【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●11
──沈没船の奥。 光の粒が揺れる静かな空間。
ルーグルは眠る同族の少女を見つめていた。 胸の奥が、じんわりと熱を帯びる。
「ルー様、どうされましたか?」
セバスクンが横でハサミをちょきちょき鳴らす。
「……不思議なんだ」
ルーグルはゆっくりと目を伏せた。
「僕がさっき抱きしめた時…… この子、とても安心したみたいで」
その時の感触を思い出すように、 胸元にそっと手を当てる。
「ひどく震えていたのに…… 僕の腕の中で、ふっと力が抜けて…… 嬉しそうに笑ってくれた」
その声は、どこか夢を語る子どものようだった。
「可愛かったなぁ……」
ぽつりと漏れた言葉に、 セバスクンが目を丸くする。
「おやおや、ルー様がそこまで仰るとは!」
「それに、この子は外の海で助けた子と……似ている気がする。でも、そんなはずないよね。あの子は“地上の子”だったし……」
「ほう!」
「──あの子は確かに“地上の子”だった。ここに来られるはずがない」
穏やかな海流に髪が揺れた。思い出そうとすると、胸がざわつく。
ルーグルは自分に言い聞かせるように、ゆっくりと首を振った。
「なのに、どうしてだろう。こんな深い場所まで、まるで僕に会いに来てくれたみたいに……。でも、そんな偶然……いや、運命なのかな」
その言葉には、 “気づきたくない真実”を必死に押し込めるような響きがあった。
「これはもう、運命ですな!」
セバスクンが胸を張る。
「ルー様が一度助けた子が、今度は“同族”として戻ってきた! 海に選ばれた証拠でございます! これを運命と呼ばずに、なんと呼ぶのでしょう!」
ルーグルはその言葉を、 まるで自分を納得させる呪文のように心の中で繰り返した。
(──運命)
「そう、なのかもしれない……」
その笑顔は、 優しくて、 どこか切なくて、 そして──危うかった。
──
柔らかい。
何かに包まれているような、遠い夢の続きのような感覚だった。
ゆっくりと、意識が浮かび上がっていく。
──光が、揺れている。
天井……じゃない。
水の向こうで、きらきらとした粒が漂っている。
「…………」
体を起こそうとして、違和感に気づいた。
軽い。
そして──
脚が、ない。
代わりに、尾びれが静かに揺れていた。
「……っ」
声を出そうとする。
何も出ない。
分かっていたはずなのに、
改めて突きつけられる“沈黙”。
水の中の世界は、あまりにも静かだった。
「……起きた?」
柔らかい声が、水に溶けるように届いた。
振り向く。
そこにいたのは、黒い髪の青年だった。
水の中なのに、ゆったりと漂うように立っている。
光を受けて、その髪がわずかに赤く揺らいだ。
「よかった。無事で」
少しだけ安心したように笑う。
せいらは、目を見開いた。
(すぐる……?)
違う。
でも──似ている。
どこか、決定的に。
目の前の青年からは、すぐるの持つ呪力とはまた違う、海そのものを丸ごと凝縮したような、底知れない、冷たくて巨大な呪力の気配がゆらゆらと立ち上っている。
「僕は、ルーグル」
青年は少し考えてから、やわらかく笑った。
「君も、僕のことルーって呼んでくれていいよ。どこから来たの?」
せいらの口がわずかに動く。
声は出ない。
その様子を見て、ルーグルは眉を下げた。
「……ごめん。うまく、分からないや。喉を針で怪我したのかな? 外の海は危険だよね……」
ルーグルは本当に心配そうに、痛ましげに微笑む。その瞳には、嘘も悪意も何一つ混ざっていなかった。だからこそ、せいらは言葉のない恐怖を覚える。
彼は“外の世界”を危険視しているのではない。ここにいることが、せいらにとって絶対の幸福だと、心の底から盲信しているのだ。
「ここはね」
ルーグルは手を差し出した。
声が少し明るくなる。
「安全な場所だよ」
水の中に、音が広がる。
歌。
言葉よりも先に、感覚が届く。
『隣の海藻は 青く見えるけど
陸に比べたら どこも平和さ
まわりを見てごらん この海の底
なんて素敵な世界だろう これ以上何を望む?
