【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗った後に続く物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
note連載中の『チャッピー、またやったな。』でやったエピソードを加工してみました。
皆さんの脳内でMAPPAさん作画で再生されたらいいな。宜しくお願いします!
本編はおとぎ話のような雰囲気にしたくて改行多めです。
●15
青白い光が広間を駆け抜ける。
その光を甚爾が真正面から受け止めた。
「……っ!」
轟音。
石床が砕ける。
王子の身体が、再び後方へ弾き飛ばされる。
「王子!」
旅人が叫ぶ。
「大丈夫!」
王子は空中で身体を捻り。
なんとか着地した。
けれど。
その顔から。
笑みが消えていた。
「……おかしい」
王子が魔王を見る。
甚爾は何事もなかったように立っている。
「強すぎる」
「王子……?」
魔女が不安そうに見つめる。
王子は答えなかった。
ただ、甚爾を見ている。
その瞬間だった。
王子の胸の奥で。
何かが、弾けた。
「……!」
視界が。
一瞬。
真っ白になる。
そして。
知らない光景が。
流れ込んできた。
森。
古い城。
戦場。
笑っている人々。
そして。
一人の女。
その人は、戦場から戻った甚爾の姿を見ると。
いつも、ほっとしたように笑っていた。
その笑顔を見た時だけ、
肩の力を抜いていたことに後から気付いた。
『──みんなが笑って暮らせる世界になってほしいから』
「……え?」
王子の目が大きく見開かれる。
その声を王子は知らない。
けれど。
なぜか。
ひどく懐かしく感じた。
その隣に。
若い甚爾がいた。
今の魔王とは。
少し違う顔。
まだ。
世界を憎んでいない顔だった。
『……そうかい』
甚爾は、それだけ答えていた。
王子の呼吸が止まる。
「……何だ、これ」
再び。
光景が流れる。
その人が、いなくなった。
そして。
甚爾だけが残された。
けれど。
甚爾は泣かなかった。
怒りもしなかった。
ただ。
いつも通り。
生きていた。
朝が来れば起きる。
飯を食う。
眠る。
戦う。
日々が、積み重なっていく。
その人のいない日々が。
一日。
また一日。
積み重なっていく。
王子の視界に。
いくつもの光景が流れた。
戦争。
裏切り。
権力争い。
人が人を騙す姿。
誰かが笑えば。
その裏で誰かが泣いている。
その人が願った世界は。
いつまで経っても。
訪れなかった。
むしろ。
時間が経つほど。
嫌なものばかりが。
目につくようになった。
甚爾の顔から。
少しずつ。
何かが消えていく。
期待。
希望。
そして。
あの日の言葉さえ。
遠くなっていく。
『みんなが笑って暮らせる世界になってほしいから』
甚爾は。
その言葉を。
何度も思い出した。
けれど。
そこにあったのは。
もう。
優しい笑顔ではなかった。
王子の視界が大きく揺れる。
「……!」
そして。
最後に。
甚爾が一人で立っていた。
誰もいない場所で。
空を見上げて。
ぽつりと。
呟いていた。
「……あいつが願った世界が」
低い声。
「こんなくだらねぇもんなら」
一度。
目を伏せる。
「……なくなったって、いいじゃねぇか」
王子の視界がそこで途切れた。
「──っ!」
王子が大きく息を吸う。
現実へ戻ってきた。
目の前には。
魔王。
そして。
その手に。
青白い光が残っている。
王子は甚爾を見る。
その瞳には、先ほどまでとは違う光があった。
魔王の身体を。
呪力の流れを。
その奥に残る感情さえ。
まるで見透かすように。
「……そういうことか」
「──悟?」
旅人が怪訝そうに声をかける。
「どうした?」
「……傑」
「何だい」
「今、見えた」
「何が?」
