【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●7
廃病院での戦闘後、五条悟はすぐに虎杖悠仁を呪術学園に戻し、医務室の家入硝子のもとへ連れて行った。虎杖は手術台の上に横たわっている。
硝子は目隠しを取った五条悟を一瞥した。彼の顔はいつになく真剣で、微かに疲労の色が浮かんでいた。
「ご苦労さん。なんとか間に合ったわけね」
硝子は淡々と言いながら、虎杖のボロボロになった身体を診察する。全身の皮膚は硬貨や鱗の残骸が剥がれ落ちた痕があり、ひどい火傷や裂傷のようにも見える。
「悠仁の体、どうだ?」
五条が静かに尋ねる。
「外傷は反転術式で治せる。だが、厄介なのは『肉体の内側』だ」
硝子は眉をひそめた。
「注入されたのは、おそらくただの呪力じゃない。彼の肉体の構造そのものを、呪物めいたものに変えようとした術式の残穢が残っている。細胞レベルで『人』ではない別の形に歪めさせられた痕跡だ」
硝子は虎杖の腹部に反転術式をかける。肉体組織は急速に再生していくが、彼女の反転術式をもってしても、『歪み』を完全に「元の形」に戻すことはできなかった。
「表面の傷は治したが、この歪みは消えない。まるで、誰かが『彼の魂の形』を上書きしようとしたような、根深いねじれだ」
五条は静かに頷き、六眼でその歪みを再度確認する。
「ああ、これは人の魂の形を無理矢理変えたようなものだ。魂の形が歪んでしまえば、肉体も歪む。僕の六眼でも、この歪みが何を求めているのかは分かるが、『正しい形』を上書きすることはできない」
五条は考え込むように言った。
「だとしたら、人から生まれた呪霊である真人……まーくんだっけ? それに一度見せてみるか……。あの呪霊の術式こそ魂の形を弄れる唯一の術式だろうから──」
「本気か? 悠仁の身体は、すでに呪いの術式に深く侵されている。呪いで刻まれた歪みは、呪いでしか治せない。そして、その呪いの術式を持っているのは──」
硝子は淡々と告げた。五条は、彼女の言葉に頷きつつも、どこか躊躇している様子を見せた。
「わかってる。だけど、いくら僕の監視下とはいえ、あの呪霊の力に悠仁を委ねるのは……」
その時、医務室のドアが勢いよく開いた。
「おい、虎杖! 帰ってきてるなら声をかけろよな! かくれんぼでもしてるつもりか!?」
そこに立っていたのは、猫の姿から急いで人型に戻った、真人(まーくん)だった。彼は、いつものように屈託のない笑顔で虎杖を見つめていたが、手術台の上の虎杖の身体を見て、顔色を一変させた。
「……虎杖! その身体、どうしたんだ!? なんか変身ヒーローみたいじゃん!!」
真人の瞳に、見たことのない動揺の色が浮かんだ。彼にとって、虎杖は「ドロケイを更に楽しくさせてくれる最高のライバル」だ。
「あぁ、真人か。ごめんな……いまちょっと思うように身体を動かせなくて──」
「なんだよそれ!!」
虎杖の魂の変形は、これまで出来た真人との追いかけっこすら難しい状況にしてきた。
五条は、硝子と真人を交互に見る。運命は、五条の躊躇を許さなかった。
「真人。頼みがある。今ここで悠仁の身体に『お前の術式』を試してみてくれないか?」
「えぇ?」
「人から生まれた呪霊の本質は、人から変化させることと人に戻すことが出来ることなんだ」
真人は五条から頼まれるという状況に一瞬驚いたが、すぐに拳を握りしめ、強い眼差しで答えた。
「よーし! わかった! やってみる!!」
真人は虎杖に近寄り、その手に呪力を込めた。
──
──「……悠仁。オマエは強いから、人を助けろ。手の届く範囲でいい。救える奴は救っとけ、迷っても、感謝されなくても──とにかく助けてやれ」
爺ちゃんの言葉を思い出していた。人の為になること、助けること……大事なことだと思う。見返りを求めてやるようなことじゃないし、感謝してほしいとも思ってない。
