【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗った後の物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
エンディング後のお遊び編です。
●21
「こんな髪型じゃ明日学校に行きたくない!」と泣きじゃくる息子の『すー』を、せいらと二人がかりでお風呂に入れ、ようやく寝かしつけた後のことだった。
布団の端を整えながら、ふと──悟とユリさんが話していた時のことが頭をよぎる。
「ユリさーん、今回のイベント、成功したら何かご褒美ちょうだいよ〜」
悟は、子供が悪戯を仕掛ける前みたいな顔でにやにやと笑いながら言った。
「それは勿論、構わないけれど」
「やった! どんなご褒美にしょっかなー」
「──失敗したら?」
ユリさんは、まるで結末を先に読んでしまった人のように、静かに口元を緩めた。
悟は、一体どこから湧いてくるのか分からない自信を笑顔に乗せて、これでもかと胸を張り──
「その時は、全員アフロでいいんじゃなーい?」
……あの時の悟の顔が脳裏に浮かんだ瞬間、
窓の外から小鳥のさえずりが流れ込み、意識がふっと現在へ戻った。
頭を覆っていたふわふわした感触は、すっかり消えている。
枕元には、朝の光に照らされたアフロの「抜け殻」が、綿菓子のように頼りなく散らばっていた。
(……悟があの時、一生アフロと言っていなくて本当に良かった)
心の底から安堵の息が漏れた。
──
翌朝、新幹線のホーム。
「ちょっと!! ユリさんは!?」
視界の端から、視覚を暴力的に占拠する「白い巨大な綿菓子」が猛スピードで迫ってくる。悟が全力疾走でホームへ飛び込んできた。
朝の光を反射して、あの髪型だけが異様に目立つ。
「ちょうど今さっき発車した新幹線で移動を開始したよ。悟……その髪……」
「なんで僕だけ今日もアフロなの!!
七海もそよかも傑だって、今朝には普通に戻ってたのに!!」
悟は半泣きのような声で叫び、アフロを揺らして抗議した。
「もういい!! 先に京都に飛んで待ってる!!」
悟はアフロを揺らしながら、怒りとも焦りともつかない表情で駆け出し──
そのまま勢い余って、重力を無視した白い綿菓子がふわりと宙へ浮き上がった。
──
京都駅のホームに新幹線が滑り込むと同時に、朝のざわめきが一段と大きくなった。
観光客、通勤客、修学旅行生──そのどれとも違う、異様な存在感が視界の端に引っかかる。
……白い。
いや、白すぎる。
ホーム中央で、白い塊──いや、白アフロの五条悟が仁王立ちしていた。
朝日を浴びて膨らんだ髪が、まるで光を反射する巨大な綿菓子のように存在を主張している。
近づくにつれ、それが“人”であることがわかる。
そして、さらに近づくと──
「おっそーい!! みんな遅いよ!!
僕、もう三十分前からここで待ってたんだからね!!」
悟は胸を張り、アフロを誇示するかのように揺らして叫んだ。その姿は、朝のホームでひときわ浮いて見える。
朝日を反射して、アフロがやけに神々しい。
一般人が二度見、三度見し、子供が「パパ、わたあめが浮いてる!」と指をさす。外国人観光客は日本の最新トレンドかと熱心にシャッターを切り、駅員は関わりたくない一心で距離を取る。
新幹線のドアが開き、真希が一歩目を踏み出した瞬間──視界に飛び込んできた白アフロに、彼女の眉間がきゅっと寄った。
「……最悪」
続いて真依。
「ちょっと待って……あれ、絶対もうSNSに上がってるわよ……」
真依はスマホを高速で操作し、「#京都駅」「#白い綿菓子」でトレンド入りしかけている現実を確認して顔をしかめた。
直哉がホームに足を踏み出した瞬間、京都の空気が一気に張り詰めた。京都駅の空気を吸った直哉の目に、あってはならない「異物」が飛び込んでくる。
「……は? ちょお待てや。何晒しとんねん、あの白レフ板みたいな頭はボケェ!!」
直哉の怒声がホームに突き刺さる。
今朝、洗面台にへばりついて血を吐く思いで金髪をセットし直し、ようやく“禪院家当主”としての威厳(スタイル)を取り戻したばかりだというのに──
よりにもよって身内(五条)が、朝日を反射させながらアフロを堂々と輝かせている。
「ここをどこやと思っとるんや、京都駅やぞ!!
