【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟/煉獄杏寿郎】
世界を越えて、悲劇に抗った後の物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。

エンディング後のお遊び編です。


115遊興編 5・6:★とろける湯気と、因縁の食べ歩き

●5

 

 店に入った瞬間、渋谷の喧騒がふっと遠のき、濃厚なチーズの香りが空気の層を変えるように広がっていた。

 鼻先にまとわりつくその匂いは、思っていた以上に店の奥深くまで染み込んでいる。

 

 木目のテーブルに、ぐつぐつと音を立てる小鍋。淡い湯気の向こうで、杏寿郎が興味深そうに身を乗り出している。

 

「これは……実に香りが強いな。牛乳由来とは聞いていたが、ここまでとは!」

 杏寿郎は湯気の向こうに立ちのぼる香りを、まるで新たな敵の気配を読むように確かめていた。

「昼食としては、やや重い部類ですね」

 

 向かいで七海が淡々とそう言いながらも、フォークはすでにパンを刺している。

 

 ユリは二人の様子を眺めながら、小さく笑った。

 その笑みには、異世界の文化に触れていく様子を静かに楽しむ、どこか母親めいた温度があった。

 

 現代の街、渋谷と原宿の境目。

 この店にいると、時代の違いなんて曖昧になる。

 

 そのとき、入口のドアが開いた。

 

 一瞬、店内の空気が揺れる。

 

 数が多い。

 それだけで、視線が集まる。

 

「お、もう始まってる?」

 

 悟が足を踏み入れた瞬間、店内の空気がわずかに張りつめた。

 呪力を知らない客でさえ、理由のわからない“存在感の濃さ”に思わず顔を上げる。

 それでも悟本人は、いつもの調子で手を振っていた。

 

 軽い声と一緒に現れた五条悟を先頭に、後ろから次々と人影が続く。

 

「なかなか派手だな、この店!」

「わぁ……いい香り!」

 

 宇髄の声と、蜜璃の弾んだ感嘆が重なった。

 

 そよかは店の照明に溶け込むような装いで、自然に一歩前に出る。

 柱たちの視線と店員の戸惑いが交差する前に、その間に立つ位置を選ぶ。

 気づけば、誰よりも早く“場の緩衝材”になっていた。ごく自然に店員と柱たちの間へ身体を滑り込ませる。

 その動きは、誰に促されたわけでもないのに、いつもそよかが一番にやってしまうものだった。

 

 せいらはその隣で、少しだけ周囲を見回してから、静かに席へ向かった。

 

「遅れてすみません」

 胡蝶しのぶは微笑みながら言い、空いた椅子に腰を下ろす。

 不死川は鼻を鳴らしつつも、「匂いは悪くねぇな」と短く呟いた。

 

「へぇ、今日のランチはチーズフォンデュか」

 夏油は悟の様子を横目で見ながら、穏やかに鍋を覗き込む。

 

 七海は鍋の湯気越しに、

 来訪者たちの立ち姿を一瞥した。

 呪力はないのに、どの人物も“隙”がない。

 動きの無駄がなく、立ち姿だけで鍛錬の積み重ねが読み取れる。

 その事実が、逆に異様だった。

 理由はわからないが、こうした“身体の情報”だけは昔から無意識に拾ってしまう。

 

 パンが沈められるたび、白いチーズがゆっくりと絡みつく。

 

「とろとろ〜!」

 蜜璃が嬉しそうに声を上げる。

 

「限界までいけるか試したくならない?」

 悟はそう言って、パンを必要以上に鍋の底へ沈めた。

 

 悟はふと、そよかの方へ視線を流した。

 彼女が、みんなの皿にそっとパンを置く仕草を見て、目隠しの奥でわずかに目を細める。

(──そういうところ、好きなんだよな)

 そんな言葉が喉まで出かかったが、飲み込んだ。

 

「あなたは何を競っているんですか……」

 七海のため息に、杏寿郎が朗らかに頷く。

「味わうことが肝要だな! ……なるほど、これは確かに満足感がある」

 

 杏寿郎はチーズを口に含んだ瞬間、

 目を見開いた。

「……うむ! これは……!

