【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●7
夏油傑の宗教法人施設内、人目のつかない静かな場所。イベント用の大ホールだが、あえて照明を点けず薄暗い空間となっている。
禪院直哉は「呪術界限定の一夫多妻・一妻多夫制」の情報を掴み訪れた。そこで夏油傑からせいらの二番目の夫になる条件を聞き、挑んで敗北しかけている。
「なんとでも言えよ。所詮君は負け犬さ」
地に伏した直哉に向かって、傑が静かにそう言い放った。瞬間、軽快な足音が近付いてきて、リズミカルなノックで扉を叩き、何の遠慮もなくドアを開く人物が現れた。
「うにゃっ!! すぐるー!! ここにいたの?」
ぽてぽてと無警戒に室内へ入ってくるせいら。
「せいら! 来てくれたのは嬉しいんだが、今取り込み中なんだ。私の部屋にお菓子が用意してあるから、そこで少し待っていてくれないかな?」
先ほどまでの冷ややかな表情から一転、いつもの穏やかな表情で取り繕う傑。呪霊操術でせいら護衛の任務についていた呪霊は、またしても傑の命令ではなくせいらのお願いを優先していた。
「ふにゃ? なにしてたの? なんか血のにおいがするけど、すぐる怪我してない?」
すんすんと鼻を鳴らす。
「私は大丈夫だよ」
「──」
傑は何かを言いかけた直哉の背中を強く踏み付ける。
「あ、なおちゃんもここに来てるってさっき聞いたんだ。それならお菓子も一緒に食べようかなって。すぐる知ってる?」
傑は直哉の来客をせいらに告げた人物に、内心呪詛を吐く。
「どうだろう……トイレにでも行ってるんじゃないか?」
「そうかなぁ? でもうっすらこの部屋にもなおちゃんのにおいもする気がー……」
ててっと傑に近付こうとするせいら。
「せいら。今は私の部屋に戻って待っていてくれないか? いい子だね」
にこやかに声をかける傑に、せいらはスッと目を細める。
「何か誤魔化そうとしているでしょ」
「そんなことはないよ? ただ少しこのあたりは汚れているから君を近付けたくないだけさ」
部屋の奥まったところ、傑のいる場所は薄暗く足下は良く見えない。
「……わたしは汚れるとかそういうの、特に気にしないよ」
「だめだせいら。私の言うことを聞いて──」
「わたし、わかるよ。そういう言い方する時のすぐるは、わたしに何か知られたくないことをしてるって──正直に話してくれるなら、これ以上は追求しない。でも、もし嘘をつくなら……」
せいらの言葉にごくりと傑は喉を鳴らした。
傑は足元の直哉に視線を向けると、彼はニヤリと笑っている。直哉が指先で血溜まりを弾いた。それだけで十分だった。
「!?」
異変を感じ取ったせいらが傑に走り寄る。
「なおちゃん!?」
ぼろぼろの直哉に気が付いて、血溜まりの中に膝をつくせいら。傑はせいらの接近にいち早く気がついて直哉の背中から足は退かしていた。
「……どうしたの? こんな大怪我して──」
せいらは両目に涙を浮かべながら、直哉の上半身を仰向けにして支える。
「おぉ、お前……よく来たな」
掠れた声で直哉が言葉を紡ぐ──が、大きく咳き込むと血を吐き捨てた。
「俺は、お前ともっと遊べるようになりたかったんやが、夏油に邪魔されて……ほんま情けないわ」
「そうなの? なんで?」
「せいらと一緒にいるとおもろいからや。表情がころころ変わって、俺もようわからんことを教えてくれるやろ── お前は、俺みたいなこんなしょーもない男といても、なんもおもろないんかな……」
「そんなことないよ。なおちゃんと一緒にいるとわたしも楽しいんだ!」
直哉はせいらの言葉を聞いて微笑む。
「今よりもっと一緒にいたいって思ってくれるか?」
「うん!!」
「── ずっと昔、お前に一つだけもろうたもんがあんねん」
