【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟/煉獄杏寿郎】
世界を越えて、悲劇に抗う物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。


135碧淵編 21(完結)★人魚(きみ)を取り戻す救いの口づけと、深海の対価が薫る平和な食卓

●21

 

 ──海沿いの古い工場。

 

 建物の壁は半壊し、鉄骨がむき出しになっていた。

 黒い呪力の残滓が空気を焦がし、

 奥ではまだ、傑とルーグルが呪霊と死霊をけしかけて暴れている。

 

 その一帯には、すでに帳が降りていた。

 

「……ここまで派手にやるかねぇ」

 悟が肩をすくめる。

 

「五条さん、感心している場合ではありません」

 七海が呆れたように言った。

 

「いやいや、ほら。

 あの二人、息ぴったりじゃん。仲良しかな?」

 

「五条さん──」

 

 七海の声が低くなる。

 

 そのとき──

 

 工場の入口に、一台の車が静かに滑り込んできた。

 

 ブレーキ音は控えめ。

 砂煙も最小限。

 “目立たないように”気を遣った運転だと分かる。

 

 運転席から前田まるこが顔を出した。

 

「着きました! そよかさん!」

 

 後部座席のドアが開き、そよかが飛び出す。

 

「悟! 建人さん! GPSの反応、ここね!?」

 

「そよかさん、ご無事でよかった」

 七海が安堵の息をつく。

 

「前田さんの運転、凄く速かった。

 助かりました……ありがとうございます……」

 

「ふふふ、この前田まるこ。推しのためなら年中無休!!

 “静かに最速”は大得意なのです!!」

 

 まるこが丸メガネを光らせながら親指を立てる。

 

「……で、ここは?」

 そよかが工場を見上げる。

 

「海人さんが言っていた“呪詛師のアジトかもしれない場所”です」

 七海が答える。

 

「だから帳が降りてても、ある程度は誤魔化せるってわけね」

 そよかが頷く。

 

「そういうこと」

 悟が笑う。

 

「海人さんと直哉くんは?」

「別行動中。そっちはそっちで動いてる」

 

 そよかは工場の奥を見つめた。

 

 黒い影が暴れ、呪霊の咆哮が響く。

 死霊の影が鉄骨を引き裂く。

 

「……あれ、傑とさっき合流した人魚さんですよね」

 

「そう。

 せいらを攫った連中の“売り込み先”を、

 今まさに壊滅させてるところ」

 

 悟が軽く笑う。

 

「じゃ、俺たちも行こうか、そよか」

 

 パチンとウインクして悟はそよかの手をとった。

 

──

 

 ──その頃、二人より一足早く、壊滅しかけた工場の最奥へと滑り込んでいた影があった。

 

 鉄骨が折れ曲がり、床には割れた水槽の破片が散らばっていた。

 

 その中に──まだひとつだけ、形を保った大型の水槽が残っていた。

 

 直哉は足を止めた。

 

「──っ」

 

 水槽の中の水は濁っていて、中がよく見えない。

 だが、かすかに揺れる影がある。

 

 胸の奥がざわついた。

 

(まさか……)

 

 直哉は一歩、近づく。

 

 濁った水の向こうで、

 細い腕が、ゆっくり沈んでいくのが見えた。

 

「……せいら?」

 

 返事はない。

 

 水は酷く濁り、底に何が潜んでいるかも分からない。罠の可能性すらある。

 

 ──だが、直哉の身体は、考えるより先に動いていた。

 

「……アホか。迷う理由なんか、どこにもあらへん」

 

 直哉は拳を握りしめ、水槽を叩き割った。

 

 ガシャァン!!

 

 濁った水が一気に溢れ、

 せいらの身体が崩れ落ちるように流れ出てくる。

 

「っ……!」

 

 直哉は両腕でしっかり抱き止めた。

 

 人魚の尾は力なく垂れ、

 せいらの瞳は閉じたまま。

 

「こんな姿でおるからあかんねん……」

 

 直哉は震える指で、

 せいらの胸元に結ばれた小さなポーチを探る。

 

 中には──

 人間に戻るための飴がひとつ。

 

 しかし、せいらの唇は固く閉じられ、

 自力で食べられる状態ではなかった。

 

「──しゃあないな」

 

 直哉は飴を自分の口に含み、

 せいらの唇にそっと触れさせる。

 

