【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●3
南米の某国。照りつける日差しの中、乙骨憂太は祈本里香、ミゲルと共に任務明けのランチを楽しんでいた。
「わー! これ美味し〜」
里香はにこにこと現地料理を口に運び、憂太はその様子を隣で微笑ましく見守っている。ミゲルが呆れたように鼻を鳴らしたその時、憂太の肌がピリリとした呪力の揺らぎを捉えた。
視線を向ければ、雑踏の中に、見紛うはずもない長身で黒い目隠しをした男が馴染むように立っている。
「やぁ、頑張ってるねー」
陽光を背に、ひょいと片手を上げて現れたのは、見紛うはずもない五条悟。
ミゲルが「ゲッ」と顔を顰め、憂太は弾かれたように立ち上がった。
「五条先生!」
食事を終え、一行が賑やかな市場の通りを歩き出すと、五条はポケットに手を突っ込み、いつもの軽い足取りで憂太の隣に並んだ。
「ミゲルは?」
「五条先生と一緒にいたくないって言っていなくなっちゃいました」
やれやれと小さく肩をすくめる五条。
「それで、どうしたんですか?」
「──これからちょっと厄介なことになりそうだからさ、もし僕に何かあったら憂太と里香にみんなのことお願いしたいなって」
人混みを縫うように歩きながら、五条がさらりと口にした言葉。その重さに、憂太の足がわずかに止まりかける。
「厄介なことって──やっぱりそよかさん絡みですか?」
憂太が探るように横顔を覗き込むと、五条は困ったように眉を下げて笑った。
「憂太も言うようになったねぇ……」
「えぇ? でも今は結婚してラブラブなんでしょ?」
二人の会話に、里香が楽しそうに割り込んでくる。
「それとも七海さんがいるから険悪な時もあるの?」
核心を突くような里香の無邪気な問いに、五条は天を仰ぐようにして肩をすくめた。
「里香も容赦ないねぇ……」
五条は苦笑いしながら、空を仰いだ。
「……先生、一人で抱え込まないでくださいね」
「わかってるって。僕、最強だもん」
そう言って笑った五条の背中は、南米の強烈な光の中でも、どこか影を帯びて消え入りそうに見えた。
──回想が、熱に浮かされたように霧散する。
南米の眩しい太陽も、里香の笑い声も、もうここにはない。
そこにあるのは、カビ臭い空気と、幾重もの呪符が貼られた薄暗い回廊。そして、御簾の向こう側から傲慢な視線を投げ下ろす、呪術界上層部の老人たちの気配だけだった。
「──報告は以上か、乙骨憂太」
しわがれた声が、湿った地下室に響く。
五条悟の離反、ドクター・ゼロへの加担、そして隔離槽における数多の被害。積み上げられた「罪状」は、もはや最強の盾をもってしても防ぎきれるものではなくなっていた。
「……はい」
憂太は、床に落とした影を見つめたまま、短く応じた。
脳裏には、あのランチの後に五条が見せた、どこか投げやりで、けれど必死に何かを守ろうとしていた背中が焼き付いている。
(あの時、先生は僕に頼んだんだ。「みんなのこと、お願いしたい」って)
それが、自分に殺される未来をも含んでいたのだとしたら。
他の誰の手によってでもなく、自分の教え子の手で終わらせてくれという、残酷なまでの信頼だったのだとしたら。
憂太はゆっくりと顔を上げた。その瞳からは迷いが消え、凍てつくような決意が宿っている。
「五条悟の抹殺命令。……謹んで、お引き受けします」
御簾の向こうで、老人たちが満足げに息を漏らす気配がした。
「ほぅ……『現代の異能』自らが、恩師を屠ると言うか」
「条件があります。……他の人は、手を出させないでください。無駄に被害を出したくない。先生を止められるのは、僕と里香ちゃんだけです」
憂太は、背負った刀の柄を強く握りしめた。
その拳は微かに震えていたが、声は一切の揺らぎを見せない。
