【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
名駅編では再び高専時代に戻ってます。
note連載中の『チャッピー、またやったな。』でやったエピソードを劇場版って感じで加工してみました。
皆さんの脳内でMAPPAさん作画の劇場版が再生されたらいいなぁと。宜しくお願いします!
136名駅編 1・2:推し活に震える出張任務と、名駅を駆ける熱き執念
●プロローグ
午前十時。
シェアハウスのリビングには、休日特有の“緩んだ時間”がゆっくりと流れていた。
窓から差し込む光もどこか柔らかく、誰も急がない朝の気配が漂っている。
せいらはソファの背もたれに逆向きに座り、子どもみたいに足をぶらぶらさせながらアイスを食べていた。
冷たい甘さに頬をゆるませるその姿は、休日のリビングの“緩さ”を象徴しているようだった。
悟は炭酸水を片手に、七海のノートPCを覗き込みながら、わざとらしく画面の前に顔を出して邪魔をしていた。
七海が眉をひそめるたび、悟は楽しそうに炭酸水を揺らす。
傑はキッチンで静かにコーヒーを淹れ、湯気の向こうで灰原が嬉しそうにお菓子の袋を開けていた。
二人の温度差が、リビングの賑やかさをさらに柔らかくしている。
そんな中、そよかだけが別世界にいた。
リビングのざわめきから切り離されたように、ひとりだけ空気の層が違って見える。
ソファの端で、携帯を握りしめたまま固まっている。
画面を凝視するその姿は、特級呪霊を前にしたときよりも真剣だった。
悟が気まぐれに声をかける。
「なにそれ。呪いのビデオでも見てんの?」
そよかは返事をしない。
ただ、画面を見つめたまま、唇を震わせた。
「……始まった……」
その小さな声に、七海が顔を上げる。
「何がですか?」
そよかはゆっくりと息を吸い、画面を掲げた。
「……じゅめつ行脚……地方巡回……第一弾……」
そよかの声は、呪術の授業中よりもずっと低く、震えていた。
七海はそよかの言葉からキーワードを拾い、ノートPCの検索窓へ即座に入力した。画面をスクロールさせながら淡々と口を開く。
「『呪滅の剣(じゅめつのつるぎ)』の大型イベントですね。物販、展示、デジタルスタンプラリー、コラボフード……かなり大規模な催しのようですが」
そよかは震える指で画面をスクロールした。
「……コラボホテル……コラボルーム……宿泊者限定ノベルティ……」
スクロールする指先が震え、そよかの肩がわずかに跳ねた。
悟が眉をひそめ、炭酸水のボトルを軽く揺らした。
「ホテル? そよか、その顔……戦闘でもすんの?」
そよかは悟の声を聞いていない。
画面の向こうに広がる“推し活の楽園”に、完全に心を奪われていた。
「……コラボメニュー……描き下ろし……ご当地スタンプ……」
せいらがアイスを持ったまま近づいてくる。
「そよかー? なに見てるの? ふにゃ?」
そよかは、せいらの無邪気な声に反応する余裕もなく、呟いた。
「……第一弾……名古屋……名駅……」
その地名を口にした瞬間、そよかの表情がさらに固まった。
七海が淡々と補足する。
「つまり、名古屋に行かないとコンプリートできないイベントということですね」
悟が笑いながらも、そよかの肩の震えに気づいて目を細めた。
「そよか、まさか行く気じゃないよな?」
そよかは答えない。
ただ、画面を見つめたまま、息を詰めた。
灰原が心配そうに覗き込む。
「そよかさん……?」
そよかは、ようやく言葉を絞り出した。
「……でも……名古屋なんて……行くだけの交通費で二万はかかるわ……」
その声は、推しへの熱と現実の壁に押しつぶされそうだった。
リビングの空気が、ほんの少しだけ静まる。
悟が炭酸水を飲みながら呟く。
