【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟/煉獄杏寿郎】
世界を越えて、悲劇に抗う物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


129碧淵編 9・10:三線の音が優しく漂うガジュマルの木と、現代の海に牙を剥く理不尽な離岸流

●9

 

 五条悟や夏油傑、そしてそよかやせいらが星漿体・天内理子を巡る護衛任務の噂は、沖縄の現役呪術師である七海海人(ななみかいと)の耳にも届いていた。

 

 だが、本土の最高戦力たちが関わるそんな大層な大捕物が、まさかこの沖縄の海を舞台にするなんて、彼はこれっぽっちも思っていなかった。

 

「はぁ……まさか、現地の防衛線(バックアップ)を丸投げされるとはねぇ……」

 

 連絡が入ってからずっと、高専の連絡員や現地の関係者との緊迫した打ち合わせが続いていた。海人の頭は情報でパンパンになり、耳の奥で誰かの声がまだ反響している気がする。

 

 星漿体たちが沖縄に来ることに決まった──その一報は、あまりにも急で、あまりにも最悪だった。

 

 あの少女を乗せた飛行機がこの島に到着すれば、懸賞金に目が眩んだ呪詛師どもが蟻の群れのように押し寄せてくる。そうなれば、この沖縄の海は一瞬で血の海に変えるほどの、凄惨な戦場になることは火を見るより明らかだった。

 

 飛行機が着く前に、少しでも先手を打って防衛線を構築しなければ、本当に取り返しのつかない酷いことになる。

 

 心身ともにクタクタだった。ウェットスーツのジッパーを腰まで引き下げ、かりゆしシャツを羽織っただけの締まらない格好で、海人はお世話になっているユタのばあちゃんの家へと帰ってきた。足取りは重く、砂浜を歩いた後のように脚がだるい。

 

 せめてこれから始まるであろう、その最悪の地獄に向けて、少しの間だけでも、一時間でもいいから仮眠したかった。

 

 だが、引き戸を開けた海人の目に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。

 

「おいおい、ばあちゃん……何してるわけ? そんな猛烈に掃除なんかして」

 

 地元の誰もが恐れ敬う凄腕のユタのばあちゃんが、髪を振り乱し、汗をぽたぽたと畳に落としながら、まるで何かに追われているかのような速度で床を磨き上げている。雑巾が畳を滑るたび、湿った音が部屋に響いた。

 海人は思わず足を止めた。

 普段はどっしり構えているばあちゃんが、ここまで必死に動く姿など見たことがない。

 

 任務のことでナーバスにでもなっているのかと思いきや、ばあちゃんは血相を変えて海人を怒鳴りつけた。

 

「バカたれ海人! 呑気に突っ立ってる場合かね! 今日はね、久しぶりにお姉様がいらっしゃるんだよ! 埃一つでも残してみなさい、世界ごと消されるさぁ!」

 

 ばあちゃんは息を荒げながら続けた。

 

「世間じゃ“魔女”なんて呼ぶ人もいるみたいだけどねぇ……あのお方はそんなちゃちな存在じゃないわけさぁ。海も風も、あのお方の前じゃ頭を下げるんだよ」

 

「……は? お姉様?」

 

 海人は思わず聞き返した。疲れで鈍っていた頭が、冷水を浴びせられたように冴える。

 

 わけのわからないばあちゃんの言葉に呆れ、海人が居間の引き戸をさらに開けた、その瞬間。

 

 ──世界が、静止した。

 

 空気が一枚の膜になったように動きを失い、海人の呼吸だけがやけに大きく響く。

 

 そこは、さっきまで海人が背負っていた「呪術界の重苦しい現実」とは、完全に隔絶された空間だった。

 

 凛と張り詰めた、けれど恐ろしいほど清浄で、神聖な空気。

 

 その中心に、見覚えのない質の良い白い服を着た美しい女性が、まるで最初からそこにいるのが世界の理であるかのように、優雅にお茶を飲んでいた。

 

