【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●3
会議室の窓から、夕方の光が斜めに差し込んでいた。 長机の上には資料が広げられ、空気は妙に静かで、紙をめくる音さえ吸い込まれていくようだった。
──その中心で、せいらだけが落ち着きなくそわそわしていた。
両手で抱えるように持っているのは、 小さなガラス瓶。
中には、透き通った青と赤のキャンディが沢山入っている。
光を受けて、海の底の宝石みたいにきらきらしていた。
せいらの指先まで、その光が跳ね返ってくるようだった。
「……それが例の“薬”ですか。海に関わるものの扱いには、慎重であるべきです。特に“形を変える類”は、予想外の作用が出ることがあります」
七海は瓶を一度じっと見つめ、腕を組んだまま低い声で言う。
「うん!」
せいらは胸を張る。
「お師匠様がくれたの! 人魚になれる飴だよ!」
悟は椅子を後ろに倒しながら、ひょいと瓶を覗き込む。
ほんの一瞬、サングラスの奥の蒼い瞳が、飴の主成分である「お師匠様の呪力の残穢」の奇妙な波長を捉える。
(……ただの呪力じゃないな。情報が固定されてない。本当に『形を変える』ための縛りが組み込まれてる)
脳内で一瞬で演算を終え、何食わぬ顔でサングラスを戻してニヤリと笑う。
「へぇ〜、かわいいじゃん。食べたら尻尾が生えるの? それともヒレ?」
「五条さん、ふざけないでください」
七海が即座に制止する。
「いやいや、気になるでしょ? ねぇ、せいら。どっち?」
「えっとね……」
せいらは瓶を見つめ、少し首を傾げた。
「お師匠様いわく、絵本の中の人魚みたいになれるよって」
「人魚みたい……?」
そよかが眉を寄せる。
「それ、ちょっと漠然としすぎてない?」
「うん!」
せいらは満面の笑み。
「……“うん”じゃないのよ」
そよかは額に手を当てた。
傑は資料を閉じ、静かに口を開く。
「確認する。人間から人魚になった時、声が出なくなるらしい。それをどうフォローするか」
傑の「声が出なくなる」という言葉に、会議室の空気がわずかに重くなる。
悟は倒していた椅子を静かに戻し、ほんの刹那、傑と目を合わせた。
──声が出ない、か。術式も、呪霊の使役も、基本は『指向性』や『発声』がトリガーになる。声(呪詞)を奪われるってことは、海の中では完全な『無防備』に等しい。
「声が……?」
七海が視線を落とす。
「それは、術式の発動にも影響が出る可能性がありますね……海では“声を奪われる”事例があると聞きます。以前、海に詳しい者からそう教わりました」
「うん……」
せいらは瓶をぎゅっと握った。
「でも〜、行きたいんだ〜」
悟が目を細める。
「せいら、怖くないの?」
「ちょっと怖いけど……」
せいらは胸に手を当てる。
「海の中、見てみたいんだもん!
胸の奥が、絵本のページみたいにぱらぱら開く感じがするの。
息まで軽くなるみたいで、椅子に座ってるのがもったいないくらい」
きらきらと瞳を輝かせた。
「だって、きっとすごく綺麗なんだよ! 静かで、光が揺れてて……別の世界みたいで」
せいらの言葉に、そよかの視線が一瞬だけ揺れた。
(……やっぱり、呼ばれてる気がする)
傑は深く息を吸い、全員を見渡した。
「では──作戦を立てる」
七海が頷く。 そよかも静かに席に着く。 悟は椅子を戻し、珍しく真面目な顔をした。
傑は続ける。
「まず、せいらが飴を使うタイミングを決める。 海中での行動は単独禁止。 七海、悟、私──三人のうち誰かが必ず同行する」
「了解です。そうですね……本来なら“海に詳しい者”がいれば理想ですが、任務でもありませんし」
(……今は連絡もつかないので)
七海が言葉を濁し、小さく溜息をつく。
彼の生真面目な憂慮を察した悟は、わざと机の上に両肘をつき、楽しげに指を組んだ。
「あーあ、そんな暗い顔すんなって。連絡つかない奴のことはいーじゃん。だったらさ、もっとフットワーク軽くて、金持ってて、海に似合う『うってつけのバカ』を一枚噛ませれば解決っしょ?」
傑が不審そうに目を細める。
