【本編完結】旅する物語 異世界探訪 五条悟との邂逅 作:masuda028
世界を越えて、悲劇に抗う物語。
※本作は『呪術廻戦』の世界をベースにした二次創作です。
※キャラクターには独自解釈・改変を含みます。
※原作をご覧のうえでの閲覧をおすすめします。
◆ヒロインは名前固定&設定強めのオリジナルキャラクターです(夢主=“あなた”形式ではありません)。
◆「夢小説」タグは広義の意味で使用しています。不快に感じる方はご注意ください。
●9
呪術学園の作戦会議室は、騒音の塊だった。
通話用端末からは断続的に報告が飛び、ホワイトボードの前では補助監督が地図を書き換え、誰かが誰かの名を呼び、誰かが首を振る。
全員が同時に「急いでいる」空間。
ぽつりと「中の情報が、もう少しでもあれば──」誰かが言った言葉が、ふっと会議室を一瞬だけ静かにする。しかし、誰もが自分が誰かが中に入る可能性を一番遠くへ追いやっていた。
会議室内の騒音は再び動き出す。
そこへ。
「皆さーん!!お疲れ様でーす!!」
その明るい声は、冬の葬列に迷い込んだ春の嵐のように、場違いで、それゆえに強烈だった。補助監督のひとりが、持っていた書類を床に落とした。カサリ、という紙の音が、あまりに大きく響くほど室内は静まり返った。
空気が──止まった。
通話中だった補助監督の口が半開きのまま固まり、ペンを握った手が宙で止まり、キーボードを叩いていた指が一斉に離れる。
虎杖悠仁が、両腕にドリンクと軽食の箱を抱えて立っていた。
「あ、えっと……待機って言われてたんですけど」
視線を巡らせ、少し照れたように笑う。
「みんな頑張ってるのに、じっとしてられなくて。
なんか手伝えること、あったら言ってください!」
誰も、すぐに返事ができなかった。
「夜通しって聞いたんで! とりあえず飲み物と、軽く食べれるやつです!」
近くにいた補助監督もフリーズしている。
「……え?」
「誰が許可を──」
「あ、すみません! 勝手に来ました!」
虎杖悠仁の満面の笑み。
少しでも何か力になりたい。ただそれだけ。
そこに計算も覚悟もないことが、かえって重かった。
「とりあえずここに置きますねー」
机の隅の方に置いて、取りやすいように軽食と飲み物を分けて置いていく。
「虎杖くん、ありがとうね」
「俺も! ありがと!」
「助かるよー」
「えへへ……」
その後、なんとか虎杖悠仁も会議室の中に馴染んで、日本地図のひとつを壁に貼るのを手伝っていると手にした日本地図に吸い寄せられるように目を向けた。
赤ペンで引かれた円が、いくつも重なっている。
「……これ、どういう状況なんですか?」
誰かが短く答える。
「隔離槽だ」
一拍。
「……」
虎杖は、地図に近づいた。指で、ひとつの円をなぞる。
「ここ……」
その指先が触れた地図上の赤い円は、まるで見開いた血走った「眼」のように虎杖を見つめ返していた。
「俺の爺ちゃんが入院してる病院、あるんです」
室内の空気が、さらに沈んだ。
「──行かなきゃ」
即断だった。
相談でも、決意表明でもない。
当たり前のことを口にしただけの声。
咄嗟のことで止める言葉は、誰の喉にも引っかからなかった。
そのとき、静かに一歩前へ出たのが、夏油傑だった。
「虎杖くん」
名を呼ぶ声は、穏やかだった。
「隔離槽の内部は、外との連絡が極端に不安定になる」
そう前置きしてから、懐に手を入れる。
取り出したのは、小型の通信機。
歪な形状の、改造された機械。
「メカ丸の通信機だ」
虎杖の手に、そっと乗せる。
「完全な保証はない。だが──」
一瞬、言葉を選ぶ。
「隔離槽の“外”と繋がれる可能性は、これが一番高い」
傑の手から虎杖の掌へと渡された機械は、無骨で、冷たく、そしてひどく重かった。それは通信機という名の「命綱」であり、傑がかつての自分に渡したかった「誰かと繋がっているという証明」そのものだった。
