【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●15
──2018年10月31日。
「──悟」
五条悟が服を着替えて、出かける準備をしてると、ドアが控えめにノックされてそよかが顔を覗かせた。
「ん?」
「本当に、一人で行くの?」
お互いに距離を詰めて、悟はそよかの腰に両手をまわす。
「仕方ないじゃん。ご指名みたいだからさ──安心して、色々考えてるよ。どうして俺だけ呼び出すのか、とか相手の思惑とかさ」
そよかの手にはおんぶ紐が握られていた。
「あ、それ……星漿体任務の時に使ったやつ? だめだよ密着おんぶ作戦は、俺限定の帳ときっと相性が悪い」
悟はそよかを慰めるように、片手で優しく頭を撫でる。
「ちゃんとお守り持ってる?」
「もちろん。貰った日から肌身離さずね」
内ポケットのあたりを悟は服の上から手で触れる。
「そよかは七海の側から離れちゃダメだよ。七海には、そよかの安全が第一だって言ってあるからね」
「──うん」
「……キスしてくれる?」
「…………」
悟の首に腕をまわして、そよかは静かに唇を重ねた。
「……じゃ、行ってくる」
そよかの唇の感触を名残惜しそうに振り切り、悟はいつもの目隠しを整えた。その背中を見送るそよかの眼差しを、悟はわざと振り返らずに受け止めた。
──同日。
渋谷に帳が降りて直ぐの、高層ビルの屋上にて。
「……こうきちくんの容体は?」
せいらが尋ねると、傑が首を振った。
「ダメだ。渋谷の一件について『正式に共有したいことがある』と連絡が来た直後、謎の昏睡状態に陥った……今回の事件の黒幕ドクター・ゼロなのかもっと裏で暗躍する何者かの仕業だろうね。私たちの動きを封じるタイミングを、あちらは完璧に把握しているようだ」
だが、幸吉はただでは倒れなかった。彼が意識を失う前、保険として各地に飛ばしていたのが、手のひらサイズの"メカ丸型・通信傀儡"だ。
「……まあ、幸吉が命がけで『ハロウィンの渋谷は危ない』って教えてくれたんだ。それだけで十分だよ」
いつの間にか現れた悟は、自分の胸ポケットに収まった小さなメカ丸を指で弾き、不敵に笑う。
「せいらの偽物が出たんだから、君の偽物やそよかの偽物も出るかも、なんて傑は心配しすぎ……僕の"六眼"をナメないでよ。本物と偽物なんて、呪力の揺らぎ一つで一瞬で見抜ける……すぐ終わらせてくるからさ」
そう言って、悟は一人、結界の奥──数千人の群衆が閉じ込められた地下迷宮へと降りていった。
地下五階ホームは、阿鼻叫喚の地獄だった。
逃げ惑う一般人の群れ。その中に、ドクター・ゼロが放った暗殺部隊の戦闘ドールと、凶暴な呪霊たちが"一般人の服"を着て紛れ込んでいる。
(……一々、面倒くさい……!)