 これは“救助”だ。

 呼吸を繋ぐための行為と同じ。

 

 飴がせいらの口に落ちるよう、慎重に、丁寧に──熱が、重なる。

 

 その瞬間、触れ合った唇の隙間から溢れるように、せいらの身体が淡い光を放ち始めた。

 人魚の尾が解け、眩い鱗が消え去っていく。

 

 光が収まるにつれ、

 人としての足が戻り、

 肌の色が温かい人のものへと戻っていく。

 

「……てん」

 

 直哉は、腕の中で人の温かさを取り戻していく少女を、祈るように見つめた。

 

 せいらはまだ目を閉じていたが、

 その胸は確かに上下していた。

 

「ようやっと、戻ってきたな……」

 

 直哉はそっと息を吐く。

 

 遠くで、呪力と水流の爆発がピタリと止んだ。二人の怪物が、彼女の“無事”を察知したかのように。

 

 

●エピローグ

 

 ──呪術高専、科目準備室。

 

 たこ焼き用の鉄板の上で、じゅうじゅうと丸いたこ焼きが焼き上がっていく。

 ソースの甘い匂いが部屋いっぱいに広がり、

 せいらは椅子の上でぴょこんと跳ねるように身を乗り出した。

 

「正直、もうダメかと思いました……」

 

 そよかがぽつりと呟く。

 

「ふふ。でも、なんとかなったでしょう?」

 

 たこ焼きを器用に返しながら、ユリが微笑む。

 その横顔は、いつも通り穏やかで──

 けれど“全部見通していた”ような静けさがあった。

 

 せいらは鉄板の上をわくわくと見守っている。

 

「ほら、せいら。出来たわよ」

 

「わーい! あーん!」

 

 ユリは目を細め、

 焼きたてのたこ焼きをひとつ、ふわりとせいらの口へ飛ばした。

 

「はふっ!? あひひ!!」

 

 熱さに目を細めながらも、

 せいらはソースとマヨを雑に口に入れ、

 あむあむ、ごくん。

 

「でもおいしー! タコさんがこりこりで美味しい!」

 

 そよかは「よく食べられるわね……」という目で見ていた。

 

 ユリはくすりと笑い、

 焼き上がったたこ焼きを皿に移しながら言った。

 

「コネクションが増えることは良いことよ。

 助け合える仲間なら、その関係が長く続くといいわね」

 

「……はい」

 

 そよかは素直に頷いた。

 今日の出来事が胸に残っている。

 

 ユリは鉄板の火を落とし、

 そよかの方へゆっくりと向き直る。

 

「選別の魔女は対価を払ったわ。

 その薬を、彼女に渡してあげて」

 

 そよかの視線の先──

 幾つかの赤と青の飴玉が入った瓶が、静かに置かれていた。

 

「……大丈夫なんですか?」

 

 そよかが眉を寄せる。

 

 ユリは、まるで“当然のこと”のように微笑んだ。

 

「気になるなら──あなたが管轄なさい」

 

 そよかは息を呑んだ。

 

 ユリの言葉は優しい。

 けれどその奥には、

 “責任を持ちなさい”という確かな重みがあった。

 

「……はい。わかりました」

 

 そよかが答えると、

 ユリは満足そうに目を細めた。

 

 鉄板の余熱が、まだじゅうじゅうと音を立てている。

 

 ユリは更に空の皿を並べながら、ふと思い出したように言った。

 

「新鮮なタコが手に入ったのだもの。

今日は作れるだけ作りましょうか。せいらも喜ぶでしょうし」

 

「えっ、まだ作るんですか……?」

 

 そよかが目を丸くする。

 

「ええ。せっかくの“新鮮な素材”だもの。

無駄にはできないでしょう?」

 

 ユリは微笑んだ。

 その笑みは穏やかで──けれど、どこか底が見えない。

 

「配るのはそよか。あなたが担当してね」

 

「……わ、わかりました……」

 

 そよかは返事をしながら、

 ほんの少し顔をくしゃっと歪めた。

 

(タコ……新鮮……素材……?