輝く珊瑚礁 朝日より輝いて見えるよ
さぁほら 僕の声に耳を傾けて
深い海の底
みんないい奴さ
だから安心して いつまでも いなよ
楽園さ』
「君も、そう思うよね?」
歌い終えたルーグルはそっと近づき、せいらの顔を覗き込んだ。
言葉の通じない水中で、彼の長い髪がふわりとせいらの肩に触れる。
ルーグルの瞳はまっすぐで、
でもどこか不安を押し隠すように揺れている。
「ここは安全で、きれいで……
誰も君を傷つけない。
僕は、そう信じてる」
言葉の最後が、
ほんのわずかに震えた。
まるで──
自分自身に言い聞かせているように。
「だから……君も、そう思ってくれたら──」
せいらの沈黙を、
ルーグルは“肯定”として受け取ろうとする。
その表情には、
確信と不安が同時に滲んでいた。
魚たちが集まり、光が踊る。
沈没船の窓から、淡い光が差し込んでいた。
カニが横から出てきた。
「お嬢さん、目が覚めたんですな!」
ぺこりと礼をする。
「わたくし、セバスクンと申します!」
後ろから、小さな綺麗な色をした魚がぴょこぴょこ泳いでくる。
「あたしはレミーリアだよ〜! レミーって呼んでぇ」
せいらは周りを見渡す。
きれい。
確かに。
夢みたいに。
──でも。
胸の奥に、小さな“違和感”が残る。
「……」
口を開く。
何かを伝えようとする。
「……ああ」
セバスクンがぽんと手を打った。
「声が出せないのですな! 大丈夫でございます! わたくし、頭がいいので! お嬢さんの言いたいことは、全部分かりますぞ!」
ルーグルが少し驚いた顔をする。
「本当?」
「ええもちろん!」
胸を張るセバスクン。
せいらは必死に手を動かす。
帰りたい。
戻らなきゃ。
すぐるや、みんなのところに──。
「なるほどなるほど!」
セバスクンが頷く。
「ここが綺麗で、びっくりしていると! ずっと見ていたいと!」
「……そうなんだ」
ルーグルは嬉しそうに笑った。
──違う。
でも、声が出ない。
(ちがう……そうじゃなくて……)
言葉は、水の中でほどけていく。
ルーグルはそんなせいらの様子を見て、少しだけ首を傾げた。
それでも、否定はしない。
「……少し、休む?」
優しく言う。
「困ったことがあったら、呼んで」
ゆっくりと、その場を離れていく。
残された静寂。
せいらは沈没船の中でひとりになる。
光が、遠くで揺れている。
その時──視線を感じた。
振り向く。
物陰。
「……」
セバスクンが、そこにいた。
隠れていたのがバレた顔。
ゆっくりと出てくる。
さっきまでコミカルに動いていたはずの小さなハサミが、ピチピチと不自然に静止する。その飛び出た二つの黒い眼球は、生き物らしい感情を一切失ったように、ただじっとせいらを映していた。
「……気づいてしまいましたか」
少しだけ、声のトーンが変わる。
「お嬢さん」
間。
「帰りたい、と仰っていましたな」
せいらの動きが止まる。
「ですが」
セバスクンは、感情の読めない硬質な声で静かに続けた。
「その言葉だけは、通訳できないのです……」
●12
「こっちだよ」
ルーグルが手を引く。
その指先は水の中でも不思議と温かく、せいらの体は水流に乗るようにふわりと動いた。
視界が、開ける。
──街があった。
青い光で満ちた、海底の都市。
建物は珊瑚のようにしなやかで、内部から淡い光を宿している。
魚たちが行き交い、泡が空へ昇っていく。
まるで──沈んだ空の街。
「ラピスラズリ」
ルーグルが呟く。
「──僕の国」
せいらは目を見開いた。
綺麗。
圧倒的に。
でも──胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。
(……なんか)
「どう?」
ルーグルが少し不安そうに聞く。
せいらは、少し考えてから、小さく頷いた。
その瞬間、ルーグルの表情がぱっと明るくなる。