悟は苛立ちを隠せない。
ドールたちは一般人を盾にし、悟が術式を使おうとする瞬間にわざと群衆の中へ逃げ込む。無下限の出力を上げれば周囲を圧死させるため、悟は極限まで呪力を絞り、肉弾戦と精密な空間干渉だけで敵を仕留め続けなければならなかった。
一時間、二時間……。
数千人の命を背負いながらの"精密作業"は、六眼を通じて膨大な脳への負荷を強いる。
さらに、ドクター・ゼロの不快な残穢の奥底に、"誰かに上から観賞されている"ような、形容しがたい不気味な視線を感じていた。
「…………はぁ」
最強の男が、初めて見せた僅かな疲弊の吐息。
『獄門疆──開門』
その隙を突くように、ホームの奥から悲鳴が上がった。
「……悟……やっと見つけた……っ!」
柱の陰から這い出してきたのは、ボロボロに引き裂かれた黒いスーツを纏い、全身傷だらけで血を流しているそよかの姿だった。
(な──)
悟の思考が一瞬、白濁する。
自分の目は"偽物"を否定しようとしている。だが、目の前にいる彼女の呪力の波形、肉体の情報、そして自分を呼ぶ声の震え……そのすべてが、あまりにも「本物」に近すぎた。
「……っ、そよか!?」
家族としての"情"が、最強の理性を上回った。
六眼が"偽物である可能性"を演算し終えるより早く、悟の体はボロボロの妻を救うべく一歩を踏み出していた。
その瞬間、逃げ惑う群衆の足元から、どろりと黒い影が広がった。
中心に鎮座するのは、四つの目を持つ不気味な立方体。
「──獄門疆!?」
脳裏に溢れ出す、ありもしない「偽りの記憶」と、目の前のそよかが血を流しているという「現実」が混ざり合う。
獄門疆が定める「脳内時間で三分」という条件が、最強の脳を瞬時に焼き尽くした。
「……しまっ……」
悟の動きが物理的に停止する。
立方体から伸びた肉肉しい腕が、逃れようのない速度で悟の四肢を絡め取った。
ドクター・ゼロの、そしてその背後に潜む『観賞者』の冷酷な笑い声が、地下ホームに響いた気がした。
捕縛。
五条悟がこの世から消える──その、絶望的な確定演出を塗り替えたのは、彼の内ポケットで熱を帯びた「小さなお守り」だった。
パリン、と。
鈴が弾けるような音がしたかと思うと、悟の体を眩い光が包み込む。
そよかが「肌身離さず持ってて」と渡したお守り。それが、主(あるじ)であるそよか自身の命を対価に、強制的な『入れ替え』の術式を起動させたのだ。
「……え?」
悟の意識が白濁する。
目の前で泣き崩れていたはずの傷だらけのそよか(ドール)が、驚愕に目を見開く。
次の瞬間、悟の視界は、暗い地下ホームから一転して、月明かりが差し込む地上へと弾け飛んだ。
入れ替わりに、暗闇のホームへ引きずり出されたのは──。
七海の傍らで、誰よりも悟の無事を祈っていた、本物のそよかだった。
「……あ……」
状況を理解する暇もない。
獄門疆の腕が、今度は本物のそよかを、五条悟の「代償」として無慈悲に締め上げる。
「獄門疆──閉門」
何者かが満足げに呟く。
最強を救ったのは、最愛の自己犠牲。
そしてこの瞬間から、五条悟を「世界で最も卑怯な裏切り者」に仕立て上げる、黒幕の地獄の脚本が幕を開けた。
●16
『始まったのね──』
呪術学園高等部、科目準備室内に立つ一人の女性教員。閉じていた両目を開いて窓の外に視線を向ける。
「ふにゃ? ──そよかぁ?」
渋谷の街を人型の真人と手を繋ぎながら、漏瑚・花御と行動を共にするせいらが何かを感じて周囲を見回す。
──2018年10月31日、20時40分。
渋谷、マークシティ前。一級術師・七海建人が呪霊の群れをなぎ倒し、ふっと息を吐いた瞬間だった。
「……っ!?」
隣にいたはずの妻、そよかの気配が唐突に掻き消えた。
代わりにそこへ"落ちて"きたのは、空間を爆ぜさせるほどの濃密な呪力。
「……え? ……七海?」
場にそぐわないほど呆然とした声。