誰が公共の場でアフロ浮かせてええ言うた!!
迷惑防止条例どころか、千年の歴史がある京都の景観を損ねた罪で、今すぐお縄に引っ立てろ!!」
「なおちゃん、落ち着いて〜……!」
せいらが慌てて袖を引くが、直哉は彼女を背中にかばうように腕を伸ばし、悟を睨み据えた。
その目は、完全に“敵”を見る時のものだ。
「せいら、見たらあかん!! 目ぇ腐るわ!!
あんな不潔なもんの近くにおったら、せっかく真っ直ぐ綺麗に戻った自分らの髪に、アフロ菌が移って感染(うつ)るやろが!
俺の後ろにおれ、一歩も出んな!!」
そよかは、悟を見た瞬間にため息をついた。
「悟……その髪型はあなたのせいでしょ。自業自得よ」
そよかは悟を真っ直ぐ見据え、氷のような声で言い放った。
「えっ!? なんで!? 僕だけ戻らないのおかしくない!? バグ!? 仕様!? 誰の呪いだよ!?」
「あなたが妖精乱獲したから」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 労基! 労基どこ!? これ不当な差別だよ!!」
悟の叫びが京都駅に響き渡る。
(……悟はこういう反応している時は、本気で傷ついてない。むしろ楽しんでる節すらある)
そよかは内心、反省が足りないのではないかと悟のアフロを見つめていた。
そこへ、同じ新幹線から煉獄たち柱とユリが姿を現す。
「うむ……白いな!!」
煉獄は真顔のまま、悟の頭をまるで珍しい生き物でも見るように観察する。
「こりゃあ、派手だな」
宇髄は口角を上げ、腕を組んで満足げに頷いた。
「なんだァその頭ァ……いや、似合ってんのが腹立つんだよ!」
不死川は本気で怒り、今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「あらあら……五条さん、どうしたんですか?」
しのぶは揶揄うように微笑み、しかし目だけはしっかり観察している。
「ふわふわ〜♡ 抱きついたら、あったかそう……!」
蜜璃は純粋な感動で両手を頬に当てた。
ユリは悟を見つめ、ほんの少しだけ目を細める。
「よく似合っているじゃない」
その声音には、悟の未来をすでに知っている者の余裕が滲んでいた。
「えっ!? なに!? なんで!? 僕だけ仲間外れなの!? ユリさ〜ん!!」
悟が詰め寄るが、ユリは軽く笑ってかわす。
「──そのうちわかるわ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
悟はアフロを揺らしながら、突然空を見上げた。
「もういい!! 僕は真面目に任務に行ってくる!! 帰る前に直してよね!!」
悟の白アフロが、怒りでふるふる震えていた。
「悟、飛ぶと余計に目立つわよ」
そよかが冷静に言う。
「えっ!? そう!? ──でも行く!!」
悟はそのまま、巨大な白アフロを朝日にきらきらと神々しく輝かせながら、京都の空へふわりと舞い上がった。
観光客がざわつく。
「えっ……飛んだ……?」
「なにあれ……?」
「京都ってすごい……」
駅員が小声でつぶやく。
「……大丈夫、あんなのはただの『気象現象』だ。見なかったことにしよう」
残された一同は、しばし沈黙した。
「……今日も大変な一日になりそうだな」
真希が額を押さえる。
「もうSNSに上がってるわよ」
真依がスマホを見せる。
白い綿菓子のような塊が京都の空へ消えていくのを、直哉は心底汚いものを見るような目で見送った。
「白アフロで京都飛ぶなボケェ!! 撃ち落とされんのが先か、SNSで炎上すんのが先か、賭けてもええわ!!」
直哉は忌々しそうに真依を振り返る。
