【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅   作:masuda028

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【呪術廻戦/五条悟】
世界を越えて、悲劇に抗った後に続く物語。

※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。

◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。

note連載中の『チャッピー、またやったな。』でやったエピソードを加工してみました。
皆さんの脳内でMAPPAさん作画で再生されたらいいな。宜しくお願いします!

本編はおとぎ話のような雰囲気にしたくて改行多めです。


154幻灯編 15・16:結ばれた愛のハッピーエンドと、幕を開ける新たな変調

●15

 

 青白い光が広間を駆け抜ける。

 

 その光を甚爾が真正面から受け止めた。

 

「……っ!」

 

 轟音。

 

 石床が砕ける。

 

 王子の身体が、再び後方へ弾き飛ばされる。

 

「王子!」

 

 旅人が叫ぶ。

 

「大丈夫!」

 

 王子は空中で身体を捻り。

 

 なんとか着地した。

 

 けれど。

 

 その顔から。

 

 笑みが消えていた。

 

「……おかしい」

 

 王子が魔王を見る。

 

 甚爾は何事もなかったように立っている。

 

「強すぎる」

 

「王子……?」

 

 魔女が不安そうに見つめる。

 

 王子は答えなかった。

 

 ただ、甚爾を見ている。

 

 その瞬間だった。

 

 王子の胸の奥で。

 

 何かが、弾けた。

 

「……!」

 

 視界が。

 

 一瞬。

 

 真っ白になる。

 

 そして。

 

 知らない光景が。

 

 流れ込んできた。

 

 森。

 

 古い城。

 

 戦場。

 

 笑っている人々。

 

 そして。

 

 一人の女。

 

 その人は、戦場から戻った甚爾の姿を見ると。

 

 いつも、ほっとしたように笑っていた。

 

 その笑顔を見た時だけ、

 

 肩の力を抜いていたことに後から気付いた。

 

『──みんなが笑って暮らせる世界になってほしいから』

 

「……え?」

 

 王子の目が大きく見開かれる。

 

 その声を王子は知らない。

 

 けれど。

 

 なぜか。

 

 ひどく懐かしく感じた。

 

 その隣に。

 

 若い甚爾がいた。

 

 今の魔王とは。

 

 少し違う顔。

 

 まだ。

 

 世界を憎んでいない顔だった。

 

『……そうかい』

 

 甚爾は、それだけ答えていた。

 

 王子の呼吸が止まる。

 

「……何だ、これ」

 

 再び。

 

 光景が流れる。

 

 その人が、いなくなった。

 

 そして。

 

 甚爾だけが残された。

 

 けれど。

 

 甚爾は泣かなかった。

 

 怒りもしなかった。

 

 ただ。

 

 いつも通り。

 

 生きていた。

 

 朝が来れば起きる。

 

 飯を食う。

 

 眠る。

 

 戦う。

 

 日々が、積み重なっていく。

 

 その人のいない日々が。

 

 一日。

 

 また一日。

 

 積み重なっていく。

 

 王子の視界に。

 

 いくつもの光景が流れた。

 

 戦争。

 

 裏切り。

 

 権力争い。

 

 人が人を騙す姿。

 

 誰かが笑えば。

 

 その裏で誰かが泣いている。

 

 その人が願った世界は。

 

 いつまで経っても。

 

 訪れなかった。

 

 むしろ。

 

 時間が経つほど。

 

 嫌なものばかりが。

 

 目につくようになった。

 

 甚爾の顔から。

 

 少しずつ。

 

 何かが消えていく。

 

 期待。

 

 希望。

 

 そして。

 

 あの日の言葉さえ。

 

 遠くなっていく。

 

『みんなが笑って暮らせる世界になってほしいから』

 

 甚爾は。

 

 その言葉を。

 

 何度も思い出した。

 

 けれど。

 

 そこにあったのは。

 

 もう。

 

 優しい笑顔ではなかった。

 

 王子の視界が大きく揺れる。

 

「……!」

 

 そして。

 

 最後に。

 

 甚爾が一人で立っていた。

 

 誰もいない場所で。

 

 空を見上げて。

 

 ぽつりと。

 

 呟いていた。

 

「……あいつが願った世界が」

 

 低い声。

 

「こんなくだらねぇもんなら」

 

 一度。

 

 目を伏せる。

 