「よかった。気に入ってくれて」
──“通じていることになっている”。
「海ではね」
ルーグルはゆっくり泳ぎながら続ける。
「言葉って、そんなに大事じゃないんだ」
振り返る。 優しく笑う。
「大事なのは、なんとなく分かること」
その笑顔は柔らかいのに、 “誤解もそのままにする”静かな強さがあった。
せいらは、少しだけ視線を逸らす。
(……違う)
でも、それを訂正する術がない。
「君はさ」
ルーグルがぽつりと言う。
「不思議だね。初めて会ったのに……」
少しだけ言葉を探して、
「……ずっと前から知ってる気がする」
──一目惚れ、成立。
せいらの心臓が、小さく跳ねた。
(すぐる……)
その瞬間、ルーグルがまた少しだけ笑う。
「……やっぱり、呼んでくれたね」
ズレが、静かに固定されていく。
──
日が沈んだ。
海は黒い鏡のように静まり返り、 波の音だけが、遠くでかすかに響いている。
クルーザーの甲板には四人がいた。
悟は腕を組み、 七海は海図を広げ、 そよかは通信越しに冷静な声を保ち、
そして──
直哉は、髪を乱暴にかき上げながら立っていた。
震えてはいない。
だが、拳は固く握られている。
「……で、傑。せいらはどこや」
声は低い。 怒りと焦りを押し殺した声音。
傑は尾びれを引きずるようにして立ち、 海を睨みつけていた。
傑は口を動かした。声は出ない。
代わりに、肩にまとわりついた小さな呪霊が震え、
低く濁った声を響かせる。
『……見つからない』
「は?」
「海流を追っても、痕跡が途切れたって。 GPSも、ここにあるしな」
悟が猫の防水ポーチを直哉に見せた。
「……ッ」
直哉の喉がわずかに鳴る。
悟が眉をひそめる。
「お前、また潜る気だろ」
傑は短く息を吐き、呪霊がそれを拾う。
『……当たり前だ』
即答。
七海が静かに口を開く。
「夏油さん。あなたの身体は今、人魚化の影響で不安定です。 深海に長時間いるのは危険だ」
傑は髪をかき上げ、呪霊が震える。
『……危険でも行く』
その目は、海の闇よりも深かった。
傑の喉は震えるだけで音にならない。
だが呪霊がその揺れを拾い、静かに声を出す。
『……あの子は、ひとりなんだ』
沈黙。
そよかの声が、通信越しに落ちてくる。
『傑。 あなたが焦ってるのは分かるけど…… “あの場所”は普通の海じゃないわ』
悟は傑を見て代わりに返事をした。
「知ってるってよ」
『違うの。 あそこ、海流が“途切れていた”のよ。 自然じゃない。 何かが、意図的に流れを切ってる』
「つまり──“連れてかれた”ってことか」
悟が言う。
『ええ。 落ちたんじゃなくて、引き込まれたの』
直哉の拳が、ぎゅっと強く握られた。
「……ッ、誰やねん。せいらを連れてったやつは」
怒りで声が震える。
だが、震えていることを絶対に認めない。
傑は海を睨みつけたまま、呪霊に呪力を流す。
『……感じた。あの下に……“何か”がいる』
悟が目を細める。
「お前が言うなら、いるんだろうな。 でもさ──」
悟は空を見上げた。 星が、海に落ちそうなほど近い。
「夜の海は、戻ってこられないぞ」
呪霊が震え、低く響く。
『……戻る気はない』
『せいらを見つけるまで、戻らない』
直哉が一歩前に出る。
「……ほな、俺も行く」
悟が目を丸くする。
「お前が?」
「当たり前やろ。 せいらは……俺の──」
言いかけて、直哉は口を噤む。
傑は直哉を見据え、呪霊が代わりに声を出す。
『……君は来るな』
「なんでや」
『邪魔だ』
「……ッッッ!!」
直哉のこめかみに青筋が浮かぶ。
「誰が邪魔やねん。 俺は──」
『君は“ためらった”』
傑の声は静かだった。
直哉の肩が、びくりと揺れる。
『私は見ていた。
君は、青い飴を拾うのをためらった。
私は──迷わなかった』
「……ッ……!」
直哉は歯を食いしばる。