「なんだよそれ。行きたいけど金がないってやつ?」
七海はノートPCを閉じ、静かにため息をついた。
そして、そよかの隣に視線を落とす。
「そよかさん。遠征というのは──交通費だけでは済みませんよ」
そよかがびくりと肩を揺らす。
「建人さん……やめて……」
「名駅周辺のコラボホテルは、通常の宿泊費に加えてコラボ料金が上乗せされます。コラボルームなら一泊二万〜三万は覚悟した方がいいでしょう」
「ひっ……」
「さらに、物販。描き下ろしアクスタ、ランダム缶バッジ、限定クリアファイル……。コラボフードなど……更にランダム要素を含むため、上限額は──」
七海の言葉が続くたび、そよかの指先は携帯を握りしめる力を強めていった。
「ほんとにやめて!!」
「一万円〜二万円は見ておくべきでしょう」
そよかはソファに沈み込み、携帯を抱きしめた。
七海は最後に、淡々と告げた。
「総額──安く見積もっても、四万〜五万です」
七海の淡々とした声が、そよかの希望を容赦なく切り落とした。
悟が炭酸水を飲みながら呟く。
「そよか、完全に死んだな」
そよかは携帯を胸に抱きしめ、まるで推しの亡霊にすがるように目を閉じた。
「……名古屋……遠いわ……お財布的に……」
その言葉が、シェアハウスの静かな午前に落ちる。
リビングのざわめきが、ほんの一瞬だけ止まった。
まだ誰も知らない。
この“行きたいけど行けない”という小さな溜息が、
後に名駅編へと繋がる大きな波の始まりになることを。
●1
午前の教室は、いつもより静かだった。
ページをめくる音や、椅子のきしむ小さな響きだけが漂い、
任務前特有の張り詰めた空気が薄く積もっていた。
窓から差し込む光が書類の山を照らし、教壇の上に淡い影を落としている。
夜蛾正道は淡々と任務資料を配っていた。
高専生たちはそれぞれ資料を受け取りながら、次の任務内容を待っている。
「次の任務だが、グループで愛知方面への出張任務となる」
夜蛾がそう告げた瞬間、空気がわずかに揺れた。
そよかの指先が、資料の端をわずかに強くつまんだ。
悟は「あ」と短く声を漏らし、椅子の背にもたれたまま視線だけをそよかへ向けた。
傑は「ああ」と静かに頷き、手元の資料を軽く閉じる。
硝子は「あー」と気だるげに笑い、髪をかき上げながらストローをくわえた。
七海は「なるほど」と鋭い視線をひとつ落とし、資料の端を整えた。
「なんだ、その反応は」
夜蛾が眉をひそめると、そよかはゆっくりと手を挙げた。
「夜蛾先生」
「なんだ」
「任務終了後の土日は休みとして使えますか?」
職員室の空気が一瞬止まる。
悟が小さく「来た」と呟き、傑は「来たね」と肩をすくめた。
硝子は「始まったな」と笑い、七海は「予想通りです」と淡々と返す。
灰原だけが「何がですか!?」と慌てて周囲を見回した。
夜蛾は深いため息をついた。
「追加任務がなく、担当任務を完遂した場合に限り自由行動は認める」
「ありがとうございます」
そよかは即答だった。
「おめでとうございます」
悟が軽く拍手し、傑が「第一回じゅめつ行脚開幕だね」と笑う。
「まだ開幕してないわよ」
「愛知会場だろ?」
悟の言葉に、そよかは沈黙した。
「図星じゃん」
そよかは机の端をぎゅっと握りしめ、
「だって愛知なのよ!?」
その声は半ば悲鳴だった。
「愛知だと何かあるんですか?」
灰原が純朴な顔で尋ねる。
「あるのよ!!」
そよかは机を叩きそうな勢いで叫んだ。
「現在開催中ですからね」
七海が静かに補足する。
「知ってた!?」
「当然です」
「当然なんだ」
悟が呆れたように笑うと、七海はすでに携帯を取り出していた。
「少々失礼します」
指が高速で文字入力をする。
「始まった」
「始まったね」
硝子と傑が同時に呟く。