そこに立っていたのは、地下五階にいるはずの五条悟だった。その手は、つい数秒前まで"何か"を掴んでいた形のまま、虚空を握りしめている。
「五条、さん……? なぜあなたがここに……そよかさんは!?」
七海の悲鳴に近い問いかけに、悟は答えられない。
六眼が、遅すぎる情報を脳へ流し込んでくる。
手に残る、使い古された「身代わりお守り」の灰。
地下五階で自分を呼んだ「偽物」の残像。
そして──入れ替わりに地下へ引きずり込まれた、最愛の妻の『本物』の残穢。
「……お守り、が──ぁ──」
悟の脳が、かつてない速度で正解を叩き出した。
自分が助かった。そよかが自分を助けた。
そして自分は、彼女をたった一人で、あの化け物たちの巣窟へ置き去りにしてきた。
「…………ああああああああああああああああ!!!」
五条悟の口から、獣のような咆哮が漏れた。
その瞬間、渋谷全域の空気が、物理的な重圧となって沈み込んだ。無下限呪術の『斥力』が制御を失い、周囲の街灯やアスファルトが飴細工のように歪み、爆ぜる。
「くっ──五条さん!?」
だが、地獄はそこからだった。
『──緊急速報です。映像をご覧ください』
渋谷中の、いや日本中の大型ビジョンと、術師たちの通信端末が一斉に強制起動した。
大型ビジョンに映し出されたのは、地下五階の鮮明な映像だった。
獄門疆がその禍々しい口を開き、五条悟が窮地に陥る瞬間。だが、そこにはザ・ファントムによる致命的な"細工"が施されていた。
『──現代最強と謳われる五条悟が、自身の封印を回避するため、同行していた女性を盾にしました』
映像の中の悟は、冷酷な目でそよかを見据え、彼女の背を獄門疆へと押し込んでいるように見える。
さらに、彼女が地下に現れたのは「悟との密約があったからだ」とする捏造テキストが画面を流れる。
『彼は六眼で予知していたのです。己の力が及ばぬ事態を。だからこそ、最も自分を信じる女性を「予備の命」として呼び寄せた……これこそが、英雄の仮面の下にある卑怯者の正体なのです』
映像は、本物のそよかが獄門疆に飲まれる直前、絶望と混乱に染まった瞳をアップで捉えて静止した。
「……嘘だろ──本当に五条先生が?」
マークシティ前、映像を見上げた虎杖悠仁が声を震わせる。
周囲の術師たちの間にも、戦慄と、拭いきれない不信感が波紋のように広がっていく。地上にいたはずの彼女が、なぜ地下で"身代わり"になったのか。その物理的な矛盾を説明できるのは、五条悟の持つ転送術式だけだという"事実"が、捏造を真実へと変えていく。
「……あはは……。僕が、そよかを……呼び寄せた……?」
悟は乾いた笑い声を上げた。目隠しが、溢れ出した呪力に耐えきれず千切れ飛ぶ。
剥き出しになった六眼は、自分を"卑怯者"と定義し始めた世界への怒りと、そよかを奪われた絶望で、どす黒く濁り始めていた。
「五条さん! 落ち着いてください! 嵌められたんです、誘導に乗ってはダメだ!」
七海が叫び、暴走する悟の肩を掴もうとする。
「わかってる。どんな時でも冷静でいろ。そよかはずっと、俺にそう言ってきた──」
悟は震える手で、胸ポケットの小さな"メカ丸"に触れた。剥き出しになった六眼が、捏造映像に沸く周囲の術師たちの動揺と、地下から溢れ出す呪霊の奔流を同時に捉える。
『──悟、聞こえるか』
ノイズ混じりの声がメカ丸から響く。夏油傑の声だ。
「傑……映像、見ただろ? 俺は──」
悟は必死に言葉を探した。誰よりも信頼している親友にだけは理解してほしかった。
『説明は不要だ。君がそんなことをするはずがない……だが、今の君は"最悪の裏切り者"に仕立て上げられてしまった。まともに動けば、味方であるはずの呪術師たちにまで背後から討たれかねない』
傑の声は冷静だった。だが、親友を陥れられた怒りが、通信越しにも伝わってくる。悟は泣きそうになる気持ちを息を呑んで堪えた。
『悟、一旦身を隠せ──今、現場は混乱している。そよか奪還を目的にすれば、まだ呪術師たちの統率も取れるはずだ』