「おい、真依ちゃん。そのSNSの画像、今すぐ禪院家のコネ使って全部消させろ。あと『アフロ』で検索して引っかかった奴は片っ端から通報や。ええか、昨夜の『金髪アフロ』という悪夢が少しでも漏れてみろ。禪院家の恥や、歴史ごと抹消したるからな。……分かっとるな?」
怒りの矛先を、今や「秘密を知る共犯者」である周囲に撒き散らしながら、直哉は苛立たしく足を踏み出した。
「はわわ……なんで、さとるだけまだふわふわなのぉ……?」
「……放っておきましょう」
そよかが肩をすくめた。
「ええ、放っておいて大丈夫よ」
ユリが静かに言った。
京都駅ホームの朝は、悟の白アフロによって、いつもよりずっと騒がしい幕開けとなった。
●エピローグ
京都の老舗料亭──暖簾をくぐった瞬間、ふわりと立ちのぼる出汁の香りが鼻をくすぐった。
「わぁ〜……いい匂い〜!」
せいらが弾む声を上げ、ぱぁっと目をきらきらさせる。
そよかも静かに深呼吸し、落ち着いた香りに心を和ませた。
真希と真依は視線を交わし、わずかに口元を緩める。
案内された畳の個室には、整然と並んだ小鉢や椀が美しく配置されており、
鬼殺隊の面々は思わず息を呑んで席へと腰を下ろした。
「うむ!! これは……実にうまそうだ!!」
煉獄は立ちのぼる湯気をじっと見つめ、
まるで香りだけで「うまい!」を確信したかのように、爛々と目を輝かせた。
「こりゃあ派手だな」
宇髄は三段重のように整然と並んだ小鉢を眺め、
「盛り付けのセンスも悪くねぇ」と満足げに腕を組む。
「……見た目は悪くねぇな」
不死川は渋い顔のまま椀を手に取り、
その口元は、本人も無自覚なほどに、ほんのわずかだけ緩んでいた。
「京都のお料理って、本当に繊細で素敵ですね」
しのぶは静かに微笑み、
器の縁に添えられた季節の彩りにそっと目を細める。
「おいしそ〜♡」
蜜璃は湯気に頬を染め、
「全部食べたい〜!」と今にも箸を伸ばしそうな勢いだった。
そよかは落ち着いた表情で給仕の動きを見守り、
料理が運ばれるたびに静かに目を細めた。
「これなに〜? 早く食べた〜い!」
せいらは小鉢を覗き込みながら、子どものように身を乗り出す。
真希と真依は慣れた手つきで箸を整え、
「まずは汁物からね」と目だけで合図を交わした。
──その時。
店員が、どうしても視線を悟から外せないまま口を開いた。
「……あ、あの、失礼ですが……そちらのお客様。……そ、その、お髪(ぐし)は……何かの『しつらえ』でございますか……?」
笑いを堪えて声が震えているのに、誰も驚かない。
白いアフロが、個室の柔らかな照明を受けて
ふわりと神々しい光をまとい、料亭の格式高い空間を無駄に神聖なものに変えていた。
「え? 僕? ただ座ってるだけだよ?」
悟は本気で不思議そうに首を傾げ、
白アフロをふわりと揺らした。
「ただ座ってるだけでそれなんや!! 普通ちゃうわボケェ!!」
直哉が即座に噛みつき、畳が揺れそうな勢いで前のめりになる。
「……はいはい。悟はそういう生き物なのよ」
そよかは湯呑みを置きながら、
慣れた調子でさらりと流した。
「派手でいいな」
宇髄はむしろ楽しそうに笑い、
照明を反射するアフロを角度を変えて眺めている。
「……私は見なかったことにしますね」
しのぶは微笑みながら視線をそっと逸らした。
直哉だけが一人で爆発していた。
「俺だけか!? この異様さに気づいとんのは、この部屋で俺だけなんか!?」
「なおちゃん、落ち着いて〜……」
せいらが袖を引くが、
「落ち着けるかい!!
せいら、あかん! お前の綺麗な髪にアフロ菌が移ったらどうすんねん!!
