隣で、星綺羅羅が弾かれたようにせいらへ駆け寄る。

 

「せいら……! その包み、まさか……」

 

「おはぎだよ〜! さねみさんっていうお友達が作ってくれたの。みんなにも食べてほしくて、金ちゃんのところにも持ってきたんだー」

 

「天使……? いや、天使以上の神々しさ……。ねえ金ちゃん、今のせいら、後光が差して見えるわよ」

 

 綺羅羅が胸に手を当てて感動に打ち震える中、秤は腕を組んで、わざとらしいほど大きな咳払いをひとつ落とした。

 

「……まぁ、せいらがわざわざ持ってきたっつーんなら、食ってやらんこともねぇけどよ」

 

「あ、金ちゃん。今、鼻の下が伸びてるよ?」

 

「伸びてねぇ!!」

 

 せいらが笑いながら重箱の蓋を開けると、不夜城に場違いなほど甘く、優しい香りが広がった。

 

「はい、金ちゃんの分〜。綺羅羅ちゃんの分もあるよ!」

 

「……ひとつだけだぞ。俺は甘いもんにゃうるさいんだ」

 

 そう言いながら秤が伸ばした手は、迷いなく最大級のおはぎを掴んでいた。(ちなみに彼は、この後無意識のうちに三つ完食することになる)

 

「わぁ……すごい。これ、すっごく優しい味がする……なんだか、お母さんの味みたい……」

 

「綺羅羅ちゃん、ホント美味しいよね〜。さねみさん、料理上手なんだよ」

 

 綺羅羅がせいらの手をぎゅっと握りしめ、二人の間に温かな空気が流れる。秤はその様子を眺めながら、むず痒そうにガリガリと頭を掻いた。

 

「……ったく。せいらが来ると、ここが“城”じゃなくて、ただの“公園”みたいになっちまうんだよな」

 

「えへへ、昔みたいで楽しいねぇ」

 

 せいらが無邪気に笑うと、秤と綺羅羅は一瞬だけ、同じ記憶の景色を見た。

 泥だらけで、どこにも居場所がなくて、それでもせいらが隣に座って笑いかけてくれただけで、モノクロだった世界が輝きだした──あの夕暮れの公園。

 

「……せいら」

 

「にゃ?」

 

「また……来いよ。おはぎじゃなくてもいい。……用がなくても、顔出しに来い」

 

 秤はそっぽを向いたまま、消え入りそうな声でぽつりと呟いた。

 

「もちろんだよ〜! 金ちゃんと綺羅羅ちゃんのところは、いつでも遊びに来るよ!」

 

「……っ、だから公衆の面前で“金ちゃん”って呼ぶなっての!!」

 

「えー? 金ちゃんは金ちゃんだよ〜?」

 

「綺羅羅、なんとか言え! こいつのペース、昔から全然変わってねぇんだよ!」

 

「無理。私はせいらの味方だもん。ねー、せいら?」

 

 不夜城を包んでいた重い空気が、今はひどく軽やかだ。せいらが重箱を閉じると、秤は名残惜しそうに、けれど満足げに視線を落とした。

 

「……また来いよ。次は……勝負事の前に来い。お前の持ってくるもんは、縁起がいいからな」

 

「勝ちフラグってやつ?」

 

「ああ、最高にブチ上がるやつだ!」

 

 星が笑い、せいらも笑う。秤は照れ隠しにフードを深く被り直したが、その口元は穏やかに緩んでいた。

 

──

 

 虎杖の快活な笑い声と、釘崎の鋭い怒号、そしてそれらをBGMに流す伏黒のため息。いつも通りの、賑やかで少しだけ騒がしい空気が流れていた。

 そこへ、教室の扉がふわりと開く。

 

「にゃーん! さねみさんのおはぎ持ってきたよ〜!」

 

 せいらが重箱を抱えてひょっこりと顔を出した瞬間、殺伐とした術師の卵たちの教室に、春の陽だまりのような甘い香りが満ち溢れた。

 

#### ✦ 魂に響く「味」の連鎖

 

「えっ!? せいら!? その包み……絶対うまいやつじゃん!!」

 

 真っ先に飛びついた虎杖が、おはぎを豪快に頬張る。

 

「うまっっっ!! なんだこれ、食った瞬間に“力”が腹の底から湧いてくる! せいら、さねみさんってプロの料理人なの!?」

 