虎杖は目を瞬かせ、機械を見下ろした。
「……持ってて、いいんですか?」
「君が中に入るなら、必要だ」
傑ははっきり言った。
「独りで判断し、独りで抱え込む必要はない」
一瞬、虎杖の表情が緩む。
「ありがとうございます!」
その背中を見送りながら、傑は小さく息を吐いた。
隔離槽は、人を切り離す。
だが──
それでも、繋がろうとする意志まで断ち切れるわけではない。
●10
『羂索、長く退屈な日々を送らせて悪かったわね。あなたに身体を与えましょう』
──『慈愛に満ちた素晴らしきお方……こんな私に肉体を与えてくださるとは、どのような働きをご希望でしょう?』
『…………』
──『安易に問いかける事しか出来ない浅はかな私めをどうぞお叱りください。必ずや貴女様のご期待に応えてみせましょう』
羂索の脳味噌は、目に見えない強い力で水槽から引っ張り出された。
閉じていた両目をゆっくりと開くと、そこは病室だった。
「いやーびっくりしたよー。急に爺ちゃん黙るから死んだかと思った」
肉体の記憶を読み込むと、声をかけてきた青年が孫の虎杖悠仁だとわかる。
「縁起でもないことを言うな!」
呼吸をするよりも自然に言葉が出た。悠仁の上着のポケットに入っていた携帯電話が着信する。
「あ、恵からだ」
孫の口から出た聞き慣れない名前に眉がぴくりと動く。
「友達でも出来たのか?」
「友達!? あー……うん。友達と言えば友達……かな。今クラスに三人しかいなくてさ」
「三人!?」
「あ、その一般クラスとかは普通に結構人数いるんだけど。たまたま俺の学年の特殊クラスは三人なんだって。呪術師ってさ、結構凄いんだぜ? 恵の任務が終わったらまた顔を出しに来るから! 出来たら恵も連れてくるよ」
「どんな娘(こ)なんだ? 別に付き合い始めてからでもいいぞ?」
「──付き合ってはいるよ?(恵の任務に付き合って仙台に来ている)」
「付き合っているのか!?」
「え? そんなに驚くとこ?」
「──いや、オマエが……そうか。わかった……それより早く電話に出なくていいのか?」
「あ、行ってくる!」
携帯電話を両手で抱えて通話の出来る共用スペースに走っていく孫の姿を、私は目を細め静かに見守っていた。
──
あの女に移された場所は、寿命で事切れた老齢の男の肉体だった。
最初に浮かんだのは、嫌がらせという仮説だ。
だが、その仮説をすぐに否定する。
あの女は、そういう無駄を好まない。
私という存在が、別の世界で為してきたことを、あの女が嫌悪しているのは確かだ。
だが、嫌悪だけで動くほど単純な存在でもない。
与えられたのは、老い、衰え、そして明確な制限。
呪力も、肉体も、時間すらも、私の意志でどうこう出来る代物ではない。
それでいて──私は、まだ生かされている。
意味がない、という結論だけは成立しない。
あの女の存在を改めて分析する。
導き、選ばせ、踏み出した先の結果を見届ける。
そういう性質の女だ。
ならば、この状況もまた、観測の一環か。
あるいは──試行か。
皺だらけの両手を見つめる。
指先を動かそうとするたびに、鈍い痛みと、肉体が死へ向かおうとする重力が、思考の邪魔する。かつて千変万化の術式を操った脳が、今は"肺に空気を取り込む"という単調な維持作業にさえ四苦八苦している。
「……ふん」
鼻を抜ける吐息すら、枯れ葉が擦れるような頼りなさを孕んでいた。
かつて数え切れぬほど奪い、壊し、作り替えてきたその思考が、この肉体では、驚くほど慎重になる。
役割。
その言葉を思考に浮かべかけて、私は一度、留めた。
まだ断定するには情報が足りない。
だが少なくとも、これは自由ではない。
そして、完全な処分でもない。
それは千年の間に重ねた思考よりも、余程新鮮で──私が既に死刑宣告を受けているのだと、理解し始めてしまうには、十分すぎる状況だった。