「……誰のことだい?」
「ついでに直哉も誘えば? 人手はあった方がいいでしょ」
悟は椅子を後ろに傾け、天井を仰ぎながら、まるで他人事のようにサングラスの端を人指し指で押し上げた。
「えー、だって人手は多い方がいいじゃん? 投射呪法って海の中でも速そうだしさ。ま、僕の無下限があれば、そもそもスピード勝負にすらならないんだけどさ」
悟がニヤニヤしながら、わざと傑の神経をつつくように言う。
──その絶対的な“最強の自負”が、彼の言葉の端に、ほんのわずかな「油断」という名の隙を生み出していた。
傑はピクリと眉を動かし、表情の温度をすっと落とした。
「……直哉、ね。わざわざ彼を呼ぶ必要性があるかい? 私たちだけで十分に守りきれると思うけれど」
「えー、傑だって一人より多い方が安心でしょ? それとも直哉にせいらを見せるのが嫌なのかな〜?」
悟がニヤニヤしながら、わざと傑の神経をつつくように言う。
傑は手元の資料の端をわずかに強く指先で押さえ、チッと舌打ちしたくなるのを喉の奥で堪えるように、深く息を吐き出した。
「……そうだね。……不本意だが、戦力として数えるのなら──まったく役に立たない男ではないか」
傑はせいらの方へ視線を向ける。
「せいら。もし“声が出なくなった”場合、どうするか。 その時のための合図を決めておこう」
「合図……?」
「そうだ。 声が出ないなら、別の方法で意思を伝える必要がある」
せいらは少し考え── ぱっと顔を上げた。
「じゃあね、こうする!」
両手をぱたぱたと振る。
「……それ、わかめ踊り? 溺れてる時の動きに見えるわよ」
そよかが冷静に突っ込む。
「えー!?」
悟が笑いながら言う。
「じゃあ、せいらが“声出ないモード”になったら、 俺が心の声を読むってことでいいんじゃない?」
「……五条さん、話が進みません」
七海がまた止める。
「いやいや、俺けっこう読めるよ? せいらの心」
「ほんと!?」
せいらが目を輝かせる。
「……悟の言う“読める”は信用しない方がいい」
傑がため息をつく。
「えー、なんでー?」
「君は“思い込み”で全部喋るからだ」
「ひどっ」
会議室に、少しだけ笑いが戻る。
だが、傑の声は静かに締めた。
その前に、ひとつだけ深い息が落ちる。
「──せいら。 どんな形になってもいい。 どんな姿になってもいい。 ただし、必ず帰ってくること。 それだけは約束してほしい」
せいらは瓶を胸に抱きしめ、まっすぐ傑を見た。
「うん。 帰ってくるよ。 絶対に」
その言葉に、
そよかは、きゅっと自分の胸元を掴んだ。
奥の方で、何かが小さく鳴ったような気がした。
(……本当に、呼ばれてるみたい)
深い海の底から、そっと名前を呼ばれているような──。
そう思った瞬間、胸の奥が、ひやりと沈んだ。
まるで暗い水の底から、冷たい指先で触れられたみたいに。
●4
シェアハウス内、禪院直哉の自室。
スマホを握りしめた禪院直哉の額に、どす黒い青筋が浮かんでいた。
「……は? ビーチとクルーザー?
自分、今なんちゅうた。もう一回言うてみぃ。耳の穴、掃除したるわ」
夏油の声は落ち着いている。
だが、その内容は落ち着きとは程遠かった。
──“せいらが人魚になりたいと言っているので、
プライベートビーチとクルーザーを手配してほしい”。
直哉は携帯を叩きつける寸前で踏みとどまり、視線がふと棚の上の猫人形に吸い寄せられた。
丸まったクリーム色の毛並みが、てんのふわふわした雰囲気を思い出させて、余計に腹が立つ。
「……おい夏油。
ほんまに言うてるんか? 自分ら、頭どうかしてへんか?」
低く、唸るような声。
怒りというより、呆れと心配が混ざった声。
「五条までおって、七海まで巻き込んで、
会議室で大真面目に話し合っとる思えば……」
一度、深く息を吸う。
だが怒りは収まらない。
「『せいらが人魚になりたいと言うから、ビーチとクルーザー手配しろ』やと……?」
狭い部屋の床を苛立った足取りで往復しながら、直哉は声を荒げた。
静まり返った室内に、足音だけがやけに大きく響く。
「何が『人魚になれる薬』や!!
