【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟】
世界を越えて、悲劇に抗った後に続く物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。

note連載中の『チャッピー、またやったな。』でやったエピソードを加工してみました。
皆さんの脳内でMAPPAさん作画で再生されたらいいな。宜しくお願いします!


151幻灯編 9・10:堂々の結婚宣言と、因縁を吹き飛ばす明るい家族計画

●9

 

 城の大広間は、朝の光に満ちていた。

 

 高い窓から差し込む光が白い石床を照らし、赤い絨毯の上には、長い影が伸びている。

 

 その静かな広間を、ずかずかと歩いてくる男がいた。

 

 白い髪。

 

 白いマント。

 

 そして、その後ろには。

 

 黒いドレスをまとった、森の魔女。

 

 そよかがいた。

 

 兵士たちの間に、ざわめきが広がる。

 

「……え?」

 

「王子……?」

 

「後ろにいるの、森の魔女じゃないか?」

 

「拘束もせずに?」

 

「なんで城にまで──」

 

「まさか……」

 

 悟王子は周囲の視線など気にも留めず、赤い絨毯の上を進んでいく。

 

 その足取りには、何の迷いもなかった。

 

 やがて玉座の前まで辿り着くと。

 

 悟は、ぴたりと足を止めた。

 

 そして……

 

 びしっ、と人差し指を立てる。

 

「というわけで!」

 

 嫌な予感がした。

 

 広間にいた全員が、なぜか同時に。

 

 嫌な予感がした。

 

「俺、森の魔女と結婚します!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 静寂。

 

 次の瞬間。

 

「はぁ!?」

 

 理子姫の声が広間に響き渡った。

 

「結婚!?」

 

 兵士たちも一斉にざわめく。

 

「討伐は!?」

 

「魔女を倒しに行ったんじゃなかったのか!?」

 

「連れて帰ってきたぞ!」

 

「いや、見れば分かる!」

 

 理子姫が悟を指差す。

 

「お主! 森の魔女を討伐してくると言うておったではないか!?」

 

「しない」

 

「しない!?」

 

 理子姫が思い切りずっこけた。

 

「そこを堂々と否定するでない!!」

 

「だって、する必要なくなったし」

 

「何がどうなってそうなったのじゃ!」

 

「結婚することになったから」

 

「なってないわよ」

 

 横から、そよかが冷静に訂正した。

 

「まだなってない」

 

「え?」

 

 悟がそよかを見る。

 

「なってないの?」

 

「なってないでしょう」

 

「そっか」

 

 悟は一瞬考え。

 

「じゃあ、今からなる」

 

「そういう問題じゃないわ」

 

 理子姫が頭を抱えた。

 

「妾の知らぬところで話がどんどん進んでおる……!」

 

 しかし。

 

 しばらく呆然としていた理子姫は。

 

 ふと、そよかを見た。

 

 そして。

 

 悟を見た。

 

 もう一度、そよかを見る。

 

 やがて。

 

「……まあ、よいか」

 

「切り替え早くない?」

 

 悟が言う。

 

「妾はそもそも、お主と結婚したくなかったのじゃ!」

 

「ひどくない?」

 

「森へ帰れ!」

 

「帰る!」

 

 即答だった。

 

 悟はまったく未練がない様子だった。

 

「じゃ、そよか行こ」

 

「ちょっと待ちなさい。私はまだ認めてないし!」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「何が大丈夫なのよ」

 

 そよかがため息をつく。

 

 その様子を見ていた兵士たちは、困惑した顔を見合わせた。

 

「……討伐って、何だったんだ?」

 

「さあ……」

 

「結婚で解決した……のか?」

 

「王子がそう言ってるから、たぶん……」

 

 そんなざわめきが広がる中。

 

 視聴覚室では。

 

「……」

 

 しばらく、誰も何も言わなかった。

 

 やがて虎杖が、ぽつりと呟く。

 

「……これ、森の魔女討伐の話だったよな?」

 

「そうだったはずよ」

 

 釘崎も腕を組む。

 

「いつの間にか、魔女を討伐するどころか、城に連れて帰って結婚宣言してるけど」

 

「しかも本人、ものすごく自然だったな」

 

 伏黒が真顔で言う。

 

「『討伐しない』『帰る』の判断が早すぎる」

 

「五条先生らしいけど……」

 

 順平が苦笑する。

 

「でも、これで終わりなのかな」

 