「……なくなったって、いいじゃねぇか」

 

 王子の視界がそこで途切れた。

 

「──っ!」

 

 王子が大きく息を吸う。

 

 現実へ戻ってきた。

 

 目の前には。

 

 魔王。

 

 そして。

 

 その手に。

 

 青白い光が残っている。

 

 王子は甚爾を見る。

 

 その瞳には、先ほどまでとは違う光があった。

 

 魔王の身体を。

 

 呪力の流れを。

 

 その奥に残る感情さえ。

 

 まるで見透かすように。

 

「……そういうことか」

 

「──悟?」

 

 旅人が怪訝そうに声をかける。

 

「どうした?」

 

「……傑」

 

「何だい」

 

「今、見えた」

 

「何が?」

 

 王子は魔王から目を離さない。

 

「あいつが」

 

 甚爾を見る。

 

「どうして魔王になったのか」

 

 魔女が息を呑んだ。

 

「……分かったの?」

 

「うん」

 

 王子はゆっくりと頷く。

 

「たぶん」

 

 そして。

 

 甚爾へ向かって歩き出した。

 

「おい」

 

 旅人が腕を掴む。

 

「何をするつもりだ」

 

「戦うのをやめる」

 

「……何?」

 

「こいつを今倒す必要がない」

 

 旅人の目が細くなる。

 

「王子?」

 

 甚爾が二人を見た。

 

「……何をこそこそ話してやがる」

 

 王子は魔王の前まで歩く。

 

 その手に、もう光はない。

 

「なあ」

 

「……あ?」

 

「お前は」

 

 王子は静かに尋ねる。

 

「本当に世界を滅ぼしたいのか?」

 

 甚爾の眉がわずかに動く。

 

「当たり前だろ」

 

「どうして?」

 

「くだらねぇからだ」

 

「何が?」

 

「全部だ」

 

 甚爾の声が低くなる。

 

「人間も」

 

「国も」

 

「戦争も」

 

「裏切りも」

 

「何もかもだ」

 

 王子は黙って聞いていた。

 

「……なるほど」

 

 そして。

 

 ぽつりと呟く。

 

「じゃあ」

 

 一歩。

 

 甚爾へ近づく。

 

「あの人が願った世界も?」

 

 甚爾の動きが、止まった。

 

「……何?」

 

「みんなが笑って暮らせる世界」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 甚爾の表情が初めて変わった。

 

「……てめぇ」

 

「その人が、そう願ったんでしょ」

 

 王子は、まっすぐ甚爾を見る。

 

「だから最初は」

 

「そうかい、って思った」

 

 甚爾の目が鋭くなる。

 

「……」

 

「別に否定もしなかった」

 

「……」

 

「でも」

 

 王子の声が少しだけ柔らかくなる。

 

「その人がいなくなって」

 

「何年も経って」

 

「その人が願った世界を見続けて」

 

 一つ。

 

 言葉を置く。

 

「嫌なところばかりが目につくようになった」

 

 甚爾の拳が、ゆっくり握られる。

 

「戦争はなくならない」

 

「人は裏切る」

 

「誰かが幸せになるために、誰かが犠牲になる」

 

「……」

 

「それを見て」

 

 王子は静かに言った。

 

「だったら、こんな世界なんてなくなればいいって思った」

 

 甚爾が王子を睨む。

 

「……知ったような口を利くな」

 

「そうだね」

 

 王子はあっさり頷いた。

 

「俺には分からない」

 

「……」

 

「その人がいなくなった後の時間を」

 

「お前がどれだけ一人で過ごしたのかも」

 

「どれだけ世界に失望したのかも」

 

 そして。

 

「でも」

 

 王子は甚爾を見る。

 

「一つだけ分かる」

 

 甚爾がわずかに目を細めた。

 

「お前は」

 

 王子の声が静かに響く。

 

「本当は、世界が憎かったんじゃない」

 

「……」

 

「その人がいなくなった世界を」

 

「受け入れられなくなったんじゃない?」

 

 沈黙。

 

 広間から音が消えた。

 

 旅人も。

 

 魔女も。

 

 せいらも。

 

 誰も口を開かなかった。

 

 甚爾だけが王子を睨んでいる。

 

 けれど。

 

 その拳は、もう振り上げられていなかった。

 