──「オマエは大勢に囲まれて死ね。俺みたいにはなるなよ──」
自分が大勢に囲まれて死ぬ時、その大勢の人たちはどんな表情をしているんだろう──。
「虎杖!!」
声をかけられて振り返る。そこにいたのは真人だった。
「真人!? どうした?」
「どうって、迎えに来たんだ!」
「迎えに? 俺を?」
「そうそう」
「──なんで?」
真人は『ん?』と、不思議そうに首を傾げる。
「一緒に遊ぶと楽しいから!」
ニッと笑った表情がいかにも人間らしくて、つられて笑ってしまった。
「そっか。楽しいか」
「虎杖はさー。魚って食べたことある?」
「は? いや、あるけど──突然どうした?」
「せいらが魚を焼いて食べさせてくれるんだけどさ、雑に食べると骨が喉に引っかかるんだよ」
「お、おぉ……よく噛んで食べないとな」
「人の一生ってやつもさ、丁寧に丁寧に生きていけばそんな風に不愉快なことも起きないんだって、せいらに教えてもらったんだ」
「…………」
「生き方を丁寧にっていうのは、よく噛んで食べる事ってー、そういうことじゃないぞ!」
「わかってるよ!」
「嫌なことも嬉しいことも循環するんだ。だったら嫌なことより嬉しいことが沢山あった方がアガるだろ!」
「──あぁ、そうだな」
「また一緒に遊ぼうぜ!」
手を差し伸べた真人の笑顔につられて、俺も同じように笑って手を繋いだ。
真人の手が虎杖の肉体に触れると、歪んだ細胞と魂の情報が、「人のあるべき姿」へと急速に再構築されていった。
●8
医務室で真人による術式を受けた後、虎杖悠仁の身体は、細胞レベルの歪みが完全に消え去り、術式を受ける前よりもさらに「人の正しい形」へと戻っていた。彼の肉体は、呪いの王を内包する器として、この上なく健全な状態になった。
その日の夕暮れ。虎杖は、自身のフィジカルを再確認するように、呪術高専の校庭を走っている。激痛と変形を乗り越えた後の身体は軽く、無限に走れそうな感覚に満ちていた。
「よし! この調子なら──」
虎杖がグラウンドの隅を曲がろうとしたその時、門の方から親しげな声が聞こえた。
「まーくん、早く! この(残穢の)パトロール、サクッと終わらせて、夜はお家でお鍋にするよ〜!」
「えー、鍋はいいけど、オレ、まだ虎杖と遊びたい!」
そこにいたのはせいらと、彼女に猫の姿で肩に乗せられた真人(まーくん)だった。私服姿で、どこかへ出かける様子だ。
「おーい、せいらさん、真人!」
虎杖が手を振って駆け寄る。
「あれー? せいらさん? 急によそよそしいね」
「五条先生とタメの人を呼び捨てにするのは失礼かなーって」
はははと笑ってから、頬を人差し指で軽くかく。
「別にいいよ? わたしもゆーじって呼んじゃっていい?」
「ならそれで! ……どこか出かけるんですか?」
真人は猫の姿からひょいと人型に戻り、首を傾げた。
「パトロールだよ、パトロール。ドクター・ゼロって奴と似た残穢が見つかったっていうから、あいつが残した気持ち悪い残穢を、オレとせいらでキレイに回収しに行くんだ」
真人の術式は、魂の歪みを見極めることができる。そのため、ドクター・ゼロのような「肉体変形の術式」の残穢を追うのに、彼以上に適任の者はいない。
「残穢のパトロール……! なら俺も行きます!」
「え、ゆーじも?」
せいらが少し驚く。
「俺、何もしてないのに治してもらったし! 体動かしたいし! ドクター・ゼロの残党がもし見つけるなら、俺が一番早く走れますから!」
虎杖の真剣な眼差しに、せいらは五条悟と同じ、優しくも強い光を見る。
「……わかった。でも、無理はしないでね? 危険な時は、すぐに逃げること! まーくんも、わかった?」
「やった! 虎杖と一緒なら面白くなりそうだし大歓迎!」
真人は満面の笑みで虎杖の手を取り、三人は呪術学園の門をくぐった。