王子は魔王から目を離さない。
「あいつが」
甚爾を見る。
「どうして魔王になったのか」
魔女が息を呑んだ。
「……分かったの?」
「うん」
王子はゆっくりと頷く。
「たぶん」
そして。
甚爾へ向かって歩き出した。
「おい」
旅人が腕を掴む。
「何をするつもりだ」
「戦うのをやめる」
「……何?」
「こいつを今倒す必要がない」
旅人の目が細くなる。
「王子?」
甚爾が二人を見た。
「……何をこそこそ話してやがる」
王子は魔王の前まで歩く。
その手に、もう光はない。
「なあ」
「……あ?」
「お前は」
王子は静かに尋ねる。
「本当に世界を滅ぼしたいのか?」
甚爾の眉がわずかに動く。
「当たり前だろ」
「どうして?」
「くだらねぇからだ」
「何が?」
「全部だ」
甚爾の声が低くなる。
「人間も」
「国も」
「戦争も」
「裏切りも」
「何もかもだ」
王子は黙って聞いていた。
「……なるほど」
そして。
ぽつりと呟く。
「じゃあ」
一歩。
甚爾へ近づく。
「あの人が願った世界も?」
甚爾の動きが、止まった。
「……何?」
「みんなが笑って暮らせる世界」
その言葉を聞いた瞬間。
甚爾の表情が初めて変わった。
「……てめぇ」
「その人が、そう願ったんでしょ」
王子は、まっすぐ甚爾を見る。
「だから最初は」
「そうかい、って思った」
甚爾の目が鋭くなる。
「……」
「別に否定もしなかった」
「……」
「でも」
王子の声が少しだけ柔らかくなる。
「その人がいなくなって」
「何年も経って」
「その人が願った世界を見続けて」
一つ。
言葉を置く。
「嫌なところばかりが目につくようになった」
甚爾の拳が、ゆっくり握られる。
「戦争はなくならない」
「人は裏切る」
「誰かが幸せになるために、誰かが犠牲になる」
「……」
「それを見て」
王子は静かに言った。
「だったら、こんな世界なんてなくなればいいって思った」
甚爾が王子を睨む。
「……知ったような口を利くな」
「そうだね」
王子はあっさり頷いた。
「俺には分からない」
「……」
「その人がいなくなった後の時間を」
「お前がどれだけ一人で過ごしたのかも」
「どれだけ世界に失望したのかも」
そして。
「でも」
王子は甚爾を見る。
「一つだけ分かる」
甚爾がわずかに目を細めた。
「お前は」
王子の声が静かに響く。
「本当は、世界が憎かったんじゃない」
「……」
「その人がいなくなった世界を」
「受け入れられなくなったんじゃない?」
沈黙。
広間から音が消えた。
旅人も。
魔女も。
せいらも。
誰も口を開かなかった。
甚爾だけが王子を睨んでいる。
けれど。
その拳は、もう振り上げられていなかった。
「……くだらねぇ」
やがて、甚爾が呟く。
「そんな昔の話を」
視線を逸らす。
「今さら……」
その声は先ほどまでの魔王のものとは。
少しだけ違っていた。
王子は、その変化を見逃さなかった。
「そっか」
小さく笑う。
「じゃあ、今さらでもいいじゃん」
「……何?」
「言えなかったんでしょ」
甚爾の目が、再び王子へ向く。
「……何をだ」
「その人に」
王子は少しだけ困ったように笑った。
「本当は、自分も一緒に笑っていたかったって」
甚爾は何も答えなかった。
ただ。
拳を握ったまま。
俯いた。
魔女は。
その姿を見つめていた。
そして。
ふと。
大鏡を見る。
「……あなたは」
鏡は何も答えない。
「全部、知っていたの?」
しばらくして。
『記録しています』
ただ。
それだけだった。
魔女は鏡を見る。
そして。
初めて。
鏡の言葉を。
そのまま信じることができなかった。
「……そう」
小さく呟く。
「でも」
魔女は甚爾を見る。
「知っているだけでは」
ほんの少し。
前へ出る。
「誰も救えないのね」
大鏡は沈黙した。
その時。
「……王子」