素材の旨味を余すことなく引き出している!」

 まるで戦場で技を見抜く時のような真剣さだった。

「うまいっ!!」

 舌に触れた瞬間、熱と香りが一気に広がり、まるで技の軌跡を読むように味の層が立ち上がる。

 

 ユリは少し食べるとフォークを置き、皆の様子を眺める。

 賑やかで、少し騒がしくて、それでも不思議と落ち着く時間。

 

「私はこれくらいで十分です。後で、甘いものを少し見られれば。サラダをもう少しだけいただけますか?」

 しのぶはほんの一口だけ口に運び、満足そうに微笑んだ。

 

「原宿の甘味とやらは、話を聞いてから気になっていたんです。毒の研究にも──いえ、単に楽しみで」

 甘味の成分を分析する癖が抜けないのか、しのぶの視線は無意識に手作りの旅のしおりへ向かっていた。

 口元にそっと手を添えたしのぶの瞳が、ほんのわずかに弾む。

 

「次は竹下通りのクレープです!」

 誰かがそう言うと、場の空気が一段明るくなる。

 

「派手な甘味になりそうだな!」

「私は基本見る専門で」

「美味しいソフトクリームもありますよ」

「いちご飴のお店とかも!!」

 

 笑い声が重なり、チーズの鍋は静かに役目を終えつつあった。

 

 次の目的地は、もう決まっている。

 

 原宿の街へ。

 甘い匂いのする方へ。

 

 外の光が差し込み、

 それぞれの影がテーブルに重なった。

 

 外の光が差し込み、テーブルに重なる影がゆっくりと揺れる。

 鍋を囲むという、ただそれだけの行為が、世界の境界を一時的に溶かしていた。

 このひとときだけは、立場も時代も関係なく、同じ食卓を囲む仲間だった。

 

 

●6

 

 チーズの余韻がまだ残る通りを抜けながら、せいらはお腹を押さえて小さく声を上げた。

「ふにゃあ? みつりさん、さっきすごく食べてたね。だいじょうぶ?」

「えぇ!! まだまだ食べられるわ!!」

 即答だった。

 迷いも、遠慮もない。

「すごーい!! わたしも食べるーー!!」

 せいらは両腕をぶんぶん振って、すでに竹下通りの方向を見ている。

「……せいら」

 その背中に、少しだけ低い声がかかった。

 夏油傑が歩調を緩め、穏やかな目でせいらを見る。

「君はね、自分が“いつもどれくらい食べているか”を、意識したほうがいい」

「えー?」

「“食べられる”と“食べていい”は、別の話だからね」

 諭すような口調なのに、どこか慣れた響きだった。

 その落ち着きは、せいらの食べ方を何度も見守ってきた者ならではのものだ。

 せいらは一瞬きょとんとしたあと、素直に頷く。

「はーい」

 その様子を横目で見ながら、悟が軽く手を挙げた。

「じゃ、僕と傑はちょっと抜けまーす」

「私は仕事で」

「僕は任務〜。すぐ戻るよ」

 

「せいら、夜は私が"すー"を迎えに行って、一緒にホテルに向かうから、待っていてね」

「はーい! いってらっしゃーい!」

「すーぐ帰ってくるからねー。そよか」

 目隠しをずらしてウインクする悟。

 

 ひらひらと手を振って、人混みの向こうへ消えていく二人。

 

 ──

 

 竹下通りは、相変わらず人で溢れていた。

 甘い匂いと、写真を撮る人の波と、どこからともなく響く甲高い笑い声。

 休日特有の浮ついた空気が、通り全体を包んでいた。

 

「こっちこっちー!」

 人混みの向こうから、やたら通る声がした。

 虎杖悠仁が両手を大きく振っている。

 その隣には腕を組んだ釘崎野薔薇、少し距離を取りながら周囲を警戒する伏黒恵。

 さらに後ろに、伏黒津美紀と吉野順平の姿も見えた。虎杖悠仁の姿に似た両目宿儺と、女子高生風の格好をした裏梅も。

 

「あ、いたいた。おーい! みんなー!」

 せいらがぱっと笑顔になる。

「無事に合流できたわね」

 そよかがそう言うと、せいらも足を止めた。

 

「遅かったじゃん!」

 釘崎が近づいてくるなり言う。

「ごめんごめん! チーズが美味しすぎてさー!」

 せいらがにこにこ謝りながら、簡単に全員を紹介していった。

 

「煉獄さん……」

 虎杖悠仁が真剣な眼差しで、煉獄杏寿郎を見つめる。「うむ」と力強く頷く様子に、悠仁の表情はパァと明るくなった。

 両目宿儺はユリの視線から逃れるように顔を背ける。それを見逃さず、ユリはほんの一瞬だけ目を細めた。

「……相変わらずね」

「何のことだ」

 低く返される声に、裏梅はわずかに肩をすくめる。

 