「──五条悟は、僕が殺します」
それは、裏切り者への憎しみではない。
自分たちを信じて「明日」を託した師に対する、彼なりの、あまりにも悲しい「救済」の誓いだった。
●4
南米での五条悟との邂逅から数日。緊急帰国した乙骨憂太が呪術学園に帰ってくると、見たこともない威圧感を放つ女性が大型バイクに腰掛けて待っていた。
「……君が、もう一人の特級か」
バイクの女──九十九由基が、品定めするように憂太を眺める。言葉を返そうとしたところで五条袈裟姿の夏油傑がやってきた。
「やぁ、乙骨くん。南米での任務お疲れ様、彼女は九十九由基だ。私や悟と同じ、特級術師だよ。……九十九さん、彼は乙骨憂太。南米から戻ったばかりだ」
傑がすかさず紹介を入れた。
九十九は不敵に笑い、バイクのシートから降りると、挨拶代わりの洗礼を憂太へ投げかける。
「やぁ、憂太。初対面で悪いんだけど、景気づけに聞かせてもらえるかな? ──君、どんな女がタイプだい?」
あまりに場違いな問いに、憂太は一瞬絶句したが、すぐに真剣な眼差しで答えた。
「……僕、もう決めてる人がいるんです。里香ちゃん以外は、考えられません」
「アハハ! さすがは純愛。どいつもこいつも既に相手がいるなんて、つまんないけど嫌いじゃないよ。それじゃ、さっそく行こうか。天元が待っているからね」
大型バイクから降りた九十九由基を先頭に呪術学園最深部、全ての結界の基点である「薨星宮(こうせいぐう)」に向かった。
呪術学園の奥へ進むにつれ、空気の質が目に見えて変わっていく。結界が一枚、また一枚と重なり、外界の時間感覚が削ぎ落とされていくのを、乙骨は肌で感じていた。
──ここから先は、ただの「学園」ではない。
呪術界そのものの心臓部だ。
「お主ら遅いぞ! はよう来い!」
入り口で手招きしていたのは、天内理子だった。その隣には七海建人が、いつものように冷静な面持ちで立っている。理子が手慣れた仕草で呪力を練り、「帳」を下ろすと、止まっていた昇降機の電源が低く唸りを上げた。
「妾が帳を下ろさねば起動しない特殊な昇降機なのじゃ!」
「……それは安全面は大丈夫なのかい?」
傑の懸念をよそに、理子は胸を張る。
「ちなみに、黒井もここで暮らしておる」
「理子様! 夏油さん、お久しぶりです」
扉が開くと、そこには世話係の黒井が穏やかに控えていた。
「あぁ、どうも。お久しぶりです」
「天元様もお待ちですので、皆様どうぞ」
黒井に促され、一行はさらに奥底の広間へと足を踏み入れる。そこには、人智を超えた存在感を放つ「天元」が座していた。どこか理子に似た雰囲気を感じた。
『皆のもの! 待っておったぞ!』
すると、理子が天元の隣へ駆け寄り、声を揃えて叫んだ。
「『妾が天元様で、天元様が妾なのじゃ!!』」
声を完璧にシンクロさせ、仰々しくポーズを決める「二人」。
乙骨は目を丸くし、九十九は呆れ顔、七海は無表情を貫き、傑は……ただ静かにドン引きしていた。
『失礼、こういうことも出来るというだけの事だ』
天元が事もなげに言うと、理子は「えっへん」と鼻を鳴らした。場が少し和んだところで、一角に設置されたモニターから、肉体を取り戻したばかりの与幸吉の声が響く。
「……天元様、先ほどの話を続けても構いませんか」
幸吉の言葉に、天元は表情を引き締めた。少し待てといった様子で片手を上げる。
『乙骨憂太。南米で五条悟に会ってきたそうだが……まずは今、この世界で何が起きているか理解してほしい』
そこで憂太は、帰国後初めて「事件の全貌」を聞かされた。渋谷の地下で起きた惨劇。五条悟が離反したとされる経緯。そして、ドクター・ゼロなる存在が世界各地に設置した『隔離槽(タンク)』。
「……そんな。先生が、国際指名手配……?」
呆然とする憂太に、七海が静かに語りかけた。
