【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟/煉獄杏寿郎】
世界を越えて、悲劇に抗う物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


128碧淵編 7・8:暗闇の底で少女を抱いた黒い影と、ちぎれたポーチが告げる深海の不在

●7

 

 ──チッ、なんだこの引き潮。普通の海流じゃねえ。

 

 一瞬でせいらとの距離が開き、俺は本能的に無下限を最大出力で展開した。無限を身に纏い、水抵抗の計算をすべてすっ飛ばして、音速を超えて空間を跳ねる。海水を置き去りにして、今すぐせいらの手を掴みに行く──。

 

 だが、六眼が捉えたのは、この狂った激流そのものがせいらの小さな体に強烈な水圧として圧し掛かっている現実だった。

 

 (──これ、ただの呪力による異変か? それとも、天然の『離岸流』のバカげた鉄砲水に、今のあの体(人魚)の浮力が最悪の形で噛み合っちまったのか……!?)

 

 確信は持てない。だが、ここで俺が『蒼』で無理やり引き寄せれば、彼女の体は水圧の板挟みになって木端微塵に砕けることだけは一瞬で計算できた。

 

 クソが。最強の術式が、水の中じゃただの凶器かよ。

 

 術式での直接救出を断念した俺の視界の端で、傑の呪霊が文字通り消し飛ぶのが見えた。

 

──

 

 隣で、悟の姿がブレたと同時に水面が爆ぜた。無限を纏った移動。だが、彼をもってしてもあの激流を強引に引き留めることはできないようだ。

 

 ──ならば、ここで思考を放棄するわけにはいかない。

 私は私の出来ることの中から最善を選ぶべきだ!

 

「夏油さん!? ──危険……で……」

 

 七海の声にノイズが混じっていく、私は急速浮上を決意した。

 

 ──肺が焼ける。

 

 水圧が胸を押し潰すように重い。

 せいらの尾びれが、泡の向こうで遠ざかっていく。

 

(……待っていろ)

 

 呪霊は押し流された。

 悟の蒼も使えない。

 七海の座標も追いつかない。

 

 なら──

 自分自身が変わるしかない。

 

 私は強く水を蹴った。

 減圧も無視して緊急浮上。

 肺が裂けるように痛む。

 

(クルーザーに戻る。早くあれを飲まないと──)

 

 海面を破り、

 血の味を噛みながらデッキに這い上がる。

 

「夏油!! せいらはどうしたんや!!」

 

 直哉の怒鳴り声。

 だが、答える暇はない。

 

 私は胸元のジッパーを一気に下ろし、

 濡れたスウェットスーツを肩から剥ぎ取った。

 脚を蹴って脱ぎ捨てる。

 

(……邪魔だ。変身の妨げになる)

 

 迷いは一秒もない。

 せいらを追うためなら、服も、人間の形も、全部置いていける。

 

 私はケースの中から人魚薬の入った小瓶を掴む。

 蓋を開けようとしたところで、

 

 直哉の手がぶつかった。

 

 瓶が跳ねた。

 

 飴が飛び散る。

 

 青と赤の飴が、光を反射しながら空中で弧を描き──

 ほとんどが海へ落ちていく。

 

 ぱしゃり、と水面が弾ける。

 

(……くそ)

 

「行け」

 

 私は即座に呪霊を海へ放つ。

 水棲呪霊が潜り、沈んでいく飴を追う。

 

 だが──

 呪霊が触れた飴は、効果が変化してしまった可能性がある。

 

(どこか、落ちていないか──)

 

 私の視界に、

 床に転がった“青い飴玉ひとつ” が映った。

 

──

 

 床に、ひとつだけ青い飴が転がっていた。

 

(……青……人魚になる方や……)

 

 俺は息を呑む。

 

 海に落ちた飴は夏油の呪霊が回収しとる。やけど、呪霊の呪力は薬の効果を歪ませとるかもしれへん。

 つまり──安全に使える青は、この一粒だけや。

 

(これ……俺が飲んだら……俺が人魚になって……せいらを追いかけられる……)

 

 俺の手が震える。

 次期当主としての責任。

 せいらを助けたい気持ち。

 

(……。床に落ちたもんやぞ。

 禪院家の次期当主のこの俺が、こんな地べたに這いつくばって、汚れたもんを口に入れるなんて、そんな惨めな真似……)