「……くだらねぇ」

 

 やがて、甚爾が呟く。

 

「そんな昔の話を」

 

 視線を逸らす。

 

「今さら……」

 

 その声は先ほどまでの魔王のものとは。

 

 少しだけ違っていた。

 

 王子は、その変化を見逃さなかった。

 

「そっか」

 

 小さく笑う。

 

「じゃあ、今さらでもいいじゃん」

 

「……何?」

 

「言えなかったんでしょ」

 

 甚爾の目が、再び王子へ向く。

 

「……何をだ」

 

「その人に」

 

 王子は少しだけ困ったように笑った。

 

「本当は、自分も一緒に笑っていたかったって」

 

 甚爾は何も答えなかった。

 

 ただ。

 

 拳を握ったまま。

 

 俯いた。

 

 魔女は。

 

 その姿を見つめていた。

 

 そして。

 

 ふと。

 

 大鏡を見る。

 

「……あなたは」

 

 鏡は何も答えない。

 

「全部、知っていたの?」

 

 しばらくして。

 

『記録しています』

 

 ただ。

 

 それだけだった。

 

 魔女は鏡を見る。

 

 そして。

 

 初めて。

 

 鏡の言葉を。

 

 そのまま信じることができなかった。

 

「……そう」

 

 小さく呟く。

 

「でも」

 

 魔女は甚爾を見る。

 

「知っているだけでは」

 

 ほんの少し。

 

 前へ出る。

 

「誰も救えないのね」

 

 大鏡は沈黙した。

 

 その時。

 

「……王子」

 

 旅人が静かに呼ぶ。

 

「どうする?」

 

 王子は甚爾を見る。

 

 もう。

 

 戦う必要はなかった。

 

「その人も助けられるんじゃないかな。今すぐは無理でも──」

 

「……え?」

 

 魔女が驚いて顔を上げる。

 

「魔王を倒さないの?」

 

「倒さないよ」

 

 王子は笑った。

 

「だって」

 

 甚爾を見る。

 

「この人、もう戦う理由をなくしかけてるから」

 

 甚爾が鼻で笑った。

 

「勝手なこと言いやがる」

 

「そう?」

 

「俺はまだ魔王だぞ」

 

「じゃあ」

 

 王子は笑う。

 

「魔王を続けたいなら、止めないけど」

 

「……」

 

「でも」

 

 王子は魔女を見る。

 

「魔王が取り戻したいと思っている相手を、取り戻す方法を探したっていいよね?」

 

 魔女の目が大きく見開かれた。

 

 魔女は、しばらく何も言えなかった。

 

「……探しても、いいの?」

 

 それは誰かに許しを求める言葉ではなかった。

 

 自分自身に、初めて問いかける言葉だった。

 

 そして。

 

 初めて。

 

 その言葉を心の底から受け止めた。

 

 自分は。

 

 もう。

 

 この人を殺さなくていい。

 

 王子が自分の命を返してくれたわけではない。

 

 けれど。

 

 その命を使って。

 

 自分自身の選択を取り戻したのだ。

 

 魔女の胸に静かな光が灯る。

 

 せいらは少し離れたところから。

 

 旅人を見つめていた。

 

「旅人さん」

 

「ん?」

 

「終わったの?」

 

「……たぶんね」

 

 旅人が小さく笑う。

 

「魚は食べられそうだよ」

 

「よかったぁ」

 

 せいらが、ほっと笑った。

 

 その笑顔を見て。

 

 旅人も少しだけ笑った。

 

 そして。

 

 王子が甚爾へ振り返る。

 

「ねえ、魔王」

 

「何だ」

 

 王子は甚爾を見る。

 

「その人が願った世界を」

 

 少しだけ笑って。

 

「もう一回、見てみれば?」

 

 長い沈黙。

 

 やがて。

 

 甚爾が小さく息を吐いた。

 

「……考えとく」

 

 それだけだった。

 

 けれど。

 

 その声には。

 

 もう世界を滅ぼそうとする者の響きはなかった。

 

 魔王の物語は、まだ終わってはいない。

 

 けれど、少なくとも。

 

 この日。

 

 魔王は初めて誰かに、

 自分が魔王になった理由を見つけてもらった。

 

 そして。

 

 森の魔女は初めて知った。

 

 世界を救うということは。

 

