【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗った後の物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
エンディング後のお遊び編です。
●5
店に入った瞬間、渋谷の喧騒がふっと遠のき、濃厚なチーズの香りが空気の層を変えるように広がっていた。
鼻先にまとわりつくその匂いは、思っていた以上に店の奥深くまで染み込んでいる。
木目のテーブルに、ぐつぐつと音を立てる小鍋。淡い湯気の向こうで、杏寿郎が興味深そうに身を乗り出している。
「これは……実に香りが強いな。牛乳由来とは聞いていたが、ここまでとは!」
杏寿郎は湯気の向こうに立ちのぼる香りを、まるで新たな敵の気配を読むように確かめていた。
「昼食としては、やや重い部類ですね」
向かいで七海が淡々とそう言いながらも、フォークはすでにパンを刺している。
ユリは二人の様子を眺めながら、小さく笑った。
その笑みには、異世界の文化に触れていく様子を静かに楽しむ、どこか母親めいた温度があった。
現代の街、渋谷と原宿の境目。
この店にいると、時代の違いなんて曖昧になる。
そのとき、入口のドアが開いた。
一瞬、店内の空気が揺れる。
数が多い。
それだけで、視線が集まる。
「お、もう始まってる?」
悟が足を踏み入れた瞬間、店内の空気がわずかに張りつめた。
呪力を知らない客でさえ、理由のわからない“存在感の濃さ”に思わず顔を上げる。
それでも悟本人は、いつもの調子で手を振っていた。
軽い声と一緒に現れた五条悟を先頭に、後ろから次々と人影が続く。
「なかなか派手だな、この店!」
「わぁ……いい香り!」
宇髄の声と、蜜璃の弾んだ感嘆が重なった。
そよかは店の照明に溶け込むような装いで、自然に一歩前に出る。
柱たちの視線と店員の戸惑いが交差する前に、その間に立つ位置を選ぶ。
気づけば、誰よりも早く“場の緩衝材”になっていた。ごく自然に店員と柱たちの間へ身体を滑り込ませる。
その動きは、誰に促されたわけでもないのに、いつもそよかが一番にやってしまうものだった。
せいらはその隣で、少しだけ周囲を見回してから、静かに席へ向かった。
「遅れてすみません」
胡蝶しのぶは微笑みながら言い、空いた椅子に腰を下ろす。
不死川は鼻を鳴らしつつも、「匂いは悪くねぇな」と短く呟いた。
「へぇ、今日のランチはチーズフォンデュか」
夏油は悟の様子を横目で見ながら、穏やかに鍋を覗き込む。
七海は鍋の湯気越しに、
来訪者たちの立ち姿を一瞥した。
呪力はないのに、どの人物も“隙”がない。
動きの無駄がなく、立ち姿だけで鍛錬の積み重ねが読み取れる。
その事実が、逆に異様だった。
理由はわからないが、こうした“身体の情報”だけは昔から無意識に拾ってしまう。
パンが沈められるたび、白いチーズがゆっくりと絡みつく。
「とろとろ〜!」
蜜璃が嬉しそうに声を上げる。
「限界までいけるか試したくならない?」
悟はそう言って、パンを必要以上に鍋の底へ沈めた。
悟はふと、そよかの方へ視線を流した。
彼女が、みんなの皿にそっとパンを置く仕草を見て、目隠しの奥でわずかに目を細める。
(──そういうところ、好きなんだよな)
そんな言葉が喉まで出かかったが、飲み込んだ。
「あなたは何を競っているんですか……」
七海のため息に、杏寿郎が朗らかに頷く。
「味わうことが肝要だな! ……なるほど、これは確かに満足感がある」
杏寿郎はチーズを口に含んだ瞬間、
目を見開いた。
「……うむ! これは……!