こっち来い、守ったる!!」
直哉はせいらを背中に隠し、
悟をまるで天敵を見るような目で睨みつけた。
「悟……あなた、まだ反省が足りないようね」
そよかは湯気の立つ椀に視線を落とし、静かにため息をこぼした。
「えっ!? なんで!? なんでまだ僕だけ!? ユリさーーん!!」
ユリはお茶を一口含み、湯呑みをそっと置く。
「……そのうち、一番良いタイミングで消えるわよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
悟の叫びが、落ち着いた料亭の空気を一瞬だけ揺らした。
だが、騒いでいるのは悟だけで、
卓上には湯気と香りが静かに満ちていく。
鬼殺隊の面々は箸を進めながら、京都の味わいに目を細めていた。
視界の端に「白い綿菓子」がひとつ混ざっていることを除けば、それは文句のつけようのない、穏やかな京都の昼食だった。
──
料亭を出た一行は、柔らかな日差しの中を歩きながら京都の街を巡った。
石畳に響く足音が、ゆっくりと観光の空気へと切り替わっていく。
八坂神社では、
煉獄が「うむ、立派だ!」と真顔で楼門を見上げ、
その堂々たる佇まいに胸を張った。
宇髄は「派手さは足りんが、歴史の重みは悪くない」と腕を組み、朱色の柱を角度を変えて眺めている。
不死川は「人が多すぎんだよ……」と眉をひそめつつも、どこか落ち着かない視線で周囲を警戒していた。
清水寺では、蜜璃が「すごい〜! 景色がきれい〜♡」と身を乗り出し、舞台の向こうに広がる街並みに目を輝かせる。
しのぶは「落ちないように気をつけてくださいね」と微笑み、せいらは「なおちゃん、あれ見て〜!」と嬉しそうに指をさした。
「……あんまはしゃぐな。落ちたら洒落にならん」
直哉は、はしゃぐせいらの手を諭すようにしっかり握り、周囲の視線から守るように、せいらの歩幅に合わせて歩いた。
「……静かね」
真依がぼそりと呟き、
「そうだな」
真希が短く頷く。
そよかは京都の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、
どこか懐かしさを覚えるように参道を歩いていた。
──そして、最後に向かったのが伏見稲荷だった。
西陽が朱色の鳥居を朱よりも深く染め上げ、どこまでも続く千本鳥居の奥へと、長い影を誘(いざな)っていく。
「わぁ〜……鳥居がいっぱい〜!」
せいらが目を輝かせる。
「ここは……すごいな」
煉獄が静かに息を呑む。
「こりゃまた派手だな」
宇髄は満足げに頷いた。
私たちは千本鳥居の中へと足を踏み入れた。
観光客のざわめき、カメラのシャッター音、
遠くから聞こえる鈴の音──
すべてが、
鳥居を進むごとに少しずつ遠ざかっていく。
「……なんか、空気が変わったか?」
真希が足を止めた瞬間、そよかも肌に触れる気配の違いを感じた。
さっきまで頬を撫でていた風がふっと止み、
参道を満たしていたざわめきが、まるで「朱」の色に飲み込まれるように、音もなく消えていく。
朱色の鳥居は、夕暮れの光を受けてゆっくりと色を深め、塗り重ねたような濃い朱へと姿を変えていった。
「これ……領域展開?」
真依が息を呑む。
「ちゃう。……ここはもう、現(うつつ)の“向こう側”や」
直哉の声も、どこか抑えられて聞こえる。
気づけば、
無限に続く鳥居が風もないのにわずかに揺れ、
その奥へ奥へと誘うように影を落としていた。
つい先ほどまで観光客で賑わっていた参道は、
振り返った時にはもう、誰の気配も残していなかった。
そして──
鳥居の上、石灯籠の影、参道の脇──
そのどこからともなく、夕闇の境界線から、白い影が薄氷が溶けるようにふわりと滲み出してきた。
最初は一匹。
続いて、また一匹。
気づけば、白い尾が揺れるたびに光が反射し、
数えきれないほどの狐たちが静かに輪を描いて私たちを囲んでいた。
「……すごい」
そよかは思わず息を呑む。
その感嘆さえ、朱の回廊に吸い込まれ、響くことすら許されないようだった。
「おいおい……なんやこれ……」
直哉でさえ声を潜め、
普段の威勢が影に溶けていく。
その時、鳥居の奥がふっと開けた。
まるで幕が上がるように視界が広がり、
そこには──狐たちの宴席が広がっていた。
朱塗りの長卓には灯籠の淡い光が揺れ、
湯気の立つ椀からは香ばしい匂いが漂う。