「終わりじゃないでしょ」

 

 釘崎がスクリーンを指差した。

 

「あんな大鏡まで出てきたんだから、絶対まだ何かあるわよ」

 

「だよなぁ」

 

 虎杖が頷く。

 

 少し考えてから。

 

「でもさ」

 

 虎杖が首を傾げた。

 

「……恋愛映画だったんだな」

 

「いや、最初は討伐映画だと思ってた」

 

「私も」

 

「俺も……」

 

 その後ろから。

 

「まあ、ここまではね」

 

 現在の悟が、楽しそうに言った。

 

「ここまでは?」

 

 虎杖が振り返る。

 

 悟はスクリーンを見たまま、にやりと笑う。

 

「うん」

 

「ここから、ちょーっと話が変わるんだよね〜」

 

「……」

 

 虎杖が釘崎を見る。

 

 釘崎が伏黒を見る。

 

 伏黒が順平を見る。

 

 四人とも、なんとなく嫌な予感がした。

 

 スクリーンの中では。

 

 まだ悟王子が、そよかを連れて歩いている。

 

 だが、その先に。

 

 暖炉の横に置かれていた、古い鏡があった。

 

 不意に。

 

 鏡面が、ふっと揺れる。

 

 淡い光が走った。

 

 広間の空気が変わった。

 

 先ほどまでの騒がしさが、嘘のように引いていく。

 

『……ですが』

 

 低い声が響いた。

 

 そよかが振り返る。

 

「……大鏡」

 

 鏡の表面には、誰の姿も映っていない。

 

 ただ、奥深くから声だけが響いてくる。

 

『本来の計画は、そうではありません』

 

 悟が眉を上げる。

 

「まだなんかあるの?」

 

『あります』

 

「多いなあ」

 

 理子姫が小声で呟く。

 

「この童話、設定が重すぎるのじゃ……」

 

 鏡は淡々と続けた。

 

『森の魔女の使命は、五条国の王子を殺すこと』

 

 そよかの表情から、笑みが消えた。

 

『それによって、古の王国の王族を蘇らせる』

 

 兵士たちが息を呑む。

 

 かつて、この地にはひとつの王国があった。

 

 古の王国。

 

 長い歴史を持つ王家。

 

 そして、その国を滅ぼしたのが。

 

 今、この地を支配する五条国だった。

 

 五条国は滅ぼした王国の土地を治めるため、王家の血を引く者たちを残した。

 

 それが、後の天内国。

 

 王国を直接支配するよりも。

 

 血の繋がった分家を置いたほうが、民を統治しやすかったからだ。

 

 だが。

 

 古の王家の血そのものが、完全に途絶えたわけではなかった。

 

 その血を。

 

 そよかは受け継いでいた。

 

『王子の血と』

 

 鏡の声が静かに響く。

 

『古の王族の血』

 

 そよかは目を伏せた。

 

『その二つが必要なのです』

 

 悟の表情から、わずかに笑みが消えた。

 

 そよかは静かに唇を噛む。

 

「……だから」

 

 声は小さい。

 

 けれど、広間にははっきりと届いた。

 

「私は、あなたを殺さなければならない」

 

 悟が、そよかを見る。

 

 そよかは顔を上げない。

 

「私は古の王国の血を引いている」

 

「……」

 

「あなたは、その国を滅ぼした五条国の王子」

 

 自分の運命を語る声は、不思議なほど穏やかだった。

 

「だから、私があなたの命を奪えば」

 

 そよかは一度、息を吸う。

 

「古の王族を蘇らせられる」

 

 沈黙。

 

 今度こそ。

 

 誰も何も言えなかった。

 

 長い間、そよかが背負ってきたもの。

 

 森でひとり暮らし。

 

 魔女として国境を守り。

 

 自分の血筋を隠し。

 

 そしていつか。

 

 自分の手で、五条国の王子を殺す。

 

 その使命のために生きてきた。

 

 そのはずだった。

 

 悟は、そんなそよかをしばらく見つめていた。

 

 視聴覚室。

 

「……やっぱり」

 

 虎杖が、小さく呟いた。

 

 釘崎も、スクリーンを見つめたまま黙っている。

 

「……王子、殺されちゃうの?」

 

 その言葉に。

 

 さっきまで笑っていた空気が、すっと消えた。

 

 伏黒が眉を寄せる。

 