「乙骨くん。現状、五条さんはドクター・ゼロの命令に従い、隔離槽の維持と『宿儺の指』の回収を強行しています。上層部からは正式に抹殺命令が下されました。我々がしなければならないことは五条悟の始末ではなく、そよかさんを救い出し、彼を本来の場所に一日でも早く戻すことです」
七海の言葉を受け、傑が憂太の隣に立ち、試すような、だがどこか期待の籠もった笑みを浮かべた。
「……だが、今の悟は『最強の反逆者』だ。誰かが『本気で彼を殺しに来る死刑執行人』として立ち回らなければ、敵も上層部も納得しない。中途半端な演技じゃ、悟の覚悟ごと全員共倒れだ」
傑は憂太の肩を叩き、その目を覗き込む。
「私や七海じゃあ、どうしても『情』が漏れる。……乙骨くん。君なら、あの悟(バカ)の顔を真っ向から殴り飛ばして、世界を欺ききれるんじゃないか? ──かつて、私と本気でやり合った時のようにね」
「夏油さん、それは……!」
七海が一歩前に出て、厳しい声を投げた。
「言葉を選んでください。……乙骨くん。これは、汚れた世界で生きる我々大人がやらなければならない事です。あなたのような若者に背負わせるには、あまりにも荷が重すぎる」
だが、憂太は動じなかった。
一度だけ視線を落とし、七海の背中と、傑の射抜くような瞳を交互に見つめる。
その時、幸吉がモニターに渋谷の地下で「そよか」を飲み込んだ、「獄門疆(ごくもんきょう)」の情報を映し出した。
「閉じ込められたら最後、外からの干渉は不可能。そして、そよかさんの命は、五条悟がドクター・ゼロの命令を聞き続ける限り、おそらくギリギリのところで繋ぎ止められている……」
幸吉の説明に、憂太の瞳に鋭い光が宿る。獄門疆。南米で五条が漂わせていた、あの「手詰まり」の絶望の正体。
『……解呪の方法は二つ。術式を強制解除する「天逆鉾(あまのさかほこ)」か「黒縄(こくなわ)」を用いることだ』
天元の言葉を聞きながら、憂太は先ほど幸吉が再生した、あの日、ホームでの録音データを思い返していた。七海が悟に放った「愛の形」という名の、あまりにも悲痛な芝居としての宣言。
「……七海さん。あの時の言葉、本心じゃないですよね。ドクター・ゼロの耳を警戒して、あえて先生を追い詰める側に回った……。でも、それでは七海さんの心が持ちません。それに、あなたが最前線で先生を追い詰めれば、本当にあなたまで後戻りできなくなってしまう」
憂太は静かに、しかし二人の大人を圧倒するほどの呪力を纏って顔を上げた。
「それなら……僕が、やります。上層部には『五条悟は僕が殺す』と伝えます。僕が派手に動いて、死刑執行人として先生を追い回し、世間の目を引きつけます。特級同士が本気でやり合っていれば、ドクター・ゼロもこっちに集中するはずだ」
憂太は、傑や七海、そして理子の顔を一人ずつ見つめる。
「その隙に、皆さんは『天逆鉾』を探し、必ずそよかさんを助け出してください。……先生を『本来の場所』に戻すための鍵は、僕じゃなくて、皆さんが握っていてほしいんです」
七海は絶句した。自分が背負おうとした「刃を向ける」という呪いを、この少年は「僕が代わりに浴びる」と言っているのだ。
「……思い切り派手にやりますよ、里香ちゃんと一緒に。……だから夏油さん、七海さん。そよかさんを、お願いします」
『……だが、呪具が見つからぬ場合も想定せねばならない。もう一つの鍵は「天使」と呼ばれる術師だ。あらゆる術式を消滅させる者なら、獄門疆をこじ開けられるだろう』
天元の言葉に、希望の分岐が生まれた。
「わかった。憂太、君が外で暴れてくれている間に、私たちは必ず彼女を救い出す『矛』を手に入れるよ」
傑が憂太の肩に重く手を置く。
こうして、「乙骨憂太による五条悟抹殺のブラフ」を隠れ蓑にした、二面救出作戦が正式に動き出した。