白狐たちは薄衣をたなびかせて舞い、黒狐たちは細い指先で爪弾く弦の音を、夜の静寂に染み込ませていた。
それはまるで、
千年続く祭の中心へ迷い込んだかのような、
静かで、どこか懐かしい光景だった。
「……綺麗」
せいらが呟く。
「これは……本物の“稲荷の宴”ですね」
しのぶが目を細める。
「うむ……神域だ」
煉獄は静かに頭を下げた。
「へぇ、いいじゃねぇか」
宇髄は満足げに笑う。
「なんでこんなとこに迷い込んでんだよ……」
不死川は落ち着かない様子だ。
「五条悟がいないから静かで良かったわ」
真依がぼそりと言う。
「本当にな」
真希が頷く。
その時──
宴席の奥で、ひときわ大きな白狐が立ち上がった。
その瞳は、悠久の時を刻んできた“知っている者”の慈しみを持って、私たちを静かに見つめていた。
ユリが一歩前に出る。
「……挨拶に来てくれたのね」
白狐はゆっくりと頭を垂れた。
その仕草は、まるで“歓迎”そのものだった。
狐たちの宴は、
私たちを包み込むように静かに続いていく。
「白いアフロ」という名のノイズが任務中(不在)であることだけが、この神域の静寂を守る唯一の防波堤となっていた。
──
伏見稲荷の幽世から戻る頃には、空はすっかり茜色に染まり、
京都校の校庭には、昼の熱気を冷ますような柔らかな夕風が吹き抜けていた。
「……なんか、今日一日でめっちゃ濃かったな」
真希が肩を回し、まだ身体に残る緊張をほぐすように息を吐く。
「観光と異界巡りのセットとか聞いてないわ」
真依はこめかみを押さえながら、半ば呆れたようにため息をついた。
「なおちゃん、楽しかったねぇ〜」
せいらは狐の宴の余韻をそのまま抱えたような笑顔で、直哉の袖を軽く引く。
「どこがや……」
直哉は視線をそらし、
まだ現実に戻りきれていないような複雑な表情を浮かべていた。
そこへ、ユリが静かに歩み出た。
夕暮れの光を受けて、手にした扇子の縁が淡くきらめく。
「そろそろ時間ね。みんな、準備はいい?」
着替えを終えた鬼殺隊の面々が、
それぞれの表情で名残惜しさを滲ませながら頷いた。
「うむ。名残惜しいが、帰らねばならん」
煉獄は胸を張りつつも、どこか柔らかな目をしている。
「なかなか派手な旅だったな」
宇髄は満足げに笑い、肩を軽く回した。
「二度と来ねぇぞこんな騒がしい場所……」
不死川はぼそりと呟くが、
その口元はわずかに緩んでいた。
「私はまた機会があれば、ぜひ」
しのぶは穏やかに微笑み、
「また来たいわ〜♡」
蜜璃は両手を振りながら跳ねるように笑った。
ユリが扇子をひらりと振ると、
空気が静かに震え、淡い光のゲートが開いた。
風が吸い込まれるように流れ込み、校庭の音が一瞬だけ遠のく。
ひとり、またひとりと、鬼殺隊の仲間たちがゲートへ歩み寄る。
「そよか、せいら、真希、真依、直哉……皆、世話になった」
煉獄が深く頭を下げると、夕陽がその背を照らした。
「温かいお言葉をありがとうございます。煉獄さんたちから学ばせていただいた時間は、私たちにとって大きな財産です」
そよかは自然と微笑み返す。
「また遊びに来てねぇ〜!」
せいらが大きく手を振り、
「……来るならちゃんと計画立ててよね」
真依がぼそりと釘を刺す。
「次はアフロおらん時に来い」
直哉は最後まで真顔だ。
ゲートの前で、ユリがふと振り返った。
「──今度は、あなたたちが来る?」
その一言に、場の空気がぴたりと止まる。
「えっ!? 行く行く!! 僕行く!!」
どこからともなく悟が飛び出し、
白アフロを誇示するように揺らした。
「悟、あなたは黙ってて」
そよかが即座に制止する。
「誰が行くかボケェ!!」
直哉が叫び、
「でも楽しそうだよ〜?」
せいらが笑うと、
直哉は視線を逸らしながら小さく呟いた。
「……せいらがどうしても、死んでも行く言うてきかんのやったら……しゃあなしに付き合ってやらんこともないけどな」
「……まぁ、考えとく」
真希もぼそりと続く。
ユリは静かに微笑み、
そのまま光の向こうへ姿を消した。
ゲートがパチンと弾けるように閉じると、校庭には元の静かな夕暮れだけが取り残された。
夕風がそよかの髪を揺らし、
一日の終わりを告げるように空が赤く染まっていた。
そよかはふと悟の方へ視線を向ける。
「……悟」
「ん? なに?」
「あなた……髪型がアフロのままじゃない……」