素材の旨味を余すことなく引き出している!」
まるで戦場で技を見抜く時のような真剣さだった。
「うまいっ!!」
舌に触れた瞬間、熱と香りが一気に広がり、まるで技の軌跡を読むように味の層が立ち上がる。
ユリは少し食べるとフォークを置き、皆の様子を眺める。
賑やかで、少し騒がしくて、それでも不思議と落ち着く時間。
「私はこれくらいで十分です。後で、甘いものを少し見られれば。サラダをもう少しだけいただけますか?」
しのぶはほんの一口だけ口に運び、満足そうに微笑んだ。
「原宿の甘味とやらは、話を聞いてから気になっていたんです。毒の研究にも──いえ、単に楽しみで」
甘味の成分を分析する癖が抜けないのか、しのぶの視線は無意識に手作りの旅のしおりへ向かっていた。
口元にそっと手を添えたしのぶの瞳が、ほんのわずかに弾む。
「次は竹下通りのクレープです!」
誰かがそう言うと、場の空気が一段明るくなる。
「派手な甘味になりそうだな!」
「私は基本見る専門で」
「美味しいソフトクリームもありますよ」
「いちご飴のお店とかも!!」
笑い声が重なり、チーズの鍋は静かに役目を終えつつあった。
次の目的地は、もう決まっている。
原宿の街へ。
甘い匂いのする方へ。
外の光が差し込み、
それぞれの影がテーブルに重なった。
外の光が差し込み、テーブルに重なる影がゆっくりと揺れる。
鍋を囲むという、ただそれだけの行為が、世界の境界を一時的に溶かしていた。
このひとときだけは、立場も時代も関係なく、同じ食卓を囲む仲間だった。
●6
チーズの余韻がまだ残る通りを抜けながら、せいらはお腹を押さえて小さく声を上げた。
「ふにゃあ? みつりさん、さっきすごく食べてたね。だいじょうぶ?」
「えぇ!! まだまだ食べられるわ!!」
即答だった。
迷いも、遠慮もない。
「すごーい!! わたしも食べるーー!!」
せいらは両腕をぶんぶん振って、すでに竹下通りの方向を見ている。
「……せいら」
その背中に、少しだけ低い声がかかった。
夏油傑が歩調を緩め、穏やかな目でせいらを見る。
「君はね、自分が“いつもどれくらい食べているか”を、意識したほうがいい」
「えー?」
「“食べられる”と“食べていい”は、別の話だからね」
諭すような口調なのに、どこか慣れた響きだった。
その落ち着きは、せいらの食べ方を何度も見守ってきた者ならではのものだ。
せいらは一瞬きょとんとしたあと、素直に頷く。
「はーい」
その様子を横目で見ながら、悟が軽く手を挙げた。
「じゃ、僕と傑はちょっと抜けまーす」
「私は仕事で」
「僕は任務〜。すぐ戻るよ」
「せいら、夜は私が"すー"を迎えに行って、一緒にホテルに向かうから、待っていてね」
「はーい! いってらっしゃーい!」
「すーぐ帰ってくるからねー。そよか」
目隠しをずらしてウインクする悟。
ひらひらと手を振って、人混みの向こうへ消えていく二人。
──
竹下通りは、相変わらず人で溢れていた。
甘い匂いと、写真を撮る人の波と、どこからともなく響く甲高い笑い声。
休日特有の浮ついた空気が、通り全体を包んでいた。
「こっちこっちー!」
人混みの向こうから、やたら通る声がした。
虎杖悠仁が両手を大きく振っている。
その隣には腕を組んだ釘崎野薔薇、少し距離を取りながら周囲を警戒する伏黒恵。
さらに後ろに、伏黒津美紀と吉野順平の姿も見えた。虎杖悠仁の姿に似た両目宿儺と、女子高生風の格好をした裏梅も。
「あ、いたいた。おーい! みんなー!」
せいらがぱっと笑顔になる。
「無事に合流できたわね」
そよかがそう言うと、せいらも足を止めた。
「遅かったじゃん!」
釘崎が近づいてくるなり言う。
「ごめんごめん! チーズが美味しすぎてさー!」
せいらがにこにこ謝りながら、簡単に全員を紹介していった。
「煉獄さん……」
虎杖悠仁が真剣な眼差しで、煉獄杏寿郎を見つめる。「うむ」と力強く頷く様子に、悠仁の表情はパァと明るくなった。
両目宿儺はユリの視線から逃れるように顔を背ける。それを見逃さず、ユリはほんの一瞬だけ目を細めた。
「……相変わらずね」
「何のことだ」
低く返される声に、裏梅はわずかに肩をすくめる。
「宿儺も来てくれたんだ」
虎杖が気にする様子もなく言うと、
「原宿だからな」