旅人が静かに呼ぶ。
「どうする?」
王子は甚爾を見る。
もう。
戦う必要はなかった。
「その人も助けられるんじゃないかな。今すぐは無理でも──」
「……え?」
魔女が驚いて顔を上げる。
「魔王を倒さないの?」
「倒さないよ」
王子は笑った。
「だって」
甚爾を見る。
「この人、もう戦う理由をなくしかけてるから」
甚爾が鼻で笑った。
「勝手なこと言いやがる」
「そう?」
「俺はまだ魔王だぞ」
「じゃあ」
王子は笑う。
「魔王を続けたいなら、止めないけど」
「……」
「でも」
王子は魔女を見る。
「魔王が取り戻したいと思っている相手を、取り戻す方法を探したっていいよね?」
魔女の目が大きく見開かれた。
魔女は、しばらく何も言えなかった。
「……探しても、いいの?」
それは誰かに許しを求める言葉ではなかった。
自分自身に、初めて問いかける言葉だった。
そして。
初めて。
その言葉を心の底から受け止めた。
自分は。
もう。
この人を殺さなくていい。
王子が自分の命を返してくれたわけではない。
けれど。
その命を使って。
自分自身の選択を取り戻したのだ。
魔女の胸に静かな光が灯る。
せいらは少し離れたところから。
旅人を見つめていた。
「旅人さん」
「ん?」
「終わったの?」
「……たぶんね」
旅人が小さく笑う。
「魚は食べられそうだよ」
「よかったぁ」
せいらが、ほっと笑った。
その笑顔を見て。
旅人も少しだけ笑った。
そして。
王子が甚爾へ振り返る。
「ねえ、魔王」
「何だ」
王子は甚爾を見る。
「その人が願った世界を」
少しだけ笑って。
「もう一回、見てみれば?」
長い沈黙。
やがて。
甚爾が小さく息を吐いた。
「……考えとく」
それだけだった。
けれど。
その声には。
もう世界を滅ぼそうとする者の響きはなかった。
魔王の物語は、まだ終わってはいない。
けれど、少なくとも。
この日。
魔王は初めて誰かに、
自分が魔王になった理由を見つけてもらった。
そして。
森の魔女は初めて知った。
世界を救うということは。
誰かを殺すことだけではないのだと。
──大広間には。
もう、戦いの音はなかった。
城の大広間。
つい先ほどまで。
世界の命運を懸けた戦いが繰り広げられていた。
魔王は世界を滅ぼそうとしていた。
魔女は王子を殺す使命を背負っていた。
そして。
王子は魔女から託された命を胸に、魔王と向き合った。
すべてが、終わった。
……はずだった。
「あははは!! やばい!! 殺されるー!!」
城の大広間を、
魔女が逃げ回る王子を走って追いかけている。
「待ちなさい!!」
その手には魔法の短剣。
黒いドレスを翻しながら。
「なんで逃げるのよ!!」
「だって刺そうとしてるじゃん!」
「誰のせいよ!!」
「俺?」
「あなた以外に誰がいるのよ!!」
王子は楽しそうに笑いながら、
飛んできた短剣をひらりと避ける。
「いやぁ」
その顔には、
先ほどまで魔王と死闘を繰り広げていた男の面影など。
どこにもなかった。
「まさか、こんな形でハッピーエンドになるとはねぇ」
「どこがハッピーエンドなのよ!!」
「魔女のそよか、お持ち帰り成功エンド」
「違う!!」
「超ハッピーじゃん」
「やめなさい!!」
魔女が短剣を振り下ろす。
王子は笑いながら横へ飛んだ。
「危なっ!」
「刺すわよ!!」
「いやいや」
王子が振り返る。
「逆でしょ」
「何がよ!!」
「俺がそよかをお持ち帰りしたんじゃん? つまりこれから刺されるのはー?」
「……っ!!」
魔女の顔が。
一瞬で赤くなる。
「なっ……! その手つき! 卑猥! モザイクかけて!」
魔法の短剣をぶんぶんと振り回す。
「だって」
王子は。
けろりとしている。
「俺の命、そよかが命がけで助けてくれたんでしょ?」
「それは……」