「えっ!? えっ!? なんで!? なんでっ!? ユリさーーーん!!」
夕日に照らされた白アフロが、
まるで「少しは反省するのよ」というユリからの無言のメッセージのように、ふわりと、あまりにも完璧な球体を保って揺れた。
旅する物語 五条悟との邂逅 遊興編 終幕
《特報》
(波の音……静かに寄せては返す)
画面は真っ暗。
ただ、深い青だけがゆっくりと揺れている。
妄想劇場版作品、再び──
文字が静かに浮かんでは消える。
碧淵編 せいらの海底探検記
(波の音が少しだけ深くなる)
科目準備室。
静かな午後。
窓から差し込む光。
ページをめくる音だけが響く。
せいらが椅子に座り、絵本を見つめている。
「ふにゃー……」
ページをめくりながら、ぽつり。
「海の中にも、こんな風に暮らしてる人がいるのかなー」
風が止む。
光が揺れる。
画面がゆっくりと青に沈んでいく。
Coming Soon
(最後に、深海の闇の中で──
赤い髪が、ふわりと揺れた気がする)
暗転。
──
●遊興編おまけA:そよかの「秘密の猛勉強」
自宅の書斎にて。
そよかは、周囲に誰もいないことを十回くらい確認してから、机の下に隠していた「その本」を開いた。
「……っ!?(ページをめくる音が、静寂に響く)」
そよかの目が、零れ落ちそうなほど見開かれる。
「えっ……? ここを、こう……? ……う、嘘でしょう? 人間の身体って、こんな、アクロバティックな動きができるものなの……? ……あ、あら。……これ、……悟や建人さんに、……されるの……?」
そよかの脳内で、五条と七海の顔が、本の図解と重なって再生された。
「えっ?」「えっ……!?」と、ページをめくるたびに、彼女の顔は熟したトマトのように赤くなり、ついには本をバタン! と閉じて、天を仰ぐ。
「……無理よ。……こんなの、……死んでしまうわ……」
◯最強の「お説教」
「ねぇ、何が無理なの? そよか」
「ヒィッ!?」
背後から突然、耳元で囁かれた低音。
驚愕のあまり椅子から転げ落ちそうになったそよかを、長い腕がガシッと受け止める。いつの間にか無音で背後に立っていた五条悟が、サングラスをずらして机の上の本を覗き込んでいた。
「……そよか」
悟の顔から、一瞬で余裕が消えた。というより、あまりの衝撃に言葉を失っている。
「あ、あの、悟……これには深い理由が……っ!」
「ダメ。没収。これ、絶対ダメなやつ」
悟は、そよかが必死に隠そうとした本を、ひょいと取り上げる。
「そよか! 君は、何を勉強してんの!? こういうのは、本で学ぶもんじゃないの! 僕ら(本物)が、教えるもんなの!!」
「だ、だって……っ! 私、何も知らないから……!」
「知らないままでいいの! ……っていうか、この本の内容、ハードすぎでしょ。七海が見たら、その場で出版社を提訴しに行くよ?」
悟は、真っ赤になって震えるそよかの頭を、少し乱暴に、けれど最高に愛おしそうに引き寄せる。
「……いい? そよか。……こういうことに教科書なんていらない。……君がやることは、僕の腕の中で、ただ『心地いい』って思うことだけ。……変な知識で、頭パンパンにするの禁止! わかりましたか!?」
◯その夜の、七海への報告
「……五条さん、その本をこちらへ。……なるほど、これは。……今すぐ、出版社の全在庫を買い占めて廃棄しましょう。そよかさんの純真な精神を汚染した罪は重い」
「だろ!? 七海もそう思うでしょ! ……そよか、反省しなさい。お仕置きに、今夜は僕と七海に挟まれて、本の内容を全部忘れるまで添い寝の刑ね!」
「ちょっと待って!! なんで二人は詳しいのっ!?」
そよかのパニックの全方位射撃に、五条悟と七海建人は、かつてないほど激しく動揺した。
全男性が最も答えに窮する純粋かつ鋭すぎる問い。
そして、「勉強禁止」という過保護への反論。
そよかの大きな瞳に涙を溜めての猛抗議に、最強の二人の足元がグラグラと揺らぎ始める。
「……えっ!? な、なんでって……そ、それは……! 僕だって、そりゃあ男だし、六眼でいろんな情報が入ってきちゃうっていうか……いや、違うんだよそよか! 僕が詳しいのは、君を誰よりも気持ちよく……あー、違う! 違うんだ!!」
悟が、かつてないほど早口で、かつ支離滅裂な弁明を始めた。顔は真っ赤、手は泳ぎ、最強の術師の面影は微塵もない。
