【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗った後の物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
エンディング後のお遊び編です。
⚫︎11
大人たちの足が自然と止まる中、ひとりの小さな影だけが、迷いなく前へ進んだ。
「……あっ」
母親が慌てて手を伸ばすが、届かない。
その小さな影の正体は、悟次郎のコスプレをした子どもだった。
白い目隠しは紙製で、少し曲がっている。
手には、折り紙で作った花。
幼い悟次郎は、その花を胸に抱えたまま、白い存在の前で立ち止まった。
ユリが、ゆっくりと視線を落とす。
その瞬間だけ、空気の密度がふっと緩む。
「あの……これ──」
子どもは、胸の前で花をぎゅっと握りしめたまま見上げる。
ユリは、ほんのわずかに目を細めた。
「いただけるのかしら?」
世界が、その微笑みに合わせて色の階調をひとつ変えた。
「うん!」
差し出した花がまだ畳まれたままなことに気付き、
「──ちょっと待って!」
と慌てて言いかけたその瞬間──
ユリが微笑むと、折り紙の花は自分から花弁を広げてみせた。
「!?」
「ありがとう。嬉しいわ」
少年の手から花を受け取る。
せいらとそよかが、思わず互いの目を見合わせた。
その瞳には、言葉にできない驚きと温かさが同時に宿っていた。
その瞬間、三人の白が重なり合い、柔らかな光の輪が足元に広がった。
「……かわいい」
せいらが小さく呟く。
そよかの呼吸が、ひとつだけ静かに深くなった。
「悟次郎が好きなの?」
「うん! 優しくて強いから! でも──」
言葉の続きが喉の奥でほどけて、子どもは小さく俯いた。
その仕草だけで、悟次郎の行く末を知る者たちは、息をひとつ呑み込むように、表情がわずかに揺れた。
「……大丈夫よ」
「あなたが彼らを強く信じれば、必ず道は開けるわ」
「あなたは本当に……お師匠様?」
ざわめきが、一瞬だけ止まった。
ユリのまなざしが、そっと子どもに焦点を結ぶ。
その動きだけで、空気が柔らかく揺れる。
「さぁ、どうかしら?」
声は、風よりも静かで、光よりも近い。
子どもは、少しだけ考えるように首を傾げた。
「……ぼくは、そうだと思う」
ユリは、ほんのわずかに目を細めた。
その微笑みは、世界の色をひとつ明るくする。
「あなたが信じてくれるなら──」
折り紙の花にそっと触れる。
風もないのに、花の折り目がふわりと揺れた。
「そうかもしれないわ」
子どもの顔がぱぁっと明るくなる。
「やっぱり……!」
その瞬間、周囲の観客が一斉に息を呑んだ。
誰もが“見てはいけない優しさ”を見てしまったような顔をしていた。
悟次郎コスの子どもは、胸の奥からじんわり湧き上がるような喜びを抱えたまま、顔をほころばせていた。
──
「……え、ちょっと待って。僕の……ちっちゃいの……?」
悟が完全に固まる。
「悟、落ち着け。あれは君のミニチュアではない」
「いや無理、可愛い、尊い、死ぬ」
子どもはそんな大人の混乱など気にせず、
ユリに花を渡せたことだけを宝物みたいに抱え込んで、にこにこと笑っていた。
「ちょ、ちょっと待って……悟次郎ちびっ子……尊……っ!!」
前田まるこ、涙目で崩れ落ちる。
●12
前田屋──東ホールの一角にある、前田まるこのスペース。
新刊の山、差し入れのペットボトル、普段は補助監督をしている売り子二名。
その前に、そよかとせいらが並んで立っていた。
「いらっしゃいませー! 新刊ありますー!」
せいらは元気いっぱい。
そよかは、前田の代わりにお釣りの計算を手際よくこなしている。
前田まるこは、椅子に沈み込むように座り、両手でエナドリを抱え込んでいた。指先が少し震えていて、缶の表面に残った結露がぽたぽたと落ちている。
目の下のクマは、もはやメイクのように定着している。
「……前田さん、少し休んでていいですよ」
「だ、大丈夫です……! 私は……スケブも描かなきゃ……」
声だけは強気だが、手元のペンはぷるぷる震えていた。
「……全員ここにいるには、ちと狭ぇな」
宇髄が周囲を一巡し、低く呟いた。
前田屋の前は、ただでさえ人の流れが激しい。そこに柱と呪術師が固まれば、通路が詰まるのは当然だった。
「確かに……この人数で固まってると、前田さんのスペースが埋もれちゃいますね」
そよかが小声で言うと、前田まるこがエナドリを抱えたまま必死に頷く。
「じゃあ、現地案内できる組と、見て回りたい組で分かれましょうか」
ユリが穏やかに提案した。
「ふむ、それが良いな。人の流れを乱すのは本意ではない」
杏寿郎が朗らかに頷く。
こうして自然に、いくつかの小さなグループができあがった。
灰原の隣には杏寿郎とユリ。
少し離れたところで、七海がしのぶと蜜璃に何か説明している。
悟と傑は、宇髄と肩を並べて歩きながら、すでにどこかへ向かう気満々だ。
そして、そよかと不死川実弥。
「……行くぞ」
「は、はい!」
実弥はどこか不機嫌そうな表情のまま歩き出した。
「そよかー!! 僕も行くー!」
「お前はこっちだ!」
ニヤっと笑った宇髄に、首に腕をかけられて阻まられる。