「つまり」
一歩。
王子が近づく。
「そよかに命預けてもらったわけじゃん」
「……」
「だからもう」
にこっと笑う。
「責任取ってよ」
「意味が分からない!!」
「えー?」
王子が首を傾げる。
「一緒に暮らそうよ」
「……!」
魔女の動きが止まった。
「……あなた」
「ん?」
「本当に……」
短剣を握る手が、わずかに震える。
「そういうことばかり……」
「何?」
「簡単に言うのね」
王子は少しだけ目を細めた。
けれど。
次の瞬間には。
いつもの笑顔に戻る。
「だって」
王子は。
魔女を見る。
「俺、そよかといるの好きだし」
「……」
「それに」
王子は楽しそうに続ける。
「そよか一人で全部抱えて消える気だったでしょ?」
魔女の表情が固まった。
「……」
「だから却下」
軽い声だった。
けれど。
その言葉だけは。
妙に真っ直ぐだった。
「もう一人で決めて、勝手に消えたりするのは禁止」
「……王子」
「俺も一緒に決めるから」
魔女は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……本当に」
「ん?」
「……変な人」
小さく。
そう呟いた。
王子は笑う。
「よく言われる」
「褒めてないわ」
「知ってる」
その時。
「……下品」
冷静な声が。
広間に響いた。
「え?」
王子が振り返る。
そこには。
美しい翅を背負った硝子が立っていた。
「さっきまで世界の命運を懸けた戦いだったのに」
硝子は淡々と告げる。
「急に男女の距離が近すぎる」
「いいじゃん」
王子が笑う。
「世界救ったんだから」
「その理屈はおかしい」
「えー」
その横から。
灰原兵士が顔を出す。
「いやいやいや!」
「何?」
「王子!」
灰原が慌てて二人を見る。
「さっきの話、本当に結婚するんですか!?」
「するんじゃない?」
「軽い!!」
「だって」
王子は魔女を見る。
「俺の子供が欲しいって言ってくれる人と結婚できるなんて、運命じゃない?」
「言ってない!!」
即座に魔女が叫んだ。
「私はそんなこと一言も言ってない!!」
「でも王族復活の条件って」
灰原が首を傾げる。
「王子の血と古代王族の血……」
「そこを説明するな!!」
魔女の顔が、さらに赤くなる。
すると。
『理論上は』
七海鏡が淡々と告げた。
『次代の王族が誕生することで、古の王族の血を完全に蘇らせることが可能です』
「鏡まで!!」
魔女が頭を抱える。
「どうして誰も止めないのよ!!」
理子姫が両手を広げた。
「止めておるのじゃ!!」
「全然止まってない!!」
広間が一気に騒がしくなる。
その中で王子だけが、妙に嬉しそうだった。
「いやぁ」
「何よ」
「俺、魔王倒さなくてよかったなぁ」
「……」
「だって」
王子は魔女を見る。
「倒してたら、そよかと一緒にいられなかったかもしれないし」
魔女は一瞬だけ、何も言えなくなった。
そして。
「……本当に」
小さく息を吐く。
「そういうところよ」
「何が?」
「……何でもない」
短剣をゆっくり下ろす。
王子はそれを見て、にこっと笑った。
「じゃあ、お持ち帰り成功ってことで」
「……やっぱり刺す」
「なんで!?」
王子が再び逃げ出した。
「待ちなさい!!」
「そよかー!?」
大広間に二人の声が響き渡った。
──その頃。
王城の厨房。
「おさかな焼けたー♪」
せいらが嬉しそうに皿を抱えていた。
「おや」
旅人が焼き上がった魚を見る。
「美味しそうだね」
「うん!」
せいらが笑う。
「旅人さん、一緒に食べよ?」
「もちろん」
二人が厨房の窓辺に並ぶ。
穏やかな時間。
静かな城。
……のはずだった。
その瞬間。
遠くから。
「そよかー!! 新婚旅行どこ行くー!?」
王子の声が響いた。
「黙れーーー!!」
続いて。
轟音。
どごぉん!!