 誰かを殺すことだけではないのだと。

 

 ──大広間には。

 

 もう、戦いの音はなかった。

 

 城の大広間。

 

 つい先ほどまで。

 

 世界の命運を懸けた戦いが繰り広げられていた。

 

 魔王は世界を滅ぼそうとしていた。

 

 魔女は王子を殺す使命を背負っていた。

 

 そして。

 

 王子は魔女から託された命を胸に、魔王と向き合った。

 

 すべてが、終わった。

 

 ……はずだった。

 

「あははは!! やばい!! 殺されるー!!」

 

 城の大広間を、

 魔女が逃げ回る王子を走って追いかけている。

 

「待ちなさい!!」

 

 その手には魔法の短剣。

 

 黒いドレスを翻しながら。

 

「なんで逃げるのよ!!」

 

「だって刺そうとしてるじゃん!」

 

「誰のせいよ!!」

 

「俺?」

 

「あなた以外に誰がいるのよ!!」

 

 王子は楽しそうに笑いながら、

 飛んできた短剣をひらりと避ける。

 

「いやぁ」

 

 その顔には、

 先ほどまで魔王と死闘を繰り広げていた男の面影など。

 

 どこにもなかった。

 

「まさか、こんな形でハッピーエンドになるとはねぇ」

 

「どこがハッピーエンドなのよ!!」

 

「魔女のそよか、お持ち帰り成功エンド」

 

「違う!!」

 

「超ハッピーじゃん」

 

「やめなさい!!」

 

 魔女が短剣を振り下ろす。

 

 王子は笑いながら横へ飛んだ。

 

「危なっ!」

 

「刺すわよ!!」

 

「いやいや」

 

 王子が振り返る。

 

「逆でしょ」

 

「何がよ!!」

 

「俺がそよかをお持ち帰りしたんじゃん? つまりこれから刺されるのはー?」

 

「……っ!!」

 

 魔女の顔が。

 

 一瞬で赤くなる。

 

「なっ……! その手つき! 卑猥! モザイクかけて!」

 

 魔法の短剣をぶんぶんと振り回す。

 

「だって」

 

 王子は。

 

 けろりとしている。

 

「俺の命、そよかが命がけで助けてくれたんでしょ?」

 

「それは……」

 

「つまり」

 

 一歩。

 

 王子が近づく。

 

「そよかに命預けてもらったわけじゃん」

 

「……」

 

「だからもう」

 

 にこっと笑う。

 

「責任取ってよ」

 

「意味が分からない!!」

 

「えー?」

 

 王子が首を傾げる。

 

「一緒に暮らそうよ」

 

「……!」

 

 魔女の動きが止まった。

 

「……あなた」

 

「ん?」

 

「本当に……」

 

 短剣を握る手が、わずかに震える。

 

「そういうことばかり……」

 

「何?」

 

「簡単に言うのね」

 

 王子は少しだけ目を細めた。

 

 けれど。

 

 次の瞬間には。

 

 いつもの笑顔に戻る。

 

「だって」

 

 王子は。

 

 魔女を見る。

 

「俺、そよかといるの好きだし」

 

「……」

 

「それに」

 

 王子は楽しそうに続ける。

 

「そよか一人で全部抱えて消える気だったでしょ?」

 

 魔女の表情が固まった。

 

「……」

 

「だから却下」

 

 軽い声だった。

 

 けれど。

 

 その言葉だけは。

 

 妙に真っ直ぐだった。

 

「もう一人で決めて、勝手に消えたりするのは禁止」

 

「……王子」

 

「俺も一緒に決めるから」

 

 魔女は、しばらく何も言わなかった。

 

 やがて。

 

「……本当に」

 

「ん?」

 

「……変な人」

 

 小さく。

 

 そう呟いた。

 

 王子は笑う。

 

「よく言われる」

 

「褒めてないわ」

 

「知ってる」

 

 その時。

 

「……下品」

 

 冷静な声が。

 

 広間に響いた。

 

「え?」

 

 王子が振り返る。

 

 そこには。

 

 美しい翅を背負った硝子が立っていた。

 

「さっきまで世界の命運を懸けた戦いだったのに」

 

 硝子は淡々と告げる。

 

「急に男女の距離が近すぎる」

 

「いいじゃん」

 

 王子が笑う。

 