「……この流れなら、そうなるはずだ」

 

「でも……」

 

 順平がスクリーンを見る。

 

「さっきまで、あんなに楽しそうだったのに」

 

 誰も答えなかった。

 

 スクリーンの中では。

 

 悟王子が、ただ黙ってそよかを見つめている。

 

 その先に待っている運命を。

 

 まだ誰も知らない。

 

 虎杖が、後ろを振り返る。

 

「五条先生……」

 

 悟は。

 

 スクリーンを見たまま。

 

 にやにやしていた。

 

「……」

 

「何その顔」

 

 釘崎が怪訝そうに見る。

 

 悟は、ほんの少しだけ笑みを深くした。

 

「さぁ」

 

 そして。

 

「どうだろうねぇ」

 

 スクリーンの中では。

 

 悟王子が、ゆっくりと口を開こうとしていた。

 

 

●10

 

 王子は、そんな魔女をしばらく見つめていた。

 

 やがて。

 

「……でもさ」

 

「?」

 

 王子が頬をぽりぽりと掻く。

 

「俺の命が必要なんだよね?」

 

「……ええ」

 

「具体的にどう必要なの?」

 

「どう、必要?」

 

 魔女がちらりと鏡を見る。

 

「王子の命が魔女の手によって奪われると、古の王族たちが復活します」

 

 鏡が答える。

 

「魔女はどうなるの?」

 

「古の王族たちと、新たな歴史を始めることになります」

 

「じゃあ」

 

 王子は、まるで夕飯の献立でも決めるような気軽さで言った。

 

「俺とそよかの子供が、新しい王族になればいいんじゃない?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 広間が完全に凍りついた。

 

 理子姫が口をぐぐっと開けたままフリーズする。

 兵士たちも石のように固まっている。

 

 そして。

 

 あの大鏡すら、数秒間の絶句ののち──

 

『…………理論上は、可能です』

 

「認めるのか!?」

 

 理子姫の全開の叫びが、広間に響き渡った。

 

 王子は満足そうに頷く。

 

「ほら」

 

「ほら、じゃないわよ!」

 

 魔女が、ようやく声を上げた。

 

「あなた、何を言ってるの!?」

 

「何って」

 

 王子は首を傾げる。

 

「王族を復活させたいんでしょ?」

 

「そうだけど!」

 

「じゃあ、殺す必要なくない? 新しく始めれば」

 

「……」

 

 魔女が言葉を失う。

 

 王子は、本当に分からないという顔をしていた。

 

「王族の血が必要なら、俺たちの子供には両方の血が入るし」

 

「……」

 

「それで新しい王族を作ればいいじゃん」

 

 あまりにも単純だった。

 

 あまりにも真っ直ぐだった。

 

 そして。

 

 あまりにも、この王子らしかった。

 

 視聴覚室。

 

「…………え?」

 

 虎杖が固まった。

 

「今、何て言った?」

 

 釘崎も目を見開いている。

 

「いや、聞き間違いじゃないわよね?」

 

「俺もそう聞こえた」

 

 伏黒が真顔で答える。

 

「……子供って言ったな」

 

「言ったね」

 

 順平が呆然と頷いた。

 

「王子、そっちの方向で解決するの……?」

 

「すごいな」

 

 虎杖がスクリーンを見つめる。

 

「殺されるかもしれないってところから、いきなり子供作る話になった」

 

「振れ幅がおかしいのよ!」

 

 釘崎が頭を抱えた。

 

「童話よね、これ!?」

 

 その後ろでは。

 

 悟が、面白そうに笑っていた。

 

「まあ、ここはこうなるよね」

 

「五条先生、知ってたの?」

 

 虎杖が振り返る。

 

「知ってたっていうか、僕の思い付きだし」

 

「何で!?」

 

「この王子なら、なんて言うかなーって考えたら出てきた」

 

「その答え意味分かんない!」

 

 悟は楽しそうに笑いながら、再びスクリーンへ視線を戻した。

 

 その先では。

 

「誰かが死ぬより、そっちのほうがいいでしょ?」

 

 魔女の瞳が揺れていた。

 

「……あなた」

 

「ん?」

 

「そういうことを」

 

 魔女は困ったように眉を寄せる。

 

「そんな顔で言うの?」

 

「普通じゃない?」

 

「普通じゃないわよ」

 

「そう?」

 

「そうよ」

 

 王子は少しだけ考える。

 