 

 ──その、ほんのコンマ一秒の「呪い」。

 

 生まれ育った血と誇りが、直哉の身体を一瞬だけ縛った。

 

 だが、夏油の動きは、一切の迷いを見せなかった。

 床の青い飴を拾い上げる指先。泥や汚れなんか、まるで目に入っとらんみたいに──どこか正気やない、気味の悪いほどの迷えなさやった。

 

「……直哉」

 

「泥をすする役目は、私だけでいい。

 ……君は綺麗な地上で、彼女の帰りを待っていろ」

 

 その言葉は、俺のプライドを根底から踏み躙りおった。

 

 俺が地べたを這いつくばる惨めさに尻込みしたそのコンマ一秒の間に、あいつは全部をドブに捨ててみせた。

 

「せいらを追うには……

 私も“そちら側”になるしかない」

 

 傷口に塩を塗るようなそのセリフと共に、夏油はその青い飴を、自分の口に放り込んだ。

 

 俺の心臓が止まりかける。

 

(……なんやねん、お前。なんでそこまで……なんで“人外”になってでも、せいらと生きる覚悟ができとんねん……!)

 

 ──その瞬間、夏油の身体が光に包まれた。

 

 皮膚が滑らかに、

 脚がひとつに融け合い、

 尾びれが現れる。

 

 俺はただ、動けずにそれを見とるしかなかった。

 

 自分の中にある「禪院」としての血が、ドス黒い屈辱と、認めがたい焦燥で煮えたぎる。

 

(俺は……一瞬ためらったっちゅーのに、お前は……迷わんのか……!)

 

 夏油は最後に振り返りもしおらんかった。

 

(……待っていろ、せいら)

 

 その背中のまま、黒い尾びれが、深い海へ一直線に消えていく。

 

「……あ、あああああッ!!」

 

 俺は血が滲むほど拳をデッキに叩きつけた。

 足元に落ちた夏油の濡れたスーツが、まるで俺の“敗北”を嘲笑っとるように見えた。

 

「俺は……アイツに負けたんか。せいらを想う気持ちも、覚悟も……全部、アイツが上だとでも言うんかッ!!」

 

 

●8

 

 水の中は、思っていたよりもずっと明るかった。

 

 頭上から落ちてくる光が、

 ゆらゆらと揺れている。

 水面のきらめきが、

 空の破片みたいに散らばっていた。

 

 尾びれを動かすと、

 ふわりと水が抱きしめ返してくる。

 

(……きれい)

 

 くるりと回る。

 髪が水にほどけて、

 胸の奥がじんわり温かくなる。

 

(たのしい……)

 

 ──その瞬間。

 

 水が、ひとつの方向へ走った。

 

 ぐい、と。

 誰かに腕を掴まれたみたいに。

 

「……え?」

 

 身体が勝手に進む。

 自分の意思じゃない。

 

 尾びれを動かす。

 進まない。

 

 もう一度、強く蹴る。

 

 それでも──

 前に進まない。

 

(なんで……?)

 

 水をかく。

 必死に。

 

 でも動いているのは、自分じゃなくて──

 水のほうだった。

 

 視界がぐらりと傾く。

 

 上がどっちか分からない。

 光が揺れて、

 海底が空みたいに見える。

 

(上……どっち……?)

 

 胸が苦しい。

 息が乱れる。

 

(すぐる……?)

 

 名前を呼ぼうとする。

 でも声は出ない。

 泡すら出ない。

 

(さとる……? だれか……!)

 

 手を伸ばす。

 何も掴めない。

 

 水が喉に入りそうになる。

 怖い。

 怖い。

 怖い。

 

(やだ……やだ……やだ……!)

 

 尾びれをばたつかせる。

 でも逆に体が回転して、

 上下が完全に分からなくなる。

 

(どうしたら……どうしたらいいの……!?)

 

 光が遠い。

 さっきまでいた場所が、

 もう届かない。

 

(すぐる……! すぐる……!!)

 

 声にならない叫びが胸の中で弾ける。

 

 ──そのとき。

 

 音が消えた。

 

 水のざわめきも、

 自分の心臓の音も、

 全部、消えた。

 

 世界が、

 真っ暗になった。

 

(……え?)

 

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 

 ただ、冷たい水圧だけが

 全身を押しつぶしてくる。

 

(すぐる……? さとる……?)