宿儺はぶっきらぼうに答えた。
「甘い匂いが強すぎるが……」
一拍置いて、視線をクレープ屋の看板にやる。
「悪くはない」
「え、すくなも甘いの食べるの?」
せいらが目を丸くする。
「たまに、な」
「たまに!?」
釘崎が即座に噛みついた。
「そこ強調するとこ!?」
そのやり取りを、煉獄は腕を組んだまま朗らかに眺めていた。
「はっはっは! 食というものは心を繋ぐ! 良い街だな、ここは!」
「そうですよね!」
蜜璃が勢いよく頷く。
「次はクレープですよね!? すごいわ! 沢山種類があるのね! 迷っちゃう!!」
七海は人混みの流れを一度見渡し、静かに言った。
「……甘露寺さん。食べ歩きは計画的にお願いします」
「えぇ!? まだ始まったばかりなのに!!」
「ほらほら」
そよかが軽く手を叩き、人の流れを横目で確認する。
「ここで立ち止まってると、人に飲み込まれるわよ」
「そ、そうだった!」
せいらが慌てて一歩前に出る。
「じゃあ、まずはクレープ!」
虎杖が指をさす。
「この先、並んでるけど回転早いから!」
「決まりだな!」
煉獄が大きく頷く。
甘い匂いと人の熱気の中、
一行は自然と同じ方向へ歩き出した。
立場も、過去も、因縁もひとまず置いて、
今はただ「一緒に食べる」という目的だけが、全員を同じ流れに乗せていた。
甘い匂いのする方へ歩くその背中は、どれも不思議と軽かった。
ED:Aimer『残響散歌』
──
●遊興編おまけ②・竹下通り甘味回想録
列がゆっくり進むたび、甘い匂いが風に乗って流れてくる。
そのたびに、虎杖悠仁と宿儺(虎杖似ボディ)が同時に鼻をひくつかせた。
「……なぁ、宿儺。お前、さっき何食べてたんだよ」
虎杖が横目で問いかけると、宿儺は当然のように顎を上げた。
「“キャラメルバナナ生クリーム増し”だ。
あれは良い。甘味の層が明確で、噛むたびに支配欲を刺激する」
「支配欲いらねぇだろ……」
虎杖が呆れた声を出すと、釘崎がすかさず割り込む。
「てかアンタ、さっき“苺チョコホイップ”も食べてたじゃん。
あれはどうなのよ」
「悪くない。
苺の酸味が、弱き者の──」
「そういう例えやめろ……」
伏黒が即座に止める。
宿儺はつまらなそうに鼻を鳴らした。
その後ろで、女子高生姿の裏梅が両手を胸の前で組む。
「宿儺様……甘味の哲学……深い……。
“層が明確”……なんて的確な表現……」
「裏梅さん、落ち着いて」
津美紀が苦笑しながら肩に手を置くと、裏梅は一瞬だけ赤面した。
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✦ 順平、静かに語る
「僕は……前に“ブルーベリーチーズ”食べたんだけどさ」
順平がぽつりと話し始めると、虎杖が嬉しそうに振り向いた。
「お、順平も甘いの好きなんだ!」
「うん。あれ、ちょっと酸っぱくて……
でも、その酸っぱさが“あ、今日まだ大丈夫だな”って思わせてくれる感じで」
宿儺が興味深そうに目を細める。
「酸味を肯定するとは珍しいな。
弱き者ほど甘味に逃げるものだが」
「褒めてるのかそれ……?」
順平が困ったように笑うと、虎杖が肩を叩いた。
「大丈夫大丈夫、宿儺の言葉は全部“宿儺語訳”しないと伝わらないから!」
「貴様、誰の言葉が伝わらぬと言った?」
「ほらほら、ケンカしないの!」
釘崎が二人の間に手を突っ込む。
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✦ せいら、目を輝かせる
「ねぇねぇ! みんなはどれが一番好きかな!?」
せいらが両手を胸の前でぱたぱたさせると、
宿儺がなぜか真剣な顔で答えた。
「“ティラミス生クリーム増し”だ。
苦味と甘味の均衡が良い。
あれは……支配する価値がある」
「「「支配すんなよ!!」」」
虎杖と伏黒と釘崎が同時に叫んだ。
裏梅は震えながら頬を染める。
「宿儺様……まさに甘味の王……。
その均衡を見抜くお目……尊い……」
「裏梅さん、ほんとに落ち着いて……」
津美紀が再び肩を押さえる。
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✦ 煉獄・蜜璃・七海も巻き込まれる
「私は“抹茶ホイップ”が気になるわ!!