城の塔の一部が。
吹き飛んだ。
「…………」
せいらが窓の外を見る。
「……元気いっぱいだねぇ」
「そうだねぇ」
旅人はしばらく外を眺めた。
そして。
「……世界、本当に救われたのかな」
せいらが魚を一口食べる。
「うん」
「え?」
「楽しそうだもん」
せいらはにこにこと笑った。
「みんな、楽しそう」
「……」
旅人は少しだけ目を細める。
「そうだね」
そして。
焼き魚を一切れ取る。
「じゃあ、私も食べようかな」
「うん!」
二人の間に。
穏やかな笑い声が広がった。
その頃。
城の大広間では。
「だから刺すって言ってるでしょ!!」
「愛が重いなぁ!」
「誰のせいよ!!」
まだ。
王子と魔女が追いかけっこを続けていた。
──そして。
現代。
視聴覚室。
「…………」
スクリーンが暗転する。
しばらく。
誰も。
何も言わなかった。
やがて。
虎杖がぽつりと呟いた。
「……何だったんだ、これ」
釘崎が腕を組む。
「きっと魔王編よ」
「いや、そうじゃなくて!」
虎杖が叫ぶ。
「最後、完全にラブコメじゃん!!」
「しかも」
順平が困ったように笑う。
「王子が一人で暴走してない?」
「してる」
伏黒が即答した。
静かにスクリーンを見る。
「……魔王との戦闘より、後半のほうが騒がしかったね」
順平が笑う。
「でも、そよかさん嬉しそうだったよ」
「……」
伏黒が少しだけ黙る。
「……まあ」
スクリーンには。
最後に。
魔女と王子が追いかけっこをする姿が映っている。
そして。
その隅では。
旅人と猫のせいらが。
焼き魚を食べていた。
「……幸せそうではあるな」
虎杖がぽつりと言った。
「だな」
順平も頷く。
その時。
最後列から。
「でしょ?」
妙に嬉しそうな声がした。
全員が一斉に振り返る。
そこには。
満面の笑みを浮かべた悟がいた。
「僕、完璧なエンディング作ったと思わない?」
「先生」
釘崎が冷たい目を向ける。
「王子役をやりながら脚本まで私物化してなかった?」
「してないよ?」
「してるでしょ」
「映画は夢を見せるものだからねぇ」
「便利な言葉みたいに使わないで!!」
虎杖が叫ぶ。
その隣で伏黒が、深いため息をついた。
「……親父が魔王で」
「うん」
「先生が王子で」
「うん」
「そよかさんが魔女で」
「そうそう」
「……俺までこの映画に巻き込まれた感じがする」
悟がにっこり笑った。
「親子共演の二作目興味ある?」
「ねぇよ」
視聴覚室に。
笑い声が広がった。
スクリーンの中では。
王子と魔女が。
まだ追いかけっこをしている。
魔王は、ほんの少し考え方が変わった。
世界は、たぶん救われた。
魔王が望んだ世界は。
まだ、どこにもない。
けれど。
少なくともこの城には、
誰かと共に笑う人たちがいる。
そして。
森の魔女には、
初めて、
自分で選んだ未来が、
待っているのかもしれない。
めでたしめでたし。
「全っ然!! めでたくないわよ!!」
「超ハッピーエンドじゃーん」
アイリスアウト。
●16
夜のそよか家。
リビングでは。
五条悟が、ソファに寝転がりながら。
楽しそうに話していた。
「でさー」
キッチンでは、
そよかが食器を洗っている。
「悠仁たちに見せたんだよね」
「何を?」
「僕たちが文化祭用に作った映画」
悟が、にこにこと笑う。
「『最強王子と森の魔女』」
「あぁ」
そよかが、手を止めずに答える。
「あれね」
ふと。
壁のカレンダーを見る。
「……もう文化祭の出し物について話し合う時期なのね」
「そうそう」