 

 震える指先が、

 空を掴むように水をかく。

 

 その瞬間──

 

 腕を、強く掴まれた。

 

「……っ!」

 

 息が止まるほどの力。

 逃がさない、と言わんばかりの強さ。

 

 次の瞬間、

 抱きしめられた。

 

 胸のあたりに、

 誰かの体温が触れる。

 

 黒い影が揺れる。

 長い髪が水に広がる。

 

(……すぐる?)

 

 その腕は、せいらを包むように強く抱き寄せた。

 抱き寄せられた胸元に、深海とは思えないほどの温もりが触れた。

 暗闇の底で、その影の足元から、大きな尾びれがゆらりと揺れた気がした。

 

(……すぐる……助けに来てくれた……)

 

 安心が胸に広がった瞬間、

 視界がふっと暗くなった。

 

 光が遠ざかる。

 

 ──意識が落ちた。

 

──

 

 ──水を蹴る。

 

 術式での直接救出を断念し、せいらを傷つけぬよう慎重に気配を追っていた悟を、先ほど一瞬で追い抜いた。

 

 人魚の身体は、想像以上に速い。

 水の抵抗が完全に消え去っている。

 

 離岸流の“形”が、まるで導くような光の筋となって視界に映っていた。

 

(……この先だ)

 

 尾びれを強く振る。

 水が激しく裂けた。

 

 深い。

 

 暗い。

 

 けれど、迷うことなど万に一つもない。

 

(せいら……!)

 

 ──そして。

 

 暗い岩肌の影に、ゆらり、と揺れる落とし物が見えた。

 

 近づく。

 

 それは──

 

 彼女の防水カバンだった。

 

 鋭い岩の角に、ちぎられたように引っかかっている。

 

 GPSの淡い光が、冷たい水中でかすかに点滅を繰り返していた。

 

 手を伸ばして掴む。

 

 中身は無事だ。

 

 だが──

 

 肝心の本人だけが、どこにもいない。

 

 胸の奥が、凍りつくように冷たく沈んでいく。

 

(……せいら)

 

 その時だった。

 

 周囲の水の流れが、ピタリと止まった。

 

 いや、止まったのではない。

 

 粘度を増したように、重く、淀んだ空気が海底を満たしていく。

 

 人魚となった身体の肌が、悍(おぞ)ましいほどの“呪力の震え”を拾って粟立った。

 

(……いや、これは呪霊の気配ではない。……魂の、抜け殻……?)

 

 それは、生きているモノの負の感情などではなかった。

 

 かつて海に沈み、現世への未練だけを残して境界線の向こう側に捕らえられた──本物の「死者」たちの気配。

 

 暗闇の奥。深海の向こう。

 

 無数の、実体のない濁った瞳が、私をじっと見つめている。

 

 私を、そして地上の人間たちをこれ以上近づけさせまいとする、明確な『見張る』視線。

 

 その死霊たちのさらに奥に、もっと深く、もっと古い“何か”の気配があった。海そのものが、こちらを見ているような──そんな錯覚。

 

 私は鋭い爪の生えた手を構え、その死の領域へと睨みを利かせた。

 

(……誰だ。どこにいる)

 

 膠着する、コンマ数秒の静寂。

 

 こちらの手の内を探るかのように蠢いていたその無数の気配が、次の瞬間、すうっと霧が晴れるように消え去っていった。

 

 まるで、最初から何もいなかったかのように。

 ただの冷たい海水が、そこを通り過ぎただけであるかのように。

 

 完全に気配が途絶えた。

 

 残されたのは、圧倒的な拒絶をはらんだ、深い、深い、海の暗闇だけ。

 

 用は済んだ、とでも言うように引き上げていった死霊たちの冷気の残滓の中で、私はただ一人、拳を強く握りしめる。

 

(……海底が、死後の世界と繋がっているというのか。

 面白い。……たとえそこが冥府の底だろうと、関係ない)

 

 尾びれが、決意と共に暗闇を拒むように揺れた。

 

(待っていろ、せいら。……必ず、取り返す)

 

 私はさらに深い、深海の奈落へと、迷わず身を投じた。




ここまでご覧いただきありがとうございました。
それでは大体また来週!

うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/

◆ノベマ!にて公開中 完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
次の80は遊興編のおまけ微エロな内容を更に公開します。
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