【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟/煉獄杏寿郎】
世界を越えて、悲劇に抗う物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


132碧淵編 15・16:掻き消された古い呼び名と、純き呪力が呼び覚ます魔女の違和感

●15

 

 ──深海の岩陰で、魚の親が稚魚たちを寄せ集めていた。

 

「いいかい、お前たち、よく聞きなさい」

 

 稚魚たちは丸い目をぱちぱちさせながら、親の周りに集まる。

 

「この海のずっと奥に、“選別の魔女ラスト”が住んでいるんだよ」

 

 稚魚たちがびくりと震えた。

 

「せ、選別……?」

 

「そうさ。

 タコの脚を持つ恐ろしい人魚でね。

 海の民を“選んで”、

 気に入った者だけを生かし、

 そうでない者は水槽に閉じ込めてしまうんだ」

 

 稚魚たちは尾びれを震わせた。

 

「どうしてそんなことするの……?」

 

「深海を守るためだと言う者もいる。

 けれど……本当のところは誰にも分からない」

 

 親魚は静かに続けた。

 

「だから、あの影を見たら近づいちゃいけないよ。

 “選別の魔女ラスト”に見つかったら……

 二度と海には戻れないんだから」

 

 稚魚たちは一斉に身を寄せ合った。

 

──

 

 ──海面近くの水が、静かに揺れた。

 

 ぬるり、と影が伸びる。

 タコの脚がゆっくりと海底を這い、

 その中心から女の上半身が浮かび上がった。

 

 選別の魔女ラスト。

 

 左右にはウツボの護衛二人が控えていた。

 人の姿ではあるが、肌には斑点模様が浮かび、

 縦長の瞳孔が深海の捕食者のように光っている。

 スーツの袖口から覗く指先には、鋭い爪がわずかに光った。

 

「──そろそろ時間ね」

 

 ラストの声は、深海の水よりも冷たかった。

 

 遠くから光が差し込む。

 車が近づいてくる気配。

 

「人間たちが来る。姿を整えないと」

 

 ラストの身体が淡く光り、タコの脚がほどけるように形を変えていく。

 

 無邪気な子どもたちが「楽園」と信じて疑わないこの海の底で、魔女はただ生き残るためだけに、自ら忌むべき人間の姿へと形を変えていく。

 

 次の瞬間──

 

 そこに立っていたのは、人間の姿をしたラストだった。

 

 ただ、その肌はどこか薄い紫を帯びている。

 光を受けると、表面がかすかに波打つように見えた。

 人化の薬は、まだ完全ではない。

 

──

 

 ラストは優雅に椅子へ腰を下ろした。

 薄い紫の肌が照明に反射し、かすかに光を弾く。

 

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 

 深々とお辞儀をする人々を一瞥し、

 

「こちらこそ……夜分に失礼いたします」

 

 ラストは微笑んだ。

 

「昼間はどうしても……太陽の下では肌が焼けてしまいますの。例の薬が、まだ完全ではありませんから」

 

「その点につきましては、ラスト様の肌質に合わせた『特別仕様の遮光剤』を調整中でございます。地上移住の際には、必ずや……」

 

「助かりますわ。私たちの皮膚は、太陽の光にはあまりにも脆いですから」

 

 柔らかな声、ラストは静かに微笑んだ。

 横に控えるウツボの護衛二人が、人間の発する微かな熱気に喉を鳴らす。

 空気がぴりりと張りつめた。

 

「それにお礼を言うのはこちらの方ですわ。

 同胞たちを安全な場所に保護していただいて……本当に助かっているのです」

 

 人間側の研究者は、にこやかに微笑んだ。

 

「いえいえ。貴重なサンプルをご提供いただき……もちろん決められた量を……献血程度になるよう、しておりますので……どうぞご安心ください」

 

「ええ。彼らの命の保証と『保護』という建前が維持されるなら、その程度、安いものですわ」

 

 ラストは微笑む。水槽の奥で、同胞たちがどれほど貪欲に血を搾り取られているかなど、百も承知の笑みだった。

 その穏やかな表情の裏で、彼女の胸には、かつて人間に捕らえられ引き裂かれた者たちの悲鳴が冷たく澱んでいる。

 

 研究者は手元の資料をめくりながら、さらりと尋ねた。

 

「ところで……人魚は繁殖するのでしょうか?」

 

 ウツボの護衛がわずかに身じろぎし、

 口元から鋭い歯がちらりと覗いた。

 ラストはそれを制するように、指先を軽く動かした。

 