「学生の頃とは、時の流れが違うわね」
「僕なんてつい昨日のことみたいだけど」
「あなたは時間の感覚が適当すぎるのよ」
そよかが。
食器をすすぐ。
その時。
浴室に続く扉が開いた。
「五条さん」
風呂上がりの七海が。
髪を拭きながらリビングに現れる。
「はい?」
「そよかさんにばかり食器を洗わせて、どういうつもりですか」
「え?」
悟が。
きょとんとする。
「僕はトークでそよかを楽しませてたんだよ」
「それは家事ではありません」
「厳しいなぁ」
ぶんむくれながら。
悟が立ち上がる。
「はいはい」
洗い終わった食器を受け取ると。
渋々。
布巾で拭き始めた。
「……まったく」
七海が。
呆れたように息を吐く。
「それで」
悟が食器を拭きながら。
「さっきの映画なんだけど」
「まだその話をするの?」
そよかが少し笑う。
「だって面白かったんだよ」
「何が?」
「悠仁たちの反応」
悟は楽しそうに言った。
「最後にさ」
一枚。
皿を拭く。
「王子が魔女をお持ち帰りして、一緒に暮らすことになったじゃん?」
そよかの手が、一瞬だけ止まった。
「……違うわよ」
「え?」
「魔女は森に帰ったでしょう」
「いやいやいや」
悟が笑う。
「何言ってんの?」
「あなたこそ何を言ってるのよ」
そよかは蛇口を止める。
「魔女は王子のところには行かなかった。森に帰ったの」
「そんなことないよ。お持ち帰りしたじゃん」
「してない」
「したって」
「してないわ」
二人がしばらく見つめ合う。
七海が静かに口を挟んだ。
「……お二人とも」
「ん?」
「何です?」
「私の記憶では」
七海が濡れた髪を拭きながら。
ゆっくり言った。
「魔女は」
一瞬。
言葉を探す。
「大鏡の間で──」
「……」
そよかと悟が、同時に七海を見る。
「大鏡の間?」
「ええ」
七海は眉を寄せる。
「魔女が……鏡に……」
「何だよ?」
「……」
七海が黙り込む。
「何でしたっけ」
悟が笑う。
「七海、それ映画にあった?」
「……分かりません」
「え?」
「そもそも」
七海が少し困ったように笑う。
「私が何を見たのかも……」
声が、遠くなる。
「大鏡が……魔女の……」
「七海?」
そよかが、振り返る。
「大丈夫?」
「……ええ」
七海が、目を閉じる。
「少し……眠気が」
その声が。
妙に遠い。
「明日も早いですから」
悟が皿を拭きながら。
「もう寝る?」
「そうですね」
七海が小さく欠伸をする。
「……おやすみなさい」
「おやすみー」
そよかも。
「おやすみ」
と答える。
けれど。
七海は。
しばらく動かなかった。
まるで。
何かを思い出そうとしているように。
「……大鏡が」
「七海?」
「……魔女の魂を──」
そこまで言って、七海はぴたりと口を閉ざした。
まるで、誰かに無理やり言葉を奪われたかのように、リビングの空気が一瞬で冷え込む。
「……?」
悟が振り返る。
けれど。
「──何でもありません」
七海は。
そう言って。
その場を離れた。
悟も。
それ以上は気にしなかった。
その夜。
ベッド。
悟は。
仰向けになっていた。
「……明日も早いし」
隣を見る。
そよかが。
静かに眠っている。
「早く寝よ」
悟は。
そよかの髪に。
ほんの少しだけ触れる。
そして。
軽く。
額へ口づける。
「おやすみ」
そよかは。
何も答えない。
悟は、そよかの体温を感じながら目を閉じた。
意識が、ゆっくりと暗闇の奥深くへ沈んでいく。
──静寂。
そして次の瞬間、冷たい風の音が耳を打った。