「世界救ったんだから」

 

「その理屈はおかしい」

 

「えー」

 

 その横から。

 

 灰原兵士が顔を出す。

 

「いやいやいや!」

 

「何?」

 

「王子!」

 

 灰原が慌てて二人を見る。

 

「さっきの話、本当に結婚するんですか!?」

 

「するんじゃない?」

 

「軽い!!」

 

「だって」

 

 王子は魔女を見る。

 

「俺の子供が欲しいって言ってくれる人と結婚できるなんて、運命じゃない?」

 

「言ってない!!」

 

 即座に魔女が叫んだ。

 

「私はそんなこと一言も言ってない!!」

 

「でも王族復活の条件って」

 

 灰原が首を傾げる。

 

「王子の血と古代王族の血……」

 

「そこを説明するな!!」

 

 魔女の顔が、さらに赤くなる。

 

 すると。

 

『理論上は』

 

 七海鏡が淡々と告げた。

 

『次代の王族が誕生することで、古の王族の血を完全に蘇らせることが可能です』

 

「鏡まで!!」

 

 魔女が頭を抱える。

 

「どうして誰も止めないのよ!!」

 

 理子姫が両手を広げた。

 

「止めておるのじゃ!!」

 

「全然止まってない!!」

 

 広間が一気に騒がしくなる。

 

 その中で王子だけが、妙に嬉しそうだった。

 

「いやぁ」

 

「何よ」

 

「俺、魔王倒さなくてよかったなぁ」

 

「……」

 

「だって」

 

 王子は魔女を見る。

 

「倒してたら、そよかと一緒にいられなかったかもしれないし」

 

 魔女は一瞬だけ、何も言えなくなった。

 

 そして。

 

「……本当に」

 

 小さく息を吐く。

 

「そういうところよ」

 

「何が?」

 

「……何でもない」

 

 短剣をゆっくり下ろす。

 

 王子はそれを見て、にこっと笑った。

 

「じゃあ、お持ち帰り成功ってことで」

 

「……やっぱり刺す」

 

「なんで!?」

 

 王子が再び逃げ出した。

 

「待ちなさい!!」

 

「そよかー!?」

 

 大広間に二人の声が響き渡った。

 

 ──その頃。

 

 王城の厨房。

 

「おさかな焼けたー♪」

 

 せいらが嬉しそうに皿を抱えていた。

 

「おや」

 

 旅人が焼き上がった魚を見る。

 

「美味しそうだね」

 

「うん!」

 

 せいらが笑う。

 

「旅人さん、一緒に食べよ?」

 

「もちろん」

 

 二人が厨房の窓辺に並ぶ。

 

 穏やかな時間。

 

 静かな城。

 

 ……のはずだった。

 

 その瞬間。

 

 遠くから。

 

「そよかー!! 新婚旅行どこ行くー!?」

 

 王子の声が響いた。

 

「黙れーーー!!」

 

 続いて。

 

 轟音。

 

 どごぉん!!

 

 城の塔の一部が。

 

 吹き飛んだ。

 

「…………」

 

 せいらが窓の外を見る。

 

「……元気いっぱいだねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

 旅人はしばらく外を眺めた。

 

 そして。

 

「……世界、本当に救われたのかな」

 

 せいらが魚を一口食べる。

 

「うん」

 

「え?」

 

「楽しそうだもん」

 

 せいらはにこにこと笑った。

 

「みんな、楽しそう」

 

「……」

 

 旅人は少しだけ目を細める。

 

「そうだね」

 

 そして。

 

 焼き魚を一切れ取る。

 

「じゃあ、私も食べようかな」

 

「うん!」

 

 二人の間に。

 

 穏やかな笑い声が広がった。

 

 その頃。

 

 城の大広間では。

 

「だから刺すって言ってるでしょ!!」

 

「愛が重いなぁ!」

 

「誰のせいよ!!」

 

 まだ。

 

 王子と魔女が追いかけっこを続けていた。

 

 ──そして。

 

 現代。

 

 視聴覚室。

 

「…………」

 

 スクリーンが暗転する。

 

 しばらく。

 

 誰も。

 

 何も言わなかった。

 

 やがて。

 

 虎杖がぽつりと呟いた。

 

「……何だったんだ、これ」

 

 釘崎が腕を組む。

 