「寿命が長いので、滅多に繁殖はしません。

 けれど……まったくないわけではありませんわ」

 

「なるほど……希少種、ということですね」

 

 研究者の目がわずかに光った。

 

(……供給量を気にしている)

 

 ラストは穏やかに微笑む。

 

(人間はいつだって、数を欲しがる)

 

 研究者はさらに声を潜めた。

 

「最近、粗悪な“人魚薬”が出回っているようでして。

 人間を人魚化する薬だとか……」

 

「ええ、把握していますわ。

 危険です。深海にも悪影響が出ます」

 

 ラストは静かに目を伏せた。

 

(……あれは私が手引きしたもの)

 

(資金が足りない。

 完全人化薬を完成させるには、もっと研究費が必要)

 

(深海はもう限界。

 海を捨てる準備をしなければ──)

 

 護衛のウツボが耳打ちした。

 

「ラスト様。粗悪品の件、どういたしますか?」

 

「放っておきなさい。

 いずれ自滅するわ」

 

(本当は……止めたい)

(でも止めれば研究が進まない)

(私は……間に合わないのが怖い)

 

 ラストはゆっくりと立ち上がった。

 

(深海が滅ぶ前に。

 完全人化薬を完成させなければ)

 

(そのためには……どんな犠牲も払う)

 

 その瞳には、焦燥と決意が混ざっていた。

 

──

 

 ──商談を終え、ラストは静かに通路を歩いた。

 

 深海研究所の奥。

 巨大な大水槽の前を通りかかったその時だった。

 

『ラスティア! ラスティアでしょう!?』

 

 水を震わせるような叫びが響いた。

 

 ラストは足を止めた。

 声は聞こえる。

 けれど──ラストの声は水槽の中には届かない。

 

 水槽の向こう側。

 痩せた人魚がガラスに手を叩きつけていた。

 

『お願い……ここから出して!!』

 

 ラストはゆっくりと振り返る。

 

「……その名は捨てたわ」

 

 水槽の人魚は必死だった。

 

『ルーグルは無事なの!?

 お願い……答えて……!』

 

 ラストの表情は揺れない。

 ただ、静かに水槽を見つめる。

 

 ガラス越しに伸ばされた手。

 割れそうな声。

 揺れる水面。

 

『ラスティア……お願い……!』

 

 水槽の中の人魚の叫びが、通路に響く。

 

 ラストはそっと目を伏せた。

 

 その呼び声を背に受けながら、

 静かに歩き出した。

 

 

●16

 

 ──深海の家は静かだった。

 

 大きな蛸壺のような住処の中で、

 ラストはタコの脚をゆるやかに揺らしながら佇んでいた。

 

(……水槽の中で生きるのと、

 深海から出られないまま生きることの違いって……何かしら)

 

 水槽の人魚の叫びが、まだ耳の奥に残っている。

 

(どちらも“生かされている”だけ)

 

 静かな海流が、家の入口を揺らした。

 

 誰かが来た。

 

 ラストはタコの脚をまとめ、ゆっくりと入口へ向かう。

 

 扉の向こうに──二つの気配。

 

(……ルーグル。それと……この流れは?)

 

 深海の民とも、人間とも違う。

 水を拒まない、澄んだ呪力の流れ。

 

(……妙ね。こんな気配、知らない)

 

 ラストが手を伸ばし、扉に触れた──

 

 

──

 

 

 ──せいら。

 

 

 その名前を口にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 どうしてだろう。

 彼女の反応は小さな瞬きだけだったのに、

 それだけで“受け入れてくれた”ような気がしてしまった。

 

(……僕は、何を期待してるんだろう)

 

 自嘲するように息を吐く。

 でも、胸の奥のざわめきは消えなかった。

 

 彼女は地上の子だ。

 僕たちの海の生まれじゃない。

 

 それなのに──どうしてこんなにも惹かれてしまうんだろう。

 

(……似てるから、じゃない)

 

 外の海で見かけた“あの子”に似ているから。

 きっと、それだけじゃない。

 

 せいらは、僕の言葉を真っ直ぐに受け止めてくれる。

 声が出ないのに、必死に伝えようとしてくれる。

 その仕草ひとつひとつが、胸に触れてくる。

 

(……この子なら)

 

 胸の奥で、静かに何かがほどけた。

 

(この子になら……打ち明けてもいいのかもしれない)