「宿儺も来てくれたんだ」

 虎杖が気にする様子もなく言うと、

「原宿だからな」

 宿儺はぶっきらぼうに答えた。

「甘い匂いが強すぎるが……」

 一拍置いて、視線をクレープ屋の看板にやる。

「悪くはない」

 

「え、すくなも甘いの食べるの?」

 せいらが目を丸くする。

「たまに、な」

「たまに!?」

 釘崎が即座に噛みついた。

「そこ強調するとこ!?」

 そのやり取りを、煉獄は腕を組んだまま朗らかに眺めていた。

「はっはっは! 食というものは心を繋ぐ! 良い街だな、ここは!」

「そうですよね!」

 蜜璃が勢いよく頷く。

「次はクレープですよね!? すごいわ! 沢山種類があるのね! 迷っちゃう!!」

 

 七海は人混みの流れを一度見渡し、静かに言った。

「……甘露寺さん。食べ歩きは計画的にお願いします」

「えぇ!? まだ始まったばかりなのに!!」

 

「ほらほら」

 そよかが軽く手を叩き、人の流れを横目で確認する。

「ここで立ち止まってると、人に飲み込まれるわよ」

「そ、そうだった!」

 せいらが慌てて一歩前に出る。

 

「じゃあ、まずはクレープ!」

 虎杖が指をさす。

「この先、並んでるけど回転早いから!」

 

「決まりだな!」

 煉獄が大きく頷く。

 

 甘い匂いと人の熱気の中、

 一行は自然と同じ方向へ歩き出した。

 

 立場も、過去も、因縁もひとまず置いて、

 今はただ「一緒に食べる」という目的だけが、全員を同じ流れに乗せていた。

 甘い匂いのする方へ歩くその背中は、どれも不思議と軽かった。

 

ED:Aimer『残響散歌』

 

──

 

●遊興編おまけ②・竹下通り甘味回想録

 

 列がゆっくり進むたび、甘い匂いが風に乗って流れてくる。

 そのたびに、虎杖悠仁と宿儺(虎杖似ボディ)が同時に鼻をひくつかせた。

 

「……なぁ、宿儺。お前、さっき何食べてたんだよ」

 

 虎杖が横目で問いかけると、宿儺は当然のように顎を上げた。

 

「“キャラメルバナナ生クリーム増し”だ。

 あれは良い。甘味の層が明確で、噛むたびに支配欲を刺激する」

 

「支配欲いらねぇだろ……」

 

 虎杖が呆れた声を出すと、釘崎がすかさず割り込む。

 

「てかアンタ、さっき“苺チョコホイップ”も食べてたじゃん。

 あれはどうなのよ」

 

「悪くない。

 苺の酸味が、弱き者の──」

 

「そういう例えやめろ……」

 

 伏黒が即座に止める。

 宿儺はつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

 その後ろで、女子高生姿の裏梅が両手を胸の前で組む。

 

「宿儺様……甘味の哲学……深い……。

 “層が明確”……なんて的確な表現……」

 

「裏梅さん、落ち着いて」

 

 津美紀が苦笑しながら肩に手を置くと、裏梅は一瞬だけ赤面した。

 

---

 

✦ 順平、静かに語る

 

「僕は……前に“ブルーベリーチーズ”食べたんだけどさ」

 

 順平がぽつりと話し始めると、虎杖が嬉しそうに振り向いた。

 

「お、順平も甘いの好きなんだ!」

 

「うん。あれ、ちょっと酸っぱくて……

 でも、その酸っぱさが“あ、今日まだ大丈夫だな”って思わせてくれる感じで」

 

 宿儺が興味深そうに目を細める。

 

「酸味を肯定するとは珍しいな。

 弱き者ほど甘味に逃げるものだが」

 

「褒めてるのかそれ……?」

 

 順平が困ったように笑うと、虎杖が肩を叩いた。

 

「大丈夫大丈夫、宿儺の言葉は全部“宿儺語訳”しないと伝わらないから!」

 

「貴様、誰の言葉が伝わらぬと言った?」

 

「ほらほら、ケンカしないの!」

 

 釘崎が二人の間に手を突っ込む。

 

---

 

✦ せいら、目を輝かせる

 

「ねぇねぇ! みんなはどれが一番好きかな!?」

 

 せいらが両手を胸の前でぱたぱたさせると、

 宿儺がなぜか真剣な顔で答えた。

 

「“ティラミス生クリーム増し”だ。

 苦味と甘味の均衡が良い。

 あれは……支配する価値がある」

 

「「「支配すんなよ!!」」」

 

 虎杖と伏黒と釘崎が同時に叫んだ。

 

 裏梅は震えながら頬を染める。

 

「宿儺様……まさに甘味の王……。

 その均衡を見抜くお目……尊い……」

 

「裏梅さん、ほんとに落ち着いて……」

 

 津美紀が再び肩を押さえる。

 

---

 

✦ 煉獄・蜜璃・七海も巻き込まれる

 

「私は“抹茶ホイップ”が気になるわ!!