「すごいよね〜! さねみさん、とっても上手なんだよぉ」

 

 一歩引いていた伏黒も、重箱から漏れ出す尋常ならざる「気」に気づき、静かに歩み寄る。

 

「……これ、すごい密度だ。飾りのない、真っ直ぐな味だな……」

 

 一口食べた伏黒が、感銘を受けたように目を伏せる。その耳が少し赤いのは、味への感動か、目の前のせいらの眩しさゆえか。

 

「ちょっと!! 何この可愛いフォルム! センス良すぎ!!」

 

 釘崎がスマホで「#さねみさんのおはぎ」とタグを打ちながら、せいらを抱き寄せた。

 

「そして、せいらあんた……奥さんで母でOBで、なんでこんなに可愛いのよ。この“ふにゃ〜”って顔、美の暴力でしょ、反則よ……!」

 

 さらに、津美紀が「温かい料理を作る方なんですね」と微笑み、順平が「こんな優しい味、初めてです」と静かに感動を噛みしめる。おはぎを通じて、教室はかつてない温かな充足感に包まれていた。

 

#### ✦ 伏黒の「正気」と、世界の崩壊

 

 最後の一つを口に運び、幸せそうに咀嚼していた伏黒が、ふと正気に戻ったように首を傾げた。

 

「……ところで、せいらさん。今さらですが」

 

「なにー?」

 

「この尋常じゃない“気”を練り込める『さねみ』って人は、一体どこの術師なんです?」

 

 その問いに、せいらはクレープでも食べるような軽さで答えた。

 

「あぁ、いま校庭に作ったゲートを通ってこの世界にやってきた、『鬼滅の刃』の不死川実弥さんだよ!」

 

 ──ピキッ、と教室の空気が凍りついた。

 虎杖はおはぎを喉に詰まらせかけ、釘崎はスマホを床に落とした。

 

「……は?」

 

「だからぁ、さねみさんは柱っていう、とっても強い人たちの一人でね。みんなで遊びに来たんだって! さねみさん、おはぎ作るの得意なんだよ〜」

 

 せいらのあまりに「普通」なトーンに、釘崎の理性がついに決壊した。

 

「ちょっと待って。……普通に世界の垣根、越えないでくれる!?」

 

 絶叫が教室に響き渡る。

 

「ゲート!? 鬼滅!? 本物!? え、あの柱の一人が、今この学園でおはぎ作ったってこと!? どんな超展開よ!!」

 

「そのおはぎはお土産で〜。あと煉獄さんとか、宇髄さんとかー」

 

「ビッグネームじゃないのよ!!」

 

「蜜璃さんとかしのぶさんとかー」

 

「やばいわ悠仁! 早く会いに行かないと!!」

 

 伏黒はこめかみを押さえ、深すぎるため息をついた。

 

「……五条先生が静かだと思ったら、またとんでもない事態を招き入れてるじゃないですか……あの人は本当に……」

 

「これ、あの実弥さんの手作りなんでしょ!? 激レアじゃん!! おかわり!!」

 

「アンタは少しは危機感を持ちなさいよ!!」

 

 驚愕と混乱、そしておはぎの甘い香りが混ざり合い、一年生教室のボルテージは最高潮へ。

 

──

 

 午前中の訓練場。

 宙を舞う呪骸の破片が砂埃と共に静まり、真希が竹刀を肩に担いで額の汗を拭っている。木陰では棘が静かにおにぎりを頬張り、乙骨は寄り添う里香と穏やかに言葉を交わしていた。

 そこへ、場違いなほど軽やかな足音が近づいてくる。

 

「みんなー! おはぎ持ってきたよ〜! さねみさんが作ってくれたの〜!」

 

 せいらが重箱を抱えて現れた瞬間、張り詰めていた訓練場の空気は、まるで魔法にかかったように甘く、柔らかなものへと塗り替えられた。

 

#### ✦ 特級と二級、それぞれの「鑑定」

 

「……明太子?」

 

 棘は手に持っていたおにぎりを一旦置き、吸い寄せられるようにせいらの元へ歩み寄った。一口食べた瞬間、棘の丸い瞳が大きく見開かれる。

 

「……明太子……しゃけ、ツナマヨ……!!」

(=美味い、美味すぎる、語彙が足りない……!)