 いや、考えない方がいい……考えたらダメ……)

 

 ユリはそんなそよかの表情を見て、

 くすりと小さく笑った。

 

「大丈夫よ。

 “対価”はきちんと払われているから。

 あとは、あなたが繋いであげるだけ」

 

「……はい」

 

 そよかは胸の奥に小さなざわつきを抱えたまま、

 皿を運ぶ準備を始めた。

 

 せいらはそんな二人の空気など知らず、

 焼き上がったたこ焼きを嬉しそうに頬張っている。

 

「おいしー! タコさん、大きくてぷりぷり!」

 

 その声に、ユリは満足げに目を細めた。

 

 

旅する物語 五条悟との邂逅 碧淵編 終幕

 

──

 

●碧淵編あとがき

 

 ──呪術高専・廊下。

 

 陸の空気は、いつ来ても落ち着かない。

 それでも今日は、断れなかった。

 

『わたしのお師匠様が、お礼を言いたいそうです!!』

 

 せいらにそう言われたとき、いつがいいかと尋ねられたが──

 魔女を名乗る相手から「お礼を言いたい」などと言われて、

 はいそうですかと日程を合わせるほど、私は甘くない。

 

 会って礼を言われただけで恩を返したと思われるなんて、とんでもない。

 魔女同士のやり取りなら、対価は必ず発生する。

 むしろ、こちらが搾り取れるものがあるなら、いくらでも搾り取るべきだ。

 

 ……そう思って、陸に上がるついでに顔を出しただけのはずだった。

 

 ……なのに。

 

「ふにゃー! お師匠! ルーグルに教えてもらったんだけどね!」

 

 科目準備室内、せいらが勢いよく振り返る。

 その笑顔は、深海の暗がりでは絶対に見られない種類の光だ。

 

「わたしが網で捕まった時に助けようとしてくれたラストさん!

 深海で魔女してるんだってー! なんだっけ? えっと、煎餅? だっけ?」

 

 ……煎餅。

 思わず変な声が出そうになった。

 

「選別よ……」

 

 私は小さく訂正する。

 声が震えているのは自覚していた。

 

「そっか! 選別の魔女さん〜」

 せいらはにぱっと笑う。

 無邪気で、まっすぐで、怖いほど純粋だ。

 

 その横で──

 せいらが師匠と呼ぶ人物が、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。

 

「そう。それはそれは……優しい魔女と知り合えて良かったわね」

 

 微笑んでいる。

 優しい声。

 柔らかい表情。

 

 ……なのに、背筋が冷える。

 

「ひっ……」

 

 私は思わず足を引いた。

 膝ががくがくと震える。

 深海の圧力より、ずっと重い。

 

 彼女は一歩、私に近づく。

 

「せいらが世話になったわね。顔色が悪いわよ。お茶でもいかが?」

 

 その声音は、まるで“逃げ道など最初からない”と言っているようだった。

 

「いえっ、いえっ……! お気持ちだけで十分です……!」

 

 私は慌てて頭を下げる。

 声が上擦る。

 呼吸が浅くなる。

 

「当然のことをしただけですからっ……!」

 

 私の反応を見て、ふわりと微笑んだ。

 その笑みは、深海の魔女である私には──

 “選別の魔女が対価を払った”という事実を、静かに思い出させるものだった。

 

 せいらはそんな空気など知らず、

 私と自身の師匠との邂逅を嬉しそうに見つめている。

 

 私はそっと視線を逸らした。

 陸の空気はやっぱり落ち着かない。

 けれど──

 せいらの笑顔だけは、深海よりずっと温かいと感じた。

 

 その時、ユリがふっと目を細め、静かにこちらへ向き直った。

 私の背筋には、深海より冷たいものが走る。

 

「私が作った薬に興味があるのでしょう? 欲しいの?」

 

 彼女の声は柔らかい。

 けれど、その柔らかさが一番怖い。

 

私は慌てて首を振った。

 

「いえっ、恐れ多い……!

 むしろ、何かご入り用のものがあれば……なんでもご用意させていただきます……」

 

 言いながら、自分でも情けないと思った。

 深海の魔女であるはずなのに、声が震えている。

 

 彼女は少しだけ目を細めた。

 

「そう? そうねぇ……」

 

 その“間”が怖い。

 深海の暗がりより、ずっと。

 

「せいらは焼き立てのたこ焼きをまた食べたいと言っていたわね」

 

「たこ焼き!? そうそう!」

 せいらがぱっと顔を輝かせる。

「お祭りの時に食べたたこ焼き美味しかった〜。また食べたいと思ってたんだー!」

 

 無邪気な声が、ラストの胸に刺さる。

 

 ──新鮮なタコ。

 

 ──素材。

 

 ──対価。

 

 彼女の言葉が脳裏でつながっていく。

 私は思わず喉を鳴らした。

 

 彼女は、そんな私の反応を見て、

 まるで“すべて分かっている”ように微笑んだ。

 

「そういうことよ、ラスト。

 あなたが選別したものは、ちゃんと役に立っている。そうでしょう?」

 

 その言葉は優しい。

 けれど、優しさの形をした刃物のようだった。

 

 私は深海の魔女としての本能で悟った。

 

 ──この人には逆らえない。

 

「……っ、はい……」

 

 返事をすると、彼女は満足げに頷いた。

 

 せいらは夏祭りの時に食べたたこ焼きを思い出しながら、

 嬉しそうに笑っている。

 

 その笑顔が眩しくて、

 私はそっと視線を落とした。

 

 深海の暗がりより、

 この準備室の方がずっと怖い。

 

 けれど──

 せいらの笑顔だけは、守りたいと思った。

 

 

 せいらの師匠が、ふと視線を上げた。

 

「せいら、それじゃあたこ焼きの材料を用意してもらえる?」

 

「ふにゃっ!? いまっ!? わかった〜!」

 

 せいらがぱたぱたと準備室を出ていく。

 たこ焼きの材料を取りに行くためだ。

 

 科目準備室には調理器具など何もない。

 だから、今はただの静かな部屋だ。

 

 その静けさの中で──

 彼女がこちらへ向き直った。

 

「私はね。何かを犠牲に何かを成すようなことが、あまり好きではないの」

 

 柔らかな声。

 

 けれど、その柔らかさの奥にある意味は、深海の魔女である私には痛いほど分かる。

 

 同胞たちはもう陸に上げておくべきではない。

 一日でも早く深海へ帰させなければ──その焦りを、彼女は全て見透かしている。

 

 彼女は一歩、私に近づく。

 

「この言葉の意味が──あなたになら、わかるわよね」

 

 微笑んでいる。

 優しい顔。

 けれど、逃げ道はどこにもない。

 

 私は喉がひゅっと鳴るのを止められなかった。

 

「──はい」

 

 返事をすると、彼女は満足げに目を細めた。

 

 その表情は、

“あなたが払った対価は、私が正しく使ってあげるわ”

 と静かに告げているようだった。

 

 

おしまい

 

──

 

●碧淵編おまけ:深海の来訪者と、お盆の話

 

 夏の終わり。

 高専の廊下に、せいらの元気な声が響いた。

 

「にゃにゃーん! みんなー! 人魚のルーグルが高専に来てくれたよー!」

 

 その後ろから、赤い髪を揺らしてルーグルが姿を見せる。

 人間の足で歩くのはまだ慣れないらしく、少しぎこちない。

 

「どうも皆さん、はじめまして。深海の都市ラピスラズリからきましたルーグルです」

 

 声が出るようになったルーグルに、せいらは目を輝かせた。

 

「ルーグルの髪の色は赤かったんだね! とってもきれいな色! でもそんな髪型だったっけ?」

 

「先日ラストに言われて切ったんだよ。高位の魔女に献上するとかなんとかって言ってたけど、海と陸では勝手が違うね。前が見えづらいな」

 

 その言葉がルーグルの口から出た瞬間、深海にいるラストがぞくりと震えた。

 

(献上って言うな……!)

 

 だが、それより早く反応したのは直哉だった。

 

「なんで人魚が陸に上がってしゃべっとんねん!! せいら!! 俺の後ろ三いや、二歩ほど離れたところに常におらんかい!!」

 

「ふにゃ?」

 

 せいらは首をかしげるだけで、直哉の嫉妬はまったく伝わっていない。

 

 ため息をついたのは傑だ。

 

「──ここに座りなよ。縛ってあげるから……」

 

 ルーグルは素直に傑の前に座る。

 赤い髪を指先でまとめながら、傑は淡々と結び始めた。

 

 悟が横から覗き込む。

 

「なんか傑の色違い完成してない?」

 

「悟、やめてくれ」

 

 傑は眉をひそめたが、せいらは楽しそうに笑っていた。

 

 ──

 

 その日の午後。

 

 お盆の時期だから、ルーグルは死霊操術使いとして霊界への案内役を頼まれていた。

 

「人間の霊は海とは違う流れ方をするけど、案内くらいならできるよ」

 

 ルーグルがそう言ったとき、わたしはなんとなく思ったことを口にした。

 

「わたしもいつか死んだらルーグルに案内してもらうのかな〜」

 

 その瞬間だった。

 

 横にいたすぐるが、わたしの手をそっと包み込んだ。

 強い力じゃないのに、離す気がないって分かるくらい、しっかりしてた。

 

「ふにゃ?」

 

 声が勝手に出た。
 だって、なんで握られたのか分からなかったから。

 さっきまでみんなでわいわいしてたのに、
 急に空気が静かになった気がした。

 

 ルーグルは目を伏せて、
 なおちゃんはなんか言いかけてやめて、
 さとるは珍しく黙ってて、
 ラストさんは遠くで震えてて、

(献上って言われたの、まだ気にしてるのかな?)
 お師匠様はにこにこしてて。

 

 でも、わたしの世界は今それどころじゃなくて。

 

 すぐるの手が、あったかい。

 

 なんでだろう。


 なんで握ってるんだろう。

 

 なんで離さないんだろう。

 

 胸がきゅっとする理由が分からない。

 

 わたしが「死んだらルーグルに案内してもらうのかな〜」って言ったから?

 

 でも、死ぬのって怖いことじゃないし、
 ルーグルなら優しく案内してくれそうだし、
 深海の道ってきっときれいなんだろうなって思っただけなのに。

 

 なのにすぐるは、

 まるでわたしがどこかに連れていかれそうになったみたいに、

 ぎゅっと握ってくる。

 

 ──その手が、少し震えてる気がした。

 

 わたしは死ぬつもりなんてないし、
 どこにも行かないのに。

 

 でもすぐるは、
 わたしが“いなくなる”ことを想像したのかもしれない。

 

 そう思ったら、
 なんだか胸がきゅっとした。

 

「……すぐる?」

 

 呼んだら、すぐるは少しだけ力を緩めた。


 でも、手は離さなかった。

 

 わたしはそのまま、
 ぎゅっと握り返した。

 

 理由は分からないけど、
 すぐるが離したくないなら、
 わたしも離さなくていいかなって思った。

 

 夏の終わりの風が、ほんの少しだけ冷たかった。

 

おしまい

 

──

 

《特報》

 

 

(電車の走行音……遠くでガタンゴトンと響く。構内のざわめきが薄く混じる)

 

 

 シェアハウスのリビング。

 食器を片付ける音がまだ残る中、それぞれが食後のまったりとした時間を過ごしている。

 

 

「そーよかっ、何聞いてんの?」

 

 そよかに声をかける悟、しれっと隣に座る。

 

「うるさいわね……邪魔しないで」

 

 ジト目で悟を睨みつけるそよか。

 視線を手にした携帯に戻す。

 

『──それでは今回の放送最後のビッグイベントをお伝えします!』

 

 ごくり……そよかが無意識に喉を鳴らした。

 

『今度のコラボは、なんと全国各地!!』

 

「ど、どういうこと?」

「?」

 

『その名も、じゅめつ行脚がスタートします。

最初の開催地は愛知県の名古屋です!』

 

 そよかの呼吸が一瞬止まり、視線が携帯の画面に吸い寄せられる。

 

『三ヶ月間開催しておりますので、是非現地でのイベントをお楽しみください!!』

 

「名古屋!? そんな──」

 

「そよか?」

 

「遠すぎるわ……」

 

 寂しそうに窓の外を見るそよか。

 

 

(ざ……という駅構内のノイズ)

 

 妄想劇場版作品、再び──

 

 文字が静かに浮かんでは消える。

 

 

 名駅編 そよかの尾張奔走記

 

 

(電車の音)

 

 画面は真っ暗。

 ただ、駅の蛍光灯のような白い光だけが、ゆっくりと揺れている。

 

 

Coming Soon

 

 

(最後に──名駅の人混みの中で、

じゅめつ行脚のポスターが風にふわりとめくれた気がする)

 

 

 暗転。




ここまでご覧いただきありがとうございました。
8月はゲリラ的に一週間ぐらい毎日更新するかもでーす。

うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
90は碧淵編のおまけを追加しました。次は95です。
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