ほろ苦いのに甘いなんて、最高じゃない!!」
蜜璃が両手を握りしめると、煉獄が朗らかに頷いた。
「うむ! 甘味の奥に潜む苦味は、人生そのものだ!!」
「……甘露寺さん、煉獄さん。
食べ歩きはくれぐれも計画的にお願いします」
七海が静かに言うと、二人は同時に「はーい!(うむ!)」と返事した。
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✦ 宿儺、過去のクレープ遍歴を語り始める
列がまた一歩進んだところで、
宿儺がふいに遠くを見るような目をした。
「……そういえば」
虎杖が首をかしげる。
「ん? どうしたんだよ急に」
「我は。
この街に来るたび、必ず“試す”と決めているものがある」
「試す……?」
伏黒が警戒するように眉を寄せる。
「甘味だ」
宿儺は静かに言った。
まるで千年の歴史を語る仙人みたいな口調で。
「まず最初に食したのは──“シュガーバター”。
あれは良い。
余計な装飾がない分、生地そのものの力が露わになる。
焼きたての香りが鼻腔を支配し、
噛めば噛むほど、粉とバターの旨味が……」
「いや語り方が職人なんよ」
虎杖がツッコむ。
宿儺は気にせず続けた。
「次に食したのは“チョコバナナ”。
あれは……暴力的だ。
甘味の奔流、バナナの濃厚な主張、
そこにチョコが覆いかぶさる。
まるで三つ巴の戦場だ」
「戦場にすんなよ」
釘崎が呆れた声を出す。
「“カスタードホイップ”は悪くない。
あれは優しい。
弱き者を包み込むような甘味だ。
……だが、油断すると一瞬で飽きる。
甘味とは、時に“油断”を誘うものだ」
「言い方ァ!!」
虎杖が頭を抱える。
裏梅は震えながら聞き入っていた。
「宿儺様……甘味の遍歴……尊い……。
“弱き者を包み込む”……なんて慈悲深い……」
「裏梅さん、ほんとに落ち着いて……」
津美紀がまた肩を押さえる。
宿儺はさらに続けた。
「“クッキー&クリームアイス”は……冷たさが良い。
甘味の中に潜む微細な苦味が、
舌に“生”を思い出させる」
「生を思い出させるクレープって何……?」
順平が困惑する。
「“モンブラン”は……ふむ。
あれは秋の味だ。
栗の甘味が静かに広がり、
食べ終わったあとに残る余韻が長い。
……まるで長い戦の後の静寂だ」
「だから戦に例えるなって!!」
虎杖と伏黒と釘崎が同時に叫んだ。
宿儺は、まだ語り足りないというように喉を鳴らした。
「……ふむ。
“キャラメルナッツ”も悪くなかったな」
「まだ続くの!?」
釘崎が素で驚く。
「ナッツの香ばしさが甘味の奔流を引き締める。
あれは……戦場における“副将”だ」
「また戦場に例えてる!!」
虎杖が頭を抱えると、宿儺は不満げに眉をひそめた。
「では“ストロベリーレアチーズ”はどうだ。
あれは……静かに刺す甘味だ。
油断していると、心臓を掴まれる」
「甘味で心臓掴まれたくないな……」
伏黒が真顔でツッコむ。
裏梅は震えながら、両手を胸の前でぎゅっと握った。
「宿儺様……甘味の比喩……深すぎて……
理解が追いつきません……でも尊い……」
裏梅はスマホを取り出し、今の宿儺の言葉をメモし始めた。
「裏梅さん、ほんとに落ち着いて……」
津美紀がまた肩を押さえる。
宿儺はさらに続けた。
「“黒蜜きなこ”は……あれこそ和の暴君。
静かに広がり、後からじわりと支配してくる。
……あれは侮れん」
「支配しないってば!!」
虎杖と釘崎が同時に叫ぶ。
「“オレオバナナ”は……ふむ。
あれは混沌だ。
甘味、苦味、食感……全てが主張し合い、
最後に残るのは“勝者なき戦場”だ」