 そして。

 

「でも、君さ」

 

 一歩。

 

 魔女へ近づいた。

 

「どうせ一人で全部抱えて、最後は自分が消えればいいとか思ってたんでしょ」

 

「……」

 

 図星だった。

 

 魔女の指が、わずかに震える。

 

「……そんなこと」

 

「考えてた」

 

「……」

 

「顔に書いてある」

 

「書いてないわよ」

 

「書いてる」

 

「書いてない」

 

「俺には分かる」

 

 王子の声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「だから全面却下」

 

「……何をよ」

 

「君が一人で全部背負って、勝手に消える未来」

 

 そよかは、思わず息を呑んだ。

 

「そんなの、俺が絶対に許さない」

 

 軽い口調ではなかった。

 

 王子としての宣言でもない。

 

 ただ。

 

 一人の人間として。

 

 王子はそう言った。

 

 視聴覚室の空気も、少しだけ変わった。

 

「……」

 

 虎杖が黙ってスクリーンを見る。

 

 さっきまでの『子供』という衝撃とは違う。

 

 王子が本当に言いたかったことが、少しずつ見えてきた。

 

「……なんか」

 

 順平がぽつりと呟く。

 

「王子は、魔女を助けたいんだな」

 

「うん」

 

 虎杖が頷く。

 

「自分が助かりたいっていうより」

 

「魔女の不幸を止めたいんだろうな」

 

 伏黒が静かに続けた。

 

 釘崎も、しばらく何も言わなかった。

 

 やがて。

 

「……まあ」

 

 腕を組んだまま、小さく息を吐く。

 

「これは、ちょっと格好いいわね」

 

「ちょっとなんだ」

 

 虎杖が笑う。

 

「うるさい」

 

 釘崎が睨む。

 

 スクリーンの中では。

 

 魔女が、小さく笑った。

 

「……変な人」

 

「今さら?」

 

 王子も笑う。

 

 その笑顔を見て。

 

 魔女は、ほんの少しだけ目を細める。

 

 古の王国。

 

 五条国。

 

 復讐。

 

 王族復活。

 

 自分に課された使命。

 

 ずっと一本に繋がっていたはずの運命が。

 

 たった一人の王子によって、あっさり別の道へ書き換えられていく。

 

 しかも。

 

 本人は、それを大したことだと思っていない。

 

 まるで。

 

「じゃあ別の方法にすればいいじゃん」

 

 それだけのことのように。

 

 その時だった。

 

「おさかなー!」

 

 場違いなほど明るい声が、広間の奥から聞こえた。

 

「……?」

 

 全員が振り返る。

 

 城の厨房。

 

 そこでは。

 

 一匹のクリーム色の猫が、焼き魚を抱えていた。

 

「わーい! お城ごはん!」

 

「……」

 

 旅人の傑が、その横で困ったように猫を見ている。

 

「せいら」

 

「なーに?」

 

「どうして君は、もう王城の厨房に住み着いているんだい?」

 

「居心地がいいから!」

 

「そうか……」

 

 傑は諦めた。

 

 猫は自由だった。

 

 しかも。

 

 すでに厨房の料理人たちと完全に打ち解けている。

 

「もう一個!」

 

「はいはい」

 

 傑が焼き魚を差し出す。

 

「わーい!」

 

 せいら猫が嬉しそうに尻尾を振る。

 

 王族復活を巡る重大な陰謀のすぐ横で。

 

 ほのぼの動物絵本が始まっていた。

 

 視聴覚室。

 

「……なんで猫がいるの?」

 

 虎杖が呟いた。

 

「そこ!?」

 

 釘崎が振り返る。

 

「いや、だって!」

 

 虎杖はスクリーンを指差す。

 

「さっきまで王子が殺されるかもしれないって話だったじゃん!」

 

「それはそうだけど」

 

「急に猫!」

 

「しかも、ものすごく馴染んでるな」

 

 伏黒が言った。

 

「旅人の傑も普通に厨房にいるし」

 

「この世界、自由すぎない?」

 

 順平が苦笑する。

 

「童話って、こんな感じだっけ?」

 

「知らないわよ」

 

 釘崎が呆れたように答える。

 

 スクリーンの中では。

 

 王子が、厨房の様子を眺めていた。

 

「……なんでそっちは、もう王城生活に馴染んでるの?」

 

 傑が振り返った。

 