「きっと魔王編よ」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

 虎杖が叫ぶ。

 

「最後、完全にラブコメじゃん!!」

 

「しかも」

 

 順平が困ったように笑う。

 

「王子が一人で暴走してない?」

 

「してる」

 

 伏黒が即答した。

 

 静かにスクリーンを見る。

 

「……魔王との戦闘より、後半のほうが騒がしかったね」

 

 順平が笑う。

 

「でも、そよかさん嬉しそうだったよ」

 

「……」

 

 伏黒が少しだけ黙る。

 

「……まあ」

 

 スクリーンには。

 

 最後に。

 

 魔女と王子が追いかけっこをする姿が映っている。

 

 そして。

 

 その隅では。

 

 旅人と猫のせいらが。

 

 焼き魚を食べていた。

 

「……幸せそうではあるな」

 

 虎杖がぽつりと言った。

 

「だな」

 

 順平も頷く。

 

 その時。

 

 最後列から。

 

「でしょ?」

 

 妙に嬉しそうな声がした。

 

 全員が一斉に振り返る。

 

 そこには。

 

 満面の笑みを浮かべた悟がいた。

 

「僕、完璧なエンディング作ったと思わない?」

 

「先生」

 

 釘崎が冷たい目を向ける。

 

「王子役をやりながら脚本まで私物化してなかった?」

 

「してないよ?」

 

「してるでしょ」

 

「映画は夢を見せるものだからねぇ」

 

「便利な言葉みたいに使わないで!!」

 

 虎杖が叫ぶ。

 

 その隣で伏黒が、深いため息をついた。

 

「……親父が魔王で」

 

「うん」

 

「先生が王子で」

 

「うん」

 

「そよかさんが魔女で」

 

「そうそう」

 

「……俺までこの映画に巻き込まれた感じがする」

 

 悟がにっこり笑った。

 

「親子共演の二作目興味ある?」

 

「ねぇよ」

 

 視聴覚室に。

 

 笑い声が広がった。

 

 スクリーンの中では。

 

 王子と魔女が。

 

 まだ追いかけっこをしている。

 

 魔王は、ほんの少し考え方が変わった。

 

 世界は、たぶん救われた。

 

 魔王が望んだ世界は。

 まだ、どこにもない。

 

 けれど。

 

 少なくともこの城には、

 誰かと共に笑う人たちがいる。

 

 そして。

 

 森の魔女には、

 

 初めて、

 

 自分で選んだ未来が、

 

 待っているのかもしれない。

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

「全っ然!! めでたくないわよ!!」

 

「超ハッピーエンドじゃーん」

 

 

 アイリスアウト。

 

 

●16

 

 夜のそよか家。

 

 リビングでは。

 五条悟が、ソファに寝転がりながら。

 楽しそうに話していた。

 

「でさー」

 

 キッチンでは、

 そよかが食器を洗っている。

 

「悠仁たちに見せたんだよね」

 

「何を?」

 

「僕たちが文化祭用に作った映画」

 

 悟が、にこにこと笑う。

 

「『最強王子と森の魔女』」

 

「あぁ」

 

 そよかが、手を止めずに答える。

 

「あれね」

 

 ふと。

 

 壁のカレンダーを見る。

 

「……もう文化祭の出し物について話し合う時期なのね」

 

「そうそう」

 

「学生の頃とは、時の流れが違うわね」

 

「僕なんてつい昨日のことみたいだけど」

 

「あなたは時間の感覚が適当すぎるのよ」

 

 そよかが。

 

 食器をすすぐ。

 

 その時。

 

 浴室に続く扉が開いた。

 

「五条さん」

 

 風呂上がりの七海が。

 

 髪を拭きながらリビングに現れる。

 

「はい?」

 

「そよかさんにばかり食器を洗わせて、どういうつもりですか」

 

「え?」

 

 悟が。

 

 きょとんとする。

 

「僕はトークでそよかを楽しませてたんだよ」

 

「それは家事ではありません」

 

「厳しいなぁ」

 

 ぶんむくれながら。

 

 悟が立ち上がる。

 

「はいはい」

 

 洗い終わった食器を受け取ると。

 

 渋々。

 

 布巾で拭き始めた。

 

「……まったく」

 

 七海が。

 

 呆れたように息を吐く。

 

「それで」

 