 

 ずっと隠してきたこと。

 誰にも言えなかった“外の世界への興味”。

 海の民としては許されない、幼い頃からの願い。

 

 でも──せいらなら。

 

 ルーグルはそっと周囲を見回した。

 セバスクンの姿はない。

 他の人魚たちも遠い。

 

 彼女のすぐそばに寄り、

 水の流れが変わるほど近くで、そっと囁いた。

 

「……せいら。君も……地上のこと、気になってる?」

 

 せいらの肩が小さく震えた。

 否定も肯定もできない。

 ただ、目が揺れている。

 

(……やっぱり)

 

 胸がきゅっと締めつけられた。

 

「……少しだけ。僕に任せて」

 

 気づけば、手が伸びていた。

 せいらの肩に触れ、そっと抱き寄せる。

 守るように、包むように。

 

(大丈夫。僕がいる)

 

 言葉にしなくても、伝えたかった。

 

 次の瞬間──

 ルーグルは海を裂くような速さで泳ぎ出した。

 

 水流が二人の周りを巻き込み、光が線になって流れていく。

 

 ──彼女にだけ見せたい、あの沈没船がある。

 けれど、あそこへ入るには……まずラストの結界を解かなければならない。

 

「……ラストに頼みに行こう」

 

 ルーグルはせいらを強く抱き締めたまま、深海のさらに奥へと加速した。

 

 

──

 

 

 扉が開いた。

 

「ラスト、いる……?」

 

 ルーグルがひょこっと顔を出す。

 その後ろに──見慣れない少女。

 

(……この子。呪力の流れが……妙ね)

 

 先ほど感じた違和感。近づくほどに、それが確信に変わる。

 人魚たちの重い魔力とも、地上の浅ましい人間の濁りとも違う、あまりにも純粋な呪力の揺らめき。

 

「入っていい?」

 

「ええ。どうぞ」

 

 ラストはタコの脚をまとめ、二人を迎え入れた。

 

 ルーグルは少し緊張したように、少女の背に触れる。

 

「……紹介したい子がいて」

 

 少女は小さく会釈した。

 

「喉を怪我しているのか、声が出せないんだ」

 

 ルーグルの言う通り、少女は言葉を紡ごうとしない。

 けれど、その瞳はまっすぐラストを見ている。

 

(……名前すら聞いていないのに、“違和感”だけが先に来る)

 

 ラストは少女をじっと見つめた。

 

「この子……名前は?」

 

「……せいら」

 

 その瞬間、ラストの胸の奥がわずかにざわついた。

 

(……せいら。

 深海の名でも、人間の名でもない。

 けれど……どこかで聞いたような)

 

 少女──せいらは、ラストの視線を受けても怯えなかった。

 ただ静かに、受け止めるように見返してくる。

 

(……この子、何者?)

 

 ラストは目を細めた。

 

「それで、ルーグル。今日はどうしたの?」

 

 ルーグルは一度せいらを見て、

 意を決したようにラストへ向き直った。

 

「……ラスト。

 あの場所の“結界”を……解いてほしい」

 

 ラストのタコの脚が、わずかに揺れた。

 

「……あそこは、簡単に開ける場所じゃないわ」

 

「分かってる。でも……せいらに見せたいんだ」

 

 せいらは驚いたようにルーグルを見た。

 ルーグルは小さく頷く。

 

(……この子に“見せたい”?

 ルーグルが、誰かをそこへ連れて行くなんて)

 

 ラストは二人を見比べた。

 

 せいらの呪力の流れは澄んでいる。

 深海の民のように重くない。

 人間のように濁ってもいない。

 

(……この子なら、あの場所に触れても……壊れない?)

 

 ラストはゆっくりと息を吐いた。

 

「……いいわ」

 

 ルーグルの目がぱっと明るくなる。

 

「本当に?」

 

「ええ。あなたがそこまで言うのなら」

 

 ラストはせいらへ視線を向けた。

 

(……この子の“正体”を、確かめる必要がある)

 

 ラストはタコの脚をゆるりと動かし、二人に背を向けた。

 

「ついてきなさい。……確かめたいことがあるの」

 

 静かな深海を、三つの影が『あの場所』へ向かって進んでいった。




ここまでご覧いただきありがとうございました。
それでは大体また来週!

うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/

◆ノベマ!にて公開中 完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
85は七海建人2026誕生日に挿絵付き追加公開しました。
次は90です。
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