四つの小さな一行は、それぞれの方向へと散っていった。
東ホールの熱気は、午後になっても衰えることを知らなかった。
人混みの中で、そよかと不死川実弥は並んで歩いていた。気づけば、この二人だけが並んで歩く形になっていた。
(……この人、やっぱり威圧感が凄いわね)
そよかは隣を歩く実弥の横顔を盗み見る。
鍛え上げられた肩幅と、歩くだけで周囲の空気がわずかに引くような鋭い眼光。
周囲の一般参加者が無意識に道を開けるのを感じながら、そよかは少しだけ緊張していた。
そんな時だった。
「……あ」
前方から歩いてきた一人の青年が、実弥を見て立ち止まった。
その青年は、隊服に独特の髪型……不死川玄弥のコスプレをしていた。
「あ……あの……っ」
青年は、目の前の「本物すぎる実弥」の迫力に圧倒され、震える声で絞り出した。
「……あ、兄貴……ッ!」
そよかは息を呑んだ。
実弥がどう反応するか、一瞬怖くなったからだ。怒鳴るのか、あるいは無視するのか。
だが、実弥は足を止め、青年をじろりと一瞥した。
一瞬だけ、何かを思い出すように目が細くなる。
それから、ふっと短く鼻で笑った。
「……フン。不格好な髪型してやがるが──」
実弥の手が、青年の頭に荒っぽく、けれどどこか温かさを孕んだ動作で置かれる。
「……似合ってんじゃねぇか。しっかりしろよ」
「……っ!! はい!! ありがとうございます、兄貴!!」
青年は顔を真っ赤にして、泣きそうな、けれど最高の笑顔で頭を下げて走り去っていった。
そよかは、呆然とその光景を見ていた。
(……今、この人、笑った……?)
怖くて、荒々しくて、近寄りがたい人だと思っていた。けれど、今の短いやり取りの中にあったのは、不器用すぎるほどの「兄」としての情愛だった。
「不死川さん……意外と優しいんですね」
「あぁん? どこがだ。ただの気まぐれだろォが」
実弥はすぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ったが、そよかには分かった。
(……この人は、思っているよりずっと、怖くない人なんだわ)
そんな穏やかな空気を破るように、実弥の目がふいに鋭くなった。
「おい、そよか。あれを見ろ」
実弥が顎で示したのは、少し先にあるサークルの前だった。
一人の男性客が、新刊を一冊手に取り、その“下に別の本を重ねて”会計を済ませた。そして流れるような動作で鞄に入れる。
「不死川さん? どうしました?」
「……今の動き、怪しいな」
実弥は迷いなく大股で歩み寄り、その男性の肩を背後から掴んだ。
「おい」
「えっ……? な、なんですか……っ!?」
振り返った男性は、実弥の「本物の殺気」を至近距離で浴びて、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「お前が今さっき買った新刊。その下に、もう一冊別の本が張り付いてたみてぇだなァ?」
「あ……えっ!? いや、これは……気づかなくて……!」
「気づかねぇなら、次は目ん玉ひん剥いて確認しろ。今のままじゃ“持ってった”ことになるぞ。……返してこい」
実弥の声は低く、淡々としていた。
怒鳴りもせず、ただ「事実」という刃を突きつける。
「す、すみません……っ! 本当にすみません!!」
男性は平謝りしながら、慌てて重なっていた本を戻しに走っていった。
周囲にいた売り子や参加者たちが、何が起きたかを理解してざわつき始める。
「……不死川さん、よくあんな一瞬で気付きましたね」
そよかが追いついて声をかけると、実弥は面倒そうに後頭部をかいた。
「見りゃ分かるだろ。手の動きが不自然だったんだよ。
一冊だけならそんな持ち方はしねぇ。
“隠す時の癖”ってのは、どいつも似てる」
(……動体視力だけじゃない。この人は、常に周りの『異変』に気を配っているんだ)
そよかは、改めてこの男の「柱」としての本質に触れた気がした。
「それに、目線が泳いでたしな。ああいう奴は、触っちゃいけねぇ場所を触った時だけ、妙に肩が固まるもんだ」
「不死川さん……今の、すごくかっこよかったです」
「……チッ。別に普通だろォが」
実弥はふいっと顔を背けたが、耳の端がほんのり赤い。そよかは、その小さな変化に気づいて、胸の奥が少しだけ温かくなった。
その後ろから、エナドリを片手にふらふらと現れた前田まるこが、震える声で呟く。
「……さ、さすが不死川さん……!! イベント会場の治安維持まで……!! 公式のSPより頼もしい……!!」
「騒がしい奴だな……。おい、そよか。次行くぞ」
「は、はい……!」
そよかは、実弥の少し後ろを歩きながら、ふっと微笑んだ。
強くて、鋭くて、けれど誰よりも繊細で優しい。
この『遊興』の時間は、まだ始まったばかりだった。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
それでは大体また来週!
お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
先日55になって廻星編のおまけが公開されました。
60はどうしようかなーと思ってますが、黎明編のおまけパート2を書き下ろしました。