 海人の思考が、完全にフリーズする。

 

「……は?」

 

 素の声が漏れた。

 

 その直後、横から弾丸のような勢いで滑り込んできたユタのばあちゃんが、見たこともないスピードで畳に額を擦りつけ、全力の土下座を決めた。

 

「お、お姉様ぁぁぁ!! お下を、お下をお向きくださいませ……っ!」

 

 そんなばあちゃんの様子に、白い服の女性は、ふわりと柔らかく、鈴の鳴るような声で微笑む。

 

「わざわざ私のために掃除をしなくてもいいのに。いつも通りでいいのよ」

 

 スッと顔を上げ、海人を正面から見据えた。

 その瞬間、海人は彼女の『瞳』に、抗うことなく視線を吸い寄せられる。

 

 浅瀬のエメラルドグリーンから、光の届かない深海の藍色まで──

 その色彩が、彼女の瞳の奥でゆっくりと混ざり合い、海人の知るどんな海よりも静かに、深く揺らめいていた。まるで広大な海そのものが、その小さな双眸に閉じ込められているかのように。

 

 毎日海を見て生きている海人だからこそ、その瞳が持つ圧倒的な神聖さが、理屈抜きで心に突き刺さる。

 

(……おいおい、嘘だろ。こりゃあ、海の神様か何かが、人間の格好して座ってるんじゃないか?)

 

 目前に迫る死線を前に、海人の野生的な直感が告げていた。

 

 この人には、絶対に敵わない。

 

 そんな風に硬直している海人を見つめ、彼女は彼のすべてを見透かしたように、あの海の色を湛えた瞳を細めて優しく囁いた。

 

「これからの任務……心配ね。ちゃんと眠れるようにしてあげましょう……」

 

「え……?」

 

 またしても海人が間抜けな声をあげた、その刹那──。

 

──

 

「……っ!?」

 

 ハッと目を開けた瞬間、背中にフカフカの布団の感触があることに気づき、海人はガバッと跳ね起きた。

 

 あまりの体の軽さに、数日ほどリゾートで泥のように眠りこけていたのではないかと錯覚するほどだった。寝不足による頭の靄は一切なく、それどころか、全身の呪力が今まで経験したことがないほどに満ち満ちて、滾っている。

 

「嘘、だろ……!? 俺、どれだけ寝てたんだ!?」

 

 最悪の焦りが脳裏をよぎり、冷や汗を流しながら慌てて枕元の時計を確認する。星漿体たちを乗せた飛行機が沖縄に到着するまで、もう時間がないはずなのだ。

 

 だが、時計の針が示していたのは──引き戸を開けて居間に入る前と、ほとんど変わらない時刻だった。

 

「……は? 一時間も、いや、数分しか経ってないわけ……?」

 

 呆然と時計を見つめる海人の耳に、外からいつも通りの穏やかな波の音が聞こえてくる。

 

(あの人が、俺の時間を……いや、俺の体だけを『書き換えた』のか……?)

 

 本来の史実──。

 

 極限の寝不足と疲労のままこれからの激戦に突入し、一瞬の判断ミスで海の底に沈むはずだった七海海人の「死因の種」は、彼女の優しい気まぐれによって、最初から根こそぎ叩き折られていた。

 

 足音を立てて居間へ向かうと、そこにはもう、あの白い服の女性の姿はなかった。

 

 代わりにいたのは、先ほどあれだけ必死に掃除をしていたユタのばあちゃんだ。ばあちゃんは、見たこともないほどツヤツヤした顔で、上機嫌にお茶をすすっている。

 

「……ばあちゃん! あの、さっきの白い服の人は!? というか、俺いつの間にか寝てて……」

 

「何言ってるんだかねぇ、お姉様ならとっくにお帰りになったさぁ」

 

 ばあちゃんはガハハと豪快に笑い飛ばした。

 

「いやぁ、本当にお姉様はありがたいお方さぁね。お陰で私の寿命も、10年は伸びたさぁ!」

 