「……うん」
「お前が……"てん"が、"お天道様"みたいに周りを照らして、俺もよう笑わせられてな……」
直哉は昔を思い出すように遠くを見るような表情を浮かべた。
「俺はお前と会っとらんかったら、きっとドブカスみたいな最低な男になっとったと思う」
自虐の笑みを浮かべ直哉は小さく息を吐く。
「堪忍な……最後にあれやってくれ。全身がバラバラになりそうなんや」
「あれ?」
「痛いの飛んでけってやつや──」
「うん! 痛いの痛いのとんでけぎゅー!!」
せいらの胸に顔を埋める直哉、傑は拳を握り締め手のひらに血を滲ませた。
●8
虎杖悠仁は祖父の病室を訪れていた。
「爺ちゃん、俺……やっぱり行ってみようと思う」
「──あぁ」
「テレビで五条悟って人が言ってたんだ、この世界には呪いが本当にあって、呪霊ってやつになって人を脅かすんだって。ずっと前に呪術学園ってところのパンフレットが届いてたんだけど、その時はピンとこなかったんだ。けどさ……なんか五条悟って人がテレビで話してる内容聞いたら、これだ! って思って──」
「いいじゃないか。やってみろ」
「ただ……呪術学園に転校すると寮生活になるらしい」
「気にするな。手紙でも電話でも──便りがないのは元気な証拠だと昔から言うしな」
祖父は悠仁の頭を強い力で撫でる。
(羊文学さんの『more than words』が静かに流れ出す)
「それで? オマエの両親はなんて言っているんだ?」
「あぁ、父さんは猛反対。寂しいからってもう必死で。母さんの方が意外と軽く、応援してるって言ってくれてさ」
「……だろうな。仁には俺から言っておこう。いつから行くんだ?」
「今から!!」
「そうか、今から……今から!?」
「善は急げって言うだろ!」
孫の笑顔につられて祖父も、皺の深い目元を優しく細めて笑顔になる。その笑顔は、長年の人生を全うする者だけが持つ、穏やかな光に満ちていた。
「院内では走るなよ……強く生きろ」
悠仁は祖父の言葉に深く頷くと、声を落として、しかし元気よく言った。
「うん。じゃあ、いってくるね。サンキュー、爺ちゃん」
祖父のベッドの横に立ち、その手を両手で包み込むように握りしめた。彼の瞳は、笑顔の中に、祖父との別れを惜しむ、真剣な光を宿していた。
用意してきた大きめのバックパックを背負い、悠仁は病室を後にする。
呪術高専への転校(東京の学校への転校)という話を耳にした人々が、廊下のあちこちで悠仁に声をかける。
「あら、悠仁くん。本当に東京行っちゃうの?寂しくなるわねぇ」
受付の看護師が、心底惜しむようにため息をつく。
「悠仁くんのお見舞いじゃなくなるなんて、退屈になっちゃうわ」
日課の散歩をしていた、悠仁と仲の良い入院患者の老婦人も、寂しそうに微笑んだ。
「えへへ。また休みに帰ってくるから大丈夫だよ! 皆、元気でね!」
悠仁は、立ち止まっては小さく頭を下げ、一人ひとりの目を見て別れの挨拶を交わしていく。彼の周りには、呪いとは無縁の、温かい空気が流れていた。
悠仁は、病院の重い自動ドアを抜け、ついに外の光の中へと飛び出した。アスファルトに降り立つと、ふと立ち止まり、時計に目をやる。
「あー。思ったより病院出るの遅くなっちゃったな。新幹線間に合うかなー」
その瞬間、悠仁の脳裏の奥深くから、熱く、力強く、そしてどこか懐かしい響きを持つ声がした。
『走ればまだ間に合うんじゃないか?』
それは、悠仁が"心の師"と呼ぶ、彼にしか聞こえない特別な声だった。
「ははっ、面白そう。やってみようか!」
悠仁はニヤリと笑うと、強く地面を蹴った。その身体は『善は急げ』という祖父の教えと"行動力"を促す心の師の導きを受け、新幹線の停車駅へと一直線に駆け出していった。