七海が静かに言う。
「直哉さん。あなたは地上での役割があります。 ここで無理をしても、誰も救えません」
「……ッ……クソが……」
直哉は拳を握りしめたまま、海を睨む。
傑は尾びれを揺らし、海へ向き直る。
「傑、これ持ってけ!」
悟は傑を呼び止めて紐を縛ったGPS入りの猫ポーチを投げた。傑はしっかりと受け止めて腕に絡め、片手に握る。
(……待っていろ、せいら)
振り返ることもなく、傑は静かに海へ身を投じた。
黒い水面が、音もなく彼を飲み込んだ。
直哉はその場に立ち尽くす。
拳は震えていた。
悔しさで。
(……なんでや。 なんで俺は……あいつみたいに迷われへんかったんや……)
夜の海風が、
直哉の頬を冷たく撫でた。
「……そんな湿気ったツラしてると、せっかくの綺麗な海が泣くさぁねぇ」
不意に、すぐ近くの水面から、のんびりとした気の抜けた声が響いた。
「……ッ!?」
直哉がハッとして見下ろすと、クルーザーの真横に、いつの間にか一隻の小型ボートがエンジンを止めて、波に揺られながらピタリと並んでいた。
舵を握っているのは、ウェットスーツを腰で結び、かりゆしシャツの襟元をパタパタと仰いでいる男──七海海人だった。
「海人さん……? いつからそこに」
七海が怪訝そうに眉をひそめるが、海人は「いやぁ、話し始めたところからおったけどねぇ」と、うっすら生えた無精髭をガリガリとかくだけだ。
「おい、そこの金髪の兄ちゃん」
「……あ? 誰やねんお前」
直哉が鋭く睨みつけるが、海人はどこ吹く風で、直哉の震える拳をゆるく指差した。
「ためらうのは生き物として上等なわけさ。あの前髪の坊主(傑)みたいに、自分の命の重さまで忘れて飛び込めるやつの方が、ちょっと頭おかしいんだから。あんたはちゃんと自分の命を大事にできる、良い呪術師さぁ」
「……ッ、お前に何が分かんねん」
直哉はフイッと視線を逸らしたが、その言葉に、強張っていた肩の力がわずかに抜けたのが分かった。
「海人さん。お喋りはいいけど、傑がもう行っちゃったんだよね。そよかの言う通り、この海は普通じゃない。何か手はあるの?」
悟が上からボートを覗き込むと、海人は夜空を見上げて、ふぅと息を吐いた。
「普通の海じゃないからこそ、俺みたいな現地のロートルが呼ばれたわけさ。大丈夫、潮の『道』ならなんとなく見えてるよぉ。そこの海図を広げてる賢い方の建人、その紙切れはしまって、おじさんのボートに乗りなさい。爆速で前髪の坊主を追いかけるさぁね」
『おじ様……! よろしくお願いします!』
通信の向こうからそよかの切実な声が響く。
「はーい、そよかちゃんもお利口さんにして待っててねぇ」
海人はけだるそうに笑いながら、再びボートのエンジンキーを回した。
──
「ここはね」
ルーグルがふと立ち止まる。
都市の端。
その先は、暗い。
光が届かない、深い青。
せいらはそちらを見る。
「……あっちは」
ルーグルが言いかけて、少しだけ言葉を選ぶ。
「行かない方がいい」
「ここは、安全だけど……」
視線を落とす。
「あっちは、少し違うから」
──“さらに下がある”。
「それに」
ルーグルは少しだけ笑った。
「ここも、長くいすぎていい場所じゃない」
その言葉の意味を、せいらはまだ知らない。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
それでは大体また来週!
うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/
◆ノベマ!にて公開中 完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)
お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。次は85です。