 

「おい、せいら。なんだその包み……っておはぎかよ」

 

 真希もひとつ受け取って口に運ぶと、その表情が瞬時に和らいだ。

 

「……うま。これ、米の炊き方からアンコの練り方まで、一切の迷いがねぇな。……これを作った『さねみ』って奴、相当な修羅場を潜ってやがるだろ」

 

 武器の扱いに通じる「練度」を、真希はその味から瞬時に感じ取っていた。

 

「ありがとうございます。……わぁ、これ……“優しい気”が入ってますね」

 

 乙骨も嬉しそうに微笑む。そこへ、背後から華やかな気配が飛び出してきた。

 

「ちょっとぉ! せいら!! 会いたかったぁ〜!」

 

 里香が、女子高生のような高いテンションでせいらに飛びつく。

 

「里香、せいらにずっと会いたかったんだよ! あの頃みたいに、また女子トークしよ! そよかさんの三角関係の話とか、また聞かせてよぉ!」

 

「りかちゃーん! えへへ、私も会いたかったよぉ。さねみさんのおはぎ、食べる?」

 

「食べる食べる! せいらが持ってきたものなら絶対おいしいもん! 憂太、はい、あーん!」

 

 里香はせいらの手をぎゅっと握り、二人は領域での5年間を埋めるかのようにキャッキャと盛り上がり始めた。その親密な様子に、乙骨が少しだけ慌てながら声をかける。

 

「り、里香ちゃん。せいらさん重箱持ってるから、あんまり揺らすと危ないよ。……でも本当に、このおはぎ……何か、僕たちの知らない『理』で出来ているような気がする」

 

#### ✦ 越境する「柱」と、二年生の動揺

 

 おはぎの余韻に浸りつつ、乙骨の目は次第に鋭さを増していった。特級術師としての直感が、その味の背後に潜む「尋常ならざる存在」を捉え始めていた。

 

「……あの、せいらさん。このおはぎを作った『さねみさん』……。呪力ではないけれど、魂を極限まで削り出したような、鋭利な“意志”を感じるんです。その人は、今どこに?」

 

 せいらはニコニコと、散歩の予定でも話すような気楽さで答えた。

 

「あぁ、いまさっき校庭に作ったゲートを通ってこの世界にやってきた、『鬼滅の刃』の不死川実弥さんだよ!」

 

 訓練場に、乾いた風が吹き抜けた。

 真希は持っていた竹刀を落とし、合流したパンダはおはぎを喉に詰まらせ、乙骨は……あまりの衝撃に、展開しかけた呪力の波形が乱れた。

 

「……は?」

 

 真希が、低く絞り出すような声を出した。

 

「……おい。今なんて言った? 誰が来たって?」

 

「だからぁ、さねみさんは鬼殺隊の柱っていう、とっても強い人たちの一人でね。わたしのお師匠様や煉獄さんたちと一緒に遊びに来たんだよ〜。さねみさん、おはぎ作るの得意なんだよ〜」

 

 せいらのあまりに「普通」なトーンに、乙骨はこめかみを指で押さえて、天を仰いだ。

 

「ゲート……別世界……。いや、あの。普通に世界の垣根、越えないでくださいよ……! 道理で、僕たちの知らない『呼吸』のエネルギーが混ざってるわけだ……五条先生、何を考えてるんですか……!」

 

「柱!? 鬼滅!? 本物かよ! ぬいぐるみとかじゃない方のパンダか!?」

 

 意味不明な混乱に陥るパンダ。棘は「いくら……(=なんてこった)」と頭を抱える。

 

「えーっ! 別世界の人なの!? すごーい、せいらってお友達の幅広すぎ! ねぇ、その蜜璃さんとかしのぶさんも来てる!? 里香、一緒に買い物とか行きたい!」

 

 一人だけ「異世界の強者」を「新しい友達」としてポジティブに楽しんでいる里香の明るさに、乙骨も「……まぁ、里香ちゃんが楽しそうなら……いいのかな……?」と、毒気を抜かれたように苦笑いするしかなかった。

 

「他にもみんな来てるから、後でご挨拶しに行こーね!」

 

 せいらが満面の笑みで答えると、訓練場は再び穏やかな団欒の場へと戻っていった──。

 

おしまい




ここまでご覧いただきありがとうございました。
それではまた来週!

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。次は50になると落陽編のあとがきではない何かが公開されますよ。

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