「私に聞かれてもね」

 

「俺なんて今、人生の重大な決断してるんだけど」

 

「そうだね」

 

「そっちは魚食べてるだけじゃん」

 

「せいらは今、重要な仕事をしているんだよ」

 

「何の?」

 

「厨房の平和維持」

 

「魚食ってるだけだろ!」

 

「おさかな、おいしいよ?」

 

 せいら猫が首を傾げる。

 

「……」

 

 王子はしばらく猫を見る。

 

 そして。

 

「猫って、やっぱり可愛いな」

 

 魔女が眉を寄せた。

 

「……何よ」

 

「いや?」

 

 王子は猫を見ながら。

 

 ちらりと、魔女を見る。

 

「俺の猫も可愛いなって」

 

「だから人を猫扱いしないで。どこが猫なのよ」

 

「ツンツンしてるところとか」

 

「私は猫じゃないわ」

 

「知ってる」

 

「じゃあ何で言うのよ」

 

「猫っぽい人間だから」

 

「意味が分からないわ」

 

「まだ懐いてない猫」

 

「……」

 

 魔女が黙る。

 

「放っておくと森の奥で一人で危ないことしてるし」

 

「それは猫じゃなくてもするでしょう」

 

「でも猫っぽい」

 

「しつこいわね」

 

「だから俺がちゃんと見てないと」

 

「……何でそうなるのよ」

 

「猫って、放っておけないじゃん」

 

「私は猫じゃない!」

 

 広間に、笑い声が広がった。

 

 その横では。

 

「せいら、もう一匹食べるかい?」

 

「食べるー!」

 

「はいはい」

 

 傑が焼き魚を差し出している。

 

 せいら猫は嬉しそうに尻尾を揺らした。

 

 王子はそれを見て。

 

「……まあ、猫っていいな」

 

 そして。

 

 隣にいる魔女を見る。

 

「でも俺の猫はこっち」

 

「だから猫じゃないって言ってるでしょう!」

 

「はいはい」

 

「はいはいじゃない!」

 

 再び、広間に笑い声が広がった。

 

 視聴覚室でも。

 

 虎杖が吹き出した。

 

「結局そっちなんだ!」

 

「五条先生、絶対それ言いたかっただけでしょ」

 

 順平も笑う。

 

「せいら猫を見て猫が欲しくなったのかと思ったら、魔女に戻ってきた」

 

「最初からそのつもりだったんじゃない?」

 

 釘崎が呆れた顔で言う。

 

「五条先生だし」

 

「そういうこと」

 

 最後列の悟が、満足そうに頷いた。

 

「そよかは俺の猫だからね」

 

「本人に否定されてるけどな」

 

 虎杖が笑う。

 

「そこは気にしない」

 

「気にしろよ」

 

 伏黒が淡々と突っ込んだ。

 

 笑い声が収まっていく。

 

 けれど。

 

 スクリーンに映る二人を見つめながら。

 

 虎杖の表情が、少しずつ変わった。

 

 さっきまでの笑いとは違う。

 

 何かを考えるような顔。

 

「……でも」

 

「ん?」

 

「結局さ」

 

 虎杖がスクリーンを見る。

 

「王子って……殺されちゃうの?」

 

 釘崎も黙った。

 

 順平も。

 

 伏黒も。

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 画面の中では。

 

 魔女が小さく笑っている。

 

 王子も笑っている。

 

 まるで、何も問題など残っていないかのように。

 

 物語の最初から提示されていた使命は。

 

 まだ消えていない。

 

 森の魔女は、王子を殺さなければならない。

 

 その運命だけは。

 

 まだ。

 

 スクリーンの向こうに残っていた。

 

「……」

 

 虎杖が、もう一度呟く。

 

「王子、殺されちゃうのかな」

 

 最後列。

 

 現在の悟が。

 

 にやりと笑った。

 

「さあ」

 

 楽しそうに。

 

 ものすごく楽しそうに。

 

「どうだろうね」

 

 その顔を見た瞬間。

 

 視聴覚室の全員が。

 

 揃って嫌な予感を覚えた。




ここまでご覧いただきありがとうございました。
それではまた来週。

うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/

◆ノベマ!にて公開中 完結済
https://novema.jp/book/n1778713
→オリジナル作品(現代ファンタジージャンルの不思議な学園ホラー)

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
95は名駅編のあとがきを追加しました。次は100です。
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