「だから戦場にすんなって言ってんだろ!!」
伏黒がついに声を荒げた。
宿儺は満足げに腕を組む。
「甘味とは奥深い。
食せば食すほど、世界が広がる。
……この街は、
次に征服すべきものが、まだ無数にある」
虎杖が苦笑しながら肩をすくめる。
「なんか……兄ちゃんみたいだな、宿儺」
虎杖は耳の後ろをかきながら、どこか嬉しそうに笑う。
「誰が兄だ。
貴様のような騒がしい弟など──」
宿儺は言いかけて、ふっと口を閉じた。
「……まぁ、悪くはない」
その一言に虎杖は一瞬だけ目を丸くし、それから照れたように笑った。
「え、今なんて?」
「聞こえなかったならそれでいい」
宿儺はそっぽを向いたが、
その横顔はどこか機嫌が良さそうだった。
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✦ 伏黒恵と津美紀の“半分こ”
その少し後ろで、伏黒恵と津美紀が並んで歩いていた。
人混みのざわめきの中でも、二人の声はどこか落ち着いている。
「恵、どうする? クレープ。
甘いの、食べたいんじゃない?」
津美紀が柔らかく問いかけると、
恵はわずかに視線をそらした。
「……別に。
食べたいとかじゃなくて、
せっかくだから、まぁ……」
「ふふ。じゃあ半分こしよっか」
津美紀が微笑むと、恵は一瞬だけ固まった。
「……半分こ?」
「うん。
恵、一人で全部食べると途中で飽きちゃうでしょ。
でも“ちょっとだけ甘いの”は好きだから」
恵は小さく息をついた。
「……覚えてんのか、そういうの」
「覚えてるよ。
だって、ずっと一緒にいたんだもん」
津美紀の言葉に、恵はほんの少しだけ口元を緩めた。
「……じゃあ、半分こで」
「うん。楽しみだね」
兄妹の静かなやり取りは、
騒がしい竹下通りの中で、
ひときわ優しい空気をまとっていた。
虎杖は後ろを振り返り、兄妹のやり取りを見てふっと笑った。
「なんか、いいよな」
「貴様も半分だけ食いたいのか? 酔狂な奴だ」
「ちげーし!!」
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✦ せいら、目を輝かせる
せいらは宿儺の長い甘味語りを、きらきらした目でずっと聞いていた。
「すっくん、いっぱい食べてるんだね!!」
「……誰がすっくんだ」
宿儺がわずかに眉をひそめる。
「すごーい!!」
せいらが純粋な目で見上げると、
宿儺は一瞬だけ言葉を止めた。
「……まぁな」
その声は、ほんの少しだけ柔らかかった。
「甘味は……食せば、心が静まる時もある」
ほんのわずかに宿儺は視線を落とした。
虎杖がにやっと笑う。
「へぇ〜〜、宿儺にもそんな時あるんだ?」
「黙れ。
貴様のような騒がしい器では分からぬ感覚だ」
「いや俺の身体じゃねぇし今!!」
周囲が笑いに包まれる。
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✦ 行列は進み、甘い匂いが濃くなる
宿儺の“甘味回想録”は、
なぜか全員の緊張をふっと緩ませていた。
立場も、過去も、因縁も、
この瞬間だけは全部どこかに置いてきたようだった。
甘い匂いに誘われるように、笑い声がひとつ、またひとつ重なっていく。
ただ、
「次にどのクレープを食べるか」
それだけが、全員の足並みを揃えていた。
彼らの笑い声は、竹下通りの喧騒に溶けていった。
おしまい
ここまでご覧いただきありがとうございました。
気まぐれサイレントおまけ追加しました。
お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。