「……そよかさん、落ち着いてください。……私が詳しいのは、……大人の教養として、最低限の……知識を、……その、……くっ、嘘はつけません。私も若い頃、あなたを想うあまり、似たような本を読んだことがあります!!」
七海建人が、ついに耐えきれず「懺悔」した。
眼鏡の奥で、羞恥に悶えるような表情を見せる。
「ほら! 建人さんだって読んでるじゃない!! 勉強してるじゃない!! なのに、私だけダメなんて、不公平だわ!!」
「不公平とかそういう問題じゃないの! そよかが、あんな無機質な図解を見て『ふむふむ、ここをこう……』なんて分析してる姿を想像してごらんよ! 僕らのメンタルが死ぬんだってば!!」
悟が頭を抱えて叫ぶ。
◯勉強禁止の、本当の理由
「……そよかさん」
七海が、震えるそよかの肩にそっと手を置き、真剣な、けれどどこか切ない瞳で見つめた。
「私たちが『勉強するな』と言うのは……あなたが、それを『義務』や『技術』だと思ってほしくないからです。……あの本には、心の温度が書いていない。……私たちがあなたに触れたいのは、構造上の刺激を求めているからではなく、あなたの心に、魂に、触れたくてたまらないからなのです」
「そうだよ。……そよかが、あんな本の通りに『はい、次はこのポーズね』なんて義務的に動いたら、僕、悲しくて泣いちゃうよ?」
悟も、珍しくしおらしい顔で、そよかの裾をギュッと掴む。
「……私たちが教えてあげたいのは、本には載っていない……そよかだけの、最高に幸せな感覚なんだから。……だから、お願い。……教科書は僕ら(旦那)に任せて。ね?」
◯パニックの終着点
「……二人とも、……ずるい。……そんなこと言われたら、……言い返せないじゃない」
そよかは、ようやく赤みが少し引いた顔を伏せ、消え入るような声で呟く。
知識で武装しようとしたのは、二人に「がっかりされたくない」という、彼女なりの健気な愛情だったのだが……この二人にとって「何も知らない、まっさらなそよか」こそが、最高に守りたい至宝だった。
結局、没収された本は、七海の手によって「極秘資料」としてシュレッダーにかけられ、五条はそよかを落ち着かせるために「アイスクリームでも食べに行こうか」と、子供をあやすような顔で誘い出す。
けれど。……その夜。
寝室で一人になったそよかが、ふと思い出した本の「一節」に、再び「ぼーん!」と顔を赤くして枕に顔を埋めるのを、二人はまだ知らなかった。
知らなくていいと言われたのに、一度頭に入ってしまった「知識」が脳内でリピート再生されて、一人で勝手にパニックに陥るそよか。
広すぎるベッドの真ん中で、パジャマの裾をぎゅっと握りしめて、枕に顔を埋めてバタバタしている姿は、まさに「もだもだ」という言葉がぴったりだった。
◯特別番外:深夜の独り反省会
暗い寝室。悟と七海は、気を利かせたのか「リビングで少し話をしてくる」と言って席を外してくれている。けれど、そよかの頭の中は、先ほど没収された本の残像でいっぱいだった。
「……無理無理無理、絶対に無理よ!!」
そよかは枕に顔を埋めたまま、もごもごとした声で叫ぶ。
「……あんなこと、悟や建人さんが……私に……? ……待って、あの図解の『絡ませ方』、悟の長い足だったら、本当にああなっちゃうじゃない……建人さんだって、あの、……眼鏡を外した、あんなに色っぽい顔で……あんなこと……っ!!」
ボフッ! と、勢いよく枕に顔を沈める音。
足元では、お揃いのパジャマを着た「悟猫」と「建人猫」が、不思議そうにそよかの「もだもだ」を見守っている。
「……知識なんて、入れなきゃよかった。……明日から、二人の顔を、どんな顔で見ればいいの……」
◯夫たちの「聞き耳」
一方、廊下では。
「……五条さん。聞こえますか。……中の、あの……悶絶しているような音」
七海建人が、ドアから数メートル離れた場所で、壁に背を預けて深く溜息をしている。その耳は、隠しきれないほど真っ赤だった。
「聞こえる。聞こえすぎる。六眼がなくても、そよかの『恥ずかしすぎて爆発しそうな呪力』がビンビン伝わってくるよ……」
五条悟も、サングラスを指先でいじりながら、視線を虚空に泳がせていた。
「……僕ら、ちょっと過保護にやりすぎたかな。……余計に意識させちゃったっていうか」