「じゅ、寿命が10年……?」

 

「それだけじゃないよ。海人、あんた気づかなかったかね? さっきまで、去年大往生したじいちゃんが、そこらのガジュマルの木の下あたりで、嬉しそうに三線を弾いている“気配”がしたさぁ!」

 

 姿は見えないのに、あの独特の指の運びだけは、海人の耳が覚えている。

 

「……はぁ!? じいちゃんが!?」

 

 ばあちゃんの言葉に、海人は思わず窓の外のガジュマルの木を見やった。

 

 姿は見えない。けれど、確かにそこには、去年死んだはずのじいちゃんの、あたたかくて清らかな気配が、潮風に混ざって優しく漂っている。

 

 死は終わりではない。呪いでもない。

 

 あの美しい魔女に救われ、関わった魂は、こんなにも自由で清らかな精霊となって、彼女の永い旅路に寄り添うのだ。

 

 遠くの潮騒に耳を澄ませながら、海人はうっすらと生えた無精髭をガリガリとかき、フッと笑った。

「なるほどねぇ……。じいちゃんも見守ってくれてるわけだ」

 

 極限まで満ちた呪力を拳に込め、かりゆしシャツの襟元をパタパタと揺らす。

 

 魔女が肯定し、優しく書き換えてくれたこの美しい世界。海人の胸の奥に、潮騒のような静かな熱が灯る。その未来を繋ぐためなら、命の一つや二つ、喜んで張ってやろう。

 

「よっしゃ、コンディションは最高さぁ。体の芯から力が溢れて、海風が肌に触れるだけで血が騒ぐ。いっちょ気合い入れて、海に行ってくるさぁね!」

 

 海の神様に見初められた海人は、最高の笑顔を浮かべ、青く輝く最前線の海へと歩き出した。

 

──

 

 ──そして現在。

 

 まぶしい夏の陽光が、青い海原に反射してきらきらと跳ねていた。

 

 あの時と変わらないウェットスーツを腰で結び、潮風にかりゆしシャツをなびかせながら、七海海人は小型ボートの舵を握っている。

 

 ジリジリと肌を焼く太陽は、あの星漿体事件の日の熱を孕んでいるようでもあり、あるいは、あれから巡ってきた新しい季節の訪れを告げているようでもあった。

 

 懐から取り出した携帯を開き、残されていた留守番電話の主へと折り返す。

 

「あぁ、建人かぁ? 留守電聞いたよぉ。可愛い先輩が行方不明なんだって?」

 

 

●10

 

 放課後の空き教室は、しんと静まり返っていた。

 

 黒板には薄くチョークの粉が残り、窓から差し込む夕方の光が、机の列を斜めに照らしている。誰もいないはずなのに、ついさっきまで授業が行われていたような温度だけが残っていた。

 

 その教室の前方──教壇の上に、お師匠様が静かに立っていた。まるで本物の教師のように背筋を伸ばし、視線は柔らかいのに、どこか世界の仕組みそのものを見透かしているような深さがある。

 

 せいらとそよかは、前列の机に並んで座っていた。二人とも姿勢は生徒そのもので、けれどどこか落ち着かない。教壇に立つ師の存在感が、教室の空気をゆっくりと塗り替えていく。

 

「私たちにとって“物語”とは、ひとつの流れをただ追うものではないわ」

 

「ふにゃっ!? どういうことぉ?」

 

「せいら、ちゃんと聞いていれば分かることよ」

 

「にゃうー……」

 

 せいらは頭を抱えて両目をぎゅっと閉じた。

 

「物語の流れを“変えられる”存在に、私たちは変化を促すことが出来るの」

 

「悟や傑のことですね」

 

「そう。物語の流れは誰でも揺らせる。でも、その揺れが“どこまで届くか”は個体差があるし──そういう思考をすることすら本来出来ないことなのよ」

 

「お師匠様と出会わなければ、私たちも猫として生きることに疑問を抱かなかったということですよね?」

 