三人が向かったのは、少し離れた閑静な住宅街だった。真人は猫の姿に戻り、せいらの肩の上で鼻をひくつかせている。
「……あー、やっぱりここだ。凪さんの家の周り、変な匂いが充満してる」
「やっぱり凪さんのところか……。さとるにマークしてもらってて正解だったね」
せいらが表情を曇らせる。
「凪さん? 知り合いなんですか?」
並んで歩く虎杖が尋ねると、せいらは頷いた。
「以前、学園の近くで呪霊に絡まれそうになってたところを助けたの。それ以来、たまに夕飯に呼ばれたりする仲なんだー。最近、息子の順平くんが通う学校のこととか色々相談してもらったりしてたんだよ」
「なるほど、だいぶ親しい感じなんすね……」
その時、一軒の家の二階からガラスが割れる音が響いた。
「なっ!?」
「あそこだ! 虎杖! ドクター・ゼロと同じ匂いがする!」
真人が叫ぶのと同時に、虎杖は家の壁を蹴って二階の窓へと飛び込んだ。
部屋の中では、異形の肉塊のような呪霊が、一人の女性──吉野凪を追い詰めていた。
「母さん!!」
部屋の隅では、高校生の青年──吉野順平が、見たこともない青いクラゲのような呪霊を無意識に発現させ、必死に母親を守ろうとしていた。だが、クラゲの毒も異形の呪霊には通用していない。
「逃げて、順平……!」
呪霊の触手が凪の腕に触れる。その瞬間、彼女の皮膚がドクター・ゼロの時と同じように硬い鱗へと変貌し始めた。
「やめろぉぉお!!」
順平の絶叫が響く中、窓から飛び込んだ虎杖の拳が呪霊の横面に炸裂した。
「離れろ、このクズが!!」
甚爾直伝の勁(けい)を込めた一撃で、呪霊は壁を突き破って外へと吹き飛ぶ。
「大丈夫ですか!?」
虎杖が凪を抱え上げるが、彼女の腕の変形は止まらない。
「う、あ……熱い……」
「虎杖、かわって!」
窓から飛び込んできた真人が、着地と同時に人型に戻り、凪の腕を掴んだ。
「まーくん! お願い!」
遅れて入ってきたせいらが安心させるように順平を優しく抱き寄せ、真人に声をかける。
「わかってるって、せいら! 凪さん、ちょっと我慢してね」
真人の手の平が青白く光る。順平は、母の腕を突然掴んだ「継ぎ接ぎだらけの男」を恐怖で見つめたが、次の瞬間、目を見開いた。
母の腕を覆っていた悍ましい鱗が、真人が触れた場所からスゥっと消え、元の綺麗な肌に戻っていったのだ。
「……え?」
順平の声が小さく漏れる。
「母さんを襲った「化物」を、別の「化物」が治した?」
「凪さん、もう大丈夫。魂の形は、オレがちゃんと戻しておいたから」
真人がいつもの軽い調子で言うと、凪は荒い呼吸を整えながら、真人の顔を見て力なく微笑んだ。
「──まーくん。また、助けてくれたのね……」
「凪さん、今は喋っちゃダメ。安静にしてて」
せいらが真人と交代して凪を介抱する。その様子を、順平は腰を抜かしたまま見上げていた。
「君が……順平くん、だよね?」
虎杖が順平に歩み寄り、手を差し伸べる。
「君のクラゲ、凄かったな。お母さんを守ろうとしたんだろ」
「あ、いや……僕は……」
順平は自分の手を見た。そこにはまだ、消えかかったクラゲの呪力が残っている。
「俺も、真人に命を救われたんだ。君のお母さんも、今助かった。ここはもう安全だよ」
虎杖の屈託のない笑顔と、せいらたちの親しげな様子を見て、順平の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「よかった……本当によかった……っ!」
泣きじゃくる順平の肩を、真人がポンと叩く。
「鍋、凪さんの家でやってもいいかな? 大勢で食べると美味しいし!」
真人の言葉に、せいらもうきうきと乗っかってくる。
「いいかも! 壁の修理もしないとだし、すぐるにも連絡するね!」
そんな様子に虎杖が笑い、順平も泣きながら少しだけ口角を上げた。