何が『海の底が見たい』や!!
そんなもん、水族館のトンネルで我慢させとけや!!」
(てんの奴……ほんま、なんでそんな危ない方ばっかり選ぶんや。
可愛い顔して、無茶ばっかりしよって……)
怒鳴りながらも、胸の奥にある“別の感情”が顔を出す。
(……あいつ、上手く泳がれへんのに。水に入るだけで不安そうにしとったやろ)
その不安を振り払うように、さらに歩幅が大きくなる。
「大体なんで俺が、禪院家の次期当主のこの俺が、
お前らの“海底遠足”のために場所の手配せなあかんねん!」
スマホ越しに、夏油の落ち着いた声が返ってくる。
『悟も君を巻き込……誘った方がいいと──少しでも人手が多い方が安全だと思ってね』
「五条は無下限呪術があるんやから、それでせいら抱えて潜ればええやろがい!!
なんでそこで俺の名前出すんや!!」
(……いや、五条に抱えられるんも腹立つけどな。
なんであいつが“せいらを守る側”みたいな顔しとんねん)
怒りの熱が、また一段上がる。
だが──ふと、直哉は立ち止まった。
「……まぁ、癪やけどええわ。
言うてる自分に腹立つけど、しゃあない」
横目に入った猫人形が、なんや知らんけど「行ったれ」とでも言うとるようで、余計に腹立つ。
怒りの奥にある“別の理由”を、
自分でも認めざるを得なかった。
「他所の雑種どもに、せいらの……その……姿、見せんように、
人目につかんビーチを確保する判断だけは認めたる」
言いながら、耳まで赤くなる。
(……見せられるかいな。あんな可愛い……)
(……俺だけが見とったらええんや)
「せやけど、クルーザー!?
俺の私物を使わせろっちゅーことか?」
震える手で、コンシェルジュの番号を押す。
指先に力が入らず、一度押し間違えそうになった。
「最高級の、まだ革の匂いも新しいクルーザーを……」
ちらりと棚を見ると、猫人形の丸い瞳が光を拾って、こっちを見とるように見えた。
(……なんやその顔。呆れとるんか)
「せいらが“人魚の尻尾”でびしょびしょにする場所に……?」
言葉にした瞬間、胸の奥がざわついた。
(……まぁ、濡れるくらいはええけどな。
せいらが楽しそうにしとるんなら……床の革ごと、いくらでも買い替えたるがな)
直哉は、スマホを握り直した。
「人魚になると声が出ん?
そんなん、外から見て分かるかいな……」
怒りの形をした心配が、喉元にせり上がる。
(……ほんま、危なっかしい奴やな。
目ぇ離したらすぐどっか行くし……)
「……夏油。
ビーチもクルーザーも、最高級の物を用意したる。
禪院家の名にかけて、完璧な場所や」
一拍置いて、声が低くなる。
「せやけどな。
せいらが困るようなことが一つでも起きたら……
その時は、責任者として、きっちり“話”はさせてもらうで」
脅しではない。
ただの“宣言”だった。
電話が繋がった瞬間、直哉は一瞬で“次期当主の顔”に切り替える。
「……あぁ、俺や。直哉や。
急ぎで、一番静かなビーチと、クルーザーの出航準備せぇ」
『承知いたしました。出航届に必要な航行区域等の詳細は後ほどで構いません。……差し支えなければ、手配の参考に「目的」のみ伺えますでしょうか』
直哉は、ほんの一瞬だけ目を伏せ──
小さく息を吐いた。
「…………“人魚”を迎えに行くんや。
つべこべ言わんと動け」
通話を切ると、
直哉は額を押さえ、深く深く息を吐いた。
(……ほんま、あいつは)
怒鳴り散らした後やのに、胸の奥だけ妙に静まらん。
怒りでも呆れでもない。
ただ、胸の奥がざわつく。
(……心配させよる)
視線を上げると、棚の猫人形がじっとこっちを見とる気がした。
「……なんやねん。お前も一緒に行きたいんか?
そんな顔して見とる暇あったら、せいらに言うたれや」
ここまでご覧いただきありがとうございました。
それでは大体また来週!
うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/
◆ノベマ!にて公開中 完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)
お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
次の80は遊興編のおまけ微エロな内容を更に公開します。