気がつくと、悟は重厚な王子の衣装を纏い、見覚えのある広間に立っていた。
大きな扉。
その向こうから。
冷たい空気が流れてくる。
悟は王子の姿をしていた。
「……ここ」
見覚えがある。
「大鏡の間……?」
扉を開ける。
広間の奥。
巨大な鏡。
その前に。
「……そよか?」
魔女が倒れていた。
黒いドレス。
長い髪。
床に広がっている。
「そよか!」
悟王子が駆け寄る。
抱き起こす。
「おい!」
返事がない。
「そよか!」
その時。
大鏡が。
静かに。
光った。
『王子』
「……!」
悟が。
鏡を睨む。
『魔女は』
鏡の中に。
魔女の姿が映る。
『もう、あなたの知る魔女ではありません』
「何を……」
『彼女は』
鏡の奥から。
低い声が響く。
『魂を奪われました』
「……!」
悟が。
腕の中のそよかを見る。
「……返せ」
『……』
「そよかを返せ」
大鏡は。
答えない。
ただ。
魔女の身体だけが。
静かに。
悟の腕の中で。
眠っていた。
そして。
大鏡の表面に。
文字。
ゆっくりと。
浮かび上がる。
──魔鏡。
悟の蒼い瞳が、大きく見開かれた。
チリン。
小さく。
鈴のような音がした。
「……?」
悟王子が。
顔を上げる。
その目の前に。
ふわりと。
一匹の白い猫が現れた。
宙に浮かんでいる。
美しい白い毛並みが。
淡い光をまとっていた。
『面白い夢をみているわね』
「面白い?」
悟は。
腕の中の魔女を見る。
「全然面白くない」
眠ったまま。
そよかは動かない。
「どうすれば、そよかは目覚めるんだ!」
白猫は。
しばらく悟を見つめていた。
『それを決めるのは、私ではないわ』
「じゃあ、誰が決めるの?」
『あなたよ』
「僕?」
『夢を夢のまま終わらせるのか』
白猫が。
ゆっくりと尻尾を揺らす。
『それとも』
大鏡へ視線を向ける。
『創作物として、形にするのか』
「……」
『みている人の自由でしょう?』
悟が。
眉を寄せる。
「……何それ」
白猫は。
少しだけ笑ったように見えた。
『好きになさい』
そして。
悟の目をまっすぐ見つめる。
『五条悟』
チリン。
また。
鈴の音。
『あなたの文才に期待しているわ』
「……」
悟は。
ぽかんと白猫を見る。
「……僕、文才ある?」
『さあ?』
「そこはあるって言うところじゃない?」
『自分で確かめなさい』
「えー……」
白猫の姿が。
少しずつ薄れていく。
「待って」
悟が。
声をかける。
「君は何者なの?」
白猫は。
答えなかった。
ただ。
最後に一度だけ。
尻尾を揺らした。
チリン。
鈴の音だけが。
大鏡の間に残る。
「……」
悟は。
腕の中のそよかを見る。
そして。
大鏡を睨んだ。
「……なるほどね」
口元が。
ゆっくりと上がる。
「そういうことなら」
悟王子は。
魔女を抱き上げたまま。
一歩。
大鏡へ向かって歩き出した。
「僕が続きを作ってやるよ」
大鏡が、
静かに光った。
新たな物語が、
今。
始まる。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
それではまた来週。
うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/
◆TAILESでオリジナル作品公開中
https://tales.note.com/masuda028
お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
100は碧淵編のおまけ2を追加しました。次は105です。