「……そう。自分という存在を疑わず、与えられた役割を全うする。それが本来の姿」

 

「わたしがすぐる頑張れー!! って応援すれば、もっと頑張れちゃうってことでしょ!?」

 

「せいら……」

 

 そよかが眉を下げて呆れたように息をつく。

 

「そういう面もあるわ。でも気をつけないといけないことは、一度揺らいだ物語は揺らぎ続けるということ」

 

「「…………」」

 

「観測され続ける物語は、新たな揺らぎを発生させる。それこそある時は、私たちの想定すら超える形でね」

 

「お師匠様でも見通せないものなのですか?」

 

「見通せる時もあるし、そうでない時もあるわ。結果が定まらないまま変化し続けることもある。子どもが手にした万華鏡のように」

 

「ひぇ、こわいよぉ」

 

 せいらは自分の体をぎゅっと抱きしめて、ぶるぶる震える。

 

「でも、生きることってそういうことでしょう? 出来る限り大切なものを守りきれるように、よく考えて行動すればいいのよ。

──後悔のないようにね」

 

──

 

 海風がざわりと頬を撫で、胸の奥に残っていた“お師匠様の言葉”が、今の張り詰めた現実と重なっていく。

 

(──大切なものを守りきれるように)

 

 遠い異国の風に似たその余韻を、私はゆっくりと瞼を閉じて受け止める。

 再び目を開けた時、先ほどまでの空き教室のチョークの匂いは一瞬で消え去り、代わりにむせ返るような塩の匂いと、波の砕ける轟音が私の五感を支配した。

 通信機のボタンに指をかけ、手元のモニターを睨みつける。

 

 私は深く息を吸い、震えそうになる声を押しとどめた。

 

「皆、落ち着いて……悟、せいらの動きは何か呪力を感じた?」

 

 通信越しに、悟の声が低く返ってくる。

 いつもの軽さがない。

 

『聞こえてる。つーか、そよかの言う通りだわ。呪力じゃねえ、ただのクソデカい天然の引き潮──いや、それ以上の“何か”に引っ張られてる。俺の「蒼」じゃ、水圧の板挟みでせいらの体が持たねえ』

 

 背筋が冷たくなる。

 悟が“無理”と言うなんて。

 

「建人さん、せいらはもしかして離岸流に入ってしまったのではないかしら?」

 

 私の問いに、通信の向こうで建人さんが息を呑む気配が伝わってきた。

 

『……離岸流、ですか。だとしたら最悪です。あの海域の潮の流れは、通常の物理法則だけで片付くものではありません。五条さん、聞こえていますか』

 

『聞こえてるよ。で、そよかの推測は当たり』

 

 悟の声が、海の底のように静かだった。

 

「そんな……! じゃあ、指をくわえて見てろって言うの!?」

 

 思わず声が上ずる。

 手元のモニターに表示されていたせいらの位置を示す光(ドット)が、激しい点滅ののち、唐突に掻き消えた。

 

 ──『圏外』。

 

 水深の壁が、電波を完全に遮断したのだ。

 

『言うわけねーだろ』

 

 悟が短く吐き捨てる。

 

『傑がさっき緊急浮上していった。呪力で身体を強化してたけど、ダメージが心配だな。例の飴を使って人魚化するつもりだろう。俺もこのまま生身で追う』

 

『無茶を言わないでください。五条さんでも潜水を続けたら──』

 

 建人さんの制止が、波の音にかき消される。

 

 私は強く拳を握りしめた。

 海が、まるで“拒絶”しているように感じた。

 

(……せいら)

 

 胸の奥が痛む。

 

 その瞬間──

 

『──大切なものを守りきれるように』

 

 お師匠様の言葉が、もう一度、静かに響いた。




ここまでご覧いただきありがとうございました。
それでは大体また来週!

うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/

◆ノベマ!にて公開中 完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
次の80は遊興編のおまけ微エロな内容を更に公開します。
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