 ほろ苦いのに甘いなんて、最高じゃない!!」

 

 蜜璃が両手を握りしめると、煉獄が朗らかに頷いた。

 

「うむ! 甘味の奥に潜む苦味は、人生そのものだ!!」

 

「……甘露寺さん、煉獄さん。

 食べ歩きはくれぐれも計画的にお願いします」

 

 七海が静かに言うと、二人は同時に「はーい!(うむ!)」と返事した。

 

---

 

✦ 宿儺、過去のクレープ遍歴を語り始める

 

 列がまた一歩進んだところで、

 宿儺がふいに遠くを見るような目をした。

 

「……そういえば」

 

 虎杖が首をかしげる。

 

「ん? どうしたんだよ急に」

 

「我は。

 この街に来るたび、必ず“試す”と決めているものがある」

 

「試す……?」

 

 伏黒が警戒するように眉を寄せる。

 

「甘味だ」

 

 宿儺は静かに言った。

 まるで千年の歴史を語る仙人みたいな口調で。

 

「まず最初に食したのは──“シュガーバター”。

 あれは良い。

 余計な装飾がない分、生地そのものの力が露わになる。

 焼きたての香りが鼻腔を支配し、

 噛めば噛むほど、粉とバターの旨味が……」

 

「いや語り方が職人なんよ」

 

 虎杖がツッコむ。

 

 宿儺は気にせず続けた。

 

「次に食したのは“チョコバナナ”。

 あれは……暴力的だ。

 甘味の奔流、バナナの濃厚な主張、

 そこにチョコが覆いかぶさる。

 まるで三つ巴の戦場だ」

 

「戦場にすんなよ」

 

 釘崎が呆れた声を出す。

 

「“カスタードホイップ”は悪くない。

 あれは優しい。

 弱き者を包み込むような甘味だ。

 ……だが、油断すると一瞬で飽きる。

 甘味とは、時に“油断”を誘うものだ」

 

「言い方ァ!!」

 

 虎杖が頭を抱える。

 

 裏梅は震えながら聞き入っていた。

 

「宿儺様……甘味の遍歴……尊い……。

 “弱き者を包み込む”……なんて慈悲深い……」

 

「裏梅さん、ほんとに落ち着いて……」

 

 津美紀がまた肩を押さえる。

 

 宿儺はさらに続けた。

 

「“クッキー&クリームアイス”は……冷たさが良い。

 甘味の中に潜む微細な苦味が、

 舌に“生”を思い出させる」

 

「生を思い出させるクレープって何……?」

 

 順平が困惑する。

 

「“モンブラン”は……ふむ。

 あれは秋の味だ。

 栗の甘味が静かに広がり、

 食べ終わったあとに残る余韻が長い。

 ……まるで長い戦の後の静寂だ」

 

「だから戦に例えるなって!!」

 

 虎杖と伏黒と釘崎が同時に叫んだ。

 

 宿儺は、まだ語り足りないというように喉を鳴らした。

 

「……ふむ。

 “キャラメルナッツ”も悪くなかったな」

 

「まだ続くの!?」

 釘崎が素で驚く。

 

「ナッツの香ばしさが甘味の奔流を引き締める。

 あれは……戦場における“副将”だ」

 

「また戦場に例えてる!!」

 

 虎杖が頭を抱えると、宿儺は不満げに眉をひそめた。

 

「では“ストロベリーレアチーズ”はどうだ。

 あれは……静かに刺す甘味だ。

 油断していると、心臓を掴まれる」

 

「甘味で心臓掴まれたくないな……」

 

 伏黒が真顔でツッコむ。

 

 裏梅は震えながら、両手を胸の前でぎゅっと握った。

 

「宿儺様……甘味の比喩……深すぎて……

 理解が追いつきません……でも尊い……」

 

 裏梅はスマホを取り出し、今の宿儺の言葉をメモし始めた。

 

「裏梅さん、ほんとに落ち着いて……」

 