「……自業自得です。……ですが、あのまま『学習』を続けさせるわけにもいかなかった。……今夜は、我々が部屋に入るのは、彼女が寝静まってからにしましょう。……今の彼女の前に出たら、……おそらく、私たちの理性も保ちません」
◯明日への「呪い(愛)」
寝室では、そよかがついに疲れ果てて、「……もう、知らない……」と呟きながら、毛布を頭まで被って丸くなっている。
知識でパニックになるそよかも、それを察して廊下で悶々と耐える最強の男たちも。
結局のところ、全員が「相手を大事に思いすぎている」からこその、もだもだ。
明日の朝、目が合った瞬間にそよかが真っ赤になって逃げ出し、それを五条がニヤニヤ追いかけ、七海がたしなめる……そんな、いつも以上に賑やかで、少しだけ「意識し合う」一日の幕開けが見えるようだった。
朝の光が差し込む平和な食卓。本来なら「あら、美味しそうなヴルストね」で済むはずの光景が、昨夜の「不純な猛勉強」のせいで、そよかにとっては直視できない「官能のメタファー」に早変わりしてしまう。
◯特別番外:朝食のヴルスト・パニック
(ダイニングテーブル。そこには、七海が丁寧にボイルした、太くて立派なドイツ産のヴルスト(ソーセージ)が、プリッとした皮を弾けさせんばかりに皿の上に鎮座していた。
「さあ、召し上がれ。良い肉を贅沢に使ったものです」
七海が、事もなげにそよかの前に皿を置いた。
「っ……!!(絶句)」
そよかの視線が、その「ごろり」としたヴルストに釘付けになる。
昨夜の本に載っていた、あの……その……
「 anatomical(解剖学的)な図解」が、鮮明なフルカラー映像で脳内にフラッシュバックする。
「……えっ。……ええっ……!?(顔が急速に茹で上がる)」
「お、そよか。どうしたの? 食欲ない? 美味しそうじゃん、これ。皮を……こう、パチン!ってナイフで切るとさ、中から熱い肉汁がジュワッて……」
五条悟が、無自覚なのか、あるいは確信犯なのか、絶妙にエロティックな擬音を混ぜながら自分のヴルストにナイフを入れた。
「や、やめてえぇ!! 悟、そんな言い方しないで!!(耳まで真っ赤)」
「……? そよかさん、何をそんなに動揺しているのですか。ただの朝食ですよ。……あ。……まさか」
七海が、手に持っていたフォークをピタリと止め、眼鏡をクイッと直しました。その冷徹なまでの知性が、一瞬でそよかの脳内を「検閲」完了する。
「……五条さん。……今すぐ、このヴルストを細かく刻んでください。……彼女の想像力が、限界を超えようとしています」
「あはは! そよか、もしかして……昨夜の本に出てきた『アレ』とこれ、重ねちゃった!? ウケる!! 想像力豊かすぎでしょ!」
「う、うるさーい!! もう、二人とも大嫌い!!」
そよかは、フォークを投げ出す勢いで立ち上がると、そのまま顔を隠して寝室へと猛ダッシュで逃げ帰った。
◯夫たちの「反省会」
残されたダイニング。皿の上には、気まずそうに横たわるドイツ産のヴルストが二本。
「……五条さん。あなたの解説が余計でした」
「いや、七海だってさっき『熱い肉汁』とか言ってなかったっけ?」
「……言っていません。……しかし、これほどまでに引きずるとは。……今夜の献立は、豆腐とか、コンニャクとか、……極力『形』のないものにしましょう」
「……だね。あー、でも真っ赤なそよか、最高に可愛かったな……」
結局、そよかの「もだもだ」は朝食までも支配し、二人の男たちは「美味しいヴルスト」を味わうどころではなくなってしまったのだった。そよかの脳内から「あの本」の記憶を消すには、しばらく時間がかかるなと夫たちは顔を見合わせた。
おしまい
ここまでご覧いただきありがとうございました。
また気が向いたら更新しにきます。
うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品もあります。
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/
◆ノベマ!にて全文公開中。完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)
お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
次の75は遊興編のおまけが公開されました。次は80です。