 悟が食器を拭きながら。

 

「さっきの映画なんだけど」

 

「まだその話をするの?」

 

 そよかが少し笑う。

 

「だって面白かったんだよ」

 

「何が?」

 

「悠仁たちの反応」

 

 悟は楽しそうに言った。

 

「最後にさ」

 

 一枚。

 

 皿を拭く。

 

「王子が魔女をお持ち帰りして、一緒に暮らすことになったじゃん?」

 

 そよかの手が、一瞬だけ止まった。

 

「……違うわよ」

 

「え?」

 

「魔女は森に帰ったでしょう」

 

「いやいやいや」

 

 悟が笑う。

 

「何言ってんの?」

 

「あなたこそ何を言ってるのよ」

 

 そよかは蛇口を止める。

 

「魔女は王子のところには行かなかった。森に帰ったの」

 

「そんなことないよ。お持ち帰りしたじゃん」

 

「してない」

 

「したって」

 

「してないわ」

 

 二人がしばらく見つめ合う。

 

 七海が静かに口を挟んだ。

 

「……お二人とも」

 

「ん?」

 

「何です?」

 

「私の記憶では」

 

 七海が濡れた髪を拭きながら。

 

 ゆっくり言った。

 

「魔女は」

 

 一瞬。

 

 言葉を探す。

 

「大鏡の間で──」

 

「……」

 

 そよかと悟が、同時に七海を見る。

 

「大鏡の間?」

 

「ええ」

 

 七海は眉を寄せる。

 

「魔女が……鏡に……」

 

「何だよ?」

 

「……」

 

 七海が黙り込む。

 

「何でしたっけ」

 

 悟が笑う。

 

「七海、それ映画にあった?」

 

「……分かりません」

 

「え?」

 

「そもそも」

 

 七海が少し困ったように笑う。

 

「私が何を見たのかも……」

 

 声が、遠くなる。

 

「大鏡が……魔女の……」

 

「七海?」

 

 そよかが、振り返る。

 

「大丈夫?」

 

「……ええ」

 

 七海が、目を閉じる。

 

「少し……眠気が」

 

 その声が。

 

 妙に遠い。

 

「明日も早いですから」

 

 悟が皿を拭きながら。

 

「もう寝る?」

 

「そうですね」

 

 七海が小さく欠伸をする。

 

「……おやすみなさい」

 

「おやすみー」

 

 そよかも。

 

「おやすみ」

 

 と答える。

 

 けれど。

 

 七海は。

 

 しばらく動かなかった。

 

 まるで。

 

 何かを思い出そうとしているように。

 

「……大鏡が」

 

「七海?」

 

「……魔女の魂を──」

 

 そこまで言って、七海はぴたりと口を閉ざした。

 

 まるで、誰かに無理やり言葉を奪われたかのように、リビングの空気が一瞬で冷え込む。

 

「……?」

 

 悟が振り返る。

 

 けれど。

 

「──何でもありません」

 

 七海は。

 

 そう言って。

 

 その場を離れた。

 

 悟も。

 

 それ以上は気にしなかった。

 

 その夜。

 

 ベッド。

 

 悟は。

 

 仰向けになっていた。

 

「……明日も早いし」

 

 隣を見る。

 

 そよかが。

 

 静かに眠っている。

 

「早く寝よ」

 

 悟は。

 

 そよかの髪に。

 

 ほんの少しだけ触れる。

 

 そして。

 

 軽く。

 

 額へ口づける。

 

「おやすみ」

 

 そよかは。

 

 何も答えない。

 

 悟は、そよかの体温を感じながら目を閉じた。

 

 意識が、ゆっくりと暗闇の奥深くへ沈んでいく。

 

 ──静寂。

 

 そして次の瞬間、冷たい風の音が耳を打った。

 

 気がつくと、悟は重厚な王子の衣装を纏い、見覚えのある広間に立っていた。

 

 大きな扉。

 

 その向こうから。

 

 冷たい空気が流れてくる。

 

 悟は王子の姿をしていた。

 

「……ここ」

 

 見覚えがある。

 

「大鏡の間……?」

 

 扉を開ける。

 

 広間の奥。

 

 巨大な鏡。

 

 その前に。

 

「……そよか?」

 

 魔女が倒れていた。

 

 黒いドレス。

 

 長い髪。

 

