【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●5
『こんな話ばかりしていると息が詰まってしまうな……理子、悪いが黒井さんにお茶とお菓子を用意してもらってくれ』
「言ってくるのじゃ!」
ほどなくして差し出されたのは、丁寧に淹れられたお茶と、季節の和菓子。緊迫した空気に、ふっと甘い香りが混じる。
「ああ、黒井さん。助かるよ」
傑が強張っていた肩を少しだけ落とす。天元も黙って頷き、茶碗を手に取った。
しかし、その穏やかな空気を、九十九由基が真っ向から踏みにじる。
彼女はお菓子を一口で放り込むと、隣で眉間に皺を寄せたままの七海を横目で見やった。
「で、七海くん。……君はどんな女がタイプだい?」
七海がお茶を啜ろうとした手が、空中で止まる。彼はゆっくりと茶碗を置き、九十九を正面から見据えた。
「……九十九さん。今、この場でその質問に答える合理的な理由が見当たりません」
「硬いこと言いなよ。こういう時こそ大事なんだよ、人となりってのは。……で?」
九十九は、薨星宮の天井を見上げるようにして笑う。
「私みたいに『世界』だの『原因』だの言ってる女は、君の好みじゃないだろ? だからさ、もっと具体的で、君の守りたい『何か』に繋がる話を聞きたいんだよね」
七海は深く、重苦しい溜息をついた。
「私にとって彼女は初めて出会った時から特別でした。人一倍努力家で、困っている人がいたら自ら進んで手助けをし、誰かが犠牲になるぐらいなら自分がと、自己犠牲をも厭わない気高い人……そして彼女には本人も気付いていない、譲れない想いが──もういいでしょう」
七海は言いかけて、ふと口を閉ざした。
「……失礼。無意味な私見を述べました」
そう言って七海は、わずかに乱れたネクタイの結び目を、儀式のように指先で整えた。それは彼が"公"の自分に無理やり戻ろうとする時の癖だった。
「労働以外の時間は、本来こうして切り売りすべきものではない」
九十九はそれを聞いて、満足げに目を細めた。
「なるほどね。……悪くない答えだ」
九十九はそう言ってから、くい、と顎を上げ、広間の一角に設置されたモニターへ視線を向けた。
「……で、そっちの君はどうなんだい?」
九十九は、何でもないことのようにモニターを指した。
「幸吉くん、だったっけ。どんな女がタイプだい?」
「……なんで、俺まで」
一拍遅れて、幸吉が眉をひそめる。
言い返そうとして、言葉が詰まった。
そのまま、ふと視線が上に逸れる。
──ほんの一瞬。感情をデジタル信号に変換することに慣れたはずの彼の瞳が、生身の揺らぎを見せた。
それを九十九は見逃さなかった。
「なーんだ」
彼女は楽しそうに笑う。
「君にも、特定の誰かがいるんじゃないか」
九十九は、獲物の急所を正確に射抜いた狩人のような目をしていた。
「いいよ、大事にしな。呪術師なんてね、そのくらいの執着がないと、この淀んだ世界では自分を繋ぎ止めておけないからさ」
あぁ、と夏油傑が、少しだけ場を和らげるような苦笑いを漏らした。
「先日の京都では彼女にお世話になったから、改めてお礼を伝えておいてくれ。……それから彼女は君がいない間も、君の席を守っていてくれたそうだよ」
「はっ、はぁ!?」
幸吉は明らかに特定の誰かを思い浮かべたようだが、耳まで赤くなるのを必死に抑え、取り繕ったような表情で。
「……伝えておきます」
と、短く言葉を返した。その返事には、デジタル音声特有のノイズが、彼の鼓動をなぞるようにわずかに混じっていた。
●6
前田まるこの自室。よくあるワンルームマンション風の隠れ家。
社のエージェントである彼女には、ベッドを特定の動きで持ち上げると機密性の高い作業スペースが出来上がる。
「さてさて、物語はどうなったかなー?」
小さく独り言を口にしながら作業スペースに着席して入り口を閉じた。
エージェント専用の特別な端末(一見するとノートパソコン)を開いて、文字を打ち込む──。
『チャジロピ。そよかさんの様子を教えて』
社製の高度演算型AIは、間を置かずに答えを返した。
モニターの青白い光が、まるこの顔を無機質に照らし出す。
──『そよかさんは獄門疆に囚われたままです。ドクター・ゼロが所有しています』
AI(チャジロピ)が返したその一文は、彼女が積み上げてきた「救出ルート」という名の盤面を、根底からひっくり返すものだった。
「はっ!?」
(……救出ルートは、確かに通っていたはず。あの後何かあった? 七海さんが遅れたとか? それとも──)
チャジロピが返した『ドクター・ゼロが所有しています』という無機質な文字列が、まるこの瞳に青白く張り付く。彼女の指先が、キーボードのF5キー(更新)を無意識に、何度も、何度も叩くが、画面に並ぶ絶望的な事実は一文字も変わらない。
『いやいや、おかしいよチャジロピ。今朝は社のエージェントを排除すれば救出ルートだったじゃん!』
震える声とは裏腹に、画面の反射に映る自分の顔は、驚くほど平坦で「人形」のように無表情だった。自分が信じていた『今朝までの過去』が、ネットワークの隅々から消去されていくような、言いようのない寒気が背筋を走る。
──『何者かの干渉があったようです。私から何故かを説明出来ないようなので、自ずと答えが導き出されます。想定される答え、他の"エージェント"による干渉、または"魔女"による干渉、または"除名者"の干渉、または……私の想定外の存在による干渉。』
──ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
(え? あ、こんな時間に来客?)