 津美紀がまた肩を押さえる。

 

 宿儺はさらに続けた。

 

「“黒蜜きなこ”は……あれこそ和の暴君。

 静かに広がり、後からじわりと支配してくる。

 ……あれは侮れん」

 

「支配しないってば!!」

 

 虎杖と釘崎が同時に叫ぶ。

 

「“オレオバナナ”は……ふむ。

 あれは混沌だ。

 甘味、苦味、食感……全てが主張し合い、

 最後に残るのは“勝者なき戦場”だ」

 

「だから戦場にすんなって言ってんだろ!!」

 

 伏黒がついに声を荒げた。

 

 宿儺は満足げに腕を組む。

 

「甘味とは奥深い。

 食せば食すほど、世界が広がる。

 ……この街は、

 次に征服すべきものが、まだ無数にある」

 

 虎杖が苦笑しながら肩をすくめる。

 

「なんか……兄ちゃんみたいだな、宿儺」

 虎杖は耳の後ろをかきながら、どこか嬉しそうに笑う。

 

「誰が兄だ。

 貴様のような騒がしい弟など──」

 

 宿儺は言いかけて、ふっと口を閉じた。

 

「……まぁ、悪くはない」

 

 その一言に虎杖は一瞬だけ目を丸くし、それから照れたように笑った。

 

「え、今なんて?」

 

「聞こえなかったならそれでいい」

 

 宿儺はそっぽを向いたが、

 その横顔はどこか機嫌が良さそうだった。

 

---

 

✦ 伏黒恵と津美紀の“半分こ”

 

 その少し後ろで、伏黒恵と津美紀が並んで歩いていた。

 人混みのざわめきの中でも、二人の声はどこか落ち着いている。

 

「恵、どうする? クレープ。

 甘いの、食べたいんじゃない?」

 

 津美紀が柔らかく問いかけると、

 恵はわずかに視線をそらした。

 

「……別に。

 食べたいとかじゃなくて、

 せっかくだから、まぁ……」

 

「ふふ。じゃあ半分こしよっか」

 

 津美紀が微笑むと、恵は一瞬だけ固まった。

 

「……半分こ?」

 

「うん。

 恵、一人で全部食べると途中で飽きちゃうでしょ。

 でも“ちょっとだけ甘いの”は好きだから」

 

 恵は小さく息をついた。

 

「……覚えてんのか、そういうの」

 

「覚えてるよ。

 だって、ずっと一緒にいたんだもん」

 

 津美紀の言葉に、恵はほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「……じゃあ、半分こで」

 

「うん。楽しみだね」

 

 兄妹の静かなやり取りは、

 騒がしい竹下通りの中で、

 ひときわ優しい空気をまとっていた。

 

 虎杖は後ろを振り返り、兄妹のやり取りを見てふっと笑った。

 

「なんか、いいよな」

 

「貴様も半分だけ食いたいのか? 酔狂な奴だ」

 

「ちげーし!!」

 

---

 

✦ せいら、目を輝かせる

 

 せいらは宿儺の長い甘味語りを、きらきらした目でずっと聞いていた。

 

「すっくん、いっぱい食べてるんだね!!」

 

「……誰がすっくんだ」

 宿儺がわずかに眉をひそめる。

 

「すごーい!!」

 

 せいらが純粋な目で見上げると、

 宿儺は一瞬だけ言葉を止めた。

 

「……まぁな」

 

 その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。

 

「甘味は……食せば、心が静まる時もある」

 

 ほんのわずかに宿儺は視線を落とした。

 

 虎杖がにやっと笑う。

 

「へぇ〜〜、宿儺にもそんな時あるんだ?」

 

「黙れ。

 貴様のような騒がしい器では分からぬ感覚だ」

 

「いや俺の身体じゃねぇし今!!」

 

 周囲が笑いに包まれる。

 

---

 

✦ 行列は進み、甘い匂いが濃くなる

 

 宿儺の“甘味回想録”は、

 なぜか全員の緊張をふっと緩ませていた。

 

 立場も、過去も、因縁も、

 この瞬間だけは全部どこかに置いてきたようだった。

 

 甘い匂いに誘われるように、笑い声がひとつ、またひとつ重なっていく。

 

 ただ、

 「次にどのクレープを食べるか」

 それだけが、全員の足並みを揃えていた。

 

 彼らの笑い声は、竹下通りの喧騒に溶けていった。

 

おしまい




ここまでご覧いただきありがとうございました。

気まぐれサイレントおまけ追加しました。

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
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