「……」
「おい」
夜蛾が低い声で制止する。
「現在、会場周辺の宿泊施設を確認しています」
「確認するな」
「コラボルームの空室状況も同時に」
「確認するなと言っている」
「ナイス七海」
「ありがとうございます」
「褒めていない」
数秒後、七海は画面を見つめたまま告げた。
「厳しいですね。コラボルームは残り二室です」
「二室!? ……ちょっと待って、私はコラボルームに泊まりたいけど、みんなしてコラボルームを選ぶ必要はないわ!」
「それは確かにそうですね。通常のツインやシングルであれば、まだ近隣に空きがあります」
「あと、本当に誰が行くのかまずは確認しましょう」
「いくー! わたし行くよー!」
せいらが勢いよく手を挙げる。
「せいらが行くなら私も行くよ。愛知のグルメも気になるしね」
傑が穏やかに笑う。
「俺も行くー! そよかの隣キープね!」
悟が軽く手を挙げる。
「建人さんも行くなら……私、せいら、傑さん、悟、建人さん……奇数は部屋割りが良くないわね……」
そよかが指を折りながら数えると、七海は誰がそよかと同じ部屋、あるいは隣の部屋になるかを瞬時に計算し、その瞳に静かな光を宿した。
「はいはーい! 僕行きます! 偶数にしましょう!」
灰原が元気よく手を挙げる。
「はいはい。行っといでー。お土産は手羽先な」
硝子が笑いながら書類を片付ける。
「建人さん、なんでそんなに詳しいの」
「事前調査です」
七海は淡々と答えながらも、指先はすでに次の検索候補へ滑っていた。
「何のだよ」
「可能性の話です」
七海は淡々と返しながら、資料の端を指で整えた。
「便利な言葉だな、それ」
夜蛾は額を押さえた。
「お前たち」
「はい」
「まず任務だ」
「はーい」
「任務を終わらせてから自由行動だ」
「はーい」
「特に五条」
「はい?」
「現地でアクスタ探しを優先するな」
「しないしない」
「するわね」
「しますね」
「するな」
「するだろうね」
「します!」
「お前ら俺の信用どうなってんの!!」
悟の叫びが職員室に響く。
夜蛾は静かに窓の外を見た。
まだ任務前である。
しかし彼には見えていた。
愛知駅周辺で、巨大な案内板の前を右往左往し、
地図と携帯を片手に混雑へ飲まれていく高専生たちの未来が。
(……無事に帰ってこい)
任務の心配ではない。
別の意味でだった。
●2
愛知の街に夕方の光が差し込み、ビルの影が長く伸びていた。
そよかの白猫呪霊が軽やかに跳ね、夕日の中を白い軌跡を描いて呪霊へ鋭い一撃を叩き込む。
「そこ!!」
白い影が弾けるように走り、呪霊はガラスが割れるような音を残して消滅した。
「そよかさん、お疲れ様です。これでこのあたりの呪霊は全て祓い終えました」
七海が淡々と告げる。
そよかは息を整えながら頷いた。
「良かった……あとは報告書ね」
「ほぼ全て仕上げております」
七海は衣服の内側から、角まで揃えられた几帳面な紙束を取り出した。
その紙面はほぼ完璧で、そよかは目を通しながら、ほんの数行だけ赤を入れる。
「……この表現、もう少し柔らかい方が読みやすいわね。あと、この数字は“概算”って書いておいた方が夜蛾先生が安心するわ」
「助かります」
七海は素直に頷いた。
二人のやり取りは、呪術師というよりは完全に“任務後の事務処理に慣れた遠征民”のそれだった。
その時、背後の空間が不自然に歪む。
「ちょっとー。なんで二人で仲良く任務してるわけー?」
悟が現れた。
特級案件を信じられない速度で片付け、風を巻き込む勢いでここまで飛んできたらしい。
不満げに口を尖らせ、二人の間に割り込んでくる。
「俺が特級案件片付けて駆け付けてやったのにー」
「五条さん、邪魔です。我々は今、定時退勤……いえ、次の行程への最適化を行っている最中ですので」