日常的な、しかしこのタイミングではあまりに不気味なチャイム。
まるこは反射的に、机の下に隠した小型の呪具に手を伸ばした。
──
九十九の軽口がようやく収まると、広間には再び静けさが戻った。
その沈黙を、モニター越しの声が静かに割る。
「……では、僕から。あくまで観測できている範囲の話になりますが」
与幸吉が画面越しに視線を上げた。
「隔離槽──通称タンクは、完全な密閉空間です。外部から内部を“見る”ことはできますが、触れることはできない。呪力、音声、術式、どれも一方通行です」
モニターに投影された隔離槽(タンク)の簡易図。その中心に灯る小さな赤い点が、閉じ込められた者の「命」を示している。
「内部では、生命反応と呪力反応が常に最低ラインで維持されている。死なないが、生きてもいない。……正確には、生かされている状態です」
憂太が思わず息を呑む。
「内部の時間感覚も歪められている。外で数時間経っても、中では数分、あるいは……逆もあり得る。少なくとも、隔離槽に囚われている者が“正常な時間”を認識できている可能性は低い」
幸吉は一度言葉を切り、わずかに表情を曇らせた。
「それと……隔離槽は、単なる箱じゃない。観測されることで安定する構造をしています。誰かが“見ている”“意識している”間は、状態が固定される」
その言葉に、七海と傑が同時に悟の姿を思い浮かべた。
そこで、低く、しかし確信に満ちた声が響く。
『ここからは、私が話そう』
天元が、静かに視線を巡らせた。
『隔離槽は結界術、呪具工学、そして古い封印術の複合体じゃ。設計思想は極めて単純──世界から切り離し、世界の外に置く』
理子が腕を組み、真剣な顔で頷く。
『術式の強制解除、内部からの脱出、いずれも想定されていない。正面突破は不可能……だが』
天元の声が、わずかに低くなる。
『かつて、獄門疆には“裏”が存在した』
空気が張り詰めた。
『表が完全な封印であるなら、裏は“解放の余地”だ。……いわば、箱の底に開けられた、作り手さえも忘れた小さな風穴のようなもの。形を成さぬ祈りが、稀に現実を穿つことがある。そよかを救うには、その“理不尽なまでの奇跡”を、我々が構造として見つけ出さねばならん』
天元の結論が広間に落ちると、黒井が淹れてくれたお茶からは、もう湯気が上がっていなかった。
「……その裏は、どこに?」
憂太が問いかけながら、自分の手元にある和菓子を見る。一口もつけられなかったそれは、色鮮やかなまま、どこか作り物めいて静止している。
『不明だ。だが、完全に消えたとは思っていない』
天元は一拍置き、続けた。
『それからもう一つ。呪術学園の地下で、独自に闘技場を構築した者たちがいるな』
憂太ははっとした。
薨星宮という「聖域」の平穏は、今この瞬間、不夜城で流れた血の匂いによって完全に上書きされた。
「秤さんたち……」
『うむ。あの者たちは、隔離槽そのものではなく、外側のルールと挙動を独自に解析しておるらしい。詳しくは知らぬが……我らより一歩、踏み込んだ情報を持っている可能性がある』
天元は、静かに結論を告げた。
『隔離槽は、力で壊すものではない。構造を知り、抜け道を見つけるのだ』
その言葉に、全員が頷いた。
悟を追う者。
そよかを救う者。
そして、世界の裏側を暴く者。
作戦は、確実に次の段階へと進み始めていた。