 床に広がっている。

 

「そよか!」

 

 悟王子が駆け寄る。

 

 抱き起こす。

 

「おい!」

 

 返事がない。

 

「そよか!」

 

 その時。

 

 大鏡が。

 

 静かに。

 

 光った。

 

『王子』

 

「……!」

 

 悟が。

 

 鏡を睨む。

 

『魔女は』

 

 鏡の中に。

 

 魔女の姿が映る。

 

『もう、あなたの知る魔女ではありません』

 

「何を……」

 

『彼女は』

 

 鏡の奥から。

 

 低い声が響く。

 

『魂を奪われました』

 

「……!」

 

 悟が。

 

 腕の中のそよかを見る。

 

「……返せ」

 

『……』

 

「そよかを返せ」

 

 大鏡は。

 

 答えない。

 

 ただ。

 

 魔女の身体だけが。

 

 静かに。

 

 悟の腕の中で。

 

 眠っていた。

 

 そして。

 

 大鏡の表面に。

 

 文字。

 

 ゆっくりと。

 

 浮かび上がる。

 

 ──魔鏡。

 

 悟の蒼い瞳が、大きく見開かれた。

 

 

 チリン。

 

 

 小さく。

 

 鈴のような音がした。

 

「……?」

 

 悟王子が。

 

 顔を上げる。

 

 その目の前に。

 

 ふわりと。

 

 一匹の白い猫が現れた。

 

 宙に浮かんでいる。

 

 美しい白い毛並みが。

 

 淡い光をまとっていた。

 

『面白い夢をみているわね』

 

「面白い?」

 

 悟は。

 

 腕の中の魔女を見る。

 

「全然面白くない」

 

 眠ったまま。

 

 そよかは動かない。

 

「どうすれば、そよかは目覚めるんだ!」

 

 白猫は。

 

 しばらく悟を見つめていた。

 

『それを決めるのは、私ではないわ』

 

「じゃあ、誰が決めるの?」

 

『あなたよ』

 

「僕?」

 

『夢を夢のまま終わらせるのか』

 

 白猫が。

 

 ゆっくりと尻尾を揺らす。

 

『それとも』

 

 大鏡へ視線を向ける。

 

『創作物として、形にするのか』

 

「……」

 

『みている人の自由でしょう?』

 

 悟が。

 

 眉を寄せる。

 

「……何それ」

 

 白猫は。

 

 少しだけ笑ったように見えた。

 

『好きになさい』

 

 そして。

 

 悟の目をまっすぐ見つめる。

 

『五条悟』

 

 チリン。

 

 また。

 

 鈴の音。

 

『あなたの文才に期待しているわ』

 

「……」

 

 悟は。

 

 ぽかんと白猫を見る。

 

「……僕、文才ある?」

 

『さあ?』

 

「そこはあるって言うところじゃない?」

 

『自分で確かめなさい』

 

「えー……」

 

 白猫の姿が。

 

 少しずつ薄れていく。

 

「待って」

 

 悟が。

 

 声をかける。

 

「君は何者なの?」

 

 白猫は。

 

 答えなかった。

 

 ただ。

 

 最後に一度だけ。

 

 尻尾を揺らした。

 

 チリン。

 

 鈴の音だけが。

 

 大鏡の間に残る。

 

「……」

 

 悟は。

 

 腕の中のそよかを見る。

 

 そして。

 

 大鏡を睨んだ。

 

「……なるほどね」

 

 口元が。

 

 ゆっくりと上がる。

 

「そういうことなら」

 

 悟王子は。

 

 魔女を抱き上げたまま。

 

 一歩。

 

 大鏡へ向かって歩き出した。

 

「僕が続きを作ってやるよ」

 

 大鏡が、

 

 静かに光った。

 

 新たな物語が、

 

 今。

 

 始まる。




ここまでご覧いただきありがとうございました。
それではまた来週。

うちの禪院直哉が活躍(?)する関連作品も一旦完結
『あの禪院直哉が、こんなにデレるはずがない。』
https://syosetu.org/novel/409273/

◆TAILESでオリジナル作品公開中
https://tales.note.com/masuda028

お気に入り数としおり数と評価者数の合計5ずつで、各編おまけ公開は地味に続けてます。
100は碧淵編のおまけ2を追加しました。次は105です。
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