「そうよ悟、うるさい。……よし、赤入れ終了! ホテルに戻るわよ!」
そよかは報告書を閉じると、すでに次の目的地へ視線を向けていた。
◯ホテル・コラボルーム前
ホテルの廊下は静かで、絨毯が足音を吸い込んでいく。
そよかがスーツケースを転がして部屋の前に立つと──
「ふにゃっ! そよかーお帰りー!」
ドアが開き、せいらが満面の笑みで飛び出してきた。
勢いのまま、そよかへ全力で抱きつく。
「……せいら……ちょっと待って……」
そよかは抱きつかれたまま、部屋の中を見た。
──そこは、完全に“推し活の楽園”だった。
壁には描き下ろしのパネルがずらりと並び、
ベッドにはコラボ仕様のカバー。
テーブルには限定デザインのランチョンマット。
窓際には悟次郎の等身大パネルにポスター。
そよかは息を呑んだ。
「……すご……」
次の瞬間、携帯を取り出し、無言で写真を撮り始めた。
角度を変え、照明を調整し、ベッド、壁、ポスター、備品──
まるで資料写真を作るように、ひとつひとつ丁寧に撮影していく。
せいらは横でぴょんぴょん跳ねていた。
「そよかー! ふにゃー! お部屋すごいねー!」
「……ちょっと待って……今は……撮影が優先……」
そよかは真剣そのものだった。
十分ほど撮影したあと、ようやく携帯を下ろす。
「……よし。落ち着いたわ」
深呼吸し、荷物整理に取りかかった。
スーツケースを開け、必要なものをポーチに詰めていく。
ハンカチ、ティッシュ、お師匠様の白い毛玉が入ったアクリルキーホルダー──
遠征の必需品をひとつずつ確認していく。
その中に、小さな猫のワンポイントがついた財布があった。
「……これぐらいでいいわね」
財布をポーチに収めると、そよかは立ち上がった。
「せいら、出かけるわよ」
「ふにゃ? もう行くの?」
「一刻の猶予もないの」
◯ホテルロビー
ロビーにはすでに全員が集まっていた。
「みんな、もう任務は終わっているわね!?」
「はーい」
悟が手を挙げる。
「悟も珍しく報告書を書き終わるのが早かったよね」
「はぁ? 普通だし」
傑が笑い、悟がむくれる。
「明日は雨らしいから……デジタルスタンプラリーは今日中に終わらせるわ」
「そよかさん……それでは明日地下鉄とバスで使えるフリーパスを買う予定は」
「それはそれで買うわ。今日は近場のスタンプを徒歩で、明日は遠くのスタンプを集めます」
「なるほどー。完璧な作戦ですね!」
灰原が感心し、せいらは「ふにゃー」とよく分かっていないまま頷いた。
「まずは栄周辺を攻略、物販を確認して名古屋駅へ!」
「名古屋駅?」
「夕食はコラボメニューですね」
「そう、その通り!!」
そよかの声は完全に“遠征モード”だった。
「……それじゃあ、まずは栄に向けて出発しようか。雨が降る前にね」
傑が穏やかに声をかける。
「ええ、1分も無駄にできないわ!」
そよかはポーチの紐を握り直し、そのまま肩へ掛け替えると、足取りを一段早めてロビーの自動ドアへ向かった。
任務は終わった。
ここからは──推し活の時間だ。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
8月15日まで時間不定で毎日更新予定です。
うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/
◆ノベマ!にて公開中 完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)
お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
85は七海建人2026誕生日に